未来ある子どもたちに何がしてあげられるか。
山里で独り暮らしする陶器職人の神谷誠治(役所広司)の家に、在日ブラジル人のマルコス(サガエルカス)が逃げ込んできたことから話が展開していく。
以前、太田泰子さんの『江戸の親子: 父親が子どもを育てた時代』(吉川弘文館)を読んだとき、江戸時代は家の継承のため、父親が強い信念で子育ての中心となり、密に、深く子供との時間を大切にしていたことを知りました。そこには当時の医療事情から、多くの子供が7歳を越えて、生育するのが難しいという状況もあったといいます。
さて、現在のお父さんたちはどうなのか。成島出監督の新作『ファミリア』は、父親ということを全うすることができない、複数の父親たちが登場します。社会の重い状況に押しつぶされる父親もいれば、理不尽なハプニングに巻き込まれるケースも。逆に血の繋がりはないけど、疑似の父子関係のような温かい交流も描かれます。ある意味、現代の父親像を考えさせる作品。
主人公で陶器職人の神谷誠治を演じるのは役所広司さん。妻を早くに亡くし、今は仕事でアルジェリアの大型プラントのプロジェクトにまい進する一人息子、学(吉沢亮)と離れて暮らしています。彼はある日、隣町の団地に住む在日ブラジル人の青年、マルコスを助けたことから、地元で生じているあるトラブルに巻き込まれていきます。
「この映画が、自分と家族の関係、自分と地域の関係が変わるきっかけになれば」と語る役所広司さんにお話を伺いました。
役所広司(Koji Yakusho)
1956年1月1日生まれ、長崎県出身。95年に原田眞人監督『KAMIKAZE TAXI』で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。96年『Shall we ダンス?』(周防正行監督)、『眠る男』(小栗康平監督)、『シャブ極道』(細野辰興監督)の3作品で国内主演男優賞を独占。東京国際映画祭主演男優賞を受賞した黒沢清監督の『CURE』(97)、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『うなぎ』(97/今村昌平監督)など。12年、紫綬褒章を受章。同年にはNYジャパンソサエティよりCUTABOVE賞、ハワイ国際映画祭からはキャリア功労賞を受賞。17年にはドイツの日本映画祭「ニッポン・コネクション」でニッポン名誉賞、シンガポール国際映画祭でもシネマ・レジェンド賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を受ける。
近年では『三度目の殺人』(17/是枝裕和監督)、『孤狼の血』(18/白石和彌監督)などに出演。『孤狼の血』においては、『Shall we ダンス?』『うなぎ』に続き、3度目の日本アカデミー賞•最優秀主演男優賞受賞、また第13回アジア・フィルム・アワードにおいては最優秀主演男優賞受賞、特別賞Excellence in Asian Cinema Awardをダブル受賞。。『すばらしき世界』(21/西川美和監督)では、シカゴ国際映画祭において最優秀演技賞を受賞。アジアを代表する俳優の一人として活躍している。2022年は小泉堯史監督作品『峠 最後のサムライ』が公開。23年の待機作には映画『銀河鉄道の父』、Netflixシリーズ『THE DAYS』など。また、ヴィム・ヴェンダース監督の「THE TOKYO TOILET Art Project」の映画にも出演予定。
子供に何にもしてあげられない大人がいっぱい出てくる映画なんです
──『ファミリア』はいろんな世代の父親が登場するのですが、それぞれ、いろんな事情で父親としての責務を全うできない男たちの物語になっていて、考えさせられました。今作の成島出監督は以前、『八日目の蟬』で母性とは、母とはなんだという問題定義をされていて、それと対にもなる作品だなと感じました。役所さんは『ファミリア』で演じた神谷誠治の父親ぶりをどう感じられましたか?
「やっぱりね、この映画、『ファミリア』というタイトルがついていますけど、僕が演じた神谷自身は子供時代に親から引き離され、養護施設で育っていて、親として子供に伝えるものもなく、奥さんも苦労させてしまった男ですからね。そういう意味では、欠陥だらけ。ほかにもMIYAVIさん演じる男など、子供に何にもしてあげられない大人がいっぱい出てくる映画なんです。
同じ児童施設で育った誠治の親友役に佐藤浩市さん。
そんな中、神谷は未来ある子供たちのために何かしてあげられることはなんだろうなと自問自答し続けて、最後の最後に、命をかけて、こんなことしかできないけれどもと、地域で困っている在日ブラジル人の青年を生かしてあげたいと行動する。これから生まれてくる子供たちもそうですけど、子供たちにもう少し、いい環境を準備してあげなきゃ、結局、こんなことが繰り返されるんだろうなというふうに思いました。未来の子供たちのために行動できる大人のいる世の中になればいいなと思いましたし、そのためには1人1人の政治家の人たちにも、本当に頑張ってもらわなきゃ。そうじゃないと、日本はもう金銭的にも、精神的にも、貧しい国のままだろうなって気がしますね」
家族で痛みを共有できるのは当たり前、でも共同体で痛みはわかちあえるか?
