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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

ダメ男3人の切なく愛しい『みんなのヴァカンス』。鬼才ギョーム・ブラックが新作を語る

心惹かれて止まないヴァカンス映画

ギョーム・ブラック監督と言うと、私の勝手なイメージでは、“不器用な男の純情と本音”を、ユーモアと哀愁を混ぜ合わせ、たまらなく愛しく感じさせる、いかにもフランス映画らしい映画を撮る大型新鋭監督、というものでした。今やすっかり世界中から新作が待ちわびられる監督となったギョーム・ブラック監督に、新作についてリモートでお話をうかがいました。

ギョーム・ブラック監督
1977年パリ生まれ。配給や製作の研修生として映画にかかわった後、La Fémis(国立高等映像音響芸術学校)に入学。製作科を専攻しつつ、在学中に短篇を監督。08年に友人と製作会社「Année Zéro」を設立。この会社で、『遭難者』(09)、『女っ気なし』(11)を製作、監督。初長篇作『やさしい人』(13)が第66回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門に出品される。その他、短篇ドキュメンタリー『勇者たちの休息』(16)、『7月の物語』(17)を、長篇ドキュメンタリー『宝島』(18)など。

初期の3作、短編『遭難者』、中編『女っ気なし』、長編『やさしい人』で、いきなり世界的に注目を集めてしまったギョーム・ブラック監督ですが、その3作に主演しているのが、超絶いい味を放つヴァンサン・マケーニョさん(本作には残念ながら出ていませんが…)。作品の中で彼が放つ“イタ面白さ&切なさ”は、何とも言えず後ろ髪を引く面白さでした。このカットに見覚えのある方も多いのでは!?

映画『やさしい人』より

その後、ドキュメンタリー映画や演劇学校の生徒たちと一緒になって作品を作り上げるなど、どんどん新たな扉を開き続けている監督の、旺盛な創作欲や映画に携わる若者たち、そして映画界全体を盛り上げようとする熱い想いが透けて見えます。そんなブラック監督による、待ちわびた新作が遂にやって来ました! 19年の夏に撮影された『みんなのヴァカンス』も、監督の十八番とも言うべき“ヴァカンス映画”。2020年、 第70回ベルリン国際映画祭(パノラマ部門)に選出され、国際映画批評家連盟賞特別賞を見事、受賞しました!

ちょっとダメな愛すべき男たち、3人が主要人物として登場し、大いに楽しませてくれるゴキゲンな映画です。もう、観たくてウズウズしませんか!?

──やっぱりヴァカンス映画って、最高ですね! 本作を見て改めて思いました。

「ヴァカンスって非日常ですからね。家庭や仕事など、普段生活している場所から離れて、自由になって解放される場所。普段の日常の文脈から自由になれるという意味においても、確かにヴァカンスは、何かを物語るのに適した舞台ですよね。それに、ヴァカンスは人が出会う場所でもあり、それによって描く調子が軽妙になるんです。実際には深刻さや痛々しさがあるわけですが、たとえ見せかけだけのものであったとしても、物語に軽妙さがあるというのは、やはりヴァカンス映画の魅力だと思っています」

『みんなのヴァカンス』はこんな映画

(C)2020 – Geko Films – ARTE France

夏の夜、セーヌ川のほとり。フェリックス(エリック・ナンチュアング)は、出会ったばかりのアルマ(アスマ・メサウデンヌ)と恋におちる。だが翌朝、アルマは家族とヴァカンスへ旅立ってしまう。フェリックスは、親友のシェリフ(サリフ・シセ)を誘い、相乗りアプリで知り合ったエドゥアール(エドゥアール・シュルピス)の車に無理矢理に近い形で乗り込み、アルマを追って南フランスの田舎町ディーへと向かう。車中で、傍若無人に振る舞うフェリックスは、生真面目なエドゥアールを何度もイライラさせる。その度に、気の優しいシェリフは、間に立って必死で場を和ませようとする。やがてディーへ到着し、アルマを驚かせようとフェリックスはウキウキしながら連絡を取るが……。

