銃乱射事件の加害者と被害者両親による、心抉られる会話劇。映画『対峙』、監督インタビュー
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折田千鶴子
2023.02.09
息をするのも忘れる衝撃作!!
冒頭から胸を鷲掴みにされ、ラストまで一気見必至! 一瞬たりとも目が離せませんでした。息をすることも忘れていたくらい。スゴイ瞬間を目撃してしまった……と呆然としながら、深~い溜息を漏らし、“人って……”と色んなことを考えるのを止められません。しかも、主な出演者はたった4人。そして、この題材にして、この感動!!
最近もアメリカ各地で銃乱射事件が起きていますが、この『対峙』という映画は、改めてそうした事件の当事者たちの傷の深さ、逃れようのない苦悩をまざまざと見せつけます。でも、そこで終わらないから、やっぱり映画って素晴らしい。アメリカのある高校で起きた、銃乱射事件から6年後。共に息子を喪った被害者家族と加害者家族が、事件後、初めて直接会うことになるのですがーー。
監督をしたのは、なんと本作が初監督・脚本作となる俳優のフラン・クランツさん。本作は英国アカデミー賞をはじめ、“世界43映画賞受賞、81部門ノミネート”という快挙を成し遂げました。もう、かじり付きで、色んな話を聞きました!
フラン・クランツ(監督・脚本)
1981年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。98年にTVシリーズで俳優デビュー。主な映画出演作に『ヴィレッジ』(04)、『キャビン』(11)、『ダークタワー』(17)、ドラマ出演作に「ドールハウス」(09~10)、「ジュリア -アメリカの食卓を変えたシェフ」(22)など。
──本当に初めてとは思えないほどの素晴らしい脚本であり、監督作でした。そもそも自分で映画を撮りたいとは、いつ頃から考えていたのですか? 本当に初めて書いた脚本ですか!?
「実は小さい頃から、すべての要素をひっくるめて映画に興味があったんです。観るのも好きだったし、脚本にも、監督にも、演技にも興味があって。なぜか演技から始めることになってしまいましたが、20代後半~30代前半頃かな、“あれ、自分は脚本や監督もしたかったはずなのに、何でまだやっていないんだろう!?”って思ったんです。その頃から、映画を作りたいという意識が高まっていって、何作か脚本を書いてみたりもしました。ただ、本作が初めて上手くいった脚本でした」
──そしていきなり監督もプロデューサーも兼ねてしまった、と。
「そう、プロデューサーも務めたので、資金集めもほぼ自分でやりました。でも、だからローバジェットで出来る規模の題材を探したわけでもないし、初作品だから小さな設定の物語を作ろうと思ったわけでもないんですよ(笑)! ただ単純に、この題材にインスピレーションを受けて、作品作りの道のりが始まりました。2018年にフロリダのパークランドの高校で銃乱射事件が起きたのは、娘が1歳半の時でした。こんなにも大変なことが起きている世の中に対して、それまで以上に不安な気持ちになったのが始まりです。コロンバインで銃乱射事件が起きたとき僕は18歳でしたが、その時とは明らかに違う危機感を持ったというか。多分、親として感じたのだと思います」
『対峙』ってこんな映画
美しい並木通り沿いの小さな教会の一室で、ある会合が開かれようとしている。教会で働く女性がいやに緊張しているところへ、仲介役の女性がやってきて部屋の隅々をチェックして回る。そこへ2組の男女がやって来る。実は彼らには、6年前に高校生だった息子を喪ったという共通点があった。しかし真逆のーー。仲介役が出て行き、部屋に残された4人――被害者の両親ジェイとゲイルと、加害者の両親リチャードとリンダは、互いに当たり障りのない会話を始めるが……。
──4人の会合が始まる前、教会に勤める女性が絶妙に観客を苛立たせるのですが(笑)、その冒頭部分が妙に効いていました。緊張のあまり彼女がおかしな言動を取ってしまうのが、とっても変で面白くて、でも絶妙にウザくて……。そして会合後にも、再び彼女が登場しますね(笑)。
「あのシーンを頭に持って来たのは、まず、日常的なところから観客を連れて行き、ストーリーにスッと入り込めるような形にしたい意図がありました。もし“映画だな(作られた話だな)”と思わせてしまったら、観終わって家に帰った時“悲しい人たちが出てきた映画だったな”で終わってしまうんじゃないか、観客と作品の間に距離ができてしまうのではないか、と思いました。だから普通の人々の普通の日常を映すことで、ストーリーに入ってきて欲しかったんです。そして、いよいよ4人が集まってくる。そうすると、そこに対比も生まれるわけです。それが、物語を1つにまとめる効果もあると思いました」
