今回のゲストは、薄井シンシアさんです。専業主婦歴17年を経て47歳で再就職、有名ホテルや企業での就業を経て、現在はLOFホテルマネジメントの日本法人代表(カントリーマネージャー)を務めています。これまでに『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』と『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか ママ・シンシアの自力のつく子育て術33』(ともにKADOKAWA)、仕事と子育てをテーマにした2冊の本を出版しました。そして、本日発売される3冊目『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP社)では、40代からの後悔しない生き方について綴っています。
子育てが終わり、再就職して14年。62歳になった今も、新しい環境で挑戦し続けるシンシアさんの人生の節目には、揺るがない価値観と決断があったと言います。自分らしい生き方を貫くシンシアさんの価値観は、どんなふうに育まれたのでしょうか。そこから導かれる仕事観、私たちが受け取りたい新たな価値観について聞きます。(この記事は全2回の1回目です)
仕事が好きでも「専業主婦」を選択した理由
シンシアさんはフィリピンの華僑の家庭に生まれました。「女の子に学歴はいらない」という父親の元で育ち、女の子より男の子を優遇する傾向が強かったと言います。アンフェア(不公平)であることに強い反発心を持ち、家から出るために、国費留学生として来日。父親から猛反対されたため、二度とフィリピンに戻らない覚悟で日本に来ました。東京外国語大学を卒業後、日本にあるフィリピンの貿易会社に就職し、27歳で結婚します。30歳で出産した時、仕事が好きだったにもかかわらず、主婦を選択しました。
「娘を抱いた瞬間に『娘を育てることが人生最大の仕事になる』と直感で分かりました。いつも考えるのは、“今一番大切にするべきものは何なのか”。それを最優線に考えて決断してきました。みなさんの中には『なんとなく主婦になった』『やらざるを得ずやった』『夫に言われたから』と、自分で決めずになんとなく生きてきた人も多いのではないでしょうか。考えて決断することで価値観は定まっていきます。考えることは自分自身の教育にもなりますし、子供の教育にもつながります。子供に自分で考えて決めさせることで、子供の価値観が育まれ、自分で生き抜く力がつきます」
「好きなことを仕事に」は現実的ではない
考えるようになれば「予測できるようになる」とシンシアさん。前職で、日本コカ・コーラ社のオリンピック・パラリンピックホスピタリティー担当として働いていた時は、コロナによってオリンピック延期・縮小が決まり自宅待機に。「自分の仕事は無くなるだろう」と予測し、転職活動を早々にスタート。不安と孤立から脱却するために、すぐに近所のスーパーでレジ打ちのアルバイトを始めました。
「収入がなくなってしまう、年金がもらえる年齢までどうしようと、とても不安でした。迷いましたが私は自分から逃げませんでした。これから先、仕事が無いことが分かっているのにしがみついてもしょうがないですよね。アルバイトでもいい、レジ打ちの仕事があれば決まった時間に出勤する、集中して仕事に打ち込める、私が行かないと困る人がいる。それだけで働くモチベーションが保たれます」
“好きなことを仕事にする”とよく言われますが、この基準も予測して考えてみると「現実的ではない」とシンシアさんは考えます。
「好きなこととはいえ、そもそも市場がないと仕事はありません。もちろんスキルや経験が必要な場合もありますから、リサーチして論理的に考えれば、結果はすぐ分かります。仕事って、多くの人が実際は好きではない仕事をしているケースが多いのではないでしょうか。私は、実は好きなことがないんですよね。仕事をやりながらそれが好きになることもあります。苦手なことや初めてのことをやる方がチャレンジングだと思うし、やり遂げた時の達成感がより大きいのではないかと思います」
子育てで幸せを手にした今、日々満足できれば充分
58歳の時には、28年連れ添った夫と円満離婚。決断には経済的不安もあり8年ほど悩んだそうで、うつ病になりかけたと言います。早期退職して趣味を充実させたい夫に対し、シンシアさんは再就職し仕事の面白さを感じていた矢先だったため、仕事を優先することにしました。
