LIFE

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第3回

エミー賞史上最多受賞『一流シェフのファミリーレストラン』何の気なしに見た第1話がいきなり最高で沼る【ミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2024.04.26

この記事をクリップする

Yummy!

今月のミニレシピ

肉が柔らかければ幸せな、BEEFとパプリカのサンドイッチ

赤玉ねぎ1/4個、パプリカ半分を薄切りにします。オリーブオイル大さじ1を入れたフライパンに入れて塩を2つまみふり、蓋をして蒸し焼きにします。クタクタになるまで炒め、いったん火を止めて、薄切り牛肉80gを広げながら野菜の上に乗せて、さらに塩を2つまみほどふりシュレッドチーズも大さじ2ほど乗せます。そばに大さじ1ほどトマトピューレを乗せて中火にかけて、チーズが溶けて牛肉に火が通れば出来上がり。パンに切れ目を入れて、粒マスタードをたっぷり塗って、牛肉と野菜、そして温まったトマトピューレをところどころ絡めてパンに挟んでめしあがれ!

牧歌的なタイトルからほっこりストーリーを想像していると、良い意味で裏切られます

再生ボタンを押すと、左上に「15+」。「不適切な言葉使い、若干の薬物への言及、タバコのシーン」との注意書きのテロップが表示されました。『一流シェフのファミリーレストラン』……こんなに牧歌的なタイトルなのに! なんということでしょう、このドラマったら。
正直に言うと、ほっこりストーリーなのかなとウォッチリストに入れたまま後回しにしていました。私は刺激が欲しいのよ! 見るものぐらい!と思いがちなもので……タイトルも、まるで『レミーのおいしいレストラン』みたいだし。(『レミーのおいしいレストラン』は名作ですが!)なんせディズニープラスだし。

『一流シェフのファミリーレストラン』
『一流シェフのファミリーレストラン』ディズニープラスのスターで独占配信中
© 2024 Disney and its related entities.

それがなんと! 今年のエミー賞で史上最多の受賞を勝ち取ったのが、この『一流シェフのファミリーレストラン』だったんです! そして、この時の受賞スピーチの映像を見た時に、あまりに全員がめちゃくちゃ。がなり声を上げながらスピーチをする男性に、喋ってるにも関わらずぶちゅーっとキスする男性。しかも、この2人、主役でもないよね? まさに混沌。「あれ? このドラマ、そんな感じなの? 面白いんじゃない?」とビビビときました。ビビビどころか、エミー賞を獲っているのだから当たり前なのですが! 

しかし、これまた何の気なしに見始めた第1話がすごかった。私、今、何見たの? すごいもの見た気がする。わけがわからないけど! 一言で言うと「最高!」だったのです。

全米一のレストランのシェフをしていた最高の料理人が、ダイナーでサンドイッチ作り!?

最初のシーンは、橋の上で始まります。檻にいるクマと向き合う男性。彼は檻の扉をなぜか自ら開き、恐怖に耐え緊張しながら「大丈夫だ」と獰猛なクマに声をかけます。

次のシーン。彼の名はカーミーといい、ダイナーのオーナーシェフであることがわかります。彼は牛肉の塊を取り出し、まな板にどんと乗せます。さやから取り出した包丁はよく磨かれており、おそらく日本製で漢字で名前が刻まれています。手のひらで肉の形を整えたら、よく切れる刃でその肉の脂肪や筋を丁寧に取り除いていきます。その眼差しは真剣そのもの。

次の場面、彼は「頼みがある」と電話をかけ、大急ぎで家に走って帰り自身のコレクションのプレミアムデニムを持ち出します。そして裏通りでジャージ姿の男と物々交換を試みます。「1944年製ビッグEの赤耳。転売すれば1250ドルになる」。「550ドル足りない」と言われ、これも、と男に押しつけるのは、ダイナーの端にあるコインゲームからかき集めた小銭の袋。さらにもう1本のデニム。カーミーがやっと手に入れられたのはパッキングされた牛肉の塊。店に資金がないために彼は物々交換で食材の仕入れをしてたのです。

『一流シェフのファミリーレストラン』
カーミーは全米一のレストランのシェフをしていた最高の料理人。なぜシカゴのダイナーでサンドイッチ作りをしているのか!?
© 2024 Disney and its related entities.

