木村文乃さんが映画『LOVE LIFE』を語り尽くす!再婚した夫と息子との幸せな日常を一瞬で奪われた女性が選ぶ愛と人生
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折田千鶴子
2022.09.14
ヴェネチア国際映画祭コンペ部門に出品!
先日閉幕したばかりのヴェネチア国際映画祭(8月31日~9月10日)のコンペティション部門に選出されていた木村文乃さん主演の『LOVE LIFE』。残念ながら受賞はなりませんでしたが、各国のジャーナリストたちから、かなりの高評価を得ていました!! コンペ部門に出品されるだけでもスゴイのに、厳しい点数を付けることも多いジャーナリストたちから高評価を得たとは、やっぱり嬉しくなっちゃいますよね。
監督は、『淵に立つ』(16)がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した、深田晃司さん。『歓待』(10)、『ほとりの朔子』(13)、『よこがお』(19)、『本気のしるし<劇場版>』(20)など、どの作品にも“人間のどうしようもなさ”みたいなものが浮き出して、妙に心を捉えてやまない佳作・傑作を次々と生み出されている気鋭の監督です。
この『LOVE LIFE』も、またしかり。観始めると色んな思いがグルグルと胸の中で渦巻いて、“今、この人の感情は!? 何を考えている!?”とジ~ッとスクリーンにかじりついてしまいます。明るく幸せいっぱいだった一児の母・妙子さんに、突如、悲劇が降りかかり――。思わずその場に一緒に居て、呼吸するのも苦しくなるような錯覚に陥る、臨場感ハンパない作品で、生々しく妙子さんを体現された木村文乃さんに、色々とお聞きしました。
1987年10月19日、東京都出身。映画『アダン』(06)のヒロインで女優デビュー。『風のダドゥ』(06)で初主演を務める。主な映画作品に『追憶』『火花』 (共に17)、『伊藤くんA to E』『羊の木』『体操しようよ』(全て18)、『居眠り磐根』(19)、『ザ・ファブル』シリーズ(19、21)、『BLUE/ブルー』(21)など。『七人の秘書 THE MOVIE』が10月7日より公開予定。
──資料によると、本作と出逢った時に「余計についてしまったものを全てそぎ落として、これまでとは違う道へひたむきに進みたいと思った」そうですが、キャリア的に何か突き破りたい時期にあったのですか?
「お芝居というものを、いつからか仕事としてこなすようになっているな、とある時、気付いたんです。その時から、“あれ、私がやりたかったことって何だっけ!? ”という気持ちになっていた時間が、少し長くありました。そこから抜け出すためにというか……『LOVE LIFE』は、私がまだやっていない方向の作品だな、と。何かをこなすようなことではなくて、もっとちゃんと一人の人間として生きたい、(作品の中で)一人の人間の人生を生きてみたい、と思っていたタイミングに、このお話をいただきました」
──もちろん、ガチッとキャラクターを作り込む役も少なくなかったとは思いますが、リアルを求められる役も演じてこられた印象がありますが…。
「う~ん、リアルを求められる役って、案外なかったような気がします。そもそも私はドラマが多かったりするのですが、ドラマは自分がどうしたいかということよりも、観て下さる方がどう楽しんでくださるか、というベクトルの方が高い。そうなると、リアルとは少し違ってきますよね。そういう意味でも、新たな作品に足を踏み入れた感覚がありました。でも、終わってみたら別に新しいことをしたわけではなくて。分かりやすく言ってしまうと、私にしみついていた“癖”みたいなものを監督が取り去ってくれた、という感じでした。そのお陰で、妙子さんの人生を生きられたと思います」
『LOVE LIFE』ってこんな映画
妙子(木村文乃)は、再婚して1年になる夫・二郎(永山絢斗)と、9歳になる息子の敬太(嶋田鉄太)と幸せに暮らしている。夫の父親の誕生日と、敬太のオセロ大会優勝のお祝いを兼ねて、近しい人を招いてパーティをしていた、そんな日に、予期せぬ出来事が起きてしまう。一瞬の不慮の事故で、敬太が亡くなってしまったのだ。呆然としたまま迎えた敬太のお葬式の日、失踪していた元の夫、敬太の父親パク(砂田アトム)が、突然現れるーー。矢野顕子の同名楽曲「LOVE LIFE」をモチーフに、深田監督が「愛」と「人生」に向き合う夫婦の物語を紡ぐ。
──本作も然りですが、本当に深田作品って、一筋縄ではいかないですよね。本作も、単純にヒロインの悲しみからの再生物語とか、夫婦の絆の物語と言うには、少し違うような気がするというか。
「本当に、そこがステキだな、それこそが映画だな、と思います。観る側に考えさせてくれるというか、押し付けがないので、本作も観た方から100通りくらいの感想が出てくるのではないか、と思います」
──脚本の段階でも、そんな印象はありましたか?
