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マイノリティをマジョリティの目線から描かないこと。『義足のボクサー GENSAN PUNCH』主演・プロデューサー尚玄さんインタビュー

  • 金原由佳

2022.05.30

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「主人公はたまたま義足であったけど、ただ一人の男としての挑戦を描いた」

義足のボクサー 主演 尚玄さん

尚玄さんは土山直純さんの挑戦の映画化に立ち上がり、主人公を演じるため厳しいトレーニングをこなした。

『義足のボクサー GENSAN PUNCH』は、俳優の尚玄さんが親友の土山直純さんの実体験をモチーフに、プロデューサーと主演を兼ねた作品です。幼い時に片足を失った土山さんは成長し、プロボクサーを目指します。しかしながら、義足での試合は安全性を保てないとの理由で日本でのライセンス取得が許されず、土山さんはフィリピンに飛び、そこでプロボクサーを目指すことを決意します。

子育てをする上で、既存のレールに乗ることができると子どもの夢には比較的近づきやすいのですが、この映画が描くのは前例がないことへの挑戦。息子の決意に何も言わず、見守る母親役を南果歩さんが演じています。尚玄さんは土山さんをモデルとした主人公、津山尚生(なお)を演じるため厳しいトレーニングを積んでボクサーの肉体を作り上げ、また、プロデューサーとしてフィリピンを代表する映画監督、ブリランテ・メンドーサに熱意をぶつけ続け、映画化を引き受けてもらい、企画の立ち上げから実現まで8年の月日を費やしました。

努力は身を結び、昨年、第26回釜山国際映画祭において『義足のボクサー』がキム・ジソクアワードを受賞しています。

尚玄さんは今年すでに、中村真夕監督の『親愛なる他人』、吉田浩太監督の『Sexual Drive』が公開されていて、映画俳優として多忙を極めますが、沖縄出身の彫りの深い顔が日本人らしくないと、若い頃は役に恵まれなかった時期があったといいます。尚玄さんの歩みを伺いました。

●俳優・プロデューサー/尚玄(Shogen)

1978年生まれ、沖縄県出身。大学在学中からメンズノンノほか、モデルとして活躍し、卒業後はパリ・ミラン・ロンドンのコレクションでモデルとして活動。2004年、25歳で帰国し、俳優としての活動を開始。2005年、戦後の沖縄を描いた映画『ハブと拳骨』でデビュー。三線弾きの主役を演じ、第20回東京国際映画祭コンペティション部門にノミネートされる。08年ニューヨークで出逢ったメソッド演劇に感銘を受け、本格的にニューヨークで芝居を学ぶことを決意し渡米。ニコール・キッドマンのプライベートコーチであるスーザン・バトソンやロバータ・ウォラックなどから演技を学ぶ。昨年はマレーシア出身のリム・カーウェイ監督の『COME & GO カム・アンド・ゴー』、小島央大監督の『JOINT』など話題作にも出演。アジア圏での活躍が注目されている。

僕が彼が義足ということにまったく気づかなかった

──『義足のボクサー GENSAN PUNCH』は実話をベースにしているとのことですが、日本でのプロライセンスに挑戦することもできない主人公が、発想を変えてフィリピンで自分の力を試すところがまさにエンパワーメントだなと感じました。尚玄さんは、主人公のモデルである土山直純さんとはどうのように出会ったのでしょうか?

「10年以上前ですが、土山君は結構な男前で、レスリー・キーのモデルなどをしていた頃に知り合いました。僕、最初は、彼が義足だということにまったく気付かなかったんです。彼は基本的にシャイな人なので、あまり自分のことを言わない。ボクサーだったとは知っていたんですけど、互いに打ち解けて、大分経ってから義足でのチャレンジ、しかも日本ではプロライセンスが認められず、フィリピンで挑戦したと聞いて、驚いたんです。

僕は大学時代にメンズノンノやファッション誌のモデルを始めて、その仕事は順調だったんですけど、本当にやりたかったのは俳優だったんですね。でも、僕のルックスが日本人に見えないと言われることが多く、なかなか自分の中で思うようにいかないところがあって、だったらニューヨークへ行こうと発想を変えた経緯があった。なので(土山)直純の話を聞いて、とてもインスパイアされたし、僕自身もエンパワーメントされたんですね。お互い被さる経験があって、それを映画にすることで、後に続く人がいるんじゃないかなと。それが映画にしたいと思ったきっかけです」

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  • 南果歩さんは主人公の母親役。息子の決断に何も言わず、その代わり、ソーキそばをふるまう。

──尚玄さんが口説き落としたフィリピンのメンドーサ監督は、国政が厳しいフィリピンの暗部をえぐってきた監督で、今作は彼の作品の中で最もさわやかな作品になったと思います。どうやって説得したんでしょうか?

