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家族への紹介前に、同性のパートナーが突然の病に。愛する人を介護できない状況を、彼女はどう打開したのか。『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』

  • 金原由佳

2022.04.08

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人生の最後の日々を、家族ではない人と暮らしたいという選択

マドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ/写真左)と、ドイツから移住してきたニナ(バルバラ・スコヴァ/写真右)

マドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ/写真左)と、ドイツから移住してきたニナ(バルバラ・スコヴァ/写真右)

家族のいる人、いない人、どちらにとっても、人生の後半戦を誰と、どう暮らすのか、日常のふとした時に、想像を巡らせることはあるかと思います。特に中年期以降となると、若い時に結び合った時とはまた違う、心の落ち着く人、価値観が合う人など、これまでとはまた違う人間関係 を求め、恵まれる機会が訪れることがあるでしょう。

2021年3月12日にフランスで行われた第46回セザール賞にて新人監督賞を受賞した『ふたつの部屋 ふたりの暮らし』は、イタリア人監督、フィリッポ・メネゲッティが南仏モンペリエのアパートの同じフロアに暮らす2人の女性の関係を描いたもの。マドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ)は若い頃は高圧的な夫との生活に耐え、彼と死別した今はドイツから移住してきたニナ(バルバラ・スコヴァ)とアパートの同じフロアの向かい合わせに暮らし、互いの部屋を行き来しながら、密かに愛を育んでいます。2人の夢は出会いの場であったローマの景色のいい部屋に移住すること。しかし、マドレーヌは娘、息子にニナの存在をなかなか告白できず、終の棲家を探す行動が遅れていくことにニナも苛立っていきます。そんなある日、マドレーヌが病に倒れ、彼女は体に麻痺が残り、発声も難しい状況に。仲のいいご近所さんとしか思われていないニナは、マドレーヌの子供たちに自分たちの関係性をどう伝えたらいいのか葛藤し、マドレーヌの真意も読み取れず、思いを募らせていきます。

1980年生まれのメネゲッティ監督が、なぜ、ここまでシニア世代の感情が描けることができたのか。新人監督ながら、ドイツ、フランスを代表するレジェンドの女優とどう取り組んだのかを聞きました。

●監督・脚本/フィリッポ・メネゲッティ(Filippo Meneghetti)

1980年イタリア、パドヴァ出まれ。ニューヨークのインディーズ映画サーキットで初めて映画の仕事に携わる。映画学校を卒業し、ローマで人類学の学位を取得した後、ステファノ・ベッソーニ監督作『Imago Mortis』(09)の脚本の共同執筆を手掛けた。2011年の短編映画『Undici』(11/ピエロ・トマセッリ共同監督)、2012年の『L’intruso』がイタリア国内外の映画祭で上映され賞に輝いた。2018年にフランスに拠点を移し、19年の短編映画『The Beast』がサウス・バイ・サウスウエスト映画祭コンペティション部門で上映され、その他の国際映画祭でも上映されている。長編監督デビュー作となる『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』で、2021年セザール賞の新人監督賞をはじめ、国内外の数々の映画賞に輝いている。

老境に差し掛かった親の恋愛を、子供たちはどう受け止めるのか

マドレーヌのセンスのいい部屋で二人は労わりあって暮らしている

マドレーヌのセンスのいい部屋で二人は労わりあって暮らしている

──作品を見て、私も人生の最後は誰と一緒にいたいか、よく考えました。見る前は、レズビアンカップルの物語だと思っていたのですが、母親の選択を家族がどう受容するかということに重きを置いて描いていらっしゃることにも刺激を受けました。メネゲッティ監督はお若いのに、なぜここまでシニア層の心理が手に取るようにわかるのでしょう?

「私は映画を人の感情など、人生を知るためのものとして、とらえています。映画を通して、自分とは違う他人を理解できる。そういう作品を作るために、引き続いて、努力はしているつもりです。

今、仰って戴いたように、この映画はセクシャリティについて語った映画ではありません。同性愛ということに関しては、また別の描き方があるわけで、この映画で多く語りたかったことは、まず、主人公達の年齢についてでした。マドレーヌとニナは70代で、ニナには娘と息子がいます。娘のアンナにとっては、母親は夫を亡くした後、ひとりで寂しい生活をしていると思っていたのに、実はセンチメンタルで、セクシャルな生活をしているということがわかる。

そういう構図は一般的な映画であまり見ない関係性ですし、老境に差し掛かった親世代の恋愛事について、親子がフランクに語り合ったりすることもあまり見ないのではないかと思いまして、こういう人間関係を、見る方の感情に訴えつつ、問題定義することはどうか、そこに面白さを感じました。

もうひとつの理由としては、このテーマを取り上げるきっかけが、私自身の中にあるんです」

私の映画への情熱を注いでくれたカップルへのリスペクトが本作のきっかけ

お気に入りの公園で、静かに読書することが二人の楽しみ。会話がなくても充実しあった時間が伝わってくる。

お気に入りの公園で、静かに読書することが2人の楽しみ。会話がなくても充実しあった時間が伝わってくる。

──プライベートに触れるかもしれませんが、具体的にうかがっていいですか?

