『星を掬う』
町田そのこ ¥1760/中央公論新社
母に捨てられた娘とその母の、それぞれの魂の再生物語
2021年に『52ヘルツのクジラたち』という、家族と社会問題を絡めた小説で本屋大賞を受賞し、注目を浴びている町田そのこさん。最新作『星を掬う』は母親と娘の関係をテーマにした長編小説だ。ヒロインの千鶴は、幼い頃に母親に捨てられた経験を心の傷として抱えたまま、大人になった。彼女を育てた祖母が亡くなった後に結婚した夫は、事業を立ち上げては失敗を繰り返し、彼女へ金の無心と暴力を繰り返す。そして離婚した今も、千鶴は元夫から追われ続ける身だ。
人生のどん底にいる彼女が、苦し紛れに子どもの頃の思い出をラジオに投稿すると、それがきっかけで母の聖子が見つかり、病気の身だと知り同居することに。聖子が住んでいたのは「さざめきハイツ」という建物。そこには聖子を「ママ」と慕う二人の女性が住んでいた。
実は若年性認知症を患い、千鶴や同居人たちに対して、少しずつ曖昧な態度を見せるようになっていく聖子。しかし実の娘以上に、同居人たちと強い絆を結ぶ彼女の姿を見て、千鶴の心は乱れていく――。母親との暮らしを再開した千鶴が、自己肯定感の低さからくるひねくれた考え方、そしてぬぐい去れない心の傷を自覚し、苦しむ描写はとても細やかな分、読んでいて切ないものがこみ上げてきます。
また「さざめきハイツ」で住まいをともにする二人の女性たちも、それぞれが過去のトラウマや、家族関係でのしこりを抱えている。そんな人間関係の中で、お互いを思いやり、時には激しくぶつかりながら、前向きに立ち上がろうとする女性たち。
「血がつながらない家族」だからこその関係性が心地よく、じわじわと感動をもらえる。そして千鶴と聖子の関係も劇的に改善するわけでもないけれども、その絶妙なやりとりが、逆にリアルに感じられるはず。母と娘、家族同士の距離感、自分で自分を大切にしながら生きること――。今の社会の中で、答えを探している人が多い問題について、現実的に、かつ優しさをもって描かれた長編。千鶴の変化に注目しつつ、ぜひ読んでみて!
『ルーティーンズ』
長嶋 有 ¥1650/講談社
作家の夫と漫画家の妻。そして2歳の娘の、コロナ禍での何気ない日々を淡々と描いた表題作『ルーティーンズ』。
独身時代に買った高級自転車が盗まれたのに気づき、心がざわめくものの、子育てや雑務に押し流されていく女性の暮らしを描いた『願いのコリブリ、ロレックス』、2編の短編小説を収録。かけがえのない毎日を噛みしめてほのぼのする一冊。
『テーブルブレッド』
ムラヨシマサユキ ¥1650/グラフィック社
タイトルのテーブルブレッドとは「食卓のパン」のこと。毎日食べても飽きない、おかずに合うパンの作り方を紹介したレシピ集。
ハード、セミハードと、パンの焼き上がりのかたさ別に作るときのコツ、そしてテーブルブレッドとともに楽しむ料理のレシピも。シンプルな材料と手順ながら、いつもの食卓を豊かにしてくれ、パン作りの奥の深さを教えてくれる本。
『時のあわいに きものの情景』
著:清野恵里子、浅井佳代子 ¥3410/文化出版局
安藤サクラさんや蒼井優さんなどの俳優がまとうきもの姿の写真に、その季節の情景や心持ちが浮かぶ文章が添えられた美しい日本文化を凝縮した一冊。
きものや帯や帯揚げ、帯締めなどの取り合わせやその由来も知ることができ、あらためて奥ゆかしい世界に触れることによる気づきが満載。1話が4ページと簡潔だからちょっとひと息つきたいときにも。
取材・原文/石井絵里
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