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LIFE

中谷美紀さんが挑んだNY公演の怒涛の59日間、『オフ・ブロードウェイ奮闘記』【インタビュー前編】

2024.05.25

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中谷美紀さん「オフ・ブロードウェイ奮闘記」

2023年3月、ニューヨークで上演された舞台『猟銃 THE HUNTING GUN』。原作は昭和の文豪、井上靖の小説で、ひとりの男性へ送られた3人の女性(妻・愛人・愛人の娘)からの手紙を通して、それぞれの心理を浮き彫りにする恋愛心理劇です。中谷美紀さんがひとり3役を演じたことに加え、世界的なバレエダンサー、ミハイル・バリシニコフさんとの共演とあって国内外でたいへん話題となりました。

とはいえ、喝采の裏には、慣れない海外での稽古や予期せぬトラブルで、悪戦苦闘する日々がありました。そんなニューヨークでの怒涛の59日間を綴ったのが、このたび上梓された中谷美紀さんのエッセイ、『オフ・ブロードウェイ奮闘記』です。中谷さんに本書に寄せる思いを2回に渡ってお届けします。

Profile
中谷美紀(なかたに・みき)●1976年、東京都出身。1993年に俳優デビュー。『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞。2013年には『ロスト・イン・ヨンカーズ』で読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞するなど舞台でも活躍。エッセイにもファンが多く、『インド旅行記』シリーズや『オーストリア滞在記』『文はやりたし』など著書多数。Instagram(mikinakatanioffiziell)も人気。

私にはこれを記録する使命があると思いました

THE HUNTING GUN
THE HUNTING GUN
by Yasushi Inoue’s
with Miki Nakatani and Mikhail Baryshnikov
adapted for the stage by Serge Lamothe
directed by François Girard
at Baryshnikov Arts Center
Photos taken during dress rehearsal on March 15, 2023.
Photo Credit: ©Stephanie Berger.

舞台のお稽古から初日、そして公演が終わるまで、日記を綴るように日々の出来事が詳細に書かれていますね。普段は知ることない世界をのぞき見ることができて、とても面白かったのと、中谷さんのたいへんな苦労を一緒に経験しているような気持ちになって、読み進めるにしたがって本番への緊張が高まりました。そもそも今回、これを記録として残そうと思ったきっかけはありましたか?

中谷さん ひとつは、2023年の2月、お稽古に入る前に演出家のフランソワ・ジラールさんがお食事に誘ってくださったのですが、そのときのお話が忘れられないものだったのです。ロシアがウクライナへ侵攻を開始したのが2022年2月24日なのですが、ちょうどそのとき、フランソワさんは、モスクワのボリショイ歌劇場で、ご自身が手がけたワーグナーのオペラのプレミアを迎えていたというんですね。そのお話は手に汗握るもので、同じ時代を生きる者として、書きとめておかないといけないと思ったんです。もうひとつは、やはりバリシニコフさんという、伝説のバレエダンサーと共演するという機会をいただいたことです。彼の創作に携わるお姿を拝見して、大袈裟ですけれど、私にはこれを記録する使命があると考えました。バリシニコフさんという方の存在は、人類共通の財産だと思ったんです。

オフ・ブロードウェイ奮闘記
『オフ・ブロードウェイ奮闘記』
中谷美紀・著

2023年、ニューヨークで行われた舞台『猟銃 THE HUNTING GUN』でひとり3役を演じた中谷美紀さんの日記エッセイ。怒って、泣いて、演じ切った怒涛のNYブロードウェイの59日間の奮闘が本音で綴られている。2024年5月22日発売。(幻冬舎文庫)

バリシニコフさんの存在が舞台ではつねに拠り所に

右から演出家のフランソワ・ジラールさん、バレエダンサーのミハイル・バリシニコフさん、中谷美紀さん

本書を読んでいても、舞台との向き合い方からお人柄まで、バリシニコフさんが本当に素晴らしい方だとわかります。間近でご覧になっていかがでしたか。

中谷さん すごかったですね。稽古が始まった瞬間、鳥肌が立ちました。背景も何もない空間なのに、バリシニコフさんが猟銃を構えた瞬間に、深い森にいるような感覚になるんですね。森の中で、鹿なのか、鳥なのか、カサカサと音がして、そこに向けて銃を放ったときに、鳥がバサバサバサっと逃げていくところが見えるんです。銃口から出る煙まで見えるようで、本当にゾクゾクとしました。