──実は中盤辺りまで、フェリックスに対して好感が持てませんでした。それが逆に面白くもあるわけですが、結構、無礼でイヤな奴ですよね。同時に、彼が恋をしたアルマの方も、好感を持てるような女性ではない。特に前半、物語を引っ張る2人がイヤな奴だなんて珍しいな、なんて思いました(笑)。

「確かに感じが悪い人たちかもしれないですが、若干は、いいところもありますよ(笑)。そこは、賭けでもありました。フェリックスという人物は、危険をおかす人です。彼は愛に盲目になって、アルマのような女性を好きになってしまう。一方で、アルマのように、ワガママで自分勝手な女性を撮るのは、とても楽しかったです(笑)。本作では、アルマと対照的な女性像――若い母親であるエレナが登場します。2人は年齢的には近いですが、アルマが常に自由で好き勝手に自分の考えを変えたりすることができるのに対し、エレナは子どもがいるので、そういう自由はありません。そんなエレナにシェリフが好意を抱くわけですが、この2組がまるで対照的というか、真逆のキャラクターたちなんです」

「ただ、シェリフとエレナはとても穏やかなので、ちょっとエネルギーや動きに欠ける。彼らだけだと、つまらなくなってしまう。そこへフェリックスとアルマを持ってくると、コントラストが生まれ、面白くなると思いました。フェリックスが持つ、あの熱情を差し込むと、ちょっとコメディっぽくもなりますし。すべての人物像は、色んなバランスを考えて、コントラストを描き出すために計画的な設定をほどこしているのです」

フェリックスはようやく、念願のデートに漕ぎつけます。雰囲気よく川遊びを楽しんでいましたが、クルクル変わる気分屋のアルマの言動に振り回され、一喜一憂…。

──観客も含めてみんな“上手くいくはずがない”と思っているのに、フェリックスは嫌~な態度を取られても、アルマに対してグイグイ迫っていきます。そして、どんどん関係がこじれていくわけですが、その最高潮ともいえるラフティングのシーンは最高でした(笑)! アルマが指導員を務めるヤサ男に抱きつくと、予想外にエドゥアールが男を平手打ちし、川の中はカオスになっていって……。

「あの時点では、(それまでは互いを嫌い合っていた)エドゥアールが、いかにフェリックスのことを自分の友だちとみなしていたのか、ということを表したかったんです。いつの間にかフェリックスとアルマの関係を、自分のことのように思っていたんです。だからフェリックスの気持ちでアルマの行動を見ていて、とても寂しく、ショックを受け、あんな行動に出てしまうわけです。とてもカオスでクライマックスのようなシーンではありますが、とても美しいシーンだと僕は思っています。エドゥアールは唯一、女性との恋愛話が出てこない人物ですが、恋愛にではなく、彼は友情に開かれていくんです。あの乱暴も、友情からのものですから」

「かなり多くの人が出てくるシーンなので、撮影はとても大変でした。俳優たちは10時間くらい水の中にいることになってしまいました。しかも周りの滝の音がとてもうるさくて、様々な障害を乗り越えて撮ったシーンですが、最終的にそのように観客が喜んでくれたら嬉しいですね」

左からフェリックス、シャリフ、そして車の持ち主エドゥアール。事故を起こし町に留まることになってしまったエドゥアールを含め、3人は少しずつ理解しあい、打ち解けていきます。

従来の脚本はなく、シーン集で進めた

──『7月の物語』に続いて、本作も監督の母校の学生たちと作り上げた作品ですよね。彼らに“ファーストキスの体験”や“人生の気まずかったエピソード”について話してもらい、そこから物語を練り上げ、彼らが演じたそうですが、自分の体験を撮影で追体験するのは、俳優たちは一種のバツの悪さを克服する必要があったのでは?