アルジェリアに赴任する息子の学(吉沢亮)の帰省中に、マルコスとの出会いが。
──神谷さんの隣町では地元の警察が扱いかねている半グレ集団からブラジル系移民を排斥する動きが起きていて、ある時、そのトラブルから逃げてきたマルコス(サガエルカス)を助けるところから物語が進んでいきます。いながききよたかさんによるオリジナル脚本には実際の出来事を反映したものだと聞いています。神谷の行動をどう考えますか?
「家族を大切にするとか、家族で痛みを共有できるっていうのは当たり前です。でも、自分の家族のためだけに生きるのではなくて、昔みたいに地域社会があって、子供たちはみんな地域の子供で、どこかの大人がちゃんと見てくれている社会になるといいなとは思いましたね。陶芸家である神谷の家にふらっとマルコスが訪ねてくるような環境って、いまはなかなかないですもんね。いわゆる失われた風景っていうものだと思います」
『KAMIKAZE TAXI』と『ファミリア』では、移民の悩みが真逆になっている
マルコス役のサガエルカスさんは高校3年時に「K‐1甲子園2021年~高校生日本一決定トーナメント~」に出場。現在、プロ格闘家として活動中。マルコスの恋人役のワケドファジレさんはモデル活動を経て今作で演技初挑戦。
──マルコス役のサガエルカスさんをはじめ、マルコスの恋人役のエリカ役のワケドファジレさん、そして日系ブラジル人4世たちによるヒップホップグループGREEN KIDSなど、オーディションで当事者の方々がキャスティングされていますが、彼らの存在は役所さんから見ていかがでしたか?
「あの子たちはね、地元の公立小学校に通い、幼少時から日本語を使って生活してきたという点では日本人とほぼ同じなのですが、何かの折に日本人として扱われないときがあり、苦労しているんだと思います。僕は昔、原田眞人監督の『KAMIKAZE TAXI』(1995)という作品でペルーから出稼ぎできているタクシー運転手を演じたんですけど、撮影前に、ブラジルから来られた日系の人たちにいろいろお話を聞いたんです。その時の皆さんの苦労は、外見的には日本人に見られるんだけど、日本語がわからないことで苦労されていた。だから、この映画に出た子供たちとは真逆のシチュエーションで、抱えている問題の雰囲気が違いましたね。
余談ですけど、この『ファミリア』はコロナ禍で一度、撮影が中断したんです。子供たちは10代の成長期にいたので、休止になった一年の間にどんどん大きくなるんじゃないか、前のシーンと繋がらなくなるんじゃないかと心配したし、クランクインが段階的に延びていったので、本当に実現するのかなと心配しながら、結果的に一年半近く再開を待っていました。完成してよかったなと思います。新人というのは観客の人から全く先入観なく見られるという、本当に大きな武器を持ってスクリーンに登場するわけですから、それはもう、デビュー作でしか経験できないことですからね。そういう意味で、羨ましさがあります」
文化や習慣のギャップを乗り越え、この映画が交流のきっかけになれば
愛知県のブラジルと言われる保見団地と地域の方々の協力を得て、保見団地での撮影が実現した。
──映画の中では、愛知県のブラジルといわれている保見団地で実際、撮影されていますが、エキストラとして参加した人たちとお話はされましたか?
