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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

大いに笑ってジ~ンとくる『お母さんが一緒』【橋口亮輔監督インタビュー】「最後は“無垢”なものが残って欲しかった」

  • 折田千鶴子

2024.07.11

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三姉妹のいざこざに抱腹絶倒。その後ジ~ン…

本誌7月号でも紹介した大好きな映画『お母さんが一緒』橋口亮輔監督に、魅惑の作品づくりについてお聞きしました。三姉妹が旅先で一悶着も二悶着も起こすのですが、なんか「分かる~、この感じ!」と思わずニンマリしちゃいます。

親孝行で母親を温泉に連れ出して喜ばせようとするのですが、そうは簡単にコトは運ばず……。あ~あ、言わなきゃいいのに、近しい家族だからこそつい…という関係性が、ヤダけど分かる。可笑しくて、愛しい。そんなわけで、早速、橋口監督の登場です!

橋口 亮輔 
1962年7月13 日生まれ、長崎県出身。92 年、初の劇場公開映画『二十才の微熱』が大ヒット。2作目の『渚のシンドバッド』(95)がロッテルダム国際映画祭グランプリほか数々の賞を受賞。3作目『ハッシュ!』(02)はカンヌ国際映画祭監督週間に出品、世界69 カ国以上で公開。4作目『ぐるりのこと。』(08)は日本アカデミー賞ほか国内の映画賞を多数受賞。中編『ゼンタイ』(13)を挟み、『恋人たち』(15)が第89 回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位ほか多数の賞を受賞。前作から9年ぶりに本作を発表。

過去作、どれも選べないくらい大好きな作品ばかり。LEE読者にとっては、家族や夫婦について深く考えさせられる『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』も断然、見て欲しい。未見の方は是非! さて、9年ぶりとなる新作『お母さんが一緒』は、橋口監督にとってお初づくし。元はペヤンヌマキさん原作・脚本・演出の同名舞台です。岸田國士戯曲賞の最終選考にも残った戯曲を、橋口監督が脚色・演出してCSのドラマシリーズに。それを再編集して今回、映画になりました。

舞台版から映像へと移す際、オリジナルな展開やエピソードは加えたのでしょうか。

「舞台版を一度バラし、映像化するために色々と考えた結果、3割ぐらいオリジナルになっています。人物により幅を持たせ、豊かにしていくために足していきました」

5話+アナザーストーリーと全6話のドラマを、再編集して今回の映画にされましたが、やはりドラマと映画は違うので再編集に苦労されましたか。

「実は最初から“いずれ映画にもしたい”と言われていたので、僕としては両方を(叶えられる形で)やらなきゃいけないな、と思って始めたんです。ドラマは1話ごとに視聴者に楽しんでいただき、次週に続く要望も満たさなければならない。そして編集を変えて繋ぎ直せば、1本の映画として観られるものにしなければならない。単に深夜ドラマを繋げただけでは、劇場で2時間は持ちませんから。でも今回は最初から1本に繋げることを考えながら作っていました」

『お母さんが一緒』ってこんな映画

親孝行しようと、三姉妹が母親を温泉旅館に連れだす。長女・弥生(江口のりこ)は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを抱き、男好きのする次女・愛美(内田慈)は優秀な姉と比較された過去を恨めしく思っている。そんな姉2人を冷めた目で見つめる三女・清美(古川琴音)は、一人地元に残って母親と暮している。清美は今回の旅行で、結婚を考えている恋人タカヒロを紹介する計画を密かに立てていたが、予定より前にタカヒロが現れてしまい、未婚の姉2人は半ばパニックを起こし……。

三姉妹のキャスティングが絶妙です。本当にみなさん素晴らしい濃い味を放っていて。

「最初は深夜枠のドラマという話だったので、予算的にも新人俳優をオーディションで選ぶ予定でした。でも、原作を読んだらセリフ量が多く、しかも方言が入っている。元が舞台劇でもあるので、さすがに新人には難しいだろう、と。長女の弥生が“目が一重”という設定でもあったので、江口のりこさんがいいな、と。とはいえ超多忙なのでダメ元で聞いてもらったら、9月なら空いている、と。その瞬間、“行け~!!”と正式にオファーしたら、ふたつ返事で“やります!”とお返事をいただいて。そこから製作陣のエンジンがかかりましたね(笑)」

次女・愛美の内田さん、三女・清美の古川さんについては?

