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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

【中国No.1インフルエンサー 『劇場版 再会長江』竹内亮監督インタビュー】「激動の10年で最も驚いたのは、結婚観の変化だね!」

  • 折田千鶴子

2024.04.11

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中国ドキュメンタリー長編映画ベストテン選出作の劇場版

旅行好きの方はご存知かもしれませんが、本作の竹内亮監督は、なんとフォロワー数1000万人を超える、中国全土No.1インフルエンサー(Weibo旅行関連インフルエンサーランキングより)として活躍されている方。中国と言えば私たちの多くにとっては、どこかまだ近くて遠い国だったりしますが、かつて経済大国だった日本が追い抜かされて既に数年が経ち、今や経済的にも政治的にも米国と共に世界を左右する超大国であることを認めないわけにはいかなくなってきました。

そんな中国で影響力を持つ竹内監督って、どんな人!? 『劇場版 再会長江』を引っ提げて来日(帰国!?)された監督に、色々と尽きない興味をぶつけてみました!

竹内亮 1978年、千葉県出身。中国・南京在住。テレビ東京「ガイアの夜明け」「未来世紀ジパング」、NHK「世界遺産」「長江 天と地の大紀行」などを制作。2007年、ギャラクシー賞コンペティション奨励賞を受賞。2013年、中国人の妻と共に中国に移住。以後の主な作品に「新規感染者ゼロの街」「好久不見、武漢(お久しふりです、武漢)」「中国アフターコロナの時代」「大涼山」など。いずれも再生回数数千万回を記録し、大きな反響を呼ぶ。著書「華僑 中国を第二の故郷にした日本人」(’22)を角川書店より発表。人気テレビ番組などにも出演し、現在、最も勢いのあるインフルエンサーとして各所で活躍中。

本作は、かつてNHKで撮った「長江 天と地の大紀行」の10年後、同番組で訪れた場所や人々を再び回ってカメラに収めたものです。まず、10年前の番組を作った動機を教えてください。当時の企画書は、どんな内容や目的だったのですか?

「2011年に放送された作品ですが、動機としては単純に、中国という国をもっと知りたかったから。企画を書いた2009年は、僕がちょうど中国人の妻と結婚したばかりだったんです。妻は南京出身ですが、当時の僕は中国のことをほとんど何も知らなくて。自分が愛した人の故郷はどんな国なのか、ちょうど自分がドキュメンタリーを作っていたので、渡りに船とばかりに中国全土を旅できる番組を企画したわけです(笑)。元々「三国志」が好きだったのもあり、色んな舞台として物語に登場する長江沿いの都市を周りたいという気持ちもあり、中国大陸一周は無理にしても、中国大陸を横断する長江をたどれば都会も田舎も内陸も網羅できるぞ、と」

ちなみに中国の方たちにとっての“長江”は、日本人にとっての“富士山”的な存在ですか?

「そうですね、ナレーションでも“母なる大河”とあるように、それに近いものがあると思います。ただし北部の人たちにとっては、それが黄河になりますね。やはり人類の歴史を紐解くと、どんな国や地域も川に沿って水とともに発展してきたわけです。中国には長江文明と黄河文明があり、その両方が“文明の母”と言える存在です。だから、外国人としてそれに挑戦するのは、なかなか大きなプレッシャーがありました。でも逆に、外国人だからできることもあるとも感じてはいましたね。当たり前ですが、今まで何度も中国で長江を題材にした作品が撮られてきたので」

©2024『劇場版 再会長江』/ワノユメ

それこそ、本作で目にする絶景には、ただもう口を開けてしまいました。監督も初めて目にしたときは、それこそ驚かれたのでは?

「まさしくポカーンとしましたね。“すげえな”と、ただもう目にしたその圧倒的なスケールに、ただただ驚きました。10年前は、ただ圧倒されて終わった、という感じでした」

『劇場版 再会長江』ってこんな映画

©2024『劇場版 再会長江』/ワノユメ   地上の楽園・雲南省シャングリラで暮らすチベット族の茨姆(ツームー)さん。本作で10年後に監督に再会したツームーさんは、夢を叶えているでしょうか!?

◆Story◆

日本人監督の竹内亮が、上海、南京、武漢、重慶、雲南、チベット高原まで全長6300 キロの長江に沿って広大な中国大陸を横断するーー。10 年前にNHK の番組では果たせなかった、チベット高原にある「長江源流の最初の一滴」を今度こそ撮るために、2021 年から2 年かけて再び挑む。10 年前に撮影した友人たちを訪ね歩きながら、中国におけるこの10 年の変化を見つめる。

番組撮影から10年後、『劇場版 再会長江』の元となる「再会長江」を作られました。10年ぶりに各地を再訪しようと思ったのはなぜですか?