そして、再び厨房。スパイスをまぶされた牛肉の塊は、綺麗な色に焼き付けられます。そして、規則的に美しく切り揃えられている玉ねぎとにんじん。トマトで煮込まれているところへカメラはズームで迫ります。

厨房におずおずと現れたのは若い女性シドニー。副料理長であるスーシェフに応募してこの店に面接に来たのです。ざっと職務経歴書をチェックすると彼女は名店に料理人として勤務していた経歴の持ち主でした。「なぜこの店に?」とカーミーは尋ねます。「ここは父のお気に入りの店で一緒に来てたの」。彼は彼女の採用を決め、今日のまかないを作るように言いつけますが、シドニーはとまどいながらカーミーに質問を投げかけます。

「あなたを知ってる。全米一のレストランのシェフをしていた最高の料理人でしょ。あなたこそここで何を?」


「……サンドイッチ作り」、少し考えた後、彼は少し困ったように笑い、答えました。



対立する者同士でも、常識はずれに美味しいものを食べている時は一斉に口をつぐむ。
「肉は柔らかい? うまい? ハッピーか?」それが全て

アメリカはシカゴ、舞台となるダイナーの名前は「BEEF」。『一流シェフのファミリーレストラン』第1話は何の説明もないまま急に始まり、ひたすらに疾走し、見ているこちらを混乱の渦に巻き込んでいきます。

「BEEF」の新しいオーナーシェフになったカーミーは、料理を志しているものであれば誰もが知っている世界一のレストランのスターシェフです。そんな彼が、ある事情からシカゴに戻り兄が経営していたアメリカンダイナー「BEEF」を継ぎます。店のずさんな経営と運営を是正し、まともな料理を出そうと試みるカーミーとシドニー。オペレーションやメニュー、昔からのやり方を変えていこうとする彼らに、元からいるリッチーとスタッフたちは反発し厨房では不協和音が響き渡ります。ひたすら仕込みを続けるカーミーと、みなに気を遣いながら自分の仕事をまっとうしようとするシドニー。リッチーはカーミーを罵り、皆は自分のやり方を主張します。

厨房で、カーミーはなおも手を止めません。いつの間にかオーブンの中で牛肉のブレゼは出来上がってました。ブレゼとはオーブンで蒸し煮するフレンチの技法。スタッフたちには彼が何を作ろうとしているか理解できません。

「新作のサンドイッチだ!」カーミーは作った煮込み肉のサンドイッチをみんなに味見させます。一口食べたスタッフは皆一様に驚きました。「ムダにうまい」「ウソでしょ」と眉間に皺を寄せる人、拍手をしながらのけぞる人。カーミーは矢継ぎ早に彼らに問いかけます。


「塩加減は? 肉は柔らかい? うまい? ハッピーか?」


登場人物はみんな個性的と言うよりは、「何言ってるの? 何やってるの?」レベルでユニークなのですが、不思議と誰のことも嫌いになれないんです。ひっどいなあ、あの人ってこういう事を平気で言うよねえーという人情味すれすれのところ。でも不思議と実生活でも、こういう面倒くさい人がいて、その人はその人なりのちゃんと考えがあるんだよねーって思うことってありませんか? でもね、みんなそれぞれの主張があって対立していても、一斉に口をつぐむ瞬間って常識はずれの美味しいもの食べている時ではないでしょうか。

今井真実さん

「肉は柔らかい? うまい? ハッピーか?」それが全てなんじゃないかなあ。柔らかいお肉を食べてる時は、美味しくてハッピーだもんね、文句なく! だからこそ、カーミーは納得のいく料理を作りたい。どんな場所であっても、どんな人とでも、あきらめない。

便利屋役で出演した現役スターシェフが、エミー賞授賞式で「レストランフォーエバー!」と叫び胸熱に

このドラマの魅力は語り尽くせませんが、音楽も素晴らしい! 冒頭に流れている曲は、Refused の「New Noise」とThe Budos Bandの「Old Engine Oil」。この2曲がかっこよすぎで! 同時に、なになに、これ今どういう話? 何が起きてるの? 厨房のスリリングでざわざわな気持ちを、ぎゅいぎゅいんとロックサウンドが盛り立てるのです。R.E.M、WILLCO……1990年代、2000年代初頭に青春を過ごした人なら、懐かしくてそれだけでも見る価値があるはず。特に1話目のラストからの、あの曲の流れがもう最高で! グランジ好きなら必見ですよ!

そうそう、ドラマを見終わったあと、エミー賞の授賞式をもう一度見直すと、感じ方が全く違いました。
壇上の中央でスピーチしているのはマティ・マセソン。ドラマの中では便利屋を演じています。
主役のカーミーを演じているジェレミー・アレン・ホワイトは後ろにいるんです。(ちなみに、カーミーは白いタキシードとドレスアップしているのに、第2ボタン外れてるのも、なんてカーミー!)
そして、このマティ・マセソンこそが、実在する現役の有名スターシェフ。数々のレストランを経営し、シェフでありながらこのドラマに出演しているのです。そんな彼が、スピーチを行い、他の役者はニコニコと傍に立っているのです。

『一流シェフのファミリーレストラン』
便利屋のニール・ファクを演じたマティ・マセソン(左)は、現実世界では現役の有名スターシェフ!
© 2024 Disney and its related entities.

マティ・マセソンは最後にこう叫びます。
「レストランフォーエバー!」いや、最高でしょ!! 

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月第4金曜日朝8時更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

Check!

あわせて読みたい今井真実さんのレシピはこちら!

今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

この記事へのコメント( 0 )

※ コメントにはメンバー登録が必要です。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる