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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

驚きと深い嘆息必至のドキュメンタリー映画4選。年末に向け超絶おすすめの作品第1弾!

  • 折田千鶴子

2019.10.29

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今年はドキュメンタリー映画豊年!

ドキュメンタリー作品が「難しい」とか「つまらない」とか、そんな印象だったのは遥か昔。近年は、フィクション映画以上に面白く、驚きや感動に満ちたドキュメンタリー作品が続々と作られ、私たちを魅了してくれています。今年も何作もの面白ドキュメンタリー映画が公開され、LEE本誌でご紹介することが出来た『RBG 最強の85才』(5月公開)をはじめ、かなり豊作な年でした。

なのに私ったら!! 『アートのお値段』(8月公開~現在も各都市で公開中なので要チェックです!!)をはじめ、ご紹介する機会を逸し続け、もう、地団駄を踏んでしまいます!!

さらに年末に向け益々興味津々な作品が公開されるので、2ヶ月連続でご紹介したいと思います。見逃している作品もありますが、驚き、思わず絶句してしまう衝撃作から、「へぇ~」と深く嘆息する作品まで、おススメしたい作品ばかり。

映画『少女は夜明けに夢をみる』の1場面から。

今回は11月公開作の中から、まさに脳天ガツンの衝撃、且つ心がガクガク揺さぶられたイラン発の『少女は夜明けに夢をみる』。次に、鬼才スタンリー・キューブリック監督をめぐる2本のドキュメンタリー映画『キューブリックに愛された男』『キューブリックに魅せられた男』。そして世代を超えて愛される細野晴臣さんの足跡をたどる『NO SMOKING』。最後に、この監督(『ぼくの好きな先生』などのニコラ・フィリベール)の作品は何か見入っちゃうんだよなぁ~、とまたも唸らされた『人生、ただいま修行中』を。では、まず……

 

一言一言に衝撃と涙『少女は夜明けに夢をみる』

あどけない表情をした少女たちがキャッキャと雪合戦に興じる微笑ましい姿から、まさかここが厳重な管理下の「少女更生施設」とは思えません。本作は、様々な罪状で少女更生施設に収容された、少女たちにカメラを向けたイラン発のドキュメンタリーです。

荒んでいるかと思いきや、驚くことに18歳以下のティーン女子十数名が寝食を共にする大きな部屋には、穏やかで優しい空気が流れています。なぜなら、ここなら誰からも暴力を振るわれず、誰からも責められず、お互いが共感し痛みを分かち合っているから……。それが分かってくるにつけ、もう胸が痛くて痛くて……。

『少女は夜明けに夢をみる』
監督:メヘルダード・オスコウイ
2016年/イラン/76分/配給:ノンデライコ
11月2日(土)より岩波ホールほかにて公開
©Oskouei Film Production

収容されたばかりの少女ハーテレは、囁くようにポツリポツリと、放浪罪で捕らえられるまでの経緯――大好きな姉ともども祈祷師の叔父から性的虐待を受けてきたこと。それを訴えると母親から、嘘を言うなと殴られたこと――を告白します。腕には無数の火傷痕や自傷の痕……。涙ながらに「家族に連絡しないで」と懇願する真意に合点がいってしまいます、悲しいことに。

みんなを優しく見守る物静かな少女ソマイエの話は、さらに衝撃的です。こちらが正気を保つために叫びたくなってしまうほどに。姉妹に売春を強要し、父親はそのお金で麻薬を買うような男でした。その父が母を椅子で殴りつけるのを目撃したとき、もう父親を殺らないとダメだと思い、実行した、と。親殺しという許されがたい罪を、でもどうして責められるのだろう、と慟哭せずにいられません。

他にも<名無し>と名乗る少女は、監督に16歳の娘が居ると知るや「知りたくなかった……。その子は愛されているから」と急に涙ぐんでしまいます。その姿に思わず胸を突かれます。監督に心を許しているからこそ、漏れてしまう本音が、もう痛くて、悲しくて、やるせなくて。

でも遠い国々の話ではないと、私たちは日々のニュースから容易に思い当たります。日本にもとんでもない貧困は存在するし、ましてや大人による虐待を受ける子供たちが少なくないことを私たちは知っています。そして何度も、最悪の事態で終焉を迎えていることも。

弱い者、声なき者に優しくない社会から、どうしたら脱せられるのでしょうか。絶望の表情で、家族に引き取られていく少女の表情が脳裏から離れない……そんな彼女たちの心の叫びを、一人でも多くの方に聞いて欲しい必見作です。

 

 

S・キューブリック没後20年特別企画の2本

『ロリータ』『博士の異常な愛情』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』……。代表作だらけの鬼才スタンリー・キューブリックという監督は、皆さんもご存知だと思います。没後20年を記念して作られた2本のドキュメンタリーは、よくあるような、“監督ってこういう人”と周りの証言を集めて讃えるだけの退屈な映画ではありません。なんと作品の主人公はキューブリックのすぐそばで仕えた2人の男性です。

