松井玲奈さんが惚れ込んだ島本理生さんの小説の映画化。人への眼差しに気づかされる関係性。
『よだかの片想い』は島本理生さんが2012年に発表した同名の恋愛小説を映画化したものです。
企画の発端は、役者の松井玲奈さんが書店でこの小説に目を留めたことから。この作品に惚れ込み、島本さんの小説を全て読みこみ、読書の時間が増えるきっかけになった大切な一冊と言います。
映画化を希望し、企画から携わった大切な映画がこの『よだかの片想い』。タッグを組んだのは今作で長編映画2作目となる安川有果監督。デビュー作『Dressing Up』では思春期に差し掛かった少女が、父が隠していた母の過去に触れることで、自分に潜むモンスターを自覚していく物語でした。松井さんも安川監督も、表からは見えない人の内面の変化を独創的な切り口で描く達人です。今作では、生まれつき左の頬に大きなアザをもつ女性アイコの、恋をしたことで起きる大きな心理的な変化を繊細に表現しています。
現在、”写真を盛る“という言葉が流行るほど、人からどう見られるか、特にティーンエイジャーの関心は高いと言います。行き過ぎたルッキズム(外見至上主義)についてもたびたび社会的な警告がなされる中、おふたりはこの小説の何を大事に映画化したのか伺いました。
(左) 監督/安川有果 (Yuka Yasukawa)
1986年生まれ、奈良県出身。2012年、CO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪)の企画募集で選出され、『DressingUp』を監督。第14回TAMA NEW WAVE にてグランプリと最優秀主演女優賞を獲得した後、2015年に全国の劇場で上映され、第25回日本映画プロフェッショナル大賞の新人監督賞を受賞した。その後はオムニバス映画への参加や舞台作品などを経て、長編第2作『よだかの片想い』(2021)を監督。東京国際映画祭のアジアの未来部門に選出される。
(右) 松井 玲奈 (Rena Matsui)
1991年生まれ、愛知県出身。2008年デビュー。主な映画出演作に、『はらはらなのか。』(17/酒井麻衣監督)、『21世紀の女の子』(19/坂本ユカリ監督)、『女の機嫌の直し方』(19/有田駿介監督)、『今日も嫌がらせ弁当』(19/塚本連平監督)、『幕が下りたら会いましょう』(21/前田聖来監督)など。またNHK連続テレビ小説「まんぷく」(18) や「エール」(20)、TBS火曜ドラマ「プロミス・シンデレラ」(21)にレギュラー出演。映画・TVドラマ・舞台など役者として活躍するだけでなく、小説集 「カモフラージュ」(集英社)にて小説家デビューを果たし文才も高く評価される。その後もエッセイ集 「ひみつのたべもの」(マガジンハウス)、小説「累々」(集英社) などを執筆。
どの人にも同じ眼差しで接するようにと意識してきた(松井)
──『よだかの片想い』の映画化の企画はそもそも松井さんがこの小説に惚れ込んだことから始まったと聞いています。これはこちらの勝手な受け取り方かもしれませんが、松井さんにはアイドルとして活躍されていた時期があり、その間、人からどう見られるか、第三者からの眼差しにかなり敏感に意識せざる時代があったからこそ、アイコの自身のアザへの他人からの眼差しに共感されるところがあったのかなと想像したのですが、いかがですか?
