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韓国映画創世記の女性監督を探る心の旅を描く 『オマージュ』。シン・スウォン監督に聞く。

  • 金原由佳

2023.03.10

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埋もれた映画史から発掘される女性映画監督の功績。

ここ数年、映画史に埋もれていた女性映画人の再発見、再評価の波が世界各地で起きています。例えば昨年、日本のミニシアターを中心に1970年の映画『WANDA/ワンダ』がスマッシュヒットしました。良き妻、良き母などどこ吹く風といった風情で、アメリカを漂流していく女性を、脚本、監督、主演で作り上げたバーバラ・ローデンの初監督作で、遺作となったもの。フランスの女優、イザベル・ユペールが配給権を取得しフランスで公開したことを機に、再評価されるに至りました。

アメリカでは女優、監督のジョディ・フォスターが世界で初めてストーリー性を持った映画を作ったと言われるフランス人の女性監督、アリス・ギイ(1873-1968)の人生についてのドキュメンタリー映画『映画はアリスから始まった』の製作に携わり、作品のナレーターも務めました。ブラッド・ピットがプロデューサー、主演を務めた、デイミアン・チャゼルの監督作『バビロン』では、1920年代のハリウッドの無声映画時代に活躍した敏腕女性監督が登場。そのルース・アドラーというキャラクターには、ドロシー・アーズナー(1897–1979)、ドロシー・ダヴェンポート(1895-1977)、ロイス・ウェバー(1881-1939)といったアメリカ映画の創成期に活躍した女性監督たちの姿が反映されているのです。

この動きは日本映画でも起きています。1953年『恋文』で女優としては日本で初めての映画監督となり、その後、6作の商業映画を発表した大女優の田中絹代。2021年のカンヌ国際映画祭での上映を皮切りに、世界各国の国際映画祭で彼女の特集上映が組まれています。

現在、国立映画アーカイブでは日本における女性映画人の歩みを歴史的に振り返り、監督・製作・脚本・美術・衣裳デザイン・編集・結髪・スクリプターなど様々な分野で女性が活躍した作品を取り上げる企画「日本の女性映画人(1)――無声映画期から1960年代まで」を3月26日まで開催中です。女性映画人80名以上が参加した作品を対象に、劇映画からドキュメンタリーまで、計81作品(44プログラム)を上映する大規模な特集上映で、これまで男性評論家の眼差しによって形成されていた日本映画史を改めて見直す機会となっています。

さて、今回紹介する韓国映画『オマージュ』もまた、韓国映画史に埋もれた女性映画監督の足跡を追う作品です。シン・スウォン監督が1960年代に韓国映画デビューした女性監督たちの足跡を追うテレビドキュメンタリーを作った体験が基になっていて、『パラサイト  半地下の家族』でのインパクト大だった家政婦役のイ・ジョンウンさんがシン監督の分身というべき人物を演じています。ヒット作に恵まれない映画監督のジワンが60年代に活動した韓国の女性監督、ホン・ジェウォンの『女判事』の失われたフィルムを探す旅で何を発見するのか。お話を伺いました。

 

監督・シン・スウォン(Shin Su-won)
自主制作映画『虹』(09)で監督デビュー。教師を辞め30歳を過ぎた女性として映画監督を目指した自身を投影し、第11回全州国際映画祭でJJスター賞、第23回東京国際映画祭で最優秀アジア・中東映画賞を受賞。

その後、短編映画『Circle Line』で第65回カンヌ国際映画祭批評家週間最優秀短編映画賞(Canal+賞)を受賞。韓国の教育システムの競争原理を描いたスリラー作品で長編2作目となる『冥王星』(12)は、第17回釜山国際映画祭でプレミア上映され、第63回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門で特別賞を受賞した。3作目の長編『マドンナ』(15)が第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出、4作目の『ガラスの庭園』(16)は第22回釜山国際映画祭のオープニング作品として上映された。5作目の『LIGHT FOR THE YOUTH』(19)が第24回釜山国際映画祭のパノラマ部門に招待、フィレンツェ韓国映画祭で観客賞を受賞。

本作は第34回東京国際映画祭コンペ部門に選出され、第15回アジア太平洋映画賞ではイ・ジョンウンに最優秀演技賞をもたらした。

韓国映画創世記、女性監督たちの苦労を知り、残念に思った。

──映画『オマージュ』はシン・スウォン監督が以前、テレビ局MBCの依頼で制作したドキュメンタリー番組『女子万歳』で、第二次世界大戦後の韓国映画界の創成期にあたる1950〜60年代に活動していた女性監督について調べられたことが、脚本の基になっていると聞いています。

