遅咲きの天才ダンサー、マニーシュさん登場!『コール・ミー・ダンサー』で奇跡のサクセス・ストーリーに熱くなる!
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折田千鶴子
2024.11.28
Netflixで映画化もされた驚きの実話!
色とりどりで賑やかな街に入り込んだような冒頭、「わ~、インドにやって来た~!」と歓声を上げたくなります。フィクションかと思うほどドラマチック、かつ躍動感に溢れ、終始目を奪われてしまうドキュメンタリー映画『コール・ミー・ダンサー』。その物語は『バレエ:未来への扉』としてNetflixで映画化もされた(なんと本人が自分の役で主演!)ほどです。天才バレエダンサー、マニーシュ・チャウハンの半生は、「へぇ!」「うわぁ!」「スゴッ!」の連続。多くの方が数々の映画やドラマから、インドにおける貧富の差や宗教を基本とした思想が人生の選択や家族観など生活の隅々まで入り込んでいることをご存知だと思いますが、そういう状況を背景にしながらも、才能が輝き出す瞬間にワクワクを禁じられません。 現在、NYでプロのダンサーとして活躍するマニーシュさんに、成功までの道のりについて改めてうかがいました。
マニーシュ・チャウハン
1993年12月28日生まれ、ムンバイ出身。大学時代にボリウッド映画の影響でブレイキンを独学で身に着ける。インドの人気オーディション番組に出演し、勧められたムンバイのダンス学校に通い始める。著名なバレエダンサーだったイスラエル系アメリカ人のダンス教師イェフダ・マオールのもとでバレエを学ぶ。2020年、自身の半生がNetflixで『バレエ:未来への扉』として映画化され、主役を演じる。現在、NYのペリダンス・コンテンポラリー・ダンス・カンパニーで活躍中。
18歳でブレイキンに魅了され、その後、クラシックバレエの手ほどきを受けるという“遅いスタート”は映画で語られる通りですが、それまではどんなことに興味を持っていたか、何をして過ごしていたのかなど、子ども時代について教えてください。
僕に限ったことではないでしょうが、自分が何を目指せばいいか、全く見えていませんでした。ダンスに出会うまでは、長く迷子になっていたと思います。僕に開かれていた扉も実際、少なかったですし。父も祖父もタクシーの運転手だったので、両親をはじめみんな、僕がいわゆるオフィス・ワーカーの仕事に就くことを望んでいました。そうなると目指す道は勉強しかありませんよね。
うちは裕福ではなかったので、スポーツも出来ませんでしたし。スポーツって始めようとすると、シューズや道具など結構お金が掛かるのですが、それを買うお金もありませんでした。だから学業で身を立てるべく、大学に通っていました。 そんな僕がダンスに出会うわけです。それまでは、ダンスなんて恥ずかしくて踊れませんでした。幼少期に通っていたカトリックの学校の合唱団で、歌いながら踊らされることがあって、そんな時はずっとトイレに隠れていたくらいでしたから(笑)。
『コール・ミー・ダンサー』ってこんな映画
ボリウッド映画でバク転する主人公に魅せられた18歳のマニーシュ・チャウハンは、自己流で練習し、瞬く間にブレイキンの技を次々に習得。20歳の時、TVのオーディション番組に出演し、勧められたダンススクールに通い始める。講師を務める元スター・バレエダンサーのイェフダ・マオールのもと、同じくスラム育ちで年下のアーミル・シャーと共にクラシックバレエの基礎を短期間で習得。アーミルは英国ロイヤルバレエ団に入学するが、マニーシュの年齢は対象外。イェフダの伝手を頼って各国のカンパニーを訪れるが、なかなか受け入れ先が決まらない。24歳となった悩ましい状況下、映画の主役に抜擢される。その後コロナ禍で各国のダンスカンパニーは自粛状態に。25歳になったマニーシュは、最後のチャンスに賭けNYへ渡るが――。監督・プロデューサーは自身もダンサーでイェフダのレッスンも受けたことのあるレスリー・シャンパイン。
踊ることが恥ずかしくて隠れていたマニーシュ少年が、大学時代にボリウッド映画を見てダンスに目覚めたわけですね。