松井玲奈(以下、松井) 「それはあまり関係していなくて。自分が人に見られるということよりも、自分が人を見る眼差しの在り方の方が大きく響きました。それは多分、子供の頃に育った環境も関係していて、肌の色や言語が違う子どもたちが身近にいて、一緒に遊んだりしていました。外見で判断しないことが当たり前という環境だったんですね。芸能界で仕事を始めると、周りに居るスタッフさんなど、ジェンダーの在り方が多様な方が多かった。
もうひとつ大きかったのが、触れ合うファンの方たちには本当に色んな人が居るんです。パッと会ったとき、瞬間、私からの眼差しを皆さん気にされるんです。そういう緊張感を強く感じていたので、どの人にも同じ眼差しで接するようにと、いつも自分で意識していたんです。だから『よだかの片想い』という小説を読んで、アイコに出会った時、映画を撮影している間もずっとそうなんですけど、一人の女性の恋の物語としてとらえていました」
──なるほど、自分がどう見られるかということよりも、自分が人をどう見つめているのか、そこにはっとさせられたんですね。それは自分にはない発想で、はっとしました。確かに松井さんに会いに行ったファンの方たちは、松井さんにどう見つめられるかどぎまぎしたでしょうね。
松井 「普通にしてるっていうことが特別に感じてもらえるっていうのは変な話ですけど、常にフラットな眼差しでいた方が良いなと思ったという、そういう話ですね。私としては、アイコにはたまたま生まれつきアザがあって、それが、四六時中大きな問題として彼女の中にあるというよりは、何かの瞬間、アザへの意識がコンプレックスとして浮き出てくる、というふうに考えていました」
安川有果監督(以下、安川) 「今の松井さんのご意見は今日初めて聞いたので、あ、そうなんだ、面白いなと思いました。私も原作を読んで、すごく惹かれるものを感じたのですが、映画で扱うには覚悟がいる題材だと感じました。小説だと彼女の心情を事細かに記すことができますが、映画は彼女の行動、やり取りの中でしかそれを見せることができません。全部を取りこぼすことなく描くのは難しいな、と。
でも、映画だからこそできることもあるんじゃないかと思い直しました。これまで、エンタメ作品の悪役の顔に傷があったりだとか、内面と外見を結び付ける視覚表現も少なからずあって、憤りを感じると当事者の方が口にされていたのを何かで読んでことがあります。だから、小説に描かれている顔にアザを持った主人公がそれを咀嚼して普通に日常を送る姿、初恋に身を委ねる姿を映画でもちゃんと描くこと自体に意味があるんじゃないかなって。
アイコさんの左頬にあるアザは基本的にヘアメイクさんはどのシーンも同じ状態を保つために努力してくださっていたんですけど、カメラの撮り方や、背景の場所や、アイコの精神状態などで、薄く見えたり、濃く見えたりする観客がいるようで、そこが人の見え方の違いなのかなと面白く思いました」
アイコは理系の大学院生。担当教授(三宅弘城)や理解ある先輩(藤井美菜)に恵まれた環境にいる。
──お二人とも原作へのリスペクトは持ちつつ、小説と映画では受ける印象が色々違っていてそこを楽しみました。まずアイコのキャラクターは松井さんが演じることで原作よりも大人っぽくなっていますし、原作で比重が大きい両親の存在もバッサリ割愛されています。何より、アイコの恋の相手となる映画監督の飛坂さんとの出会いの場面が、映画ならではの運命的な瞬間として作られていますね。
安川 「原作では、自身の顔のアザについて語った本が話題となり、その本を通してアイコに興味を持った飛坂が出版社を通して会見を申し込んで居酒屋に行くという流れなんですけど、映画では本の表紙のためにアイコが公園で撮影をしているときのレフ版の光の反射に飛坂が気づき、何だろうと近づいてアイコの表情に目が留まるという流れにしています。
