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LIFE

【祝!アカデミー脚色賞】『ファーザー』のF・ゼレール監督が描く「認知症の人の世界」

  • 金原由佳

2021.05.12

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初監督作で、自身もオスカーの受賞者に

© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020

さて、この『ファーザー』、アカデミー賞ではアンソニー・ホプキンスの主演男優賞(詳細はインタビュー前編へ)に加え、もう一部門、受賞しています。それが脚色賞。

アカデミー賞というのは人気、実力があってもなかなか受賞できずにいる人が多数存在する、運不運が関係する手ごわい賞として知られています。例えばスペイク・リー監督は、あれほどまでのキャリアを持ちながら、1990年に『ドゥ・ザ・ライト・シングス』が脚本賞にノミネートされてから約30年経って、ようやく2019年、『ブラック・クランズマン』にて、脚色賞受賞を果たし、初のオスカーを手にしました。

それと比べると、41歳の若さで、なおかつ初監督作にて、共同脚本家のクリストファー・ハンプトンさんと共に脚色賞を受賞してしまうゼレール監督は才能だけでなく強運の持ち主と言えます。

彼はスピーチで、“Sometimes, we are the one who closes the door on what is possible and what is not possible,”Zeller said. “With ‘The Father,’ I really wanted not to close that door and to follow my inspiration and my desire and my dream. So, thank you, Anthony, for saying yes for that script.”(時々、私たちは可能なこと、可能でないことに扉を閉ざしてしまう。でも、『ファーザー』において、私は扉を閉ざすことなく、自分のインスペイレーション、自分の希望を追いたいと思いました。このスクリプトにイエスと言ってくれたアンソニーに感謝を)と述べています。

その脚本の構成について聞きました。

Florian Zeller(フロリアン・ゼレール)

© samuel kirszenbaum

●Florian Zeller(フロリアン・ゼレール)
1979年6月28日生まれ フランス出身。 2002年、22歳でデビュー小説「Neiges artificielles」を発表。パリ政治学院で文学を教えながら小説家、劇作家として活躍。2004年に小説「La Fascination du pire」でフランスの最も権威ある文学賞のひとつ、アンテラリエ賞を受賞。2012年、今回の映画『ファーザー』の原作である戯曲「Le Pere」で認知症の父とその介護を務める娘の絆と喪失を描き、仏演劇界の最高賞で知られるモリエール賞作品賞を受賞。この戯曲は世界30か国で上演され、日本では橋爪功が演じている。初監督作となった映画『ファーザー」(2020)ではアンソニー・ホプキンスとオリビア・コールマンを主演に迎え、見事、ホプキンスにオスカーをもたらした。また、自身もアカデミー賞の脚色賞を受賞した。

オスカー受賞を果たした脚色賞で目指したのは、迷宮

「認知症に描いた作品はたくさんあるし、感動できる映画も多いけど、外枠から描いた作品が多く、似ているような気がしていました。なので、私は、内側から描きたかったし、パズルのようにしようと思いました。なぜかというと、観客自身も、自分を取り巻く状況がわからなくなっていくというのが、どんな意味を持つのか、体験してほしかったのから。

そのため、場面ごとに、パズルのようにしています。そのことによって、何がリアルか、リアルじゃないか、問いかけていくようにしています。アンソニーは妄想しているのか、パラノイアなのか。それとも、アンソニーはまともで、周りの人間が彼に対して何かを感情を隠すために演技をしているのではないか。アンソニーが自問自答するものを、観客も映画を見て、経験してほしかったんです。私は、観客は知的な存在だと思っているので、“ああ、そうなんだ、私たちをアンソニーの頭の中におこうとしているのね”と合点がいくように思われたくなくて、あえて迷宮、すなわちラビリンスという形で構成しました。

私は観客の皆さんに認知症の人の世界を体験してもらうことで、そういう状況にいる方への共感を持ってもらえると願います。どうして、こんなに混乱するんだろうと、あなたも、スクリーンの中の目に見えている小さなピースをヒントにして、整合性を合わせようとすると思うし、合点がいかない矛盾に突き当たった場合には、自分の脳ではこれを理解することが無理なんだと、自分を解き放つことが出来ると思います。

