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『冬薔薇(ふゆそうび)』のじれったくて不器用な父子像【伊藤健太郎さん×小林薫さん対談】

  • 金原由佳

2022.06.03

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思うように育たない、花を咲かせられない息子と、何も言わない父親

『冬薔薇(ふゆそうび)』とは冬に咲くバラのことをさし、俳句の冬の季語にもなっています。この映画の成り立ちは、一般的な商業映画とは違った経緯で作られました。

本作で映像作品の再始動となった伊藤健太郎さん。撮影前には、伊藤さんと阪本順治監督とでじっくり話し合い、そのときの会話を通して阪本監督が感じたことを、この脚本に入れ込んだと言います。奇しくもコロナ禍で、阪本監督自身、人とほとんど会わなかった期間だったとか。ある時、ふと花屋で目に付いた冬薔薇を購入し育てたことで、寒々しい季節の中で心にぽっと花が咲いたような気がしたという実体験も込めたと聞きました。

その『冬薔薇』で父子を演じたのが小林薫さんと前出の伊藤健太郎さん。二人とも阪本順治監督とは初顔合わせで、横須賀を舞台に、愛情はあるのにすれ違っている父子の関係を演じています。小林さんが演じるのはガット船という砂利や土砂を運搬する特殊な船の船長の渡口義一、伊藤さんが演じるのは高校を辞めた後、地元の不良グループに属し、チンピラ紛いの日々を過ごしている渡口淳。義一の妻で、淳の母、道子を余貴美子さん。厳しい季節にいる父子の見ている風景などについて、小林さんと伊藤さんに伺いました。

(右)伊藤健太郎(Kentaro Ito)

1997年生まれ、東京都出身。2014年にドラマ「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」で俳優デビュー。以降「トランジットガールズ」(15)、「アシガール」(17)、「今日から俺は!!」(18)、連続テレビ小説「スカーレット」(20)などの話題作に出演。15年には『俺物語!!』(河合勇人監督)でスクリーンデビュー。『デメキン』(17/山口義高監督)で映画初主演。以後『コーヒーが冷めないうちに』(18/塚原あゆ子監督・第42回日本アカデミー賞新人俳優賞)、『惡の華』(19/井口昇監督)、『今日から俺は!!劇場版』(20/福田雄一監督)、『弱虫ペダル』(20/三木康一郎監督)、『宇宙でいちばんあかるい屋根』(20/藤井道人監督)、『とんかつDJアゲ太郎』(20/二宮健監督)、『十二単衣を着た悪魔』(20/黒木瞳監督)など話題作に多数出演する。本作『冬薔薇(ふゆそうび)』で阪本組初参加。

(左)小林薫(Kaoru Kobayashi)
1951年生まれ、京都府出身。唐十郎主宰の「状況劇場」に参加。退団後、『はなれ瞽女おりん』(77/篠田正浩監督)で映画初出演。『十八歳、海へ』(79/藤田敏八監督)で報知映画賞新人賞を受賞する。名実ともに日本を代表する俳優の1人。映画出演作に『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(07/松岡錠司監督)、『歓喜の歌』(08/松岡錠司監督)、『海炭市叙景』(10/熊切和嘉監督)、『舟を編む』(13/石井裕也監督)、『旅立ちの島唄 〜十五の春〜』(13/吉田康弘監督)、『深夜食堂』(15/松岡錠司監督)、『武曲 MUKOKU』(17/熊切和嘉監督)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17/廣木隆一監督)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18/豊田利晃監督)、『夜明け』(19/広瀬奈々子監督)、『ねことじいちゃん』(19/岩合光昭監督)、『日本独立』(20/伊藤俊也監督)、『花束みたいな恋をした』(21/土井裕泰監督)、『Arcアーク』(21/石川慶監督)など。6月10日から『はい、泳げません』(渡辺謙作監督)が公開。

僕が演じた父親は息子とのコネクターがちゃんと繋がっていない(小林薫)

──『冬薔薇』なのですが、小林薫さん演じる父親は、伊藤健太郎さん演じる息子の淳に本当に、何も言わないですよね。これは世の母親たちは、余貴美子さんみたいに、小林さん演じる渡口義一にイライラを募らせながら見る人も多いのではないかと。

小林薫(以下、小林)「いや、子どもには何も言わないでいいんじゃないの?」

──あ、そうですか。そう思いますか?