ダンスというよりは、アクロバティックな動きに魅了されたと言った方が近いんです。『Aflatoon』(1997)という映画で(大スターの)アクシャイ・クマールがバックフリップ(バク転)するのを観て「スゴイ!カッコいい」と思って、どうしたらあんな技や動きが出来るのかと練習したら、元から運動が得意だったのもあって割に簡単に出来ちゃって。周りから(ストリートで踊っていて)も注目を集められるので、ハットトリックなどブレイキンの技をどんどん独学で身に着けていきました。自分でもなぜかは分からないのですが、僕にとってはアクロバティックな技が簡単に出来たんですよ。
そうこうするうちにダンススクールに通うことになり、いきなり人生が激変したわけですね。
ブレイキンの技を身についていく中で、インド版「ゴッドタレント」的な番組に出演するのも悪くないな、と思いました。20歳くらいの時でしたが、もし自分がテレビで活躍しているのを見たら、親も僕のやりたいことやらせてくれるかな、なんて考えて(笑)。他の出演者から「先生は誰?」と聞かれて、「お金がないからダンスの教えを受けたことがない」と言ったら、「今もスゴイけど、ちゃんとトレーニングを受けたらファンタスティックなダンサーになれるよ」と言われました。
ちょうど誕生日が近かったので親戚の人たちから少しずつもらったお金で1ヶ月分のレッスン料を払って、21歳の誕生日に初めてダンススクールに行きました。当時は親から「まずは大学を卒業しろ」「学業に専念しろ」と言われていたので、その後は隠れて通い続けることになりました。
そのスクールで恩師イェフダさんのもとでクラシックバレエの道を志すわけですが、やっぱり「もっと早く始めていれば…」と思わずにはいられなかったのでは?
確かに21歳からバレエを始めるなんて、かなり遅いスタートですよね。でもインドにはバレエの学校が一つもないので、それが遅いということすら知らなかったんです。ただ僕がアメリカに渡った時、クラスメイトたちは14、15歳で、しかも10年ぐらいバレエ経験があることに驚きました。その時点で、彼らは何人ものバレエ教師の元で学んできていて、色んな飲み込みも早いんですよ。きっと「マニーシュって結構年上だよな」とか「振りの入りが遅いな」なんて思われているんじゃないかと考えてしまう時もありました。実際、一緒に踊りたくないと言われて、悲しくてトイレで涙した経験もあります。
でも今では、遅ればせながらバレエと出会ったことも逆に良かったと思っています。というのも早く始めた人の中には、“燃え尽き症候群”に襲われる人も少なくなくて。逆に僕は遅れているからこそ、「早く追いつかなきゃ」という一心でハングリーになれる。また楽観主義でもあるので、普通にバレエを始めていたら(Netflixの)僕の映画がつくられるなんてこともなかったな、とも思って(笑)。何事もポジティブな部分を常に見るようにしているんです。
何かを極めようとする時って神様が試している
ボリウッド・スターへの道を辞退した描写があったと思いますが、その心は?
確かにボリウッド映画界に誘われましたが、それはスター俳優としてというより、やっぱりダンスを踊れるから声を掛けられたと思うんですよね。でもボリウッド映画のダンサーって結構ギャラが安いので、さほど魅力的なオファーには思えませんでした。それに僕はバレエを始めていましたし、初めて他の人(イェフダ)から「君には何かがある。何者かになれるだろうから、それに力を貸すよ」なんて言われたんです。そんな風に初めて言ってもらえて、僕も勇気をもって闘えるぞという気持ちになっていました。自信も芽生えていましたしね。
そういう風に何かを成し遂げようとしている時って、いつも神様が自分を試すもんだと思うんですよ。「こっちの道もあるよ」とピカピカで綺麗なものを見せて、僕が真実の道をちゃんと歩き続けられるかどうか試されていたんじゃないかな、と。それにダンスは年齢が上がれば体が動かなくなる時期が必ず来るけれど、逆に演技は年齢のリミットがないので、この先に可能性があるかもしれませんしね。
いきなりの質問ですが、現在のインドでは職業の選択は完全に自由なのでしょうか? 一般的な庶民の間では、何か制限があったりしますか?