「実は、あの冒頭部分は脚本でも最初に書いた部分でもあるんです。というのは、こういう会合が実際にも行われていますが、それって、どんな人がどんな風にオーガナイズしているのか、ということに興味があったんです。確かに彼女のキャラクターは、見ていてちょっと引いてしまう、ちょっと居心地が悪い、「あれ!?」ってこともしますが、彼女自身も居心地が悪く不安を抱えているわけです。ある意味、そんな彼女は観客自身でもあると思うんです。語弊があるかもしれませんが、誰しも人の不幸をちょっと覗いて見たい、という気持ちがありますよね。そういう部分も、そこに少し表現されていますし、そうなると観客全員が、罪悪感を覚える側面も表現してくれるキャラクターでもあるわけです」
──脚本を書くにあたり、かなりリサーチを重ねたそうですが、当事者の言葉や感情に引っ張られ過ぎないように気を付けたのですか、それとも逆に、出来るだけそうしたものを作品に持ち込んだのでしょうか。
「実際の事件について見聞きしたことには、ものすごく個人的に(胸に)来るものがありましたし、それは今も続いています。僕が18歳だった時に起きた事件を、デイヴ・カリンさんという方が書いた『コロンバイン銃乱射事件の真実』という本を読むとこからリサーチを始めました。あの時も僕はとてもショックを受けましたが、あれ以降、頻繁に同じような銃乱射事件が起きています。先日もカリフォルニア州モントレーパークで、そこから24時間も経たないうちに北カリフォルニアのハーフムーンベイで、銃乱射事件が起きてしまいましたが、そんな世界に僕は生きているんだ、という思いでリサーチに没頭するようになったんです」
「ただ、読めば読むほど辛くなって、全てがパーソナルに感じることができてしまい、どんどん脚本がより複雑で深いものになっていきました。例えば本作の後半、ゲイル(被害者の母)が相手の両親に対する“ある言動”がありますが、実は最初の脚本では、あそこまでエモーショナルなシーンではなかったんです。サンディフック小学校銃乱射事件について書かれた『ニュータウン』という本を読んでより理解した時、“あのシーンは、もっとこうしなければ”と思って書き直したんです。それが、ある意味、この映画全体を変えることになりました」
緊迫感あふれる対話の作り方
──4人の会合が始まったらもう、ほぼ全篇、話がどこへ転がっていくのか緊迫感に満ちた会話劇が続いていくわけですが、どんな演出をされたのでしょう。その場でフッと湧き上がって来る感情を我々観客は何度も目撃しますが、ほぼ脚本通りなのか、それともアドリブ任せの部分もあったのでしょうか。
「基本的には、かなり脚本に忠実な仕上がりです。ただ、読み合わせをした際に出て来た言葉を脚本に加えたこともありました。とにかく、読み合わせをたくさんした、ということに尽きると思います。役者にセリフを読んでもらった時に、どこかに違和感があったら指摘してもらって、脚本を推敲していきました。実は僕、役者側として参加しているときは、そのやり方が嫌いだったんですが(笑)、自分で脚本を書いてみて、その必要性が非常によく分かりました! やっぱりそのキャラクターになった時の演者の本能や洞察――こういう風に喋りたい、話したいという衝動は、セリフとして形にすごくしやすいんです。彼らの言葉は、非常に有効だとも感じました」
「特に、3日間にわたった最終リハーサルが、とても大きかったですね。そこで全てがカチっとハマった実感がありました。ジェイ(被害者の父親)を演じたジェイソン・アイザックスが、加害者の親がその日の状況を話し始めた時、“そんなこと、もう聞きたくない!”と言いますが、あれはリハーサル中に、彼が僕に向かって言った言葉なんです。“なんで僕ら(被害者家族が)が、こんなこと聞かなきゃいけないの!?”って。それが、ジェイというキャラクターとして、すごく正直な瞬間だと感じました。ですから現場でのアドリブではないけれど、脚本にそれを加えました。4人の長い対話シーンは、たった8日間で撮ったので、1日に12ページも撮影を終わらせるような状態で、現場でのアドリブをやっている暇はなかったんです」
──基本、カメラは何台で!? あんな緊迫感のあるシーンを、何テイクも重ねて切り返したり出来ないですよね。