「読み終えて、一つの小説を読み終わったような感慨を持ちました。ともすると作品に登場する人物って、誇張されたり、いい風に描かれたりしがちですよね。でも、それが全くないというか、普通の人たちが普通に生活しているのがいいな、と思いました。人間って普通こうだよね、と読みながらすごく感じました」
──妙子という役をどのように捉えましたか?
「今回は、あまり何も思わなくて……。というのも、この作品に入る前に監督とお話をさせていただいたり、コミュニケーションをとる時間を監督が結構もうけてくださったんですね。例えば、韓国手話のレッスンがあったのですが(元夫のパクさんがろうあ者なので、2人は手話で会話をする)、そこにも毎回、監督も一緒に来て、一緒に覚えて下さったりしていたんです。リハーサルもしっかりやったので、みんなの中で共通認識が芽生えていて、“そのまま、そのまま”という感じでした。そのまま現場に来てくれれば大丈夫だと監督にもおっしゃっていただいたので、妙子として構えたりすることも、どういう人なのかを考えたりすることもなく、そのまま現場に入っていった感じでした」
──つまり、妙子が自分にとってとても等身大だった、ということになりますか? 考えるまでもなく分かってしまった、というような。
「言うなれば、妙子さんというお友達を私が紹介します、みたいな感覚に近いかな。監督とも、妙子さんという人については、さほど話をしたわけではなかったんですよね。自分の中で “妙子ってこういう人だよね”と、たまにポッと考えるくらいでした。リハーサルを通して馴染んでいたというのもありますが、それよりも普通に妙子としてそこで生活をしていた、という感じなんです」
“身内に一人は居そう”な絶妙さ
──妙子さんの人となりが良く分かるのが、序盤で結婚に反対していた二郎さんのお父さんから(子持ちの再婚ということで)、“中古品”という発言をされるシーンです。普通なら怒って関係断絶など問題が大きくなりそうですが、妙子さんは毅然と「取り消してください」と言う。その切り返しが、素晴らしくて。
「ああいう風に言えるのは、カッコいいですよね。しかも相手に対して、“それって、言っていいと思っているの?”と良し悪しをぶつけるのではなく、“少なくとも私はそれを言って欲しくなかった” と気持ちを伝えているだけなのも、すごく大人の会話だと思いました。でも、何よりあのシーンでスゴイのは、“すまなかった”という義父の方だとも思いました。あくまで目的は喧嘩することではなく、幸せに楽しく暮らすことだよね、という。そのための“すみません”ってカッコ悪いことではないし、結構悪くないと思うよ、と思いました。特に私たちの親世代――60~70歳くらいの方にとっては、謝ることを良しとしない風習みたいなのもありますから。でも、納得できたら語気強く返すより、そんな“ごめん”の一言で進む関係というか、よりよくなる関係ってあるよな、ということも感じたシーンでした」
──そういう、時々“あれ、今、なんて言った!?”と、ちょっと衝撃を受けるような本音や悪くも取れる一言がポロッポロッと差し込まれます。義父だけでなく義母も、観る者の胸をざわざわさせるような、例えば敬太の遺体を家に戻す際の一言があったり……。
「先ほどの“中古品” という言葉一つにしても、それで作品が一つ出来てしまうくらいの、パワーワードですよね。でも同時に、普通にそういうことを言う人っているよね、という感じもしたんです。脚本を読んだときも、こういうことを言う人たちって確かにいるというか、よくあることだな、とも思いました。身内や親戚に一人はいるな、くらいの身近さでの“いるな”、という感じがしました」
キャスティングで役はほぼ出来上がる
──リハーサルは、どのようなことをしたのですか? 夫・二郎役の永山絢斗さん、元夫・パク役の砂田アトムさん、そして木村さんと監督と4人で?