これはご自身でもおっしゃっていたのですけれど、踊ったり、演じたりすることに関しては、すでにやり尽くしていて、強烈に何かを表現したいということはもうないんだと。今はバリシニコフアーツセンターの理事としての仕事と、家族との時間を分かち合うことで十分に幸せだとおっしゃっていました。

そんな中で主演でもなく、セリフもなく、舞台の後方でパフォーマンスをするだけの『猟銃』に出てくださったのは、この作品がご自身の物語と重なるところがあったからじゃないかと思うんですね。バリシニコフさんは、14歳のときに、お母様を亡くされるという経験をされています。『猟銃』では、母・彩子を亡くした娘・薔子に、おそらく自分を投影しながら演じていらっしゃったのではないかと思います。その思いの深さに私も自然と感情が引きだされました。

私自身、ニューヨークのお客様の前に立つという緊張感や恐れはつねにありました。でも、セットがうまくいかなくても、スタッフの動きが未熟だったとしても(笑)、バリシニコフさんがそこにいてくだされば、それだけで十分で、舞台ではつねに彼の存在を拠り所にしていました。

バリシニコフさんが同志として迎え入れてくれました

中谷美紀さんインタビュー

お二人の信頼関係が揺るぎないものだったから舞台は成功したんですね。でも、そんな偉大な人との共演はうれしい反面、プレッシャーも大きかったのではないでしょうか。

中谷さん バリシニコフさんは、普段は大スターの気配を消していらして、そんなことを微塵も感じさせない方でした。「この人は、どれだけできるか」なんていう高みの見物をしないんです。どちらが上とか下とかなくて、同じ土俵に同志として迎えてくれたので、バリシニコフさんを前に緊張することはありませんでした。

今回、『猟銃』では日本人の役を演じるということで、日本人のメンタリティや習慣についても丁寧にリサーチしてくださって、質問もたくさん投げかけてくだいました。たとえば「葬儀では、どんな儀式があるの?」とご興味を持たれたので、私がお焼香の所作などを一通り、ご覧に入れたんですね。そうしたら、その動きをアレンジしてパフォーマンに取り入れたりして。偉大な方だけれど、知らないことは素直に人に聞いて学ぶという謙虚な姿勢にとても感銘を受けました。



無糖チョコレートをお供に、ギリギリ残された体力で綴った日記

中谷美紀さんインタビュー

それにしても今回のエッセイは480ページと膨大な記録ですね。緊張感あふれる日々の中、しかも海外ならではのトラブルに見舞われる中で、これを綴っていたとは!! 普通だったら、もうヘトヘトで、1日が終わったらベッドに倒れ込んで何もできなさそうですが、さすが中谷さんだと思いました。

中谷さん いえいえ、私、人から思われているほどストイックではないです(笑)。むしろずぼらでいい加減なころもたくさんあります。ニューヨークでこれを書いていたときも部屋に戻ったときには書く体力がまったく残されていなかったので、いつもベッドに横になり、横にお茶を置いて、無糖のチョコレートを食べながら書いていました(笑)。

中谷美紀さんの最新エッセイ『オフ・ブロードウエイ奮闘記』についてのインタビューは後編に続きます!

Information 

WOWOWで放送・配信!
『中谷美紀×ミハイル・バリシニコフ「猟銃」NY公演 密着ドキュメント付き特別版』

中谷美紀、伝説のバレエダンサーであるミハイル・バリシニコフの奇跡のコラボで行われた舞台『猟銃』のニューヨーク公演をスペシャルドキュメンタリー映像つきで放送。

放送日:2024年6月8日(土)16時

放送:WOWOW 

原作:井上靖 

出演:中谷美紀、ミハイル・バリシニコフ 演出:フランソワ・ジラール

Staff Credit

撮影/伊藤彰紀(aosora) ヘア&メイク/下田英里 スタイリスト/岡部美穂 ネイル/ネイルハウス安气子 取材・文/佐藤裕美

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