「あの部屋での4人の対話シーンは、カメラは2台。カメラマンのライアン・ジャクソン=ヒーリーさんと、まず撮影システムを考えました。基本的にテーブルの周りに2台置き、あまりカメラの位置は変えずに、最初は太陽に向かっていたカメラを、窓から入って来る太陽の光に合わせて少しずつ時計周りに動かしていきました。会話の前半はあまり動かず、少しずつパン(固定カメラを水平に動かす)が入るようにし、最終的には手持ちにして、4人が(テーブルから離れて)バラバラになったら、それを追っていきました。ある種、機械的に時計周りに動いていく方法をしました」
「最も親密でエモーショナルな、しかも長回しのシーンは、ライブの舞台を見ているような感覚にしたかったんです。だから4人にセリフを全部頭に入れてもらって、「アクション」の掛け声の後はすべて自分たちでやってもらうようにしました。つまり、ラブシーンを撮る際に、最近はインティマシー・コーディネートで“人払い”をしますよね。それと同じで、あの部屋には、ほぼ4人の役者さんしかいない状況を作りました。彼らだけがその場に存在する環境を用意することで、より演じやすく、撮りやすくしました。15分~20分ぐらいになることもありましたが、僕も別室のモニターで見ている状況で撮ったんです」
本作は“夫婦の物語”でもある
──被害者の両親ジェイとゲイルは現在も夫婦、加害者の両親リチャードとリンダは元夫婦という設定です。それは、リサーチから得た“よくあるパターン”なのでしょうか。それとも、キャラクター付けとしての設定ですか?
「リサーチによるモデルがいたわけではないですが、“結婚が上手くいかなかったカップル”や“誰かを喪った時に結婚を続けるのが困難になる”ことは、僕自身の実人生で見聞きしてきたことでもあります。だからリアリティもあると思いました」
「実は、本作は“結婚”についての映画でもあると思っているんです。例えば、結婚している2人の間における和解や赦し。こんな大きな悲劇に見舞われないまでも、相手を許すか否かの状況には、多くの人が陥ると思います。僕としては、ジェイとゲイルのラブストーリーでもあると思っているんですよ。例えば、離婚しているリチャードとリンダが手を触れるシーンがありますが、その時にカットバックしたジェイとゲイルは、完全にお互いに触れようとしていない。結婚は続いているけれど、2人が親密ではないことがそこで分かる。何が親密なのか、何が結婚なのか、そんな2人の関係性がどういうもなのか、ということも掘り下げた映画になっているんです」
果たして、この会合の行きつく先は――。被害者の両親にとってもそうですが、私たち観客がどうしても知りたいのは、“なぜ、少年は銃乱射事件を起こすに至ったのか”という、その心の内だと思います。さらに加害者の両親は、それをどのように受け止め、どう被害者たちに詫びを入れるのか、ということも突き詰めたくなってしまう。でも、そんな簡単にすべてが解明されるのは難しい。それさえも、深く納得させられます。
そして加害者の両親の懊悩や漏れ出す本音から、自分たちも、いつ被害者のみならず加害者(家族)になり得るかも分からない、ということを実感させられます。そして長い話し合いの果てに4人がたどり着く“ある境地”に、激しく心揺さぶられずにはいられません。
4人の俳優たちの素晴らしさ、スゴさも鳥肌もの! 刻々と表情や仕草に現れる“心の揺れ”に、終始、目が釘付けに。是非、この濃密な“心の旅路”を味わってください。
映画『対峙』
© 2020 7 ECCLES STREET LLC
2021年アメリカ / 英語 / 111分 / 配給:トランスフォーマー
監督・脚本:フラン・クランツ
出演:リチャード役:リード・バーニー(TVシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」)、リンダ役:アン・ダウド (『へレディタリー/継承』)、ジェイ役:ジェイソン・アイザックス (『ハリー・ポッター』シリーズ)、ゲイル役:マーサ・プリンプトン (『グーニーズ』)
2023年2月10日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国公開
映画『対峙』公式サイト 映画『対峙』公式Twitter
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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