「いや、彼らが話してくれたエピソードを、そのまま自分で演じさせてはいないので、それはないと思います。彼らの話を色々聞いて、それを素材にして物語を膨らませていったけれど、その人の経験をそのまま同じようには演じさせてはいないから。例えば、小さな役で、ヴァカンス先で知り合うニコラという男性がいるよね。彼は地球の今後について神経症的なほど心配し、そんな地球に子どもを産んでこの先どうするのかと、大きな不安を抱えている。演じるニコラ・ピエトリも、実際に不安に襲われた難しい時期を経験したことは確かです。ただ、その理由が違っていて、彼自身は家族や恋愛、仕事のことで不安定な状態になっていた。だから逆に、ニコラという不安症を持つ男を楽しみながら演じられたと言っていました。同じ感情だけど、文脈が違う状態で演じるのは、面白い経験になったようですよ」

「また、主要キャストの一人、シェリフ役のサリフもそう。僕がサリフに出会った当初は、感情をあまり表に出さず、クラスでも前に出てくるようなことがなかったので、何かしらコンプレックスを持っているのかな、と思っていた。そうしたら後になってから、思春期の頃はとても臆病でコンプレックスを持っていた、と話してくれて。ただ撮影時は既にコンプレックスから抜け出していたので、大人になってから昔の自分を演じたことが、すごく面白かったと言っていましたね」

家族でこの町で夏を過ごすアルマとその姉が、カフェで待つフェリックスに近づいて来ます。いかにもヴァカンスっぽく、気持ちよさそう!

──セリフが書かれた従来のシナリオは作らず、即興の余地を残しておくためにシーン集で進めていったということですが、つまりシーン集というのは、絵コンテに状況説明を書き加えたようなものですか?

「そうですね。シーン集は絵コンテであり、そこにシチュエーションが書かれていて、同時にセリフが間接話法で書かれているものでした。一部は、直接話法で書かれていましたが。つまり、すべてのセリフは書かれていない状態のもので、どんどん書き足し続けていったもの、という感じです。あくまでも最後の最後まで、俳優たちが自由に演技できるようにしておいたんです。撮影に入る数週間前、すべての俳優たちを集めて2週間リハーサルを行いました。そこで大体のシチュエーションを、シーン集を見ながらやりました。すると、そこに即興が入ってきます。その即興からセリフを抜き出して、シーン集に書き足していきました。そういうリハーサルを終えてから、実際に映画の撮影を始めました。僕が望んでいたのは、彼らが演じるのを見るのではなく、彼らがその場で生きているのを見ることでしたから」

丘の上のバーで、他の避暑に来た人たちとカラオケで大いに盛り上がるエドゥアール。このヴァカンスを通して、自信なげだった彼も大いに開かれていきます。

──つまり実際の撮影では、リハーサルでキャラクター造形を個々が掴んでいたために、自然と即興演技が生まれてくる感じだった、ということですか?

「いや、即興で自由に演じていたのは、リハーサルまで。実際の撮影に入ってからは、即興はかなり少ないんです。リハーサルで出た即興を選んで書き込んでいったので、実際の撮影では既に細かく決めてあってから入ったところがほとんどです。シーンによっては完全に指示通りです。即興はいいところもありますが、悪く出れば最悪な事態になってしまう危険性もあるんです。だから今回は、撮影時における即興の割合は、ほんの10%程度です。フェリックスとシェリフ役の2人は、実生活でも友だち同士なので、彼ら2人のシーンは自由に即興も交えながらやってもらい、面白い結果がでました。でも、それ以外の人は、ほぼ即興はナシでした」

脆さや弱さがある男性性を描いてきた

──小さなテントで大柄のシェリフと背の高いエドゥアールが、並んで寝ようとするけれど、狭くてなかなか寝つけないシーンも、クスクス笑いが満載で大好きです。監督の作品は大胆に省略をしているところと、何気ない可笑しいシーンをじっくり見せたりする、そのバランスが面白いです。