小説の中で『幼い頃、みんなに注目されたことが嬉しかった』とアイコが語るシーンが特に印象に残っていたので、アイコが照明の光の中で飛坂に見られるっていうドラマチックな雰囲気で始められるといいなと思って、後から脚本に加えた要素ですね」
松井 「私も映画的な導入部分だなと思っています。本人たちが気づく前に、二人が出会っていたっていうのがはっきりとわかるシーンで、あそこの飛坂さんの表情が私はすごく好きだから、気に入っているシーンでもあります。アイコの表情、顔が飛坂の心を動かしたっていうすごく勇気のあるシーンだなとも思うんですけど、そこがまたアイコに自分のアザについて考えさせてしまう要素にもなっているのかなと思います」
──小説のアイコさんは、小学校の時、クラスメートがアザの形が琵琶湖に似ていると言い出して、授業中に騒がれたとき、好きな男子も注目してくれていることに心ひそかに高揚するんですけど、先生がすごい剣幕で怒って、大人の同情心のようなものを嗅ぎ取ってしまう。そこから目立つことをひたすら避ける学生生活になるという設定でしたが、松井さんの演じるアイコさんは凛としていて、堂々としていますよね。
松井 「アイコの素敵なところって芯がしっかりあるところ、強さがあるところで、周りの人にどう見られているかもわかっていつつ、でも自分の信念として地に足をつけている部分がある。そのときどきによって、人の状態って変わると私は思っていて、アイコも同じように場面、場面で接する人によって、テンションや表情が違うと思うんですよね。映画の中では描かれていないけど、大学のキャンパス内で、例えば大勢の学生がいる講義室の中にいる時はすごくひっそりとしているかもしれないけど、気の許せるゼミの人たちの前では普通の女性として生活している。安川さんは割と気を許している状態の時の方を広く描いてくださっていたので、等身大の大学院生の部分が出ているんだと思います」
アイコの気持ちも、映画監督としての飛坂の野心もわかってしまう(安川)
アイコのインタビューが掲載された本の内容に惹かれ、映画化を申し込んできた映画監督の飛坂。中島歩さんが演じている。
──中島歩さん演じる飛坂さんはクリエイターあるあるといいますか、自分が強く興味関心がひかれ、その人に深くフォーカスして入り込む一方、次の企画が始まると、違う人になっちゃうみたいな。お二人とも、クリエイターでいらっしゃるので、そういうところは理解できる部分もあるのかなと思いますが、どうでしょう?
松井 「私はそこはよくわからないですけど(笑)。でも、飛坂さんのキャラクターとして、どこに着地するのか分らない、ある種の不安定さがアイコは好きで、彼の余白だったり空白を追い求めて、『もっと彼のことが知りたい』『近づきたい、そばにいたい』って思う気持ちはよく分かるなと思ってました」
安川 「私は女性としてアイコの気持ちが分かるところもありつつ、映画監督でもあるので、飛坂の野心もちょっと分かってしまうというか。撮影中、アイコからも飛坂からも、どちらにも責められているような気持ちになるときがあったんですけど(笑)、まあ、映画の企画が始まると映画以外のことは何も考えられないとか、そういう飛坂の状況はリアルな自分の感覚として映画の中に入れ込んでいます。原作の飛坂さんはアイコにとって憧れの存在で、ちょっと遠いように描かれていたんですけど、映画ではもっと身近な存在として書いていきました」
日本は美しくあろうとするプレッシャーが大きい(安川)
──面白いのは、脚本は『愛なのに』『猫は逃げた』の城定秀夫監督で、男性の目線も入り込んでいるところです。昨年、東京国際映画祭で今作がアジアの未来部門で上映されたとき、安川監督と城定監督と脚本を叩きあげているとき、白熱したやり取りをされたと仰っていましたが、どういう話し合いがあったのですか?