「2011年、MBCの依頼を受けて、男社会であった韓国映画界において初の女性監督であるパク・ナモク監督と、『女判事』という映画を手がけたホン・ウノンについて、私自身、初めて知って、番組にしました。パク・ナモク監督は『未亡人』(1955)という戦争で夫を亡くしたシングルマザーの女性の恋愛を描いた作品を発表したんですけど、その製作費によって借金を抱えてしまったそうなんですね。彼女は返済のために、その後、出版社で働くようになり、以降、映画の仕事からは遠ざかってしまいました。

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今回の『オマージュ』で主人公のジワンは、『女判事』という1962年に実際公開された作品の欠落した音声を修復するという設定になっています。『女判事』を作ったホン・ウノン監督の名を、本作では虚実交えて、ホン・ジェウォンと変えました。で、先ほどのパク・ナモク監督とホン・ウノン監督はとても仲が良かったんです。『女判事』は興行的に大成功を収めたのですが、ホン・ウノン監督は2本目をなかなか撮れなくて、ようやく制作が始まると、台風で映画のセットが吹き飛ばされて、撮影は中断。制作会社の借金もかさみ、人件費が払えなくなり、警察が踏み込んできて、フィルムを担保として没収されてしまいました。

ドキュメンタリーでは残った記録を辿ったのですが、ホン・ウノン監督は映画を3本撮った後は作家となり、やはりそれ以上は映画を撮り続けることができませんでした。こういう事実を私は知って、とても残念に思ったんです。そのときの感情を土台として『オマージュ』を作りたいと思いました」

──ホン・ウノン監督の『女判事』は韓国で初めて裁判官となった女性をモデルにした作品だそうですが、物言う女性であるため、夫に毒殺されたという説があるそうですね。

「映画の『女判事』では、主人公は最後、毒殺されてしまう描写があるんですけれど、実話においてはその部分はミステリーだそうです。実際のところ、何が真実なのかは定かではないようなんですが、ホン・ウノン監督自身、実話をなぞった作品ではなく、ラストは希望をこめて作ったようです」

社会の中からひっそりと消えた女性たちと、今の私たちをつなぐ「影」。

──先ほど、ホン・ウノン監督の名前をホン・ジェウォンと変えたと話されていますが、イ・ジョンウンさん演じるジワンは監督のデビュー作『虹』のヒロインと同じ名前で、監督の分身的なキャラクターですね。

ひとつ伺いたいのは、この映画は単純に今を生きる女性映画監督が、昔の忘れ去られた女性映画監督の足跡を探るという話ではなく、ジワンが、同じマンション内の敷地で、誰にも気づかれずに亡くなってしまった女性の生前の肉声にも思いを馳せる物語になっていることについてです。ジワンは二人の女性の影を追う存在ですが、そこには社会の中からひっそりと消えてしまった女性への共感があるのでしょうか?

「2014年に『マドンナ』(※1)という映画を撮ったことがあるんですけれども、これは、主人公の看護師が、病院に搬送された脳死となった若い女性が生前、本当に臓器移植に許諾していたのか、その真意を探って、調べていく物語です。で、今回の『オマージュ』も忘れられた女性監督の存在だったり、失われた『女判事』のフィルムを探す設定になっています。どちらも脚本から私が手掛けた作品ですが、私は“探す”ということに関心があるような気がします。

今回の映画では、影というモチーフをいろいろな場面で使っていますが、影というのは自分の体から派生するものですよね。私は夜、よく歩きますが、ときどき、影と一緒に歩いている気持ちになります。影は私の分身でありながら、なぜだか私自身を守ってくれているような、そんな気持ちにさえなります。

今回、マンションの敷地内で亡くなった女性と、ホン・ウノンをモデルとした女性監督の消えた存在の象徴として、例えば幽霊のような形で現れ出てくる設定もありえたかもしれません。でも、それだと、今を生きる私たちとの接点がない。やはり、私たちの体から派生する影として、ホン・ウノン監督改めホン・ジェウォンがいるとして捉えたかったので、影という設定を採用しました」
※1『マドンナ』(2015)はアマゾンプライム、U-nextなど配信サイトでレンタル視聴できる。



ひとりの女性監督の物語ではなく、女性監督たちと時代を共にした映画人の物語。

 

──私がこの映画の好きなところは、私たちはどうしても映画監督のことを調べるとき、功績ばかり見てしまうのですが、ホン・ジェウォンの通っていた喫茶店の店主が出てきて、彼女がずっと新作の構想をしている姿を永遠に目に焼き付けていて、記憶として留めていることでした。誰かの記憶に深く刻み込まれる残像って、つまりそれは映画的体験だなと思ってみていたのですが、そういう監督独特の感性による記憶の伝え方はどうやって育まれたのでしょうか?