「彼らから出てきた本音みたいなものや心の声までは聞いてないですね。あくまでも陽気で、映画に出演することに関して楽しんでる感じを受けました。冬の撮影で、寒かったり、予定より時間が掛かったりして、大変だったと思いますけど、それをやり過ごすエネルギーを感じましたね。
先ほどの『KAMIKAZE TAXI』のときから25年ほど経ちますが、海外から仕事を求めて日本に来た人たちと、以前から暮らす人々の間には、相変わらず、なかなかうまく交流できてないということを聞き、苦労されているんだなと思いましたね。世界中、どこでも、この問題はあるようですが、日本は島国で、大量に移民を受け入れてきた歴史がないですからね。文化や習慣のギャップを乗り越えられれば。この映画が交流のきっかけになればいいなあと思っています」
僕が焼いたやきものは本当に重い(笑)
誠治役のため、役所さんは陶芸の訓練を経て撮影に挑んだ。劇中の窯は映画のために制作された。
──役所さんは陶器職人の役で、かなり練習されたと伺いました。映画の中では、吉沢亮さん演じる息子が、大きなプラントの仕事を辞めて、陶器職人の跡を継ぐと言い出したことで、二人の間で意見の食い違いが生まれます。その設定はどう感じられましたか?
「吉沢亮君が演じた息子は優秀な子供ですからね。自分のような陶器職人となって、苦労して、妻まで死なせてしまったような大変な仕事をやらせるわけにはいかないっていう気持ちが大きかったと思います。助けを求めてきたマルコスとその恋人のエリカに関しては、自分の子供というよりも、自分が陶器職人になって荒んだ生活をしていた頃に出会った女房との風景と重なったので、自分の知っている技術なり何かを伝えようと思ったのかな。おそらく、マルコスは昔の自分に似ていると思ったんだと思います。
陶芸に関しては、はい、もう練習でいっぱい作ったんで。家に土と電気ロクロを持ち帰って練習しました。その中の出来が良かったものを本窯で焼いてもらって、映画でも僕が作ったものがちょっと映っています。僕が焼いたものはもう本当に重たいんですけど(笑)、記念にスタッフももらってくれて、まだまだ家にもいっぱいありますよ」
──吉沢亮さんとは初顔合わせだと思いますが、彼の演技にはどういう感触を抱きましたか?
「吉沢さんは、演技初出演の若い人たちと比べてはもう大ベテラン、ましてや大河ドラマの主役として、1年間ずっと番組をしょってきた後だから、非常に落ち着いていて、余裕があって、しっかり学という役をこなし、若い俳優さんたちをリードしていたように思います。吉沢君は、陶芸の練習する時間がなかなかなくて、間近まで一生懸命やっていましたけど、とても勘のいい人だと思います」
成島出監督は百戦錬磨、毎回果敢な実験をしている
──役所さんは、成島出監督とは初監督作『油断大敵』では妻を亡くし、一人で娘を育てる新米刑事、『聯合艦隊司令長官 山本五十六』では、日本の行き先を決断せねばならない山本五十六を演じています。『ファミリア』では赴任先でテロに巻き込まれた学のために神谷誠治が政府関係者に思いを訴える場面もあります。
「このエピソードは実際の出来事を反映したもので、当時、国際的にテロには屈しないという国の姿勢が強い時代でした。どんなに戦争に反対しても、戦争をやめるための戦争が始まる。それで犠牲になる人がいるというのは、遠い国の出来事ではないんだろうなっていう気はしますね。
成島さんは、デビュー当時から一庶民として、まっとうな生き方をする人を描いてきて、僕はそこに共感してしまう。本作は要素が盛りだくさんで、これ2時間に収まるんだろうかって思いましたけど、いろんな意味で百戦錬磨な監督。『ファミリア』だけではなく、監督としてのスキルをどんどん上げるために、毎回、果敢な実験をしている感じがします」
ファミリア
現在、約280万人の外国人が暮らしている日本。その中の在日ブラジル人に光を当て、実際に起きた事件などにインスパイアを受けたいながききよたかのオリジナル脚本を映画化。監督は『八日目の蟬』『ソロモンの偽証』などの成島出。役所広司演じる誠治は陶器職人。一人息子の学が、難民出身のナディアと結婚したことを契機に、焼き物の仕事を継ぎたいというが、反対。同じ時期、半グレ集団に追われた在日ブラジル人のマルコスを助けるが……。
監督:成島出
出演:役所広司
吉沢亮 / サガエルカス ワケドファジレ
中原丈雄 室井滋 アリまらい果 シマダアラン スミダグスタボ
松重豊 / MIYAVI
佐藤浩市
製作委員会:木下グループ フェローズ ディグ&フェローズ
制作プロダクション:ディグ&フェローズ
配給:キノフィルムズ
2022年製作/121分/PG12/日本
©2022「ファミリア」製作委員会
映倫:PG12
★2023年1月6日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
VIDEO
撮影/菅原有希子