「直純がチャンピオンになったという話ではないですし、僕らも最初から『ロッキー』のような、いわゆるスポコンものを目指してたわけじゃなくて。映画では直純の家庭環境についていろいろ語られてない部分があるんですけど、彼は子ども時代、サッカーをやっていたんですね。ところが試合となると、義足を理由に、当日、審判から出場を認められなかった過去があって。それでボクシングを始めたのですが、アマチュア時代は優秀な結果を残したにもかかわらず、プロになることを認められなかった。

あるインタビューで直純のお母さんが、『息子さんがボクシングをして心配じゃないですか?』と聞かれた時に、『もう、すでに足を切っていますからね』 と答えたと聞いて、とても気丈な母親だったからこそ逆境に負けない強さが身についたかなと感じました。僕も母と距離が近かったですし、僕が直純に共鳴する部分、なぜこの作品を作りたいかという思いを、時間をかけて監督に伝えていきました」

メンドーサ監督は義足であるということを決して誇張して描かなかった

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  • 中央の青いTシャツの男性がブリランテ・メンドーサ監督。

──そのメンドーサ監督の演出なんですけど、無駄な説明は一切せず、ストーリーがどんどんテンポよく進んでいくので本当に心地いいテンポですよね。日本での挑戦が断られた、すぐフィリピンに飛んだ、フィリピンのマグロ漁の街のジムに入った、仲間に恵まれた、試合に出た、恋をした、どんどん進んでいく。

「メンドーサ監督は事前に俳優に脚本を見せず、シーンの直前で、どういうことをやるかと伝えられる。いわば、家の全体の設計図を見ないで、コツコツ作っているような感覚なんです。だから、ぶっつけ本番なので、記憶も今、あんまり残っていません(笑)。

映画が完成して、改めて全体像を見た時、大胆に削ぎ落とした部分があることに気づきました。僕が完成作から感じたのは、メンドーサ監督は義足であるということを決して誇張して描かなかった。マイノリティをマジョリティの目線から描かず、主人公はたまたま義足であったけど、ただ一人の男としての挑戦を描いている。それが尚生がボクシングを通して証明したかったことじゃないかと思います。」

主人公、尚生が入所したボクシングジムの食事の風景。ジムのオーナーの娘役はフィリピンの国民的女優、ビューティ・ゴンザレス。

──映画を見ていると、マグロの街ということもあり、街の匂いが濃厚に匂ってくるかのようでした。

「確かに街の匂いはあるんですけど、僕は20代の頃からバックパッカーでヨーロッパやアジアのあちこちを巡っていて、コロナ禍の直前も、ちょっと時間が取れたのでプエルトリコとドミニカ共和国にリュック一つだけ持って行っていたので、あまりそこは気にならないというか。ただ、役としてあの町に居なくちゃいけないので、そこは旅慣れた感じは出しては行けなかったんですね。

実際にジェネラルサントスのジムに、撮影の半年前に半月ほど一人で置いていかれて、地元のボクサー達と実際の練習メニューをしていたんですけど、家族を養うために闘っているフィリピン人選手が結構いるんですよね。日本でも、もちろんそういう状況の人はいると思うんですけど、自分自身の為に戦うというよりも、家族の為にリングに上がっている。そこの違いに色々と感えさせられるものがありました。

むしろ困ったのは、一俳優として、自分で企画した映画作ることにたいして、それこそ日本ではあまり前例がないということで資金集めの方でした。僕にもうちょっと知名度があれば、もっと簡単だったかもしれない。自分が主役をやる映画を作るってことが、日本ではあまりなかったことなので、いろんな意味で苦労しました。幸い、完成した映画を見て、アメリカの大手のケーブルテレビHBOアジアが権利を購入してくれたんですけど、でも、僕は日本ではどうしてもスクリーンで公開したくて、そこも交渉して実現したところです」



脚本はナシ、その場、その瞬間を生きて、撮っていくだけ

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──今お話しされたように、ボクシングの試合の打ち合いが凄まじくて、カメラマンがリングの中に入っていて、尚玄さんのすぐ近くで動きと連動しながら撮っているんですよね。何かの拍子にぶつかったり、パンチが当たったりしなかったのかとハラハラしました。あれはテレビ中継ではとても味わえない臨場感あふれる距離ですね。

「その意味でドキュメントに近いですよね。キャラクターに関しても、メンドーサ監督とは何回もフィリピンを往復して話し合いました。脚色はしてますが、自分が表現したい核みたいなのはもう出来上がっていたので、カメラが回っているときもいないときも、役のままであり続けるっていうことだけだった。抱えてるものが大きい分、精神的にしんどさはありましたけど、前もってセリフを覚えたり、シーンの準備をする必要がないという意味では楽でしたね。

その場、その瞬間を生きて、それを三台のカメラで撮っていくだけだったから。見るとお気づきになると思うんですけど、試合のシーンには色んな観客がいっぱいいますし、その間、本当にずっとカメラが回っていて、例えば同じジムのボンジョビという仲間からお守りをもらって、奥に行ってスタンバイして、リングにあがるところとかも、一般のエキストラの人が結構いろんなことをしているんですよね(笑)。でも、それすらもカメラに映してしまうという感じだったんです」

──尚玄さんはリーチが長いので、つい相手にパンチが当たってしまうこともあったのでは?

