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妻が死の宣告をされた時、子どもとどう生きる?『Our Friend/アワーフレンド』監督インタビュー【オスカー俳優K.アフレックも急遽参戦】

  • 金原由佳

2021.10.15 更新日:2021.11.05

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病に倒れた妻と幼い娘2人との生活。支えてくれた親友との体験を描いたジャーナリストのエッセイの映画化で、ガブリエラ・カウパースウェイト監督が描きたかったこととは?

結婚する、親になる、家族を持つ。その過程で色々な夢を見て、ハッピーな家族の在り方を探し続けて日々過ごすわけですが、時に、想像していた設計図にはなかった、ヘヴィな出来事が起きることもあります。『Our Friend/アワー・フレンド』はファーストシーン、がんで闘病中の母親ニコルが、まだ幼い二人の娘たちに、自分の病状を説明するところから始まります。

物語の軸となっているのは、この物語の父親であるジャーナリストのマット・ティーグが自分の体験した出来事を2015年、「Esquire」に寄稿し、後に全米雑誌賞を受賞したエッセイ。ブラジル系アメリカ人映画監督のガブリエラ・カウパースウェイトが映画化したものです。マットとニコルが娘たちに、そう遠くなく訪れるであろう母親との別れをどう説明するのかという描写もさることながら、マットとニコルの順風満帆と言い難い夫婦生活において、一家を温かく支え続ける二人の親友、デイン(ジェイソン・シーゲル)の存在が大きく描写されます。

今回、ガブリエラ監督にリモート取材を申し込んだところ、私たちの知らないところで、マット役のケイシー・アフレックさんにも連絡を入れてくれていて、なんと当日、仕事でアメリカを移動中のケイシーが電話取材にて急遽参戦という嬉しいサプライズがありました! アカデミー賞主演男優賞を受賞した『マンチェスター・バイ・ザ・シー』での過ちを犯してしまう悲しい父親像とはまた違った、介護する父親像をどう演じたのか、おふたりに聞きました。

●ガブリエラ・カウパースウェイト(Gabriela Cowperthwaite)
サンダンス映画祭でプレミア上映されたドキュメンタリー映画『BLACKFISH』(13・未)で、英国アカデミー賞ノミネートを始め、数多くの賞にノミネート、受賞。『殺人シャチ』と呼ばれたシャチのショッキングな飼育状況や驚異の生態、水族館の裏側などに迫り、新しい才能として一躍注目される。2017年、『Megan Leavey』で長編劇映画監督デビュー。イラク戦争で爆弾処理のために活躍した海兵隊伍長と爆発物探知犬の活躍と、引退後の一人と一匹の絆を描いた実話を基にした物語。

ケイシー・アフレックの魅力は昔から知っている人物として観客に思わせてくれる(監督)

──『Our Friend/アワー・フレンド』はジャーナリストのマット・ティーグのエッセイを基にしていますが、ケイシー・アフレックを主演に起用した理由を教えてください。彼は過去にオスカーも獲った名優ですが、この映画では普通の一般人にしか見えない佇まいで、どうやって彼のオーラを消したんでしょう?

ガブリエラ・カウパースウェイト監督(以下、監督)「そう、まさに、彼はこの映画でスターにみえないでしょう。彼は才能のある役者で、一緒に仕事ができたのは夢のようなものだけど、同時に彼は父親で、夫であるという、そういう存在感を持てる人。そしてアラバマに住んでいそうな人だった。

ケイシーはこの映画のマットを演じる上で、映画スターの資質を消さなくてはいけなかったけれど、本来、ケイシー・アフレックという俳優は自分とは違う人や、役柄にアクセスしやすい役者なんだと思います。彼の俳優としての強みは、演じているキャラクターを、見ている観客が昔から知っている人物のように伝えてくれること。そして彼がスクリーン上で感じていることが、私たちも共通に感じることが出来ることなの」

──この映画の特徴として、映画の冒頭、マットとニコルが幼い二人の娘たちの、母親の楽観できない状況を伝えるということろから始まる構成があると思います。そこから過去にさかのぼって、いろんなエピソードが語られるので、よくある闘病映画にある、死に向かって話が進むというつらさから逃れられる構成ですよね。