小林「だって、子どもの方からすると、親に何か言われてもね。決めるときはガンと言ってほしいというのは、ご夫婦の関係性の目線でしょうね。奥さんからすると、子どもになにか言ってよとなるんだろうけど、僕はこれでいいんじゃないのかなと思う。その子の人生はもう始まってますからね。お父さん、子どもになんにも言ってくれないっていうことで、夫婦仲が悪くなっちゃうことはあるのかな」

冬薔薇

淳(伊藤健太郎)は地元の不良仲間である美崎(永山絢斗)や君原(毎熊)たちとよからぬことに手を染めている。

──ご家庭によるとは思いますが、リアルにあると思います。

小林「そうかあ。ただ、僕個人は子どもに何にも言わなくていいとは思うけれど、『冬薔薇』の渡口義一の場合は、息子である淳との間を取り次ぐものがなんにも見つかっていない状態なんですね。この人の場合は、こういう形でしか息子に対応できないっていうふうになっている。

要するにコミュニケーションのとれない親子関係で、息子とのコネクターがうまくちゃんと繋がってない。と私は、勝手に思いました」

冬薔薇

淳の母、道子を演じるのは余貴美子さん。夫の渡口義一(小林薫)が買ってきた冬薔薇を丹念に育てる。

──タイトルの『冬薔薇』にかこつけていうと、義一さんは息子の淳の花を咲かせるための剪定ができない父親なのかなと思ったのですが。

小林「薔薇って剪定しなくちゃいけないんですか? 僕、家で薔薇を育てているんだけど、剪定したことないなあ(笑)。まあ、だから、乱暴な咲き方とかになっているのかもしれませんが。

伊藤健太郎(以下、伊藤)「何の薔薇を育てられているんですか?」

小林「いや、それが、買って来た時の名前のプレートが、鉢替えとかしていると、どこかにいっちゃって、もう名前さえも忘れちゃてる。赤い花が咲くんですけどね」

なんで、喧嘩みたいな感じで終わっちゃうんだろうと感じていた(伊藤健太郎)

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──伊藤さんは、この映画の父子関係をどうご覧になりますか?

伊藤「後半、淳が、ある人から訴えられて、その報告をしに、父親の船の渡口丸まで話に行く場面があるんですけど、あのシーンに似たことが自分もリアルで父親とありました。内容は全然違いますが、父親にある報告があって会いに行ったら、こういう結末になる予定じゃなかったのに、なんでこんな喧嘩みたいな感じで終わっちゃうんだろうって。

もうちょっと自分の言葉を変えていたり、伝え方を変えていれば、意思の疎通がちゃんと出来たのかなと、今になってみるとわかるんですが、なかなか思っていることを素直に言えない。父親と息子のちょっとした行き違いの関係性はすごくわかります。あの場面は、自分も昔、同じことをしたなって思いながら、やらせてもらいました」

冬薔薇

故郷から出てきた優秀ないとこ(坂東龍汰)にも淳は苛立ちをぶつけるが……。

──その船の場面では、なるべく小林さんの感情を揺さぶらせてやろうと思っていたと聞きましたが。

伊藤「そうですね」

小林「本当ですか? すごいなあ。僕はもう現場に居るのに精一杯だった(笑)。その辺が、伊藤君のアンテナの張り方が凄いんだと思います。

非常にナチュラルになってないと、そういうもんって発信もできないし、受け止めることもできないと思うんだけど、僕なんか、本当に余裕がないですね。だから、今、聞いて、すごいなあと思いますよ。うん」



世の中から忘れ去られつつある世界にも、ちゃんと人がいて、家族があって、僕らの隣りあわせにいる(小林)

小林薫さん演じる渡口義一は砂利などを運ぶガット船の船長。

──渡口義一について伺いたいのですが、彼は埋め立て用の砂利や土砂を運搬するガット船の船長で、大型の埋め立て工事が時代と共に減って、燃料費の高騰もあって、そろそろこの家業をどうしようかと考えている状況です。阪本監督は実際の船長に取材して脚本に取り入れたそうですが、小林さんはどう感じられましたか?