「内田慈さんはオリジナルの舞台でも同じ次女の役を演じていたので、絶対に出てもらいたかったんです。三女の清美を演じた古川琴音さんも、忙しそうだから無理かなと思いつつオファーをしたら、ちょうど9月が夏休みで空いている、と。奇跡的に希望の3人が揃いました」

タカヒロ役は意外な人選です。それがまた、いい味でした(笑)。

「今どきのキャスティングでは、絶対に細身のキレイ系イケメンを持ってくるのが定石ですが、そうはしたくなかった。タカヒロは三姉妹の諍いの中に入っても、どこか救いになるような存在です。間が抜けているようで、結構まともなことをポンと差し入れる。“大切なことは、お日様が出てるうちに考えるもんだよ”なんてセリフをポンと言う存在を誰に任せるかは、かなり考えました」

青山フォール勝ちさん起用の理由

それでなぜ、お笑いトリオ「ネルソンズ」の青山フォール勝ちさんに?

「コロナ禍の中、続々とお笑いの方たちがYouTubeを始められ、僕もよく見ていました。そこにネルソンズが出ていて、見事に3人ともスベっていたんです(笑)。でも悪びれず“すいません~”と、この笑顔で言っているのを見て“なんかイイ奴だな~”と思って。ただネルソンズも前年にキング・オブ・コントで決勝まで行ったグループなので、これまた難しいだろうと思いつつダメ元で聞いてもらったんです。そうしたら事務所の方に、“え、和田じゃなく青山ですか?”“和田じゃないんですか?”と5回も聞き返されたそうです(笑)。いえ、青山さんでお願いします、と引き受けていただきました」

やはり、お笑いの方は演技がお上手ですね。

「やっぱりコントなどで、お客さんがクスリとも笑わないような舞台で日々鍛えられてきたんでしょうね。この演技派女優3人を相手にしても、全く臆することなく演じてくれました。また清美とタカヒロのシーンを僕はラブシーンのつもりでずっと撮っていたので、日常ではあまりしないような変な動きをつけたんです。“この道の先を見てごらん”と腕を(指差確認みたいに)やったり。清美に抱きつく時も、変な動きを加えてロマンティックにしたかったんです」

「古川さんは苦手だと言っていましたが、青山君は普通の動きより変な方が自然に出来るらしくて(笑)。確かにお笑いって“なんでやねん”とか変な動きをしてますよね(笑)。また元々レスリングをされていたので、ハグしようとすると自然と押さえ込んで投げるような動きになっちゃいそうなのも面白かったですね(笑)」

そんなタカヒロに、キュンとし落涙させられました。

「リハーサルにも営業先から駆けつけるくらい多忙で、最後までセリフと方言が(頭に)入っていなくて、僕もすごく心配していました。ところがリハーサル最終日の2、3日後、現場にインした時には既に入っていて、やっぱりプロだと感心しました。とはいえかなりの長ゼリフ。そんな役に青山君を選んだのは、お芝居で完璧を目指すのではなく、本人の人柄――真っ直ぐで不器用だけど“人間ってこうだと思う”と、嘘偽りなく人柄でもって語れること。青山くんの人柄が出て欲しいな、と。それが上手く機能するか分からないので、実は2回テストしてダメだったら、その場面をカットしようと思っていたんです(笑)。でも本番前にテストで撮った時、すごく良くて。感動してフッと目を移したら、江口さんも泣いていて。それを見て“イケる!”と確信しました。やっぱり芸事で頭角を表す人は、プロ意識が高く、キチッと現場でやるんだなと思いました」



江口さんの“反射”にシビれた

それにしても江口さんの怪演が素晴らしい。監督としても、江口さんがどんな風に演じるのか楽しみにしていた場面はありましたか?