監督「母親の闘病と死というのは避けられないテーマで、この物語を伝える上で、観客の皆さんにキャラクターとしてリアルに感じられるかどうかが肝でした。冒頭のシーンは、私が監督として、エッセイに書き加えたシーンです。ニコルを演じたのはダコタ・ジョンソンですが、ファーストシーンで彼女に表現してほしかったのは『まだわたしはここにいる、まだ大丈夫よ』ということでした。私が母親だったらそういう風に伝えたいと思うし、親っていうのは子供たちにはそういう風に伝えたいというシーンです。あ、移動中のケイシーと繋がったみたい」

(ここで、移動中のケイシーがリモートに声のみで参加)

●ケイシー・アフレック(Casey Affleck)
1975年、アメリカ、マサチューセッツ州生まれ。1995年にガス・ヴァン・サント監督の『誘う女』で映画デビュー。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)と、共同脚本・主演を務めた『GERRY ジェリー』(02)でガス・ヴァン・サントと再び組む。2007年『ジェシー・ジェームズの暗殺』でブラッド・ピットと共演し、アカデミー賞®、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされる。2016年には、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で、アカデミー賞®、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞など数々の主演男優賞を受賞。2017年にSea Change Mediaという製作会社を設立。『容疑者、ホアキン・フェニックス』(10)、『ライト・オブ・マイ・ライフ』(19)では監督も務める。他の代表作にクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(14)、『トリプル9 裏切りのコード』(16)、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(17)、『さらば愛しきアウトロー』(18)など。

コミュニケーションが苦手な要素は僕自身にもある。(ケイシー・アフレック)

──ケイシーさん、あなたが演じるマットはコミュニケーションを取るのがとても苦手な男性として作られているように映画を観ました。これは原作者であるマットさんとのミーテイングで膨らませた要素ですか?

ケイシー・アフレック(以下、ケイシー)「マットはジャーナリストで、記者として素晴らしい仕事をしているけれど、一対一のコミュニケーションとなると一般の人とは違うコミュニケーションをとる人なんです。彼にはぎこちないところがあって、例えば視線を合わせづらいとか。

そういう要素は彼と会って感じて読み取ったところです。でも、そういう要素は実は僕にもある。だから、彼のコミュニケーションの不得手な部分は自分自身、共感出来て演じたところです。もちろん、お互いのキャラクターの違いはあるし、理解し切れていないシーンは結構あったけど、そういうところをくみ取ることは、演じ甲斐がある部分ですね」

──ニコルとマットを支え続けた親友のデインは、元々、マットと交際していることを知らず、ニコルにデートを申し込んだというところから始まっていることを映画は描きます。この映画では、デインさんが表現に対して不器用さをもつ人として描かれていて、ニコルさんは二人の男性の抱え持つ不器用さを見抜く感受性の強い人だったのかなと感じました。お二人は、この3人の関係性をどうご覧になりますか?

監督「デインとニコルとマットの3人の特別な関係性を言葉にするのは難しいけど、ニコルとマットは若い時に付き合い始めて、生涯のパートナーを見つけた。そしてデインにとってニコルが親友だったのは確かです。ニコルには、人を社交的にさせるようなところがあって、デインには色々、人を紹介したり、デインに対して自信を持てるように導いていたそうです。普通、自分にデートを申し込んできた男性を、恋人に紹介したりはしないけど、ニコルはフランクにマットとデインを引き合わせて、むしろこの二人が仲良くなり、この3人のサークルが完成したんじゃないかな。3人が自身のキャリアにおいてまだ未完成の時期に出会ったのも大きいと思います」

ケイシー「僕は彼らの関係性を理解するというよりも、この映画が実際の人物に起きた出来事であるということを全く意識せずにアプローチしました。一人の役者として、僕は彼ら3人の関係性を知り得ない。だったら、他のフィクションの作品と同じようにアプローチして、キャラクターの命を吹き込めばいいと。僕自身、ノンフィクションだからと意識せず、考え抜かず、事実に気がいかないようにこの物語を演じました。『Our Friend』はとても小さな、そしてとても親密な物語なんです。同時に普遍的な物語でもある。僕としては、観客に信じてもらえるかどうかを大切に演じました」

──ケイシーさんに聞きたいんですけど、二人の子役とのやり取りがとても自然で、演技を忘れさせるほど胸に響きました。特にお姉ちゃん役のイザベラ・カイ・ライスさんの苛立ちがリアル過ぎて涙なしに見れませんでした。彼女の演技を父親役としてどう引き出しましたか?