それは主人公と同じこと。アンソニーが今までと違ったエモーショナルなところに到達できるラストの瞬間に向かって、一緒に体感してもらう構造にしました。
物語自体はカオスで、複雑だけど、ラストにおいて、自分は誰だということはどうでもよくて、最終的にはシンプルなエモーションを感じてもらえればうれしいです」

瀟洒なアパートメントの変化は、アンソニーのメンタルの変容

毎日、少しづつ記憶が変わっていくアンソニーですが、彼が執着するのは自分のアパートメントで、一人で、気ままに暮らすということ。

ところが、自分のアパートメントだと思っている部屋が、実はアンの部屋なのか、アンの元夫の部屋なのか、アンの今の恋人と同棲する部屋なのか、日によって混濁することで、私たち観客もその戸惑いの中にすっぽり放り込まれることとなります。

このアパートメント、実は同じセットを使っていて、サイズは同じながら、壁紙の色とインテリアでがらりと変わることで、自分が今、どこにいるのか足元が怪しくなっていくのが面白い。何バージョンもの部屋を用意した映画美術の狙いについても伺いました。

「アパートメントのレイアウトは、脚本を書く前に、予め自分で書いてみたんだけど、それはわくわくする挑戦でした。
この映画において、アンソニーがいる部屋はメインキャラクターのひとり。なので、全編スタジオで撮影することにして、場面に応じて壁と家具を簡単に変えることが出来るようにしたんだ。

せっかく、舞台の脚本を映画にするんだから、もっと新しい場面を足せだの、アンソニーを屋外に連れていけだの言われたんだけど、それはどうしてもしたくなかった。全て同じ場所で撮影することで、アンソニーのメンタル面が色濃く反映した空間を描いた方が、何より映画的だと思ったんです。このアパートメントは最初、間違いなくアンソニーの空間なんだけど、徐々に、彼にとっては違和感のあるスペースとなっていく。

部屋の変化が彼の記憶のメタモルフォーゼ(変形)として機能し、同じ空間に留まっているのに、先ほども言ったような、ラビリンス的な要素を彫り下げるようになっている。自分がどこにいるのかわかっていたはずなのに、わからなくなる演出をあえてしています。

とはいえ、簡単に、“あ、変化したんだ”って気づかれないような、小さな違和を感じる程度の変え方をしなくちゃいけないので、バランスが難しかったですね」

何度も、何度も廊下から玄関のドアが強調されるショットが繰り返され、そのドアから外にもう一人で、外出できないアンソニーの老いを感じさせる演出となっています。ちょっと、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』の廊下の使い方と似たホラーテイストを感じたので、意識したのかを聞きましたが、「それは頭になかったなあ!(笑)」とのこと。

ちなみにアンソニーの部屋だけでなく、アンソニーが通う医師の部屋も全く同じセットで、同じ黒いドアを使っているのに、全く違う場所に見えるのが面白くて、個人的に気に入っているそう。

「スタッフは、準備期間は、常に混乱していて、あれ、いま、どの部屋の準備だっけ、あれ、いまどこにいるんだろうと戸惑っていて、それが作品に大きく寄与したんです。椅子がちょっと違うだけで、壁の色がちょっと変わるだけで、昨日までの自分と違う気がする、これこそが映画のマジックじゃないか!」

とはいえ、最終的なメッセージはこれです。

「この映画で試されるのは記憶ではなく愛だってこと。それを最終地点に組み上げていきました」

是非、アンソニー・ホプキンスの名演と、混濁する記憶の中で見つける愛をご覧ください。

映画『ファーザー」場面写真



『ファーザー』

小説家、戯曲家、演出家と活躍するフロリアン・ゼレールが戯曲の代表作を初監督した作品。『危険な関係』の脚本家クリストファー・ハンプトンとゼレールが共同で脚本を手がけ、先の第93回アカデミー賞では脚色賞を受賞。名優アンソニー・ホプキンスが認知症で記憶が混濁していく男性の変化を貫禄の演技で表現し、『羊たちの沈黙』以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞した。ロンドンで独り暮らしする81歳のアンソニーと、父の独居生活を心配する娘のアン。二人の立場や感情の違いを瀟洒なアパートを舞台に描く。アン役には『女王陛下のお気に入り』のオリビア・コールマン。

2020年製作/97分/G/イギリス・フランス合作

原題:The Father 配給:ショウゲート

公式サイト:thefather.jp

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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