「確かに説明的な部分は、最終的に出来上がった本編よりも、シーン集の中に多く含まれていた気がします。僕自身、編集作業がとても好きなんですが、カットを見ながら編集していると、再び作品を書いているような気持ちになります。撮られた多くの映像を見ていると、人物像が浮かび上がって来るんですよね。そういう中で説明的な部分というのは、省いた方が、よりそのシーンが強いものに、そして印象的なものになることが多いんです。例えば、今回も冒頭、フェリックスとアルマが出会うシーンも、かなり編集の段階で多くの部分を省きました。最終的にできた完成版は、すごく良くなったと思っています。今、挙げてくれたテントの中のシーンも、僕もすごく大好きでシーンなんですよ。あのシーンを見せることで――つまりあのシチュエーションを見せることで、たとえ彼らが話をしていなくても、2人がどんな人かということが、すごくよく分かりますよね(笑)!」

──最後に、男3人の凸凹な関係とそれが変化していく様が面白いと思いましたが、私の個人的な印象では、男同士の友情や関係性を描くのは、監督の中でちょっとした新しい挑戦だったのかな、と思ったのですが。

「特に新しい、ということはないかな。僕は他の作品でも、よく主役に男性を据えて、その男性性についてーーあくまでも男性は支配者でも支配的であるわけでもなく、脆さや疑いを持っていたり、弱さがあったりする、そういう男性性を描いてきましたから。本作でもフェリックスは、エドゥアールやシャリフに比べ、ちょっと支配的な性格で描いていますが、僕の映画では、“男性がどういう風にして男になるか”ということを描いて来たので、今回、特に挑戦ではありませんでした。思春期の女性2人を主人公にしたドキュメンタリーも撮りましたし、現在は、若い女性を主人公にしたフィクション作品を書いています。色々やっているので、あまり新しいとは感じないですね」

フェリックスとアルマ、シェリフとエレナ、そして母親に頭が上がらない風のエドゥアールは、美しい町ディーで、どんなことを経験し、何を胸にその町を去っていくのでしょうか。欧米の人たちって、こんな風に夏を過ごすのね、という、まさに“ヴァカンス”の感じがとっても気持ちよくて、観ているだけで開放的な気分になってくるようです。でも、恋はままならない。今も昔も、きっとこれからもずっと。だから楽しい!

さらに、軽~い能天気な恋のさや当て物語だけではなく、主要人物3人のうち2人、フェリックスとシェリフが移民の黒人男性であるという、現代フランスの若者たちが置かれる社会的な背景や問題(近年、『ガガーリン』や『オートクチュール』、『パリ13区』など、フランス映画が活写するような)がサラリと描き込まれているのも、本作の意義や味わいを深めています。

是非、今年の夏を、ちょっぴり切ないこのヴァカンス映画で乗り切ってください!

映画『みんなのヴァカンス』

2020年 / フランス / 100分 / 配給:エタンチェ

監督・脚本:ギヨーム・ブラック

出演:エリック・ナンチュアング、サリフ・シセ、エドゥアール・シュルピス、アスマ・メサウデンヌ、アナ・ブラゴジェヴィッチ、イリナ・ブラック・ラペルーザ

©2020 – Geko Films – ARTE France

2022年8月20日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

『みんなのヴァカンス』公式サイト

映画『みんなのヴァカンス』公開記念
ギョーム・ブラック監督作品を週替わりで特集上映!

8月20日(土) 13:05『遭難者』+『女っ気なし』
8月21日(日)~26日(金) 15:20『遭難者』+『女っ気なし』
8月27日(土)~9月2日(金) 時間未定『やさしい人』
9月3日(土)~9日(金) 時間未定『勇者たちの休息』『7月の物語』

詳細はこちら
http://www.eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000616

映画ライター/映画評論家

Writer Profile

Chizuko Orita

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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