「離婚した年のお正月、一人で過ごした時はさすがにさみしさを感じましたが、やっぱり私の隣に夫がいることは答えじゃなかったと改めて思います。10歳上の友人が『パートナーが欲しければ60歳になる前に見つけるといいよ』とアドバイスをくれたのですが、本当にその通りで。50代のうちはパートナーが欲しいと思う時もありましたが、60歳を過ぎてからはいらないと思うようになりました。何時に帰ってもいいし、夕飯どうする? みたいな話をしなくてもいいのが楽です(笑)」
幸福論もシンシア流。子育てで最高の幸せを手にした今は「これ以上の幸せは求めません。日々満足していればそれで十分」と穏やかに話します。
「最高の幸せを手にしたことがある人は、自分が今幸せかどうか、すぐ分かるはずです。私にとって子育てをした17年間が人生で最も幸せな時間でした。同じ幸せを追い続けることは、惨めさや劣等感を感じるだけなのでしません。今は、日々満足できればそれで十分。好きなだけ仕事ができるし、一方いつでも仕事を辞められるという自由もある。これが最大の贅沢だと思います」
「アンフェア(不公平)」には納得できない
シンシアさんが今最も大切にしているのはフェアであること。それは20歳まで過ごした家庭での男尊女卑に始まり、日本社会が黙認してきた女性軽視発言、マナーやルール違反を注意しないスルー文化など、納得できない態度には声を上げます。
「私が住んでいるエリアは朝、駅までの道のりを年配の方が掃除してくださいます。おかげで道がきれいで心地いいんです。数年前、夜遅く帰った時、前を歩くおじさんが周りをぐるりと見渡して、飲み終わったジュースの缶を地面に置いたんですよ。『これは冗談じゃない!』と怒って彼に追いついて、『ちゃんとゴミ箱に捨てなさい!』と言いました。『今度やるから』と言って去ろうとするのを『あなたはあそこを誰がどんなふうに掃除しているのか知っているの?』と言って、彼が戻るまで待ちました。そういうアンフェアが許せません。人に対する敬意はどこに行ったんだろう、と。まずは自分からそれを伝えるようにしています」
悩んだ時には、10分間限定の慰めタイムでスッキリ
パワフルでスーパーウーマンのようなシンシアさんですが、悩んだり嫉妬で苦しい時も。そんな時は“10分間のかわいそうパーティー”を実践。自分はもちろん、子育て中にもそのルールを取り入れることで、娘さんもネガティブな気持ちと上手く付き合ってきたそうです。
「娘は日本で受けた金融機関の資格試験で生まれて初めて落ちてしまい、大泣きしていました。もちろん慰めますが、『ただ泣いても時間の無駄だし前に進めないから、慰めるのは10分だけよ』と10分間は自由にさせてあげます。それを過ぎたら終わり。友人を慰める時も同じで10分過ぎたら、おしまい。この引きずらない方法で何度も楽になれました。悩んだり苦しくなった時には、ぜひ取り入れてみてください」
(後半では、ホテル社長として新たな環境で働くシンシアさんの今、抱えている課題、エネルギーの源について聞かせていただきます。どうぞお楽しみに!)
薄井シンシアさんの年表
1959年 | フィリピンの華僑の家庭に生まれる |
---|---|
20歳 | 留学で日本に来日 |
25歳 | 東京外国語大学を卒業後、日本にあるフィリンピンの貿易会社に就職 |
27歳 | 外交官の日本人夫と結婚 |
30歳 | 長女出産、専業主婦に |
47歳 | 再就職。バンコクの娘さんの母校のカフェテリアで働き始める |
52歳 | 帰国後、就職活動を開始。会員制国際クラブ「東京アメリカンクラブ」で電話受付 |
53歳 | ANAインターコンチネンタルホテル東京に宿泊セールスマネージャーとして入社 |
58歳 | シャングリ・ラ東京に転職、夫と離婚。『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』(KADOKAWA)を出版。 |
59歳 | 日本コカ・コーラ社のオリンピック・パラリンピックホスピタリティー担当シニアマネジャーに転職。 |
61歳 | コロナでオリンピック延期。孤立感からうつ状態になり、スーパーでレジ打ちを始める。『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか ママ・シンシアの自力のつく子育て術33』(KADOKAWA)を出版 |
62歳 | 日本コカ・コーラ社退職。LOF Hotel Management日本法人社長に就任。『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP社)を出版 |
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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