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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

パリ郊外、解体寸前の団地が宇宙船に!? 美しくもヒリリと刺さる独創的な青春映画『ガガーリン』。ユニット監督インタビュー

  • 折田千鶴子

2022.02.24

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カンヌを魅了した新鋭監督が登場

パリ郊外を舞台にした“団地映画”と言えば、古くは『憎しみ』(95)にはじまり、近年も『ディーパンの闘い』(15)、『アスファルト』(15)、『レ・ミゼラブル』(19)など、フランス映画ファンならきっと幾つかパッと思い浮かぶでしょう。そうなんです、なぜか傑作が多い団地映画! その決定版ともいうべき作品が登場しました。

2024年のパリ五輪をにらんだ再開発計画によって、2019年に解体された“ガガーリン団地”を舞台にした映画『GAGARINE/ガガーリン』は、消えゆく団地が舞台であるがゆえに、他にも増して“哀愁と郷愁”が色濃く焼き付いた作品でもあります。

2020年のカンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション・初監督作部門に選出されるや絶賛され、米アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表の最終候補にも残った本作。新たな才能として注目される、ユニットで活躍する2人の監督ファニー・リアタールさん&ジェレミー・トルイユさんに、オンラインでインタビューしました。

左:ファニー・リアタール 右:ジェレミー・トルイユ
ボルドーの政治学院で共に学んだ後、世界各地を旅する。ファニーはレバノンに渡った後、マルセイユで都市再生に関するアートプロジェクトを手掛け、脚本執筆も開始。ジェレミーはインド、南アメリカを旅し、フランスの映画学校でドキュメンタリー制作の博士課程を修了。その後、パリで再会した2人は脚本コンテストに応募して優勝、短編『GAGARINE』(14)を制作。それを発展させた本作『GAGARINE/ガガーリン』(20)で初長編監督デビュー。

上述した作品以外でも、アクション映画などの舞台になることも多い“パリ郊外”。移民が多く暮らす貧しい地区、あるいは麻薬や犯罪の温床、という背景として描かれることが多いのも事実。ところが監督は「そのようにメディアに取り上げられることが多いが、それは違うと思う。語るべき物語があるからだ。それを肯定的に描きたかった」と語っています。

その上ガガーリン団地の場合、歴史が非常に興味深いのです。フランス共産党の拠点という地域に建つゆえ、その象徴カラーである赤レンガの建物は、“本当に解体しちゃうの!?”とつい止めたくなるような、歴史的な存在意義を感じさせる美しい建物でもあって(既に解体されていますが)。なんと1963年の落成式には、「地球は青かった」の名言を残したソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンさん本人が訪れ、仏ソ共産党の友好をアピール(映画にも映像が使われています)しているのです。

 

『GAGARINE/ガガーリン』ってこんな映画

©2020 Haut et Court – France 3 CINÉMA
2月25日(金)より新宿ピカデリー、HTC有楽町ほか全国ロードショー!

<STORY>
パリ郊外の大きな赤レンガ団地ガガーリンで生まれ育った16歳の少年ユーリは、密かに宇宙飛行士を夢見ています。彼は、老朽化して解体されると噂される団地を、必死で守ろうと運動しています。母親は恋人の元に走り、独りぼっちで暮らすユーリにとって、ここは唯一の居場所であり、思い出の詰まった大切な場所。しかし行政当局の調査により、団地の解体が正式決定に。惜しみながらも住民の退去がはじまり、遂に親友のフサーム一家も去っていきます。行き場のないユーリのことを気に掛けるのは、少し離れた森の近くで暮らすロマの少女ディアナだけ。ところがそのロマのキャンプも当局に破壊され、遂にディアナも家族と共に去ってしまいます。解体が始まった団地に隠れ住むユーリは、遂に一人きりになり……。

──本作の元となったという短編は、登場人物も粗筋もほぼ本作と同じですか?

ファニー「かなり近いです。2015年に2人で初めて作った15分の短編で、脚本に取り掛かる数ヶ月前にガガーリンの団地を発見しました。ユーリという少年が、この団地を宇宙船に見立てて解体を受け入れない、という筋もほぼ同じです。本作との違いと言えば、“集団の力”があまり描き込めなかったのと、ユーリが自分の宇宙船を作っていく過程を詳しく描けなかった、ということくらいです」