「後半、弥生が愛美を激しく非難するのですが、江口さんがそれを言ったら迫力出るだろうな、と楽しみにしていました。つい“一線を超えてしまった”ことを言い合うのですが、愛美からも、“お姉ちゃんは自分のことブサイクって言うけれど、お姉ちゃんの人生が不細工なんだよ!”と言われるんです」

「さらに“カレシを紹介した時、(美人の)私に顔が似てるって言われて喜んでたじゃん”と。すごい舐め腐った態度で、“あれ、言わせてたよね!? あれ何?あれ何?”と弥生に迫る。実は本番前、(愛美役の内田)慈ちゃんだけに、“あれ何?あれ何?”をこんな風にやって、と(手の仕草を)示したんですよ。江口さんは何も知らずに本番で初めて“あれ何?”とやられた瞬間、慈ちゃんの手をバンって叩いて払いのけた。いやぁ、本当にシビれました」

確かに、すごい迫力というか息を止めていました(笑)。

「江口さんの瞬時の反応に感動しましたが、“あのシーンは本当に嫌でした”と言ってましたね(笑)。妹に魂胆を見透かされていて、それを指摘されるシーンですから。江口さんも“本当に嫌だったのが出たのかも”と言っていました。つまり江口さんが生で感じたことを役に反映させ、意図せず反射的にバッと出した。そういうお芝居をやりたいと思っていると感じて、監督としてすごく感動しました」

それにしても弥生って、かなりの口の悪さです。それが面白さでもあるのですが、ヒドイと思いながら笑っちゃうのは、江口さんだからでもありますよね?

「それは大きいと思います。あのパーソナリティで江口さんが言うと、それだけで可笑しいですから。“あんたたちが二重なのはね……”と、腕を振り回して「美」という字を書く姿に、“さすがに無理があるでしょ”ってツッコミたくなりますよね(笑)。赤の他人からすると理屈が通っていないのが可笑しいけれど、当の本人は必死。“お姉ちゃんは、そういうことを気にしながら生きてきたんだな”と、あのシーンで泣いてしまう方もいるんですよ。笑う人もいれば、泣く人もいて、本当に反応が人それぞれで違います」

監督というのは・・・

監督が、まずは一通り演じて見せるという話にも驚きました

「もちろん役者さんにお任せしたところもありますが、基本は僕が一度やってみせるんです。江口さんは、それをニタニタ笑って見ていましたね。僕がやってみせるのを楽しみにしているように感じました。現場はタイトで大変でしたが、“大丈夫?疲れてない?”と聞くたびに、みんな口を揃えて“疲れてるけど大丈夫。家族なんで”と言うんです。いつの間にそんなに仲良くなったの?と思いましたが、そういう信頼関係があったからこそ乗り切れたと思います」

ところで、リハーサルでは主にどんなことをされるのですか?

「“この人って、これこれ、こういう人間だと思う”ということを伝えるというか。“こんな人がいたよ”とか“こういうことがあったよ”と話をすると、みなさん、そこで何かしら感じるわけです。感動したり心が動くことが、芝居に反映されるんです」

「後で、橋口さんはリハーサルで全然関係のない話ばかりしていたけれど、あれが良かった、と言われました。普段はそういう時間をなかなか取れませんが、今回はそれが出来て楽しかったし、すごく良かったです」

そういうことが芝居となって、作品として膨らんでいくわけですね。

「そう、監督・演出家の仕事とは、つまりは心を動かさせることだとも思いました。そして、“ここへ行きたい”と明確に示すことが、1番の仕事だと思いましたね。例えば今回の作品では、みんなで喧嘩して沢山スリ傷を負うけれど、朝になったら最後には一緒に温泉に入って、その傷を互いに舐めながら傷が癒えていくーー。最後は女たちが蘇生していく姿を描きたい、と。たくさん喧嘩をするけれど、後に残るのは憎しみではなく、“無垢”なものが残って欲しかったんです」

「映画には入れてないのですが、愛美が神社に行って水を汲み、朝陽を見た瞬間にポロっと涙が落ちるシーンがあるんです。なぜ涙が出たのか分からないけれど、朝陽によって自分の“無垢”な部分が反応したわけです。僕は、最後に観客にもそれを感じて欲しかったんです。今回バタバタと撮りながら、監督は余計なことを言わずに“ここへ行きたい”と示せばいいんだ、そんなことを考えたりする時間にもなりました」