「そうですね。顔を合わせて読み合わせもしましたし、物語の核となるシーンでは動きもつけてやってみたりもしました。ただ、お芝居の演技指導的なことは、本当にほぼ何もなくて。最初の話と重なりますが、私は上手にやるために色んなたくさんの不自然なものを、気付いたらくっつけて歩いていたらしくて。リハーサルを通して、その違和感を監督が1つずつ取り去る作業をして下さっていた気がします。ただ私たちが、私たちの心が、素直に動くように、不自然なものを取り去る作業というのが、つまり本作のリハーサルだった気がします」
──そのリハーサルの段階で、永山さんや砂田さんが段々と二郎、パクになっていく過程というものを目撃されましたか?
「ということも、全くなくて。最初からお2人とも二郎さんであり、パクさんでした。例えば永山さんが監督に、“こんなにボソボソ喋っていていいんですかね⁉”と聞きにいったことがあったんです。そうしたら監督は、“だって今、ボソボソ喋っているじゃないですか”と言われて。それで私も、“そうか、永山さんは永山さんの時点で、それが既に二郎さんなんだ”と思えたんです。監督もおっしゃっていますが、その人をキャスティングした時点で、その人物はほぼほぼその人自身なんだ、と。私も今回その通りだと思いました」
──永山さんも砂田さんも、本当に素晴らしかったですよね。妙子さんが、パクさんのことをどうしても放っておけない、という気持ちも何となく分かってしまう謎の吸引力や魅力があって。対して二郎さんの焦燥もジンジン伝わって来ました。現場では、お2人とどんな感じで過ごされましたか?
「永山さんとも初共演ですが、勝手に何となく寡黙な方なのかな、と思っていたんです。そうしたら同世代ということもあって、色々と身の上話みたいなことで盛り上がって(笑)。お芝居に入った途端に、突然、目も見なくなるのですが、撮影以外では普通の同級生みたいな会話をしていたのが、なんだかすごく面白かったです」
「砂田さんはとてもお茶目な方で、とにかく現場が楽しく明るくできるように、すごく盛り上げて下さる方でした。本人がそういう方だからこそ、みんな自然と協力的になっていて。例えば、ベースと距離がある場所で撮影していた時に、遠くて声が届かないところがあったのですが、そんなときも、手話の伝言ゲームがスタッフさんたちの間で起きていました。さらに引きの画を撮るときは、遠くにいるスタッフのハンドシグナルを私が受け取って、それを砂田さんにお伝えしたりするなど、そういう伝言ゲームみたいなことが自然に起きるような、とても温かな現場でした。砂田さんの人柄だからこそ、いちいち手話通訳の方にお願いするのではなくて、みんなが手話を覚えて、きちんと自分たちで伝え合おう(役だけではなく実際に砂田さん自身がろうあ者の俳優さん)、という現場になったんだろうと思います」
感情がどこまで行っちゃうの!?
──また本作は、表情の映画だな、とも思いました。それぞれが、それぞれの言葉を受け止めるときの表情や、何かが起きたときに映し出される表情に釘付けになりました。それぞれの人の色んな表情が脳裏に残ります。
「そういうものも、リハーサルで監督が余計なものを落とす作業をしてくださったお陰です。それによって、心がすごく軽やかに、素直に動くようになっていたので、現場ですべてが嘘ではないというか、自分の気持ちも不自然なところが全くなく、とても普通に自由にそこに居られました。そのお陰で、そういう表情が出ているのだと思います」
──お葬式の時の妙子さんの立ち姿も、すごいものを感じました。普通に立っているんだけれど、やっと立っているような、グラグラ揺れているようなものが感じられて。
「あれも私自身は何も考えていなくて、本当にそこに居ただけでした。あのお葬式のシーンは、撮影の後半で撮ったんです。それまでは妙子としても私としても、開きたいのに開けない引き出しみたいなものをずっと抱えていました。でも、あのシーンをやることによって、引き出しの中がやっと全部出せた。だからあのシーンの撮影前と撮影後では、周りの人への接し方が全く違ったというか、かなり変わったと思います。それまで人と接する余裕が私には全くなかったので。ずっと一人で内々な気持ちで現場に入ることが多かったのですが、あのシーンの撮影後は、やっとみんなと楽しくお話をしていいんだと、なにかが許されたような気持ちになりました」
──その引き出しを開けるスイッチとなるのが、元夫パクさんのいきなりの登場です。しかも、登場したかと思ったら、さらにいきなりの予期せぬ言動を取ったので、観ていても思わず「ひゃっ!!」と声を上げてしまったほどです。あの瞬間の妙子の心境って、覚えていますか?
