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妖しくて、怖い。残酷だけど、魅力的。『ほんとうのピノッキオ』マッテオ・ガローネ監督インタビュー

  • 金原由佳

2021.11.06

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制御不能な子供心に正しい道徳心を植え付ける⁉ 『ほんとうのピノッキオ』を作ったイタリア監督の狙いとは?

私ごとくが言うまでもなく、子育てをする上で、社会のルールを子供に教えることは、親にとってなかなか根気のいるミッションとなります。脅しのニュアンスが強いと自立の精神を摘むことになりますし、やりたい放題を許し続けると場をわきまえない局面が増えてしまう。これは今の時代に限らず、何百年も前からの難題です。

さて、「嘘をついたら、ピノキオみたいに鼻が伸びますよ」と世界中でこれまで何人の親や指導者が子供に言ったことでしょう。カルロ・コッローディが「ピノッキオの冒険」を初めて発表したのは1881年のこと、媒体先は『子ども新聞』でした。ディズニー版のアニメに親しんでいるご家庭も多いでしょうが、原作はなかなかシニカルな内容で、子供のヤンチャ心をキュっと締める、因果応報の物語になっています。

その原作のダークな味わいを損ねることなく、ちょっと怖いファンタジーに仕立てたのがイタリアのマッテオ・ガローネ監督の『ほんとうのピノッキオ』。フェデリコ・エラピ君が演じるピノッキオは、繊細な木目を毎日、4時間かけてメイクしたといい、アカデミー賞®の衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞の二部門にノミネートもされました。イタリア南部ナポリを本拠地とする犯罪組織と、その一員に組み込まれた若い世代の非業な運命を描いた『ゴモラ』(2008)で国際的な映画監督となった彼がなぜ、ピノッキオの物語にひかれるのかを伺いました。

 

●マッテオ・ガローネ(Matteo Garrone)
1968年、伊ローマ生まれ。『Terra di mezzo』(96)で長編デビュー。長編第4作『剥製師』(02・未)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の脚本賞、助演女優賞を受賞。ロベルト・サヴィアーニのベストセラー「死都ゴモラ」を原作とする犯罪映画『ゴモラ』(08)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門のグランプリを受賞。他にもヨーロッパ映画賞5部門、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞7部門を独占した。17世紀のおとぎ話「ペンタメローネ 五日物語」を映画化したファンタジー『五日物語 -3つの王国と3人の女-』(15)では、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞7部門を受賞。海辺の町で犬のトリミングサロンを営む男が不穏な事態に陥っていくサスペンス映画『ドッグマン』(18)では、主演男優マルチェロ・フォンテがカンヌの男優賞に輝いた。2020年、クリスチャン・ディオールの秋冬オートクチュール・コレクションに向けて幻想的な短編を制作、そのファンタジーなクリエーションはファッション界をも魅了した。

ピノッキオが教えるのは「楽しいことだけを追い求めていると、こんなことになっちゃうんだよ!」

──マッテオ・ガローネ監督と「ピノッキオの冒険」との出会いについて教えてください。

「私が初めてピノッキオのためのストーリーボードを描いたとき、まだ5歳か6歳でした。小さければ小さいほど、ピノッキオの物語って、自分と同一化しやすいと思います。というのも、子供というのは常に学校や義務から逃げようとして、楽しいことばかりを追い求めていくものでしょう。そもそも、子供は“なんだかすごく楽しそう!”と思えるものからの誘惑にものすごく弱い(笑)。ピノッキオは、学校に行くといいつつ、目の前に現れたサーカスの人形劇の会場に入ってしまうし、友達に“遊んで暮らせる島に行くんだ”“一緒に行かないか”と誘われると、ホイホイとついていってしまいます。

そういう姿に共感しやすい子供達は、自分もピノッキオであるとすごく感情移入しやすいんだと思うんですよね。ただ、原作者であるカルロ・コッローディは読者である子供たちに楽しいことだけを追い求めているとどうなるかを示しています。義務であるとか、教育であるとか、親の言うことなどを無視すると、“気をつけていないとこんなことになっちゃうんだよ!”と示してくる。それが「ピノッキオの冒険」の重要なポイントになっています」

子供に対して厳しい社会を描くのは、いつの時代でも犯罪の魅力に取りつかれる子供がいるから

──監督の作品は、子供に対しての社会の厳しさが容赦ないですね。ジャンルも作風も全然違いますが、『ゴモラ』も『ほんとうのピノッキオ』でも子供の受難が題材となっています。『ゴモラ』は生まれ落ちた共同体が、地域ごと犯罪に関わっていて、子供たちも選択肢なく、犯罪に手を染めていく。監督の映画を見ると、子供であっても、自分を取り巻く社会に対して油断するなというメッセージを受け取るのですが、どういう意図があるんでしょう?