「それは、映画を作っていく中で、たくさんのスタッフと関わるようになって自ずと身についたことかと思います。特に、1950、60年代の韓国の女性監督に関するドキュメンタリーを作っているとき、ホン・ウノン監督はすでに亡くなっていて、せめて一緒にお仕事をした人たちに取材しようと思って、彼女の映画編集をしていた女性に会いに行ったことが大きいです。そのとき、お年は80歳を超えていて、もう気力も大分萎えた状態だったんですけど、なんとかお話を聞くことが出来ました。

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映画というのは、監督1人で作るものではないですよね。たくさんのスタッフがいて、共同で1つの創作物を作る仕事ですので、1人の監督の周りにいた人たちの物語も『オマージュ』では描写したいと思っていました。ジワンはホン・ジェウォンの過去を知りたくて、いろんな人に会いに行って、いろんな情報を集めるのですが、単に情報を集めたということではなく、集めた情報の中で、誰がどんな生き方を、誰としていたかを知ります。

喫茶店の亭主は、かつて映画製作の場でスチール写真を撮っていたカメラマンという設定で、私が想像で作った人物ではありますが、やはり、映画監督の周りにはそういう人が存在します。かつて一緒に組んだという設定の俳優も登場させました。演じてくださった方は一般的に知られてはいない俳優で、実年齢も80代半ばでしたから、 台詞がなかなか覚えられなく、話しながら途中で忘れてしまったりもして、苦労はしたんですけど、やっぱりその方が持っている雰囲気に勝るものはなかったと思いました。

彼の体に刻まれたしわ、溜め息、タバコを吸っている時の儚げで、虚しいあの眼差し。そういうものをすべて映画に取り込みたいと思ったんです。なので、今回はある女性監督1人の人生を描くのではなく、彼女と彼女と一緒に映画を撮っていた人たちの人生もすべて入れて、主人公と同じ比重で扱うことにしました」

主人公ジワンの家族像には私の日常が反映されています。

──監督のキャラクターを投影されているであろうイ・ジョンウンさん演じるジワンについても伺いたいのですが、夫と息子が、映画監督としての彼女の仕事には共感はあって、口では応援しているけれど、仕事が忙しく、家事に時間が費やせないとき、自分たちは何にもせずに、でも文句は言わせていただくというスタンスで、そこに疲弊するジワンに共感しかなかったです(笑)。韓国映画にありがちな類型的な男尊女卑な男性像ではないんですけど、絶妙にモヤりますね。

「ええと、そこは私の日常が物語に反映されています(笑)。もちろん、ちょっとした違いはあるんですけれども。映画であるように、私には夫がいて、子どももいて、その私が見てきた日常の姿を映画に反映させたいなと思いました。

私は教師を辞めて映画業界に入ったのですが、映画の仕事をスタートした時、家事を誰がするかを巡り、夫とかなりもめたんですね。喧嘩もよくしました(笑)。でも、撮影に入ると、自動的に家を空ける時間が多くなるので、地方ロケの場合、何日も戻ってきません。そうなると、どうしても夫が家事をすることになります。なので、状況が変わって、今となると、私の夫は映画の描写とは反対で、料理の支度もしますし、家事全般をしてくれるようになりました。今、私の家では家事の担当を固定で決めています。特に洗い物の当番を曜日ごとに誰がするのか決めています。まあ、それをしないときは喧嘩が起きたりしますが(笑)、そういう風にして今はバランスを保っています。

もうひとつ、『オマージュ』では、働くお母さんたちの姿を映画に反映させたかった。未だに仕事を持っているのに、お母さんたちは外で仕事して、家に帰ってきても、家事をしなくてはいけないという状況があるんですけど、それを素直に受け入れている姿を描くのではなく、ジワンにはいちいち、反抗したり、文句を言いながら、家事をやっているように描いています。『なんで、あなたたちは家事をしないの?』とジワンに、夫や息子に言わせています。そういう働く女性の主張を面白く見せたいと思ったことが、韓国映画の定型的な夫像や息子像ではない姿となったんじゃないでしょうか」

