LEE1・2月号「一生もののおしゃれセンスの磨き方」より、おしゃれとセンスの考察①
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TB こばん
2025.02.16 更新日:2025.02.17
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今さらですが・・・
これ、ホントは先月下書きして放置していたものでして
レポートか??ってくらい長いし
客観的に見てみると
何を私は真面目に書いとるんやw
なーんて笑えてきたので
お蔵入りさせるつもりでいたんですが
読みたいって言ってくれた人が何人かいたので
せっかく書いたし、やっぱりあげることにしました。
もう次の号出てるけど(´_ゝ`)
お時間あるかたお付き合いいただけると幸いです。
溢れる情報にモヤっとすることありませんか?

「一生もののおしゃれセンスの磨き方」
この特集が読みたくて
発売後すぐに購入した先月号。
表紙の北川景子さんも美しいですが
裏表紙も負けておりませんよ!
さて、本題。
色んな媒体色んな手段で
誰でも自由に発信できる今日このごろ。
それが故に余計な情報を目にすることも多く
モヤっとすることも増えてたわけで・・・
前にもチラっと書いたことあるんですが
その道のプロの方ならともかく
何だかよくわからない肩書きの方に限って
あれもダメこれもダメ、これ正解って発信してはるんですよね。
最初のうちこそ、好きなもん着させてくれよ・・て
いちいちもやもやしていたものですが
最近はもう耐性ができたんでしょうかね?
ふーん・・・、で?(・ω・)
と、スルーできるようになりました。笑
歳重ねて頑固になっていくのを自覚しているので
意識的に頭と心は柔軟にしておきたいって思ってはいるのですが
いちいち情報に振り回されるのも疲れるしキリがない。
そもそもこれに従ってたら、みんなで右向け右!
同じ格好になっちゃいますけど?
それっておしゃれなん??
どうなん?
てことで、日々のもやもやついでに
「おしゃれ」と「センス」について考えてみました。
繰り返しますが長いです(´_ゝ`)
色んな「おしゃれ」がありまして。
子供のころから気になったことはとことん調べるタイプです。
(今はサクっと調べられて便利ですねー笑)
「おしゃれ」
服装や化粧で身なりを洗練したものにしようと
気を配ること、そのさま、人。
ネットで「おしゃれ」を調べると
だいたいどこもこのようなことが書かれています。
でも、普段何気なく使ってる「おしゃれ」って
もっと色んなニュアンスを含んでいてカジュアル。
流行を取り入れたファッショナブルなおしゃれ、
シュッとした垢ぬけたスタイリッシュなおしゃれ、
品のあるクラッシーなおしゃれ・・などなど。
自分が属するコミュニティーによっても
「おしゃれ」の基準は異なると思うんですよね。
なので「おしゃれ」について
全ての人にとっての共通の解はないと思っています。
いい大人なのでTPOはわきまえる必要がありますが
それを除けば、色んな「おしゃれ」があっていいんです。
私の思う「おしゃれ」な人
今回はファッション誌のテーマということで
ファッションについての「おしゃれ」にフィーチャーしますが・・・
文字だけだと疲れるので画像を挟みたいけど
関係する画像がないので
とりあえず殴り書きのメモ載せときます。

私個人の考えとしては
「おしゃれ」は自己表現の一部だと思っているので
基本、好きなもん着て自分がハッピーならええやん、
ってスタンスです。
自分の意思で好きなものを着る、
かと言って、
好きなものをただ単に詰め込むだけではなく
自分の中にある明確なルールに則って
自分らしくファッションを楽しんでいる人は
服自体にも血が通っていて
着ているその人自身からもオーラを感じます。
たとえ好みやジャンルの違うスタイルでも
そういう人を見ると
あー、おしゃれな人やなぁって思います。
あとは、頑張りすぎず完璧すぎず
着こなしにちょっとした隙や余裕を感じさせてくれる人!
引き算の美、余白の美
ここ数年、ファッションにおいて私が目指しているところは
「引き算の美」「余白の美」。
なので、着こなしが頑張りすぎてない余裕を感じる人、
見ている側に何かしら考える余地を与えてくれる人を
素敵やなーって思います。