安川 「原作にもある重要な要素として、アイコが宮沢賢治の『よだかの星』の話を取り上げて、ルッキズムについて言及する場面があるんですけど、日本って例えば広告においても画一的な美というものを前面に押し出すというか、そのイメージに合わせなきゃというプレッシャーが大きかったりしますよね。アザということになると「美」という観点では語れない差別に苦しんでいる方も多くいらっしゃいます。そう言った社会の歪みをこの映画でももっと扱ってもいいのではと私は思っていましたが、城定さんからは社会派の側面を強めるより、この映画はあくまでもエンターテイメントなんだから、アイコのストーリーに集中した方がいいんじゃないかと。そこが若干、意見が分かれるところだったんですけど、結果的にはいいバランスで入れられたのではと思っています」
──2018年にイギリスのブランドのファッションブランド「Missguided(ミスガイデッド)」が#InYourOwnSkinと名づけたキャンペーンで、先天性白皮症(アルビノ)、やけどの痕、そばかす、タトゥー、生まれつきのあざや乾癬のあるモデルを起用して、加工も修正もしないありのままの自分を打ち出すことのスタイルを提示して話題になりましたが、見ている私たちの意識ひとつで、見慣れるか、見慣れないかの問題かもしれません。それこそ最初に松井さんが話された私たちがフラットに見ることの大切さですよね。
松井 「撮影中、私はアザがあることを忘れちゃっている時間の方が多かったりして、お芝居をする中、突然、あざに対する話題が出てきたり、飛坂さんとの恋愛で不安になる感情の時だけ、今ここにアザがあるんだっていう感覚がにわかに浮き上がってくる感覚だったんです。アイコも四六時中、自分のアザについて考えているというよりは、何かきっかけがあることでふっと立ち上がるものだったりするんだと思う。いろんな人から、すごい大変だったでしょうとか、大変な役だねって言われるんですけど、自分の中では想像されているような大変さはなかったなと思います」
自分にとってのウィークポイントは見方を変えるとチャームポイントに変わる(松井)
自分のアザに対してフラットに向き合う飛坂にアイコはひかれていく。
──飛坂の行動として、出会ってすぐにアイコにコンパクトミラーをプレゼントするじゃないですか? あれはお二人の中ではアウトな行動ですか? それとも全然許せる行動ですか?
安川 「松井さんはあのシーンを映画で絶対にやりたいと言っていたんですよね。大好きなんですよね」
松井 「原作だと、鏡を渡された瞬間に、アイコは『え!?』って思ってるんですよ。『なんで私に鏡なんか渡すの』って、すごく失礼だとちょっと怒っている気持ちもありながら、飛坂さんにその理由を聞いて腑に落ちるっていう。飛坂さんなりの愛情や思い、考えがあっての行動なんだとわかるんですけど、私は、あの飛坂さんの行動は、自分にとってウィークポイントになることって、見方を変えるとある意味チャームポイントにもなるっていうのを教えてくれてるような気がしたんです。映画では手渡ししてたんですけど、原作だと飛坂さん、鏡をアイコに投げるんですよ。彼が投げて、アイコがキャッチするんだけど、そのこそばゆい感じもすごく好きだった。実際の撮影で、なんだろう、これって、鏡を受け取ったとき、宝石を渡されたみたいな煌きが映像の中にも写ってて。あのシーン、すごく好きですね」
安川 「鏡、投げなくて、大丈夫でした?」
松井 「投げなくて大丈夫でした。キャッチできる自信なかったんで(笑)」