小林「阪本監督はこの映画の前から、ガット船に興味を持っていて、以前にも調べていたそうです。今回は実際に船に乗っている方たちに取材をされていて、そこから印象に残るエピソードをこの脚本に入れていて、僕も監督経由で話を聞いたんですけど、最初に感じたのは『こういう世界があるんだ』っていう驚きでした。

なんていえばいいのか、世の中ってアップグレードされる世界だと思いがちなんですけど、取り巻く環境や状況がアップグレードされない仕事もあるんだなと。そこが何とも言えない感じなんです。高度成長期は港湾の埋め立ての仕事もたくさんあって、いい時期もあったようですが、今はジリ貧の状況で、少ないパイを船同士で奪い合って、何とか現状を維持しているという。

阪本監督がそういう状況を映画の世界に取り入れるのは、世の中に忘れ去られつつある世界を描くことで、『でも、ここにもちゃんと人がいるわけで、家族があるわけで、彼らには友達がいるわけで、そういう世界が僕らの生活の隣り合わせであるんだ』っていうことを、阪本監督なりの熱い気持ちと眼差しで伝えたいからだと思う。僕らは阪本監督が取材された現場には立ち会ってはいないんですけど、演じながらそこは感じましたね」

淳は父親からの何かしらの言葉を待っている(伊藤)

冬薔薇

石橋蓮司さん(写真左)演じる沖島は渡口丸の乗組員。淳が小さい頃から渡口家を見守る存在。

──淳役としては、到底、この家業は継がせられないという父親の気持ちはどう思いますか? 映画の中の淳は、それでもやっぱり「継いでほしい」という一言を待っているように見えます。

伊藤「これもすごいリアルな自分の過去の体験があって、自分の父親も自営と言いますか、自分で会社を経営しているんですけど、僕は14歳ぐらいから、この業界に入って、仕事を始めました。幼いながらに『俺が継がなかったら、この会社はこれで終わるのかな?』みたいなことを、頭のどこか隅っこで思う部分があったんですよね。かといって、俳優の仕事を辞めて継ぐかというと、そこは自分にはやりたい事がある。

淳がお父さんに対して、『”お前なんか死んじまえ”でもいいから、何か言ってくれよ』という感情はすごくよくわかる。父親からの何かしらの言葉を待っている部分は演じていてもリアルな感触でした」

冬薔薇

乗組員の高齢化で家業をいつまで続けるか悩む義一。

小林「すごい一生懸命やってるんだけど、仕事の厳しさに対しては金銭的に報われないし、到底、息子には継がせられないっていう辛さを抱えてるお父さんですよね。継いでも欲しいけど、継いでも欲しくない。

映画の中で淳が『デザイナーを目指しているんだ』って、父親が友達に誇らしい感じでいうときも、本心として嬉しかったんだよ。お父さんとしてみたら、違う世界の方に目が向いてくれている方がどこかで嬉しい。家業を継ぐっていうのは、どこにもうまくいかなかったから、戻ってきちゃったってことになっちゃうでしょう。それはね、望んでないんじゃないかなと思う」

中途半端な生き方をする息子に、母は厳しい

──余貴美子さん演じる道子さんはいかがでしたか。母として、妻として、息子にも、夫にも「自立しなさい」と厳しく接しているのですが。

小林「映画の中で言っているでしょ、『きついなあ』って。僕もそう思う(笑)。自分の状況を俯瞰で見れたらいいですよね。親の方も。もちろん助けるときには手助けするとか、声をかけるっていうのは大事だけど、僕は常々、非常に”お母さん文化”だなあと感じます。

一般論になっちゃうけど、西洋は”父親的世界”だって言い方をしますよね。小さい時から、親離れを求められるというか。対して、日本の場合は、どうしても子どもに対して過保護になっちゃう傾向はあって、それが親子関係の中に出てくるんじゃないかな。親子関係にはある種の距離感って、やっぱり大事なんだと思います」

伊藤「結構難しいですけど、自立を促すことがいい前提として話すのであれば、今、小林さんがおっしゃったように、ある一定の距離感っていうのは20歳をこえると絶対的に必要なんだろうなと思います」

役者としての関わり合いよりも大きな意味で、この作品に関わっていたのでは?(小林)

──『冬薔薇』は伊藤さんにとって、約2年ぶりの主演映画作となります。阪本監督から、カメラオフのとき、伊藤さんはスタッフワークをずっと手伝っていたと聞きました。渡口丸の食事の場面に出てくるカレーも、バックヤードで伊藤さんがスタッフと一緒に作っていたと聞きましたが、小林さんから見て、今後、俳優として生きていくうえで、さらに最強になるために伊藤健太郎に必要なものは何だと思いますか?