「フィリピンに行っての最初の試合で、1ラウンド目で僕のパンチが本当に相手に入ってしまったんです。休憩タイムのとき、ごめんって謝りに行ったんですけど、あれは生の反応で、映画ではそれをそのまま使われていましたね(笑)。監督も、カメラ回ってるからそのまま続けろって。物語の設定上はライバルチームの相手選手なんですけど、本当はずっと一緒に練習をしていた同じジムの選手だったので、申し訳ないことをしました」

尚生とフィリピン人コーチの関係性に漂う父と息子の匂い

拳を打ち合うボクシングには時に危険なハプニングが伴う。

──尚玄さんが演じる尚生は、フィリピンの名優、ロニー・ラザロ演じるコーチのルディと強い関係性を築き、どこか父子のような雰囲気も漂わしますが、ルディの愛の深さがまた、尚生を傷つけることも出てきます。

「おっしゃる通り、父と息子の関係性の匂いはとても大切だと思って、フィリピンに行ったときも早めにロニーを紹介してもらいました。ロニーはメンドーサ監督が、2013年に発表した『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』に欧州からの観光客を誘拐するイスラム過激派の犯人の一人を演じたんですね。

誘拐される側のキャストとしてフランスのイザベル・ユペールが演じていたんですけど、あるとき、彼女がメンドーサにロニーについて『あの人って本物のテロリストなの? 話しかけも来ないし、すごい怖いんだけど』と言ったそうなんです。ロニーは役に没入するタイプの人で、役柄上、ユペールと親しくなってはいけないと自制していたらしいんですけど、全ての撮影が終わったとき、『怖がらせてごめんね』と謝りに行ったら、じゃあ、一緒に踊りましょうと誘われて、踊ったそうです。

素敵なエピソードでしょう。そういう人ですから、ルディの愛情深さは、腹立たしいことを引き起こすんですけど、でも愛を感じるんですよね」

アジアの映画人に言われた「日本ってガラパゴスだよね」の言葉

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──尚玄さん自身について伺いたいのですが、この『義足のボクサー』で昨年釜山映画祭のキム・ジソクアワードを受賞されています。昨年、公開された『COME AND GO』はアジア各国から大阪へとやってきたアジア人がクロスオーバーする群集劇で、尚玄さんはいろんな夢と欲望をもって大阪に来た人々を冷静に仕分けするような役回りでした。

つい先日までは、日本での戦争体験の悪夢を題材にした『コントラ』で話題を呼んだインド人監督、アンシュル・チョウハン監督の新作に出演されていたと聞いています。東京、沖縄をベースにダイレクトにアジア圏の映画人と英語でやりとりできるポジションは尚玄さんならではですし、かなり特殊な立ち位置を築いていますよね。

「早めに海外に目を向けられたということは、今振り返ると幸運なことだったと思います。だから今の自分がある。『義足のボクサー』のプロデューサーの山下貴裕さんが、アンシュル・チョウハン監督のプロデュースを引き続きやってくれているんですけど、それは今回の映画で結果を出したから。今後も日本とフィリピンをつなげていけるいいきっかけだと思います。

ただ、そこにもうちょっと日本のマスメディアに注目してほしいなという希望はあります。釜山での受賞の翌日、日本で報道が全く出なかったんです。あとでひとつ、知り合いのライターさんがウェブで記事にしてくれたけど。それはちょっと悲しかったですね。

アジアの国際映画祭に行くと、例えばインドネシアなど、若い世代の新しい才能がたくさん出てきていて、彼らと話す機会があるんですが、そのとき、『日本ってガラパゴスだよね』と言われてしまったりすることがあります。僕は死ぬまで演技を続けたいという希望を持っていますので、丁寧にアジアと日本をつなげていければと考えています」

義足のボクサー GENSAN PUNCH

カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド』をはじめ、『ローサは密告された』『罠 被災地に生きる』など不条理な社会でもがき、いきる人々の強さを描いてきたフィリピンの名匠ブリランテ・メンドーサが、プロボクサーを目指して日本からフィリピンに渡った青年の実話を基に描いたヒューマンドラマ。

沖縄で母親と暮らす津山尚生(なお)は、プロボクサーになる夢を抱くが、幼少期に右膝から下を失い、義足を理由に、プロライセンスへの挑戦が出来ないでいた。諦めきれない尚生は、フィリピンでの挑戦を決意。プロを目指す大会で3戦全勝すればプロライセンスを取得でき、義足の尚生でも試合前にメディカルチェックを受ければ、ほかの者と同じ条件で挑戦できると聞き、尚生はトレーナーのルディとともに、慣れない異国の地でボクサーへの第一歩を踏みだすが……。

監督:ブリランテ・メンドーサ
プロデューサー:山下貴裕、クリスマ・マクラン・ファジャード、尚玄

出演:尚玄、ロニー・ラザロ、ビューティー・ゴンザレス、南果歩ほか

2021年製作/110分/G/日本・フィリピン合作
原題:Gensan Punch
配給:彩プロ

 

沖縄先行公開中
6月3日(金)TOHOシネマズ日比谷にて先行公開
6月10日(金)全国公開

『義足のボクサー GENSAN PUNCH』公式サイト

 

© 2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

撮影/菅原有希子

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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