彼らの驚くべき体験や証言を追うと、キューブリック自身の人となりや生活ぶりが自然と浮かび上がってくる、まさに「へぇ~、そうだったのかぁぁぁぁ」と深く嘆息せずにいられない作品です。もちろん数々の名作のアーカイブ映像や、映画ファンなら垂涎しそうなメイキング的な映像までも詰め込まれていて、お得感たっぷり! では、まずは『キューブリックに愛された男』から。

 

『キューブリックに愛された男』
2016年/イタリア/82分/配給:オープンセサミ
監督:アレックス・インファセッリ
出演:エミリオ・ダレッサンドロ/ジャネット・ウールモア/クライヴ・リシュ
2019年11月1日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国カップリング上映
(C)2016 Kinetica-Lock and Valentine

主人公は、イタリア人の可愛らしいお爺ちゃん、エミリオ・ダレッサンドロさん。かつてF1レーサーを目指していたエミリオ爺ちゃんは、移住したロンドンでミニキャブのタクシー運転手に。1970年のある雪の晩、“あるモノを運ぶ”という難題を受け、指定されたスタジオに無事に届けたことを機に、キューブリックの専属運転手として雇われることになりました。それから30年という、長く奇妙な友情が始まったのです。

完全主義で有名なキューブリックですが、監督がエミリオさんにちょくちょく渡す直筆メモの数々(ちゃんと残っているのもスゴイ!)の内容に、うわ~、ここまで几帳面だったのかぁ、、、とその細かい指示にビックリしつつ、つい笑ってしまいます。

運転手のはずが、食品の買い出しやら、動物園が作れるほど監督が保護して飼っていた(初めて知るキューブリックの意外な一面にビックリ!!)動物たちの世話など、仕事は途切れることなく山盛り! 当然、生活は監督に占拠される状態で、奥さんはキレる寸前。観ながら、完璧主義の天才は付き合いきれない~と悲鳴を上げつつ、エミリオさんの大らかさと献身、それに対するキューブリック監督の感謝や信頼の厚さに、なるほどなぁ、と感心しきり。

ある意味、被害者と言えなくもないけれど、羨ましくも、可笑しくもある関係で。キューブリックのプライベートな姿をはじめ、自宅で撮影もできちゃうくらい広~い敷地のお屋敷等々を観られるのもお得! もう一度、すべての作品を見直してみたくなる愛すべきドキュメンタリーでした。

 



そこまで尽くす!?『キューブリックに魅せられた男』

人生がキューブリックに侵食されたという意味では『~愛された男』と同じですが、こちらは自ら飛び込んでいった、イギリス人のレオン・ヴィターリさんの物語です。この方にはもう、頭が下がるとしか言えません!! 映画愛、キューブリック愛に満ち満ち、まるで禅僧のようなレオンさんの人柄や、淡々と成されてきた偉業に魅せられずにいられません。

 

『キューブリックに魅せられた男』
2017年/アメリカ/94分/配給:オープンセサミ
監督・撮影・編集:トニー・ジエラ
出演:レオン・ヴィターリ/ライアン・オニール/マシュー・モディーン/R・リー・アーメイ/ステラン・スカルスガルド/ダニー・ロイド
2019年11月1日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国カップリング上映
(C)2017True Studio Media

 

なんとレオンさんは役者出身。キューブリック監督の『バリー・リンドン』にも出演し、将来有望な美形俳優だったのです!! 多感な時期に『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』に衝撃を受け、元々かなりのキューブリック信奉者だったそう。だから出演は相当な喜びだったのでしょうが、その後、いきなり役者人生を投げ打ち、自ら志願してキューブリックのもと映画製作を学びたいと、スタッフに転向してしまうのです。

情熱的で撮影助手としても有能だった彼は、『シャイニング』以降の全作品で、それこそキャスティングから俳優への演技指導からラボの作業、フィルム手配まで、製作から配給に関わるあらゆることを引き受けてゆくのです。キューブリックにとって、<信頼=重宝>なんでしょうが、レオンさんの生活は、誇張でなく24時間、365日仕事漬け!! そりゃあ、せっかくの容色も衰えますわ……。

でもでもでも、本当にこの方がスゴイのは、そんな状態でも後悔皆無、ある意味、彼のお陰で映画が完成できたと言っても過言ではない状態なのに、自己顕示欲も名誉欲も皆無、ひたすら裏方に徹し、監督が思い描く状態に近づけようとする、その凄まじいまでの献身です。

対して、大手スタジオのお偉いさん方の、横暴さや強欲さと言ったら!! 観ていて本当に腹が立ちますよ(笑)。監督が亡くなった後、現在も、なおキューブリック監督作を正しい形で後世に遺そうと、無償に近い愛で尽力し続けているレオンさん。本当にスゴイ、すごすぎて感動……もう、尊敬の念しか覚えません!!