「私自身がタフな子供時代を送ったというわけではないです。私が、子供に対して厳しい社会を描くのは、私が映画監督だからです。映画監督の仕事というのは、ストーリーを語ることですね。ご存知のように『ゴモラ』の原作である「死都ゴモラ―世界の裏側を支配する暗黒帝国」(河出書房新社)はイタリアのカモッラという犯罪組織の内幕に迫ったノンフィクションですが、これを書いたことで作者のロベルト・サヴィアーノは暗殺の予告を受け、警察の保護に置かれるなど、自由に暮らせなくなりました。

彼のレポートが描くのは、少年たちが間違った選択をしたことで、その結果、どういうことになるかということで、これを映画にしない手はないでしょう。舞台となったナポリだけでなく、おそらく世界中のどこでも、多分日本においても、犯罪の魅力に取りつかれる子供っているからです。そういう子供たちに対して、間違って犯罪に手を染めるとどういう結果を引き起こすのかを教えるのが、映画の役目。とてもダークで、怖い内容であっても、表現を上手く生かせば、それは子供にとって教育的な側面を持つことになる。今作においては、ジェペット爺さんの独居老人としての寂しさや悲しみを描くことで、ピノッキオの過ちがよりよく伝わると思います」

──ジェペット爺さん役を演じるのは『ライフ・イズ・ビューティフル』での監督、主演で知られるロベルト・ベニーニですが、彼は2002年に監督した『ピノッキオ』でピノッキオ役も演じています。ジェペット爺さんとピノッキオ役の両方を演じた人は稀だと思いますが、ベニーニさんが監督と同様、「ピノッキオの冒険」を愛する理由を聞いていらっしゃいますか?

「彼はこのプロジェクトで仕事ができることを喜んでくれました。私も、ジェペット爺さん役を引き受けてくれてとても幸せに思いましたね。彼は世界的レベルで活躍する優れた役者であり、特にコメディからシリアスな演技にドラマチックにシフトすることに関しては、抜きんでた才能を持ちます。

今回、私が彼にジェペット爺さん役をお願いしたのは、表現者として優れているだけではなく、彼がカルロ・コッローディと同じくトスカーナ地方の出身者であることが大きい。コッローディという名は母親の故郷の村の名前でペンネームですが、ベニーニはコッローディが本の中に書いた教会から数キロの場所で産まれ育っているんです。彼は貧しい農家で幼少期を過ごしたそうで、ジェペット爺さんの生活ぶりをよく知っている。彼以上の適役はいないんじゃないかと思います」



ロベルト・ベニーニ以上に、ジェペット爺さんを演じられる人はいない

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──映画を見ていても、行方が分からなくなったピノッキオを必死に探し求めて、ジェペット爺さんのくすんだ人生が、ピノッキオの誕生によってどれだけ色づいたかわかります。

「本当にその通りで、ベニーニのおかげで、ジェペット爺さんの持つ人間性やその温かみがとてもよく伝わると思います。彼は実生活ではお子さんがおらず、もしかしたらですけど、父親になりたかったという個人的な望みもどこか少し投影されているのかもしれません。今、あなたが話したように、この映画では、ジェペット爺さんとピノッキオの関係が後半、どんどん深いものになっていく。ピノッキオがジェペット爺さんの愛情に気づく過程は、この映画でも、原作でも最も印象に残る感動的な場面だと思います」

──ピノッキオ役のフェデリコ・エラピくんの愛らしさがダークファンタジーにおいて私たちの救いになってるんですけど、彼は毎日4時間のメイクをして演技をしていたと聞きましたが。

「彼は本当によくやってくれました。フェデリコ君は義務感があって、しつけが良くできていて、我慢強く、実生活ではピノッキオとは正反対の男の子なんですけど、すぐにこの役の中に入ってくれました。撮影時は8歳でしたが、ピノッキオがどういう風に感じて動くのか、場面ごとに共感して、うまく感情を出してくれたと思います。

ピノッキオはコオロギやキツネなど、次々と、色んなことを言ってくるキャラクターと出会うんだけど、どういう気持ちでその言葉を否定するのか、それとも、信じてしまうのかと、きちんと理解していました。それでいて、8歳の男の子の純粋さがすごくよく出ていて、それがこの作品の一つの魅力になっていると思います。ピノッキオの木目の質感を表現するためのメイクを撮影期間の3ヶ月間も続けたのはすごく大変だったと思うんですけど、一生懸命、愛情込めてピノッキオを演じてくれて本当に立派でした」

