カルチャーナビ : 今月の人・今月の情報
類稀なる嗅覚を持ち、人が望む香りを作り出すことができる朔。そして主人公の満は、とある過去を持った青年だ。満は朔に「君からは怒りの匂いもする」と言われ、彼が住んでいる屋敷で働くことに。それぞれの記憶を基に、香りをオーダーしていく客たち──。幻想的な小説が生まれたきっかけは?
秀でた才能を持つがゆえに、生きにくさを感じることはあると思います
────千早 茜さん
「天才が登場するエンタメ小説を書いてほしいと依頼があり、生まれたのがこの物語でした。人よりも秀でた能力って、生かし方次第では世の役に立つものの、本人はその力と付き合うことに葛藤や孤独を覚えているんじゃないかなと。朔の嗅覚は突出していますが、主人公の満も過敏なタイプ。満は、天才である朔とも、普通の人とも感覚が異なります。天才のように突き抜けていない分、苦労が多いような気がします」
ちなみに千早さん自身も、五感の中では、嗅覚が鋭いほうだそう。
「例えば飲食店のガラスのコップについた脂の臭いが気になったり、雨の日は人の体臭が伝わりやすくてバスに乗れなかったり、ということがあります。不思議なことに、誰かと話をしているときは違う感覚が優位になるのか、匂いへの意識が薄れるんですけどね。そんな私の実体験も朔のセリフの中には織り交ぜています」
また作中では「加害」もテーマ。
「一話読み切り、連続ドラマのような構成にしています。ある章では、過去にいじめにあった青年が、朔に『僕のいた小学校の教室の香り』を依頼するエピソードを書きました。朔の作った香りに、依頼人の青年は満足しますが、続けて『体育倉庫の香り』『飼育小屋の香り』を依頼します。その目的は……。いじめの場合は、加害者と被害者の間で、明らかに見えているものが違うし、同じ立場で話をすることはできない。この部分は書きたかったことのひとつです。
そして親子関係。愛情から生まれる加害も、世の中にはあるのではないかと思います。ふわっとしたいい話ではなく、人の心のダークな部分までひとつひとつ掘り下げていきました。書き手として心がけているのは、常にマイノリティ側の視点に寄り添うこと。安易に大団円にしてしまうと、現実でハッピーエンドを迎えられない人が、余計に孤独を深めるのではないかと考えてしまいますし。私の小説は、すっきりしない部分もあるかもしれません。だけど身近にある小さな幸せ、みたいなものはたくさん書くようにもしています」
作中に登場する料理やお茶などは、千早さんも好んでいるもの。
「特にお茶は、紅茶、ハーブティー、中国茶を含めて、うちには30~40種類を常備してあります。執筆の合間に『今日は何を飲もう』と考えるのは気分転換になります。中国茶は、茶器にもハマっていて。10個以上は持っているのですが、まだ欲しいです(笑)。朔が古い館に住み、庭師の源さんに作ってもらった野菜を食べ、お茶を楽しむ日々は、私が憧れているライフスタイルでもあるんですよ」
デビューから15年。直木賞も受賞した。書き続ける理由とは?
「これが私の能力の中で、一番人の役に立てて、なおかつお金を稼いで生きていけるから。リアルすぎますか(笑)? あとは作品ごとに課題を設定していて。クリアできたらOKで、できなかったら次の作品へ反映させる。その繰り返しで、気がついたら15年たっていました」
ちはや・あかね●小説家。1979年生まれ。北海道出身。2008年、『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。2013年に『あとかた』で島清恋愛文学賞を受賞。2023年に『しろがねの葉』で直木賞を受賞。小説のみならず、食や料理に関するエッセイ『わるい食べもの』シリーズなどもリリース。
Twitter:chihacenti
『赤い月の香り』
カフェでバイトをしていた青年・満は、天才的な嗅覚を持つ朔に、「君からは怒りの匂いもする」と言われて、自身の元で働かないかと誘われる。朔の作る香りを求めてやってくる客人たち、そして満の過去、満と朔の関係など、さまざまなミステリー要素が絡み合う連作短編小説。『透明な夜の香り』の続編になるも、ひとつの作品としてこちらから読み始めても楽しめる!
撮影/フルフォード 海 取材・文/石井絵里
こちらは2023年LEE6月号(5/6発売)「カルチャーナビ」に掲載の記事です。
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