「早い話、10年前の作品に満足がいっていなかったからです。当時は中国語が全く分からず、常に人を介してコミュニケーションしていた――取材交渉から準備まで全て中国の方に頼んでいたので、例えば“断られました”と報告を受ければ諦めるしかなく、だから当然、取材相手の心に入っていくこともできなかった。でも今回は、一度ダメと言われても“じゃあ、こうしたらどう?”、“それなら、いいよ”という感じで撮影交渉からインタビューまで全て自分が行ったので、色んな事情すべてを把握して進めることができました」

「また10年前は、こんなに長い歴史をもち、文化も民族も多様で豊富な長江沿いの人々を、あの程度の知識で撮ってしまったことへの後ろめたさ、みたいなものもあったんです。自分でも深みが全然足りないな、と感じていて。だからいつか中国語を覚え、人脈も出来たら、撮り直したいとずっと思っていたんです。そろそろ出来るかな、と思えたのが2021年頃でした。23年まで2年かけて撮ったわけですが、う~ん、ある程度は満足できたけれど、それでもまだ“撮り切った感”はないな。深さがまだ足りない。もっと文化と歴史を勉強してから、また挑戦したいですね」

とはいえ、中国で「再会長江」はメチャクチャ話題になったわけですよね?

「はい。劇場版はまだ公開されていませんが、劇場版の元であるネット版の「再会長江」は、お陰様でメチャクチャ再生されて観られた作品になりました」

それを今度は、わざわざ『劇場版 再会長江』として、新たに作り直したのはなぜですか? 

「ネット用のフォーマットで作ったので、「再会長江」は1話から9話あるんです。すごく多くの人に観てもらえたけれど、中国のみならず日本を含めて世界中の人に観てもらいたかったので、映画版として新しく編集して『劇場版 再会長江』を作りました。劇場版は、やっぱり世界中の多くの人が知る場所から始めた方がスッと入って来るだろうと、上海から始め、大河の源流を目指して長江をさかのぼっていくよう、真逆のストーリー構成にしました。中国の人からすると、上海や南京や重慶、三峡ダムなどを最初に出すと“またか”と思われてしまうので、逆に興味を持たれるだろうと源流のあるチベットの方から始めて、どんどん下って行って最後に上海で終わる構成だったんです」

最も驚いたのは結婚観の変化

10年前の番組を見ていなくても、現在の様子に10年前の映像が挟み込まれているので、そのあまりの変化を目撃できるというのが、本当に興味深かったです。ちなみに、あれは当時の番組映像の抜粋ですか?

「いえいえ、本作には一秒も、1カットも使っていません。当時の選り抜きのカットを使って番組を作ったので、もちろん使えるものなら使いたかったですが、莫大な使用料をNHKさんに支払う予算がまったくなかったので、それが今回、最も辛いところでしたね。今回使用した映像は、すべて自分たちが手持ちで持っていた未使用の素材ばかりです。もし番組映像を使えたら、もっと見栄えのいい画で10年の変化を効果的に比較できたのですが……」

なるほど……。でも、それがなくとも本作があぶりだす“中国におけるこの10年”の変化の大きさは、まさに市民レベルの肌感覚で感じることができました。それに本当に驚かされましたし、本当に興味深かったです。村自体がなくなっていたり、何がそこにあったのか想像できない状態に発展していたり。まさに激動・激変ですね!

「僕が最も変化の大きさを感じたのは、やっぱり人の価値観の変化です。それには本当に驚きました。例えばシャングリラというチベット族自治区に暮らす少女ツームーとその家族の結婚観の変化には、ビックリしましたね(笑)。つい10年前までは伝統的な結婚体制で、親が紹介した相手としか結婚できないと言っていた。何百年も続いてきた伝統だったそれが、たった10年で変わってしまうなんて! しかもツームーの妹にいたっては、“別に結婚しなくていい”という価値観に変わっていて、それを家族もみな認めている。何百年以上も続いてきた伝統が、たった10年のうちになくなってしまうのか、と」

こちらはツームーさんではなく、少数民族・摩梭(モソ)人の甄甄さん。長江の水源のひとつであり最も水質のよい湖のひとつでもある瀘沽湖のほとりにあるこの村は、古くから女性がリーダーを務める母系社会で、決定権はすべて女性が持ちます。この10年で、どんな変化が訪れたでしょうか!? 

そんな風に価値観をガラリと覆してしまう原因、変化の要因といえば……。

「やっぱりネットがもたらした変化ですよね。情報革命はもちろん中国だけではなく、世界を変えましたよね。それがより顕著に出たのが中国なんだな、と思いました」

そうした情報の発達によって“初めて知った”とか“見たことがないもの”が減っていくのは、映像作家としては辛いところでもありますよね。

「いや、本当に困ります(笑)。だから僕の夢は、宇宙に行くこと。宇宙で暮らしてる人を撮りたいな、と。それはまだみんな見たことないな、と思ってはいるのですが……」

価値観が変わった一方で、ツームーさんと彼女のお母さんが、監督と10年ぶりに再会した瞬間、思わず感極まって泣いてしまいます。10年前にシャングリラ地区から監督たちに上海という大都会に連れて行ってもらったことが、本当に忘れられない思い出や初めての感覚だったのでしょうね。

「なぜ再会した時に、あんなにも彼女たちが泣いたのか僕自身にも分からないところではありましたが、当時、それほど大きな衝撃を与えていたのか、ということに気付かされました。そんなにも深く僕らのことを思っていてくれたのか、と驚かされました」

まさに、初めて世界に目を見開かされてくれた親と再会する懐かしさ、みたいな感動が伝わって来ました。色んなことがガラリと変わっていたものの、ツームーさんの現在の姿、ステキな生き方や選択や感性に、とっても感心して感動をもらいました。

「10年経って環境や状況はガラリと大きく変わったけれど、人間性みたいなものは基本、やっぱり変わらないんだな、と。ツームーの人間性が当時のままだったので、本当に良かったです。やっぱり経済が発展すると擦れてしまう人って、結構多いと思うんです。でも僕が本作関連で再会した人たちは、全員そういう感じにはなっていなかった。役に立つ人や自分を利する人としか付き合わない、みたいになってしまう人が少なからずいるかと思ったら、誰もいませんでした」

ちょっと驚いたのは、バンバンと呼ばれる港湾労働者(荷物を運ぶ人)の男性が、ご高齢に近い今も同じ職業で生きていたことです。しかも、嫌な態度の顧客に食ってかかって大喧嘩になる姿など、日本ではあまり見ない風景でもあるので。

「そこは、今も昔もあまり変わっていないかな(笑)。基本、中国人はみんな溜め込まず、思ったことを言い合いますからね。それもやっぱり10年前の方が多かったかな。確かに最近の中国の若者は、日本人にどんどん近づいているかもしれない。僕も何でもストレートに言う方なので、その変化は少し寂しいですね。なんでも素直に言い合うのが、中国の良さだと思っているので」

変化を良しとする僕の感性が本作に現れている

例えばこれまで中国の変化といったものに対しては、ジャ・ジャンクーの『長江哀歌』をはじめとして三峡ダムまわりの変化を観て来たので、どこか寂しさや悲しみ、やるせなさやノスタルジーを強く覚えることが多かったんです。でも本作は、変わりゆく風景に対して悲しみや寂しさとは少し違う手触りを覚えました。雄大な景色も変わりゆくことを、中国の人たちは実際のところどう感じているのでしょう。

「多分、僕は変化を前向きに捉えてるので、そういう意味でも中国の観客にとって、「再会長江」に新しい視点を感じたんだと思うんですよ。確かにジャ・ジャンクー監督の視点ってノスタルジー寄りに行くことが多く、それは割に中国ではよくある視点なんですね。でも僕は、変化は良いことだと思ってるし、そこに僕の作品らしさがありありと出ていると思うんです。映画って、やっぱり監督によって全く変わるものだと思いました。だからこそ、この作品が中国でウケたんだと思います。今まで見たことない視点というのは、そういうところなのかな、と」

「僕がなぜ変化を面白いと思うのかは、世代に大きく関係していると思います。僕は就職氷河期世代で今45歳ですが、社会に出る時に最も就職率が低い時代だったんです。バブル崩壊後を生きてきた、発展というものを見られなかった世代。だから先輩たちから“バブル時代はな”という話を聞くたびにイライラしていたんです(笑)。バブル自慢を聞かされてムカついてきた世代の僕が、中国に行ったらリアルにバブルを体験できたわけです。だから“あぁ、発展するって面白いな”と実感しました。いいところも悪いこともあるけど、僕はそれを前向きに捉えているんです。だから僕の視点で中国を見ると、発展や変化が素晴らしいことにしか見えない。ジャ・ジャンクー監督の、発展や変化=悲しいものとは僕は見られないんです」

「それに中国人が長江を題材に描くときって、必ず歴史から入るんです。何万年の歴史を持つ川であり、人類の発展を見続けてきた川なので、当然と言えば当然ですが。でも僕は、本作でも一切歴史に触れていない。たった10年の変化を捉えただけというのが、逆に新しかったんだと思います。今まで見てきた長江のドキュメンタリーとは全然違うぞ、と。もしまた撮るとしたら、さすがにもう少し長いスパンで捉えて、風呂敷を広げてもいいかな、とは思いますが」



最後に“中国ってそんなスゴイの!?”こぼれ話

今や中国が世界のトップ2となった成長や変化を、どんな風に監督は見て来ましたか?

「初めて中国に行った10数年前は、当然ながら全ての面において日本の方が発展していました。でも今は、日本に来ると“不便だな”と思うことが多い。まさか、こんな時代が来るなんて、僕も思いもしなかったですよ。日本に帰ってきた感想が、“不便だな”なんて」

具体的には、何がそんなに不便なんですか?

「例えば、交通も通信も生活環境も、10年前は日本の方が圧倒的に便利でした。でも今は、そのすべてが本当に古いと感じてしまうんですよ。“どうしてアレがない? コレがないんだ!?”って、いちいち思います。例えば交通網。今や中国では飛行機も含め、どんな小さな田舎の町に行くにも新幹線が走っているので便利で早い。日本は10年前から新幹線の路線が変わらずに増えていないから、全国各地に行くのに不便だし値段も高いし、時間もかかる」

とはいえ技術的には日本の方が高い、例えば新幹線にしても日本の方が安全だと思っているのですが……。

「そこも既に逆転してしまっているだろうな。中国人が日本の新幹線に乗ると、揺れて怖いと言うくらいなんですよ。もちろんモノにもよりますが、家電をはじめ最新の科学技術を用いるものは、中国の方が上をいっている気がします。スマホにしても、中国製の方が安いし性能も高いですから。かつての“安かろう悪かろう”という発想は、限りなく古くて間違っています。そのイメージを更新できない限り、日本はこのまま世界で負けていってしまう。ただ素材に関しては、何百年も続いてきた日本の伝統的な技術には、叶わないと感じますね」

「車にしても日本は相変わらず大手数社のみしかありませんが、中国は新興企業がどんどん生まれ、車メーカーも100くらいあります。僕が使っているスマホの企業も、最近、車を作り始めたくらい簡単に作ってしまう時代に入っているんです。かつては東南アジアに行くと日本車の独断場でしたが、今は中国メーカーの車ばかりですよね。そうした変化を見て見ぬフリをしていると、日本マズいぞ、と思っています」

う~ん、暗くなってしまったので、敢えて今の日本の良い所を最後に挙げて下さい!

「アニメ(笑)。あと、旅行する国としては、日本は最高です。だからインバウンド需要がずっと増えているんでしょうね。日本の安さと安全性、そしてご飯がお美味しくて、トイレも町もとても綺麗。さらに日本人は礼儀正しい。そんな国って、やっぱり他にはないですから。日本のアニメと旅先としては、超イイですよ!!」

デジタルの発達は日本が世界各国より、かなり遅れているのは薄々知ってはいましたが、“映画の宣伝でも、中国はもはやチラシも作りません。中国で紙を見ることって、ほとんどないんですよ”と言われたのには驚きました。

もちろん、この連載枠でも何度か香港出身の監督にお話しをうかがってきて、今回のインタビューでは出なかったような“政治的なこと、思想的なこと、自由さ等々”についても考えあわせると、決して「中国、最高~!!」と言うことはできません。でも、世界における日本の現状を知るのは必要だし、そのためには中国の発展と現況に対する目をもう少し開いて、それを認めないと先がない……とも強く思い知らされたインタビューとなりました。

そして当の『劇場版 再会長江』は、文句なしに面白いのです! 中国という国の広大さを実感させられもしますし、この10年という激変を市井の人々の感覚から感じ取れるというのも、なかなか出来ないことだと思います。本当に異なった色んな文化や生活様式等々が一国の中に存在するということも、まざまざと見せつけてくれて本当に興味深い。みなさんの好奇心を、本作で大いに満たしてください!       

『劇場版 再会長江』

2024年/中国/111分/配給:KADOKAWA

監督・脚本:竹内亮

ナレーション 小島瑠璃子

©2024『劇場版 再会長江』/ワノユメ

4月12日(金)全国順次公開     

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写真:菅原有希子

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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