ドラマと映画の違いは・・・

本作は、とても映画っぽい作品だと感じましたが、そうした“映画っぽさ”とは画作りによって生まれるのでしょうか。

「画作りとテンポ、そして芝居の質だと思います。プロの俳優はセリフを覚えれば、自然と喜怒哀楽の表現が出来ますよね。それはテクニックで出来るので、情報として伝えられます。気軽に楽しみたい視聴者に向けては、むしろそれくらいの軽さの方がいい場合もあります。だって人物の内面に入っていこうとすると、やっぱり重く感じますから。求められるものに対して表現方法が変わってくるわけです」

「でも、それだと一本の作品にはなっていかない。しんどいけれど胸の中のものを使って、小さな釣り針がここ(胸)にグッと引っかかって、引っ張り出されて作品に入っていくようにしないと(映画)作品にはなりません。だから今回も、作品というのは“生”がないとダメだと説明し、本当にみんながそれを飲み込んで演じてくれたと思っています」

3人の姉妹喧嘩をはじめ、緊迫感のある長いシーンが多いです。すべて長回しで撮っていると思うのですが、一連を何テイクも繰り返して完成させていったのですか?

「今回は時間もなくセリフ量も方言も多かったので、メインのカメラマンをはじめ優秀なカメラチームを組み、3台のカメラで押さえていきました。繰り返し3カメで撮っていったものを、テンポよく軽快な編集が持ち味の『ゴジラ -1.0』などの宮島竜治さんが繋いでくれました。いつもは自分で編集もやりますが、今回はマルチ素材だったので宮島さんにお任せして。同じ部屋の中でも、本当に飽きないよう編集してくださいました」

それによって俳優も助かったでしょうね。

「役者さんの負荷も減りましたよね。1カメで撮っていたら大変だったと思います。カメラマンの上野彰吾さんと相談してマルチカメラで撮ることにして、それが功を奏したと思います。すごくテンポも出ましたし、俳優陣もすごくやりやすいと言っていました」

これまでは“自分が撮らなければ”と内から出てきた作品でしたが、本作は自分の実体験を反映する作品ではなかったと思います。しかも三姉妹物語で。

「僕は一人っ子なので、“こういう姉妹・兄弟喧嘩って本当にあるんですね”みたいな感覚でした。でも、家族ってこんな感じなんだなと楽しんで撮ることが出来ましたよ。確かに自分発の物語ではないので、ちゃんと自分の作品になるのか最初は少し心配しましたが、やったら出来ました!」

「ご覧になった方が、“橋口さんの新作”だとか“橋口さんの演出は”という話ではなく、みなさんご自分の家族の話をされるんです。それが、みんなの琴線に触れたんだな、この作品は成功したな、と思えるところです」

あっちとこっちが結束していたはずが、この話題では、こことここがくっつくなど、3姉妹の関係がとにかく最高です。男が絡むとこうなるのね…というのもリアル(笑)! 姉妹がいる方はもちろんのこと、誰もが“家族ってやっぱ、こうだよね”と思ってしまうこと必至! 私も既に観た方と話をすると、「うちの母親も」とか「なんで母親って…」みたいな話で大盛り上がりです。三姉妹が“母親みたくなりたくない”と言いつつ、まんま“自分が文句を言ってる母親そのものじゃない?”みたいな姿が可笑しくて。

そして江口さんはじめ、内田さんも古川さんも本当に見事。メチャクチャ最高。青山さんも、本当にいい味です。何度も観たくなる本作。是非、劇場に駆け込んでください!

映画『お母さんが一緒』

2024 年/日本/106分/配給:クロックワークス

原作・脚本:ペヤンヌマキ

監督・脚色:橋口亮輔

出演:江口のりこ 内田慈 古川琴音 青山フォール勝ち(ネルソンズ)

©2024 松竹ブロードキャスティング

7⽉12 ⽇(⾦)より新宿ピカデリーほか全国公開

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写真: 山崎ユミ

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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