息子は寄り添ってはくれるけど、家事を巡り攻撃もしてくる。

──ジワンの息子役には、『愛の不時着』(19)の朝鮮人民軍の最年少兵士役や、主演ドラマ『ムーブ・トゥ・ヘブン:私は遺品整理士』(21)、『ラケット少年団』(21)のタン・ジュンサン君が演じています。

前半、彼がソファに寝そべる母親の背中に乗っかって、ゴロゴロしながら甘えたことを言うと、振り落とされるという描写がありましたけど、あれってヨーロッパやアメリカ映画では見ない、韓国とか日本特有の母と息子の関係性だなあと思ってみてしまいました。

「母と息子の会話はどんな描写にしようかとかなり悩みました。今、話されたシーンは、息子とジワンが2人で初めて登場するシーンなので、印象的にしたいとも考えました。我が家の場合、夏は暑いので、うちの息子なんか、上半身裸でズボンだけ履いてうろうろしているんですけど、タンくんにも上着を脱いでもらっていいかと聞くと、最初、猛烈に恥ずかしがったので、じゃあ、Tシャツを着たままでとなったのですが、一回、演じてみると、彼の方から、やっぱり脱いだ方がナチュラルだから、そうしますと言ってくれたんです。

それで、ご指摘いただいたように、お互いに親密で、仲がいい母と息子なんだけれども、お互いの考えは違うし、母親と息子はまた別の自我を持っているというところで、ふざけて背中から振り落とすという風にしました。あの息子は寄り添うところもあるんですけれども、ときに母を攻撃したりもします。そういう関係性をひとつのフレームに入れたいと思って、コンテの時からアイディアを出して作った場面です。

実際の私の息子は体格が大きいので、私の背中の上に乗るってことはありえないんですけれども(笑)、タンくんはあのときまだ高校生だったかな、まだ自立できていない年齢なので、母親の背中に乗っかるという設定もふさわしいかと思って採用しました」

50年後、後世のジャーナリストには『オマージュ』を作った監督と記されたい。

──最後に伺いたいのですが、ジワンは世の中に自分の名前が残るか、心もとなさを抱えています。監督自身は、フランスのアニエス・ヴァルダみたいな女性監督になりたいという言葉を残していらっしゃいますが、監督が50年後、100年後のジャーナリストに自分のことを調べられたとき、映画監督としてどういう言葉で形容されたいと思いますか?

「うーむ、難しい質問ですね。先に、アニエス・ヴァルダ監督(1928-2019)のことについて話しますね。私は彼女の作品はもうほとんどが好きですが、特に『5時から7時までのクレオ』(1961)と、『落穂拾い』(2000)を見た時、こんな映画の作り方もあるのか! と感銘を受けました。彼女は歳を重ねてもずっと映画を撮り続けましたし、自身が登場するドキュメンタリーも素敵です。

女性監督で映画をずっと撮り続けるということは本当に難しいことだと思うのですが、彼女は資金がなくても、少人数のスタッフとロードムービーのようにドキュメンタリーを撮ったり、本当に亡くなる直前までカメラを回し続けました。その姿を知って、果たして私もこんな風にできるのだろうかと 自問自答しましたし、私にとってはまるで夢のような存在です。歳を取ると、少年のような面も見えてきて、カメラの前では常に元気で、肉体は衰えたとしても、心はずっと少年少女であり続けた人だと思います。

そして、映画監督としての私をどう記憶してほしいかと質問に対してですけど、『オマージュ』を撮った監督としてみなさんに記憶してもらえたら嬉しいです」

オマージュ

韓国初の女性判事を描いた映画『女判事』という実在の映画をモチーフに、失われたフィルムを修復するために、映画監督として、妻、母親として日々、奮闘する女性の姿を描く感動作。

主人公ジワンを演じるのは、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』の家政婦役で、世界で注目されたイ・ジョンウン。ジワンの夫を、ホン・サンス監督作品の常連俳優であるクォン・ヘヒョが演じ、ドラマ「愛の不時着」のタン・ジュンサンが息子役で共演。

2021年・第34回東京国際映画祭コンペティション部門出品。

原題:Hommage

キャスト:ン ョ ンサン 
キム

監督脚本
製作C.K.ム、
撮影
音声
美術
編集
音楽

配給 :アルバトロス・フィルム

2021年製作/108分/G/韓国

原題오마주

英題Hommage

配給:アルバトロス・フィルム

©2021 JUNE FILM All Rights Reserved.

★3月10日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

『オマージュ』公式サイト

 


金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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