「自分がまだ若いときに、2人の女性と知り合いになりました。彼女たちは、マドレーヌとニナのような生活を送っていたんですけれども、映画よりもさらに複雑な状況の中で生きていました。その姿に、私はとても心打たれたんです。2人は、私の映画に対する情熱を注いでくれた、映画への熱情を植え付けてくれた人でもありました。ですから、彼女たちに感謝の気持ちを持っていて、彼女たちをモデルにしたわけではありませんし、実話の映画化でもありませんが、この映画の設定を考えたきっかけとなり、リスペクトを捧げた作品であるとはいえると思います」

──マドレーヌとニナは南フランスのモンペリエで暮らしていて、2人はイタリアのローマの移住を計画しています。調べてみると、モンペリエからローマは飛行機で一時間半ぐらいで、実はそんな遠くない。エアのチケットも往復で15,000円前後のようですね。この距離の現実感にちょっと心打たれました。

「ご指摘通り、ローマはモンペリエから遠く離れている街ではないんですね。ただ、この主人公たちが目指しているのは、ただそこに行くのではなくて。そこで暮らそうということです。なぜローマを選んだかと言えば、二人が知り合った場所であり、そこで愛情が芽生えたからなんですね。ですから、旅行ではなく、週末や、1、2週間、ちょっと暮らすのとは違う、本格的に移住したいと考えている。でも、マドレーヌのアパートの近くには娘の家族が住んでいて、アパートも子どもたちとの近距離の関係性も全て清算して、実現することの難しさ。これが距離以上に遠い存在にしているのです。娘のアンナにしてみれば、『今更、違う国で暮らす、しかも誰と?』と問題になるでしょう。もちろん、母親がローマに1人で行ったところで知り合いもいないでしょう。ですから、この映画では距離ではない問題がひとつ横たわっています」



母親という役割を捨てることのできない女性の葛藤

娘、アンヌ役を演じるレア・ドリュッケール(左)。グザヴィエ・ルグラン監督作『ジュリアン』(17)で、2019年のセザール賞主演女優賞、グローブ・ドゥ・クリスタル主演女優賞に輝いた実力派。

娘、アンヌ役を演じるレア・ドリュッケール(左)。グザヴィエ・ルグラン監督作『ジュリアン』(17)で、2019年のセザール賞主演女優賞、グローブ・ドゥ・クリスタル主演女優賞に輝いた実力派。

──マドレーヌとニナはフランス人とドイツ人のカップルですが、監督の故郷であるイタリア人だと、お母さんの自己犠牲が強く、家族を優先してしまうだろうから、設定としては成り立たないと考えられたからですか?

「マドレーヌが、恋人としてのニナよりも、母親として家族を優先してしまう、そこはフランス人であろうと、イタリア人であろうと、私は母親の存在というのがとても大きく、重要だなという認識がもちろんありました。私はイタリアの小さな町で生まれ育ちましたが、南フランスのモンペリエも小さな町で、宗教観や、歴史などイタリアと大差はないのではないかとやっぱり思いますね。そういう意味では、自分自身の育った環境が、マドレーヌの役柄に反映している部分はあると思います」

極端に台詞が少ない脚本 視線の強さにグラデーションを決めた

ニナ役を演じるのはバルバラ・スコヴァ。日本でもヒットを記録した『ハンナ・アーレント』(12)の名演も記憶に新しい。

ニナ役を演じるのはバルバラ・スコヴァ。日本でもヒットを記録した『ハンナ・アーレント』(12)の名演も記憶に新しい。

──素晴らしかったのが、マドレーヌ役のマルティーヌ・シュヴァリエさんと、ニナ役のバルバラ・スコヴァさんの演技です。特にバルバラさんは、ドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『ローラ』(1981)のヒロインで、映画ファンには時代を超えたアイコンだと思います。元々二人は、言葉を介さぬ、静かな時間で結ばれたカップルでしたが、病でマドレーヌが言葉を発せなくなった後は、ニナがマドレーヌの真意が読み取れなくなって、不安になっていきます。その変貌を監督はサスペンス調の演出で撮られていますが、その意図は?