頑張り過ぎて気合いがダダ漏れだと周りも息が詰まるし
だからといって「抜け感」や「ハズし」のような
余裕を出すための技をも全力でやってしまっては
「攻め」に転じてしまい本末転倒。
なんならみんなが同じ技でそれを出そうとするならば
それは「抜け感」でも「ハズし」でもなく流行り。
例えば、ハズしのために投入したアイテムが
めっちゃ目立ちすぎてそれにしか目が行かない、とか
抜け感出しすぎて単にだらしなくなってる、とか
みんな襟元の抜き加減やロールアップの加減が同じすぎて
制服みたいになってたりとか
赤いバレエシューズでハズしてる人多すぎて
もはやハズしではなく普通やないかいっ!・・とか。
(手っ取り早いんで私もやりがち↑)
前にも書いたことあるけど、一時期若い人の間で流行ってた
アウターやシャツを羽織らずに袖だけ通して
後ろにだらーんって垂らす着替え途中みたいな着方・・
伝わりますかね・・
私は勝手に羽衣天女って呼んでるんですが・・・
ああいうのも、羽衣天女が多すぎたら
普通にシャツ着てる人の方が余裕を感じるというか。笑
(若いから余裕の有無なんてどうでもいいんですけどね)
とりあえず何事もやりすぎては意味がないと思うんです。
なのでその絶妙なバランスの駆け引きを
セオリー通りではなく
自分のペースで自然にできている人を見ると
余裕があっておしゃれやなーって思います。
要は周りに流されず
自分なりに工夫して着こなしを楽しんでいる人を見ると
おしゃれやな、って私は思うようです。
おしゃれは戯れ・・・
調べていてちょっと面白かったのが
日本語の「おしゃれ」の語源。
どうやら「戯れ」に由来しているそうなんです。
この場合「たわむれ」ではなく「じゃれ」と読むらしく・・・
なるほど、腑に落ちました!
「じゃれる」って、冗談言ったりふざけたり
遊び半分で楽しそうなイメージ・・・
というか、そういう意味があると思うんですよ。
だったら、「おしゃれ」ってその語源の通りで
着飾ることばかり気にするのではなくて
頑張りすぎず、ちょっとばかり遊びを効かせたり
自分の好きなもの身につけてワクワクする、
そういうことなんじゃないのかな、と。
おしゃれって完璧じゃなくていい。
私の感じていた隙ってこれのことなのかもな、と
私的にはものすごく納得したのでありました(´ω`)
着こなすということ
流行りの服を着てしまえば
ある程度までは「おしゃれ」っぽい人に見えるかもしれないけど
ただ着るだけではおしゃれな服もただの布。
自分らしく着こなさないと
周りの似たような服を着た人たちの中に埋もれてしまって
ウォーリーを探せ状態。
誰かに「似合う服」を選んでもらって
アドバイス通りに着たとしても
ただ言われた通りに着ただけで
自分らしく着こなせなければ
単なる「似合う人」で終わり。
似合っていて違和感のないものには安心感はあるけれど
その「似合い値」←なんだそれ笑
が安定してしまうと印象に残らない。
いわゆる「普通」ってことなんですが・・・
うーん、上手く言えないんですけど
その人の魅力と化学反応起こせずに
単なる「似合う人」で終わった瞬間
その人の持つ個の輪郭が
しゅ~って消えてしまう気がするんですよね(-“-)
(個人の感想です)
「おしゃれ」を自己表現とするならば
それではちょっともの足りないし、
何だか色々もったいない。
自分のものとして着こなすには
結局最後は自分次第。
足し算なり引き算なり
自分らしさを一振りしなきゃなんだと思うんです。
最後はセンスがものをいう

人間、見慣れたものに変化があると「お?」となりますよね?
周りとのちょっとしたニュアンスの差を創り出すことで
見ている人はその差に自然と目が行き、興味が湧く。
興味が湧き、それについて考える。
考えることで印象に残る。
結果、それをおしゃれと判断するのかは
個人の好みになってはきますけど
周りに埋もれてしまうよりマシな気もします。笑
歌でも音程通り完璧に歌われたものよりも
個性があった方が心に響いたりしますよね?
それと同じことなのかもしれません。
流行りのものを着ていて
ダサくもおしゃれにもならない人と
自分のものとして着こなせている人、
似合う服着て
単に「似合う」で終わる人と、
「似合う」を味方につけて更に素敵に見える人
その差を生むのは
最後に自分らしさの一振りができるかできないかであって
そのベースとなるのが「センス」なのではないでしょうか。
では、センスとは何ぞや?
って話になるのですが・・・
長くなったので後編へ。笑
オバハンの独り言はまだまだ続きます・・・

TB - こばん
翻訳 / 大阪府 / LEE100人隊トップブロガー
44歳/夫/手づくり部・料理部・美容部/熊本のド田舎生まれ、ド田舎育ち。基本のんびりアナログ派の細かいことは気にしないゆる~い人間です。猫と旅を愛する元バックパッカー。イギリスとヴィンテージという響きに弱く、背景に物語を感じる古いものに惹かれます。趣味はピアノと落書き。流行りに関係なく好きなものをアップします。身長162cm、ブルーベース、ウィンター。
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