小林「そんな余計なことを言わなくても、彼は50歳でもやっていると思うよ、うん。見ていて、そう思いましたね。やっぱり素材がいいからね。もう十分にやっていけているわけだからね。

ただ、今回が初という意味でいえば、今までの仕事以上の思い入れがこの映画にはあったのかもしれないですよね。いや、あったんだろうと思いますよ。役者として関わるのではなく、もっと大きな意味で、全面的にスタッフの側で身を置いておこうとしていたから。もう少し大きな意味で、映画に関わっていかなきゃいけないっていうふうに自分で言い聞かせてたところもあるんじゃないですか? 僕らは終わったら、現場からホテルにすぐ帰っていましたから(笑)」

先輩たちの背中がとにかくカッコよかった(伊藤)

冬薔薇

⑦ 渡口丸のスタッフたち。手前左が伊武雅刀さん、左奥が笠松伴助さん。ちなみにちらっと写っているカレーは、バックヤードで伊藤さんがスタッフと一緒に料理したもの。

──伊藤さんは撮影現場で諸先輩たちをどうご覧になっていましたか?

伊藤 「僕はやっぱり本当に小林さん、余さん、石橋蓮司さんもそうですけど、自分が生まれる前からお芝居をされている方々とこうやって同じスクリーンの中でお芝居をさせて頂けるっていうのは非常にありがたいことで、刺激をもらえました。もっともっと頑張ろうとも思わせていただきましたし、本当に先輩たちの背中がとにかくカッコよくて」

小林「撮影中にプロデューサーが、撮影地の地元で小さい飲み会を設けたんですよ。80代の石橋蓮司さん、僕と伊武雅刀さんは70代で、ちょっとだけ若い50代の笠松伴助くん、もう半分以上が70代オーバーなんだけど、彼だけ20代で参加しててさ。俺、自分が20代のとき、そんな飲み会に参加したことない! もうめっちゃ、きついだろう(笑)」

伊藤「いやいやいや、もう本当に凄い楽しかったんですよ(笑)。いろんな話を聞けて」

小林「いや、そんなはずない(笑)。特殊過ぎてきつかっただろう!」

伊藤「ハハハ、大丈夫です」

小林「でもね、伊藤君にとっては、こんな年上との飲み会って、もう今後ないと思うんですよね。そういう意味では、貴重だったんじゃない」

伊藤「いや、めちゃくちゃ盛り上がったじゃないですか。で、すっごく楽しかったですね」

小林「僕はそういう年寄りに囲まれている伊藤健太郎の景色がとても面白かったですね」

冬薔薇(ふゆそうび)

伊藤健太郎を主役に迎え、阪本順治監督のオリジナル作品。とある港町、服飾デザイナーの道を目指しながら、専門学校にろくに通わず、地元の不良グループと行動を共にしている渡口淳。抗争で大怪我をし、入院していた間、母の弟とその息子が不況から父の運営する渡口丸に関わることになり、どこか居心地の悪さを感じる。淳は父が自分に何も言わない状況にくすぶっているが……。

冬に咲く薔薇のように、厳しい状況を生きる人々の日常に宿る優しさ、暖かさを描く群像劇。

脚本・監督:阪本順治

出演:伊藤健太郎 小林薫 余貴美子 眞木蔵人 永山絢斗 毎熊克哉 坂東龍汰 河合優実 佐久本宝 和田光沙 笠松伴助 伊武雅刀 石橋蓮司

2022年製作/109分/PG12/日本

配給:キノフィルムズ
東京・新宿ピカデリーほか全国で公開中。

『冬薔薇(ふゆそうび)』公式サイト

 

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

撮影/富田一也

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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