「スリラー仕立てで撮ったということに関しましては、まず第一に、個人的にスリラーが大変好きなジャンルだということと 関係しています。ただ、それだけではなくて、この物語は何をテーマにしているのかというと、二人の関係をアンナにはまだ言えない、つまりは秘密の関係であるという話の進み方をしていますので、映画の語り口としてスリラーという枠組みがうまく合致するのではないかと考え、このスタイルを取っています。観客は、二人の関係の中に、言葉を介さぬ、どういった感情の暗号があるのか、病気が発症する前から、読み解くような謎解きゲームに参加してくれているかと思います。

元々、全体的に台詞が少ない脚本なのですが、特に後半部分はマドレーヌの台詞はありません。で、脚本には台詞の代わりに何が書いてあったかと言うと、目で演技をするということを書き込んでいました。視線で多くの感情を語ってもらうために、いくつかの作戦を立てて、お二人の表情を至近距離から撮影しました。特にマドレーヌの視線の強さにはグラデーションを決めて、この場面ではこのくらいの視線の強さでなど、本当に細かなニュアンスの違いをお願いし、小さな動きに対してエネルギーを注力してもらって、それを細かくチェックして撮影していきました。これは、とても大変な撮影の連続でしたが、とても面白い行程でもありました」

大女優に信頼されるには、誰よりも、より良く、より多く働くこと

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──監督は長編映画としてはこれが初監督作にあたり、新人監督なのですが、どうやって、この巨匠の女優の出演を承諾してもらったんですか?

「仰る通り、マルティーヌ・シュヴァリエさんも、バルバラ・スコヴァさんも、大変なキャリアを今まで築いてきた大女優ですよね。先程、ファスビンダー監督の『ローラ』の話をされましたが、僕もあの映画を見たとき、本当にバルバラさんの才能に心打たれて、非常に強い印象を受けました。ええ、僕にとっても彼女はアイドルだったわけです。

で、もうひとり、マドレーヌの娘役を演じたレア・ドリュッケールさんも、主演二人の大女優に負けないほど素晴らしい女優で、この3人がオファーを受けてくれたのは自分にとっても大変興奮することですし、幸福な出来事でした。彼女たちは、初監督だということにも関わらず、私のことを大変信用してくれました。これは、彼女達から大きな贈り物を頂いたなと思っています。受けてくれたのは、土台に私への信用があったからだと思います。そのためには、誰よりも、何しろたくさん働くということですね。より良く、より多く働いて、映画を作るための回答を用意し、困難を乗り越えていくことが重要だなと考えています。

誰の言葉だったかわすれてしまいましたが、『才能というのは90%が汗で出来ている。残りの10%がもってうまれた才能である』と。この言葉に私は大いに賛同します」

映画は監督ひとりのものではなく、キャストとスタッフの協力が大事


──3人の大女優から、特別にリクエストなどはありましたか?

「なかったです。ただ、何でも話すようにしました。脚本についてでもなんでも。説明をすることが重要だと思って、多くの会話をしました。そうすることで、彼女たちも気分よく演技をしてくれたと思いますし、彼女たちもなんでもオープンに話してくれました。映画は監督ひとりのものではなく、キャストとスタッフの協力が本当に大事だと思います。多くの人がいることによって、多くの意見が持ち寄り、より良い作品ができると確信しています」

──余談ですが、この映画はマドレーヌとニナの飼っている猫が素晴らしい演技をしますよね。特にラストシーンの名演技には鳥肌が立ちましたが、どうやって演出したんですか?

「あの猫は本当に優秀な協力者でしたね。僕はこの作品の前に撮った短編でも動物を登場させているのですが、映画の中に動物を入れ込むのが好きなんです。というのも、動物は予測不可能な動きをするじゃないですか。何が起きるかわからないという期待を込めて出していて、自分の想像を超える動きをすることを楽しみにしています。

で、この映画のラストの猫の演技ですね。どうやって、あの素晴らしい動きを生み出したかというと、これはもう、何よりも餌です(笑)。同じ場所に留まって欲しいければ、そこに餌を置いています。加えて、人間の俳優さんと同様、ひとえに優しくすることが何よりの演出法だと思っています」

ふたつの部屋 ふたりの暮らし

南仏モンペリエを見渡すアパルトマンの最上階で、向かい合う互いの部屋を行き来して暮らす隣人同士のマドレーヌのニナ。ふたりは仲のいいご近所さんという関係以上に、密やかに愛を育み、終の棲家としてローマに移り住む計画を育んでいた。ところが、マドレーヌが急な病で倒れ、身体に麻痺が残り、発語も難しくなったことから、2人の関係をマドレーヌの家族に明かすことが困難に。恋人として親身な看病すら難しくなったニナは、様々なアプローチで、マドレーヌの真意を読み取り、彼女の望む介護をしたいと願うが、隣人という立場では立ち行かない。ふたりの夢はどうなるのか……。

監督:フィリッポ・メネゲッティ

脚本:フィリッポ・メネゲッティ、マリソン・ボヴォラスミ、フロランス・ヴィニョン

製作:ピエール=エマニュエル・フランティン、ローラン・バジャード

出演:バルバラ・スコヴァ、マルティーヌ・シュヴァリエほか

2019年製作/95分/G/フランス・ルクセンブルク・ベルギー合作
原題:Deux
配給:ミモザフィルムズ

4月8日からシネスイッチ銀座ほか、全国順次ロードショー

© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019
『ふたつの部屋 ふたりの暮らし』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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