 

 

細野晴臣さんの足跡『NO SMOKING』

私、正直、大ファンというわけでもなかったのですが、うわ、この方のスゴさを本気で知らなかったなんて損していたわ~と思ってしまいました。でも、追いかけるの、今からでも遅くない!! だって、まだまだ“伝説のミュージシャン”として世界中で活躍されているのですから。

『NO SMOKING』
2019/日本/ 監督:佐渡岳利
出演: 細野晴臣、小山田圭吾、坂本龍一、高橋幸宏、星野源、水原希子、水原佑果、宮沢りえ、ほか
11月1日(金)シネスイッチ銀座、ユーロスペースほか全国順次公開
配給:日活
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

世代的にYMOの爆発的なブレイクを子供時代にリアルタイムで見て来た私ですが、“教授~っ”と坂本龍一さんを崇拝し、忌野清志郎さん(RCサクセション)ファンの私は、「い・け・な・いルージュマジック」の清志郎と教授のコラボにキャーキャー黄色い声を飛ばしたりしていて、肝心の細野晴臣さんの偉大さに全く気付かないという、愚の骨頂な人間でした。

更にバカをひけらかすと、ようやく気づいたのは映画ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』で“はっぴいえんど”の「風をあつめて」にハマったことがきっかけという、なんと……。

本作はそんな細野晴臣・初心者にもとっても親切に、細野さんの天才ぶりや、お笑い大好きなお人柄、すごい功績や辿って来た人生をダ~ッと教えてくれます。面白いのは、それがまさに時代のムードの変遷をも辿ってくれていること。

大瀧詠一さんや松本隆さんとの出会い、交わした会話や思い出などお宝満載! YMOに関しても、今だから言える本音や当時の情況が非常に興味深いですよ。ナレーターを務めるのは、星野源さん。なかなかに目から鱗がポロっポロ落ちてくるようなドキュメンタリーです。音楽を聴き、ライブ映像を見るだけでも十二分に楽しめます!

 

なぜか不思議と見飽きない『人生、ただいま修行中』

いやぁ、やっぱり面白い! 日本ではドキュメンタリー映画がまだ今ほどポピュラリティーを得られていなかった、いえ私の印象では敬遠されたいたような時代に、『音のない世界で』(92)で鮮烈な印象を放ったニコラ・フィリベール監督。その後の、何度でも観たくなる傑作『ぼくの好きな先生』(02)は、ご存知の方も多いと思います。

そんな監督の待望(本当に、待っていました~という感じ!!)の新作『人生、ただいま修行中』は、看護学校で学ぶ生徒たちを追った、非常に等身大の奮闘ドキュメンタリーです。

『人生、ただいま修行中』
2018年/フランス/105分/配給:ロングライド
監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール
11月1日(金)新宿武蔵野館他全国順次公開
©️Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018

きっとみなさんも、“看護学校の生徒たちを見るのって、本当に面白いの!?”と思うかもしれません。確かに、あまりドラマティックじゃない気がしますよね。それなのに、なぜだろう。見始めると目が離せないんです。一緒に笑ったり、一緒に悩んだり、一緒に感極まったりしちゃうんです。

舞台は、パリ郊外の看護学校。年齢も性別の国籍も宗教も様々な生徒たちが、先生や先輩から、それこそ手の洗い方から、治療や患者の心のケアまでを学んでいく姿が、なんかすごく生き生きしているんです。もちろん出来ないことや下手くそなことは多々ありますが、それをお互いに笑い合ったり、教え合ったり。

そうして実践現場に出て、色んな経験を経て1年後。面接で、感想や問題点や今後の希望、また苦悩や日々辛かったことなど、気持ちを涙ながらに吐露する場面は落涙必至です! 中でも最も印象的だったのは、終末ケアを担当した男性看護生が、どう言えばいいか難しいけれど、と迷い迷い「すべてを準備し、納得して亡くなられた患者の、その死にゆく姿をすごく美しいと感じた」と涙ぐんで語った話。看取るのがとても残念で辛い死もあれば、美しい死というのもあるんだな、と。人生ももちろんですが、死も、人それぞれの味わいがあるんだなぁ、と嘆息させられました。

監督自身が塞栓症で救急救命室に運ばれ、一命を取り留めた経験を通し、医療関係者に対するリスペクトから生まれた本作。作品には温かさ、眼差しの優しさが内包され、撮る対象との心地よい距離感は、さすがだなぁ、と唸らされる逸品でした。

どんなことでも最初というものはあって、怖いし、自信が持てなくて嫌にもなっちゃうけれど、でも、自分も頑張ろう~っと、と自然に背中を押されるような心地よさ。ちょっと心に栄養が欲しいとき、ぜひおススメしたい作品です!

 

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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