──本作の最大の見どころは、やはりユーリが団地の8階部分をどんどんぶち抜いていって、創り出す宇宙船のような空間です。相当な舞台美術のこだわりが感じられます。

ジェレミー「はい、本当に素晴らしいでしょう!? 団地にユーリの宇宙船を作ってしまおうだなんて、僕らもスタッフも、かなり空想力を使いましたよ。舞台美術を手掛けたマリオン・バーガーが20名のスタッフで、まずは宇宙船の中で育てる植物を、それこそ何か月も前から育てて、それから宇宙船に植え付けたり。僕らも子供の頃から好きだった映画――『惑星ソラリス』や『2001年宇宙の旅』や『未知との遭遇』を何度も見直して、船の設計を考えました。国立宇宙研究センターに研修に行って宇宙での暮らしについて学び、それを踏まえて温室を作り、水を溜める場所を作り、水槽を作り……。退去した住人たちが残していったものたちだけで作れる宇宙船、というコンセプトで考えるのも、すごく楽しかったです!」

この赤レンガの巨大な団地が、なんと宇宙船に⁉

──しかも取り壊しが決まった団地を実際に使えるなんて、自分たちだけで自由に使える巨大セットを与えられたようなラッキーな状況だった、とも言えますよね!?

ファニー「確かに、段々と住人たちが退出して行き、遂に建物だけになった時点で撮り始めるということは、自分たちだけで使えるスタジオをもらえたようなものでラッキーでもありましたが、そこに至るまでの時間が……。というのも最初に団地を訪れたときは解体もされ始めていなかったので、結局、長編を撮り始めるまでに4年の月日が掛かっているんです。ただ、誰もいなくなった団地の人々が暮らしてきた痕跡をも撮るころが出来たこと、そして団地全体を宇宙船に見立てて撮影が出来たことは、クレイジーなほどラッキーだったと思います」

資料によると、「ユーリにとって団地は宇宙船。彼は、宇宙船から外に出れば自由になれる、息が出来ると思っている。象徴的な意味では、団地は母親のお腹の中と同じで、なかなか外に出る勇気が持てない。そういう存在として団地を描いた」とあります。なるほど!

若者の価値に気付く社会を!

――団地の階段を遊泳するように漂って上昇するシーンや、ユーリが星図を描いてプラネタリウムのように光が差し込む部屋など、とてもポエティックで美しい映像に心惹かれる一方で、現実はヒリヒリするほど厳しい。ユーリが抱える孤独の深さは、死をも覚悟するほど逼迫しています。ポエティックな美しさと現実の過酷さが、見事に同居しています。

ジェレミー「それこそが僕らの最大の挑戦であり、最も重要な目的でもありました。本作は、ある希望を与えるものであると同時に、非常に重要な注意喚起を促す両義性がある作品です。彼のガガーリン・ライフは、美しく、(単なる空想ではなく)本物であり、とても輝けるものであると同時に、ユーリがおかれている状況は、非常に悲劇的です。ひょっとしたらもう手遅れかもしれない。だから彼が最後に出すSOSの信号が、観る者の心を引き裂くのです。僕らはそういう厳しい現実を見なければならない、捨てられてしまった若者を救わなければならないのです。それは緊急であり、気付くのが明日ではもう遅いかもしれないのです。僕らは若者の価値に気付き、若者たちに注目しなければならない。そういう社会を作らなければならない。あのSOSの信号は、そう訴えているように見えませんか!?」

この穴はユーリによると星図になっているそう。案内されたディアナも、驚嘆していました!!

──本作の色彩設計について教えてください。青と赤の使われ方が、とても印象的です。

ジェレミー「僕らはまずユーリの日常の基本カラーを青、ないしは緑にしようと決めました。だからユーリの部屋の壁紙も青なのです。彼の着ている服装もそう。彼の夢や甘美な柔らかな部分を青で表しているのです。僕らは、以前作った短編『Blue Dog(英題)』でも、そうした色彩を大いに活用しました。宇宙や非現実的な部分に入って来ると、赤を多く用いるようにしています。彼の夢の部分には、色々な蛍光色も入り込んできますが、美術部ともかなり話を重ね、結局、この映画は“白”へと近づいていくという結論にたどり着きました。というのも、宇宙船や宇宙ステーションって真っ白ですよね。また団地も解体(爆破)される際に白い煙が出て消えていく。つまり白に近づいていく、という色彩設計をしていきました」

ファニー「好きな映画の参照もあります。まずレオス・カラックスの『汚れた血』。そこでも2人の出会いや恋を描くのに、とても印象的に赤と青が使われています。また撮っている時にクシシュトフ・キェシロフスキの『トリコロール』三部作も見直しました。特に『青の愛』を。青はユーリの人物像にふさわしいと思いましたが、赤と青は(ユーリが恋する)ディアナの色でもあります。また、ソ連の宇宙飛行士ガガーリンが存在していたのは赤の時代であり、団地の壁も赤レンガで作られています。赤は宇宙征服時代の象徴的な色でもあるのです」

格差の問題は世界共通

──ユーリが恋をするディアナを演じるリナ・クードリさんは、『パピチャ 未来へのランウェイ』で映画好きから既に注目されましたが、これから益々人気が出そうです。日本では現在『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』が公開中で、これから『オートクチュール』も公開になります。フランスでは既に人気女優という立ち位置ですか?