安川 「ロケハンの時に助監督と試したんですけど、投げてキャッチするの難しいなあってやめたんです。私も、原作を読んだとき、この飛坂の行動は『え?』って思ったし、城定さんとも『大丈夫かな』って話をしたんですけど、松井さんが『このシーンは大事だって』と仰ってて、ほんと撮れて良かったです。
まあ、私は同じ映画監督なので、飛坂をちょっと疑いの目で見てしまって、変に印象付けようとしてるのかなって思ったりもして(笑)。他にこんなことやるやついないだろうと思いつつ、演じてくれた中島歩さんがすごい自然体で、ああ、そうか、飛坂も自然体でやれる人なんだって納得したんです」
中島歩さんは隙を見せるのがとっても上手(松井)
──飛坂さんはそれまで心にちょっとした鎧をまとっていたアイコにするするすると入り込んで、緩やかに心のこだわりを溶かすようなところがありますよね。最初の居酒屋でアイコの本について感想を語る場面で、アイコがつい気が緩んでぽろぽろぽろと涙を流すところなんて、松井さん、すごいなあと感じました。
松井 「監督が奮い立たせてくれたんです。アイコの閉じてた心が開き始める大事なシーンでもあったので当日はすごい緊張してました。ちゃんとできるだろうかって。他にもそういう場面はたくさんありました。初めてキスする場面とか」
安川 「初めてのキスの場面は直感的というか、段取りをガチガチに決めて臨んだわけじゃなくて、自然にああいう動きになってやってみたら、凄く二人のキスシーンが自然に撮れて、私もとても気に入ってるシーンなんです」
松井 「あれは多分、中島さんが上手なんだと思います。あのシーンを見るたび思ってますね。あそこではアイコは別にキスをしたいと思ったわけじゃないんですよね。彼の書棚に見知らぬ女性の写真を見つけて、そのことを聞くか聞くまいか、どうしようと思い悩んでいるところで、全然そういうつもりが無くて彼を見ていたら自然にされちゃったっていう。あれはもう華麗なる中島さんの技だったと思います(笑)。
ちょっと手を差し伸べたくなるような部分を中島さんご本人が持っているのか、お芝居の中で出すのがうまいのか分からないんですけど、アイコが自分をモデルとした映画の脚本を読んで、『映画化をお願いします』と言ったときの、『やったー』って喜ぶのが、眠そうなテンションで返されたときに、この人、天才なんじゃないかなと思って(笑)。私、あれ、大好きなんですけど、あの絶妙なゆるさって二人の距離感の表わしだと思うんです。飛坂さんがあそこまで気を許した感じになることに対して、アイコは嬉しくなるというか。そういう隙の見せ方がうまいのか、もともとそういう属性の人なのか、まだ底が知れないんですけど、飛坂さんが魅力的になってるのは中島さんが演じているからですよね」
飛坂の映画でアイコ役を演じる女優(手島美優)との出会いで、アイコの心は波立つが。
安川 「私自身は、飛坂の持っている芸術至上主義みたいなものにちょっと傷つくこともあるんです。アイコが自分をモデルとした物語の映画化を受け入れたうえで、もっと個人対個人として向き合うことを求めているのに、飛坂は映画を通してしか向き合っていないみたいな。そこを断罪するわけじゃないですけど、それっていい関係なんだろうかという疑問があったので、白黒つけられないような書き方ではあるんですけど、観客の皆さんにも『どうなんですかね?』という問いを提示しています」
相手の仕事に理解がない人とは一緒にいれない(松井)
アイコと飛坂の出会いを作ることになる出版社勤務の同級生(織田梨沙)
──お二人とも、仕事モードに入ったときは、そこへの情熱と恋愛とを天秤にかけられてしまうようなこともありますよね?