「もう、訳が分からなかったですね。妙子としては、どこかに行ってしまったと思っていた元夫がいきなり現れるし、息子の敬太は死んでいるし……という、しっちゃかめっちゃかな気持ちで立っていたわけです。そこで、いきなり元夫が……(観る楽しみのために省略)ですから、頭が真っ白になった状態でした。妙子は常に、自分の精神状態をコントロールしてしまう人だから、それが出来なくなった状態に追い込まれて、やっと泣ける感情を出すことが出来た。どこまで行っちゃうんだろうな、なんて思ったシーンでした」
──それを見ている二郎さんの表情も、ハッとしたような、同時に色んな感情がグルグルしているようなで、本当に引きつけられました。居合わせた各々の表情をもっとじっとゆっくり見たい気持ちになりました。
「見事にみんな、どうしていいか分からない表情をしているな、と映画を観て思いました。そりゃそうだよな、そうなるよね、と(笑)。だって、お葬式で、いきなり“あんなコト”が起きたら、普通そんな顔になるよね、と。みんなが普通にそこに居ることが、心地よくてしょうがなかったです。大体の現場は、やっぱりお葬式ともなると、そこに居る人たちに“悲しい顔をしてください”という方向になることが多い。でも、この映画では、みんなが同時に同じようにどうしていいか分からない表情をしているのが(笑)、なんか、“すごくない!?”と思えて。なるほど、そうだ、こういうことがしたかったんだ、と思えたシーンでもありました」
考え始めると終わらない
──また、いつになっても妙子が、息子が得意だったオセロが片付けられない、というような日常の描写が効いていますよね。
「妙子としては、やっぱり片付けられないですよね。会話も最低限のものしかないので、多分オセロ自体が親子の会話というか、コミュニケーションツールの一つみたいな存在だったんでしょうね。だからオセロを打つ一手一手に、気持ちや感情がとても入っていたんだろうな、と思いました。それを簡単に片づけるわけにはいかないだろうな、と。後半のセリフでも妙子さんが、“みんなが忘れようとするから、私だけは忘れない”と言うのですが、本当にその気持ちが強かったんだろうと思いました」
──また上手いのは、“なぜパクは妙子と敬太を置いて去ったのか”という疑問が、サスペンスフルに物語を最後まで引っ張っていくことです。
「結局、本人に(妙子は)何も聞いていないのですが、聞かなければその人の本心って、やっぱり分からないものだと思いました。ただ、“目を見て話さなくなった”ということが、私の中でかなり大きなキーワードになりました。目を見て話さないとは、つまり、相手をちゃんと見ていない、ということ。実は自分の都合のいいように、相手――パクさんにしても二郎さんにしても、妙子は都合よく見ていただけかもしれない。でも、本当に目の前にいる、その人をちゃんと見たら全然違った、というようなこともあるのかな、と思ったりしました。そういうところも、考え始めると終わらない。それが映画として正しい姿だと思いますし、本作のような映画の大きな魅力だと思います」
本作で木村さんは、韓国手話をも習得され、言語以上に激しい感情表現も身体全体でされていて、それが強く観る者に訴えてきました。
妙子とパクが手話で会話をしている時の二郎の居心地の悪そうな表情も、なんかいたたまれなかったり。あるいは亡き息子を巡って二郎には分からない妙子さんとパクさん2人だけの時間があることを二郎が感じていたり…。二郎には計り知れない、実の父親だからこそのパクさんの激しい感情のうねりを感じたり、もう三者三様の葛藤や心の揺れに、観ている私たちは動機を速めながら、“え、そっちの選択する!?”と驚いたり、止めに入りたい気持ちに駆られたり。
愛するということ、人生を共にするということ、喪失、孤独、血の繋がり、どうしようもない感情……。心を揺さぶられながら、長い旅をしていたような感覚になり、でもまだ考えることを止められない、とっても豊かな映画。
是非、劇場で心の奥底をめぐる旅路をお楽しみください!
映画『LOVE LIFE』
9月9日(金)より全国公開
2022年/日本/配給:エレファントハウス
監督・脚本:深田晃司
出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ
(c)2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS
映画「LOVE LIFE」公式サイト撮影:細谷悠美
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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