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アートワークの拠り所はトスカーナのマッキアイオーリ派のカラー

──この映画の大きな魅力であるビジュアルについて教えてください。ピノッキオを助ける妖精の衣装や髪型は青で統一されています。これを観て思い出したのが、フィレンツェの南東にあるサンセポルクロニアルピエロ・デラ・フランチェスコの「出産の聖母/Madonna del parto」の青いドレスに身を包んだ聖母像でした。監督にとって、今作のアートワークのインスピレーションとなったものはなんでしょうか?

「1850年代半ば、イタリアのリソルジメント(国家統一運動)を背景にトスカーナ地方で生まれたマッキアイオーリ(Macchiaioli)派の画家たちが好んだ色合いを映画の中に取り入れて、本作のアーティスティックなコンセプトの拠り所にしています。彼らはフランスの印象派の先駆けと言われていて、モノクロマティックに近いような、色はついてるんだけど、シンプルな色彩構成の絵が多く、『ほんとうのピノッキオ』のカラーコンセプトに大きな影響を与えています。

加えて、以前に手掛けた『五日物語 -3つの王国と3人の女-』をはじめ、私のビジュアルの発想源として欠かせないのはゴヤとカラヴァッジオの世界観です。ご指摘通り、ピエロ・デラ・フランチェスコも大好きな画家のひとり。もうひとつビジュアル面で大きく参考にしたのが、コッローディが物語を描いていた1880年代のイタリアを映した写真と、『ピノッキオの冒険』の初版の挿絵を担当したエンリコ・マッツァンティの挿絵です。エンリコ・マッツァンティはコッローディがピノッキオの物語を書く傍ら、二人は対話をしながら、挿絵を描いたといいます」

映画監督がやるべきことは、過去の偉大な作品と次世代の橋渡し

──『五日物語 -3つの王国と3人の女-』も『ほんとうのピノッキオ』も美術と衣装が凝った美しい世界観で、怖いけど見たいという寓話である点で、大人のための絵本としての役割を強く感じました。イタリア映画史には、フェデリコ・フェリーニの『サテリコン』(1969)やピエロ・パウロ・パゾリーニの『アラビアンナイト』(1974)などが大人のための妖しくて残酷な映像絵巻の伝統が脈々とありますが、監督はまさにその後継者と言っていいですか?

「フェリーニとパゾリーニの名前と並べて挙げてくださり、ありがとうございます。観る人を別の世界に、別の次元に連れていくというのは、イタリア映画に限った話ではなく、そもそも映画というメディアそのものが持つ伝統だと思います。

イタリア映画の伝統という点で語ると、1950年代、60年代のイタリア映画は世界の最高レベルにありました。ロベルト・ロッセリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、ピエトロ・ジェルミ、マリオ・モニチェル、ヴィットリオ・デ・シーカ、そしてパゾリーニ。その当時の、世界で偉大なマエストロと言われた映画監督たちの意思と遺産を引き継いでいることはもちろん意識しています。今の映画監督が何をしなくてはいけないかというと、過去の偉大な作品と次世代の橋渡しをするような新たな作品を作ること。なかなかマエストロたちと肩を並べる映画を作るのは難しいかもしれないけど、それでももう少し頑張って、作品を作っていくことが、自分にとって大切なことだと思っています」

ほんとうのピノッキオ

 

イタリアの作家、カルロ・コッローディが1883年に出版し、100年以上にわたり、世界中で読み継がれている児童文学「ピノッキオの冒険」を、原点回帰の視点で、原作の怖くて、ダークな部分を損なうことなく構築した重厚なピノッキオの冒険譚。無邪気な操り人形に見せかけて、誘惑に弱く、約束も守らない、そして行く先々でトラブルを巻き起こす“悪童”の部分にフォーカス。イタリア統一に向け、強い国を目指し、弱者切り捨ての状況があった当時の社会風刺を盛りこんだ寓話的なストーリーと凝りに凝ったアートワークが特色。2019年に公開されたイタリア映画においてトップとなる観客動員数を記録した。
出演:ロベルト・ベニーニ、マリーヌ・ヴァクト、フェデリコ・エラピほか。

TOHOシネマズ シャンテほか、全国にてロードショー公開中。

配給:ハピネットファントム・スタジオ
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『ほんとうのピノッキオ』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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