本作では、自由で生命寮に満ちた、溌溂とした魅力があふれる女優リナ・クードリさん。

ファニー「フランスでもこれから人気女優になっていく、その途中の段階にあると思います。本作でも彼女の才能を確かめることができました。勉強家で賢く、とても知的。他の作品を色々と見ると、実年齢とは全く異なるような役も出来てしまうんですよ。本当に社会的な環境やレベルの違う、色んな役ができる女優であり、世界中が彼女を知ろうとしている状況だと思います」

──奇しくも彼女の主演作『オートクチュール』にも“郊外の団地”が登場します。彼女が演じるのが、そこに住んで未来を諦めていた女の子でした。日本でも昨今、“格差”の問題がより強く認識されるようになっていますが、フランスでも⁉

ジェレミー「それは世界中同じだと思います。社会がどんどん不平等になっていますから。このガガーリン団地も、ある時期にはユートピアであり、共に生きるという象徴でもあったんです。社会的・文化的に人々が混じり合い、共に生きると場所として、とてももてはやらされていました。ところが実際に解体が決まる頃の状況は、貧しい人々しか住まないような場所になっていたわけです。そこに住む人々は、社会から排除される存在であるような社会状況になってしまっていたのです。でも、それではいけない。社会には弱者も組み込まれるべきだと思いますし、そういう人々が実は一番大きな力を持っていると思うのです。彼らを認めなければならないし、かつてのガガーリン団地のような、文化的交流や混淆はとても大事なことだと思います」



南米で発見した“マジック・リアリズム”

──先ほどの話にも繋がりますが、本作は現実と幻想、厳しい現実とポエジーが混じり合うように描かれています。それは2人が南米で出会った“マジック・リアリズム”の表現に拠るところが大きいそうですね。

宇宙遊泳のごとく団地内を浮遊するユーリ。

ジェレニー「僕らは2人ともフランス生まれのフランス育ちですが、19歳の時、彼女はペルー、僕はコロンビアに行き、そこで“マジック・リアリズム”を発見しました。ものづくりにおいて、それは非常に重要なことになりました。南米では、現実や人生や人々との出会いの中に“マジック・リアリズム”が存在している。僕らが作る映画の中にも、それがよく出ていると思います」

ファニー「それを取り入れることで、現実と幻想の行き来や無重力状態などの描写がしやすくなりました」

──2人の日常生活においても、そういうことを感じ、大事にしているのですか。

ジェレミー「ファニーも僕も見えない物や触れない物、言葉なしで通じるものに対する感性を、かなり持っていると思います。それは僕らにとって近しいものであり、非常に大きな力を与えてくれます。また僕らは個々人のエネルギーより、集団のエネルギーに注意を払っている。そこにも通じると思います」

──資料を読むと、世界中を渡り歩いている印象を受けます。あまり定住して作品を作るということにこだわっていないのかな、と。

ジェレミー「そうですね。僕は今もコロンビアに居て、カリブ海のほとりにいます。1ヶ月間ボゴタで撮影をした後、ここカリブ海のほとりにいます。もちろん生まれ育ったフランスを重視していますが、僕たちは、自分たちの知らない国で、その知らない国の文脈で映画を撮ることにとても興味があります。コロンビアに来る前はアメリカに居ました。アメリカでも色んなところに住んで、作りたい映画を色々と考えていました。いつか日本にも行って、日本でも作品を撮りたいと思っています。僕らは日本語を話せないので、ちょっと難しいかもしれませんが……。色んな世界のことを語るために、そして色んな文脈で物語を語るためにも、これからも色んな国に行ってみたいと思っています」

まさに“彗星のごとくカンヌに現れた”と評されたユニット監督による、心惹かれ、心はやらずにいられない青春映画『GAGARINE/ガガーリン』。浮遊感ただよう美しく詩的な映像にス~ッと引き込まれながら、同時にガツンと目を覚まされる感覚に、新鮮な喜びを覚えて欲しい作品です。終盤、団地が本当に宇宙ステーションにしか見えない映像、実際の元住人たちが集まって今どきのライトで団地に向かって灯す幻想的な映像も必見です!

映画『GAGARINE/ガガーリン』

監督:ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ

出演:アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ジャミル・マクレイヴン、ドニ・ラヴァンほか

2020年/フランス/95分/配給:ツイン

©2020 Haut et Court – France 3 CINÉMA

『GAGARINE/ガガーリン』公式サイト

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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