松井 「根本的にどんな人であっても、相手の仕事に理解がない人とは一緒にいれないですよね。例えば相手が忙しくしている時に、『なぜデートに行ってくれないの』みたいなことを言いだすと破綻しちゃうのと一緒で。結局は相手に対するリスペクトと理解が一番大事なんじゃないのかなあとは思います。そうやって考えると、飛坂もそんなに悪くないのでは。『仕事と私、どっちが大事なの?』論議じゃないですけど、一緒に居るために働くのに、それを言われちゃったら破綻しちゃうよね、みたいな。
飛坂さんとしては、アイコのことはもちろん好きなんだけど、『タイミング悪いよ』って思ってそうですね。多分、飛坂目線の物語にしたら、アイコは重い女の子に描かれるかも。立場が変わると見え方が変わりますよね」
安川 「アイコからすると、自分の人生を映画にされようとしてるわけだから、真剣になって当然っていうところもあるし。そういうボタンの掛け違いじゃないですけど、そういうことで灯が消えていたみたいなことですよね。タイミングってとても大事」
――あのう、原作ではアイコの理解者として同じ大学院の後輩の原田君という存在があるんですけど、映画では青木柚くんが演じていますが、原作では次の恋人候補の匂いが強いのですが、映画ではもう一押し、足りない感じがするのですが。青木君推しとしては気になるところなのですが。
安川 「青木さんのシーン、去年、東京国際映画祭での上映で二回上映して二回とも観客から笑いが起きちゃって」
松井 「ええ? そうなんですか」
安川 「私もその反応にはびっくりしたんですけど、アイコと飛坂の関係に無理が見えてくるタイミングなので、あの場面で緊張状態がふっと途切れて、お客さんからそういう反応が起きたのかな、と。フラれ役としてのわかりやすいキャラクターには決してなっていなくて、リアルに受け取ってもらえたのは、青木さんがすごく考えて演じてくれたからなんですよね。アイコと原田君のその後の関係も描きたい気持ちはありましたが、この100分の物語ではそこまでやらなくてもいいかなと。城定さんはとってもやりたがっていましたけどね」
松井 「アイコが飛坂さんとはまた違う形で、原田君からずっと愛情を向けられていたと気づくシーンだと思っていて。ああいうことを真っ直ぐ言ってくれる人が人生で初めて現れたから、その初めての言葉に直面してどうしたらいいのかわからず、ピュアな女の子の部分が出てきてしまって、戸惑っているんですよね。この映画は、実はアイコはいろんな人からいろんな愛を向けられていることに気づく物語なんだと思います」
アザがあるということをフラットに描きたいと城定さんとは話し合った(安川)
――最後になりますが、お二人がこの映画を通して観客の方に伝わればいいなと思っていることを教えてください。
安川「『見た目問題』をテーマとして掲げるというよりは、主人公の日常に寄り添って描くことで、想いを馳せることのできる映画にしたい思いがありました。制作にあたって当事者の方のインタビューをたくさん読み、私も初めて知ったことがたくさんあります。みなさんが考えるきっかけにもなるといいなと思います。まずはこの映画をたくさんの方に見てもらいたい気持ちが強いです」
松井「一番は、普通の恋愛映画として、一人の女性の成長物語として見て欲しいなという気持ちがあります。映画の中のアイコは自分が思っている以上に、周囲の人に愛されていた、愛を向けられていた、受け入れてもらっていたということに気づいていくんですけど、おそらくどの人も、自分が気づいていないだけで、自分が思っている以上に、周りの人から想われていたり、受け入れてもらえていると思う。あの人も私のこと考えてくれているんだな、こういう優しいことをしてくれるんだなとかを考えたり、思い出すきっかけになれば嬉しいです」
よだかの片想い
第159回直木三十五賞を受賞し、多くの作品が映画化されてきた小説家・島本理生が2012年に発表した恋愛小説に、主演の松井玲奈自身が惚れ込み、映像化が実現。デビュー作『Dressing Up』など、女性の内面を独自の視点で描き続ける安川有果監督の2作目となる。理系大学院生の前田アイコ(松井玲奈)は、顔の左頬にアザがある。小学校時代、アザに対する担任教師の過剰な反応を機に、人目を気にするようになったアイコは目立たぬように生きてきた。しかし、「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにしたルポ本の取材を受けたことで状況は一変。本の映画化を熱望する監督の飛坂逢太(中島歩)との出会いがアイコの日常を大きく変えていくが…。
昨年の東京国際映画祭のアジアの未来部門に選出された。
原作:島本理生「よだかの片思い」(集英社文庫刊)
監督:安川有果
脚本:城定秀夫
出演:松井玲奈、中島歩、織田梨沙、藤井美菜、青木柚ほか
●9月16日(金)より新宿武蔵野館他全国にてロードショー公開
VIDEO
配給:ラビットハウス
©︎島本理生/集英社 ©︎2021 映画「よだかの片思い」製作委員会
映画『よだかの片思い』公式サイト
撮影/山崎ユミ