いや、お金がありさえすれば、どんな職業にも自由に就くことができます。今はインドもそういう時代になりましたが、稼げるかどうかが一番の問題。ダンサーも含めてアート的な分野は、やっぱり周りの理解を得るのがとても厳しいです。僕がバレエの道を志したのも、イェフダから「君がこの道を極めれば、エンジニアや医者と同じように稼げるようになるハズだ」と言われたことが大きかったですし、それなら親を納得させられると思いました。
でもインドにはダンスカンパニーが1つもない状態ですから、親や親せきを納得させるのは大変でした。みんな上手くいかないんじゃないか、結局、親と同じ職業に就くことになるのではないかと不安がっていました。ダンサーで身を立てるなんて、具体的なイメージが出来ないですからね。僕にとっては生涯を通して情熱を注げる大好きなものが見つかったけれど、父はどうしてもMBAを取らせたいと言い続けていました。
それにインドでは、未だに家族の中では男子が稼がなければならない(劇中、妹の結婚もマニーシュの稼ぎ次第というくだりも)ので、そういうことを望まれる中でダンサーを目指していいかの葛藤はありました。でも、それでもイェフダを信じて頑張り続けたら、Netflixの企画で映画の仕事が入ったんです。
夢と努力は表裏一体
そのイェフダが言った、確かフィクション映画『バレエ:未来への扉』の中だったと記憶しますが、「夢と努力は表裏一体だ」という言葉が印象的でした。
それは実際にイェフダが言った言葉です。元々バレエダンサーには、ある程度体つきで向き不向きがあるんです。足の開き方とか、女性を持ち上げたりするために身長も関係があって、身長の低い僕には不利なんです。その上、僕はバレエを始めるのが遅かったので、今さらクラシックバレエ・カンパニーに入るのは無理だとは最初から言われていました。それでも僕は努力をし続け、遂に去年『くるみ割り人形』で王子様役(クラシックバレエの中でも王道中の王道)を踊ったんですよ! 諦めずに頑張り続ければ、報われる時が来るのだと改めて実感しました。だから僕は常に、努力を惜しまないことにしています。
僕はアニメが、特に日本のアニメーションが大好きですが、それには理由があるんです。日本の作品の多くが、経済的に裕福じゃなかったり何か問題を抱えていたりする、いわゆるアンダードッグ(負け犬/敗残者的な存在)で勝ちそうにないチームが主人公なんですよね。それでも彼らが何とか頑張って勝利を掴む、成功を掴む物語が多いでしょ!? だから見ると、「何だって可能なんだ!」という気持ちになれるんです。いつも日本のアニメーションから、大きなインスピレーションや可能性や希望をもらっているんですよ。
こうしてドキュメンタリー映画まで公開されるわけですが、これまでの人生を振り返って、今マニーシュさんが思うのはどんなことでしょう?
とにかく、この10年で僕の人生はガラリと変わりました。アメリカに渡る時は、僕も家族も飛行機代を出せない状況でしたから。ロンドンやアムステルダム、そして今回は東京に来るなど、今では世界中の国々に行くことができますが、今も親戚の中でパスポートを持ってるのは僕だけです。本当に恵まれているなと思っています。
これまでの人生において、正しいタイミングと正しい場所で、多くの人が助けてくれました。イェフダや(金銭的な援助をし続けてくれる)パトロンのマリアムなど、本当に素晴らしい人たちばかりで、今は感謝の思いで一杯です。それも母が常にたくさんお祈りしてくれているお陰かな(笑)。母は謙虚なのか何なのか、いつも「丁度いい程度マニーシュに与えてください」と神様にお願いしてるそうで。だから僕はいつも「ちょっと足りないから、もう少しもらえるようにお祈りして」と母に言っています(笑)。
今は、この状況に責任感を持ち、下の世代にバトンを渡していきたいと思っています。これまで僕を助けてくれた方々と同じようなことを、僕も次の世代に繋いでいく責任があると思っています。若く才能がある人たちに、神様がまずは与えてくれたもの(才能や運や機会)を使いこなせるよう、未来に繋げていきたい。与えられた分だけでも、まずは返さなければ、と強く思っています。
終始、穏やかでニコニコして話してくれたマニーシュさんですが、最後の質問で「次の世代に繋いでいかなければ」と口にされた時は、固い決意を感じさせる眼差しに変わりました。21歳でバレエをはじめ、それを短期間で習得すること自体が奇跡のようですが、さらにプロのバレエダンサーとして人々を感動させてしまうなんて、一体どんだけ……と驚いてしまいます。
もちろん、バレエを続けることが簡単だったわけではありません。数々の色んな邪魔や壁が立ちはだかります。それをいかに乗り越えて来たか。本作はブルッと震えがくるような、目が離せないドキュメンタリーです。特にイェフダさんがマニーシュさんをアメリカに送り出す時の表情や言葉に思わずジンと涙! 世界の映画祭を席巻しているのも、観れば納得です。是非、彼の躍動感あふれるダンスと共に、劇的な人生を味わってください。
映画『コール・ミー・ダンサー』
11月29日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
2023年/アメリカ/84分/配給:東映ビデオ (C)2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.
撮影/山崎ユミ
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。