ケイシー「特に何もしていないよ(笑)。彼女たちは本当に若い才能ある役者なんので。監督が、場を作ってくれて、シーンを用意してくれて、演者としてリアルに感じられる場所を作ってくれたので、二人の女優さんは母を失う痛みだったり、その心を見事に演じてくれたと思います」

 

死に向かっての闘病映画は作りたくなかった。誰だって終末のことだけ考えて生きているわけじゃない。

──監督に伺いたいのですが、一般的に闘病を扱った映画は時系列順に進むので、どうしても死に向かって物語が進むことになりますが、この映画は冒頭、ニコルが娘たちに病状を伝えようと決心するところから始まり、そこを軸に、過去と現在がシャッフルされて進んでいく。色々辛い局面が出てきても、冒頭の夫婦の絆を示す場面が保険として機能していて、面白く拝見しました。あの構成の意図は?

監督「それはあなたが今、仰った通り。死に向かって物語を描きたくなかったので、ああいう構成にしました。闘病ものって、見ている人がつらくなるような映画はよくあるけれど、それだとラストシーンに想像がついてしまう。でも、其れってリアルじゃないと思うの。病気であっても、そうでなくても、私たちは自分の人生の終末のことだけ生きているわけじゃないでしょう。その瞬間まで、色んなことを思い、考え生きている、だから、ああいう構成にしたんです」

──ニコルの病状がシリアスになってからの家族の在り方を興味深く見ました。病状が良くないことを伝えたら、そこから先は夫婦だけの時間として、娘二人は、知り合いの温かい家庭に託し、普段と変わらない日常をおくらせる。親の死の見取りに子どもを立ち会わせるか、どうかの、一つの考え方をこの映画は提示していますよね。

監督「そうですね。こういう状況に陥ったとき、アメリカではどういう在り方を選ぶのか、そこは特別にリサーチしませんでした。ただ、私の知り合いの範囲内で調べたとき、子供の年齢が小さいケースのときは、親が病気で苦しむ姿を子供の記憶の中に残したくない、その記憶に浸らせたくないという考えの方が多かった。

子供たちが成長する段階で、ふと思い出す両親の顔は、笑っている表情だった、何か面白いことを話していた、そういう姿を記憶として思い返して欲しいので、終末期には立ちあわせないという考えの方が多かったですね。もちろん、ご家庭によって考え方があり、それが典型的かどうかはわかりませんが」

──ケイシーさんはこの映画の中で動揺したり、涙を流す場面もありました。ガブリエラ監督の演出の独自性は?

ケイシー「そうですね。僕が考えるには、その監督の演出や撮影のスタイルがどうであれ、大切なのは監督のパーソナリティが現場では何よりも伝播していくということ。ガブリエラ監督の場合は、彼女自身が素敵な方で、好奇心いっぱいで、フレキシブルで、ポジティブで、そういう人だから、撮影現場ではスタッフ、キャストが皆、彼女をリスペクトしていて、だからこそ、“ここはこう変えてもいい?”と言える居心地の良さがありました。考え方の違いで衝突したとしても、絶対、解決させてくれるという現場だったから、僕は心配しないで演じられましたね」

──モデルとなった方のことを伺っていいですか? お二人の娘さん、そしてデインさんから映画の感想は届いていますか?

監督「マットは原作者なので何度も現場に来てくれ、時々、お嬢さん二人も同行していました。ニコルの死からまだそんなに時間が経っていないので、すぐではなかったと思いますが、その後、作品を見たとは聞いています。作品は良かったと言っていたとは伝わっています。

一方、デインは、記事にすら書いて欲しくなかった、彼は静かに暮らしたい人だったんです。彼はまだニコルを失った悲しみと向き合っている最中で、その感情を薄める効能として映画を作ってくれてありがという言葉は届きましたが、出来上がった映画を見ているかどうかはわかりません。彼は製作中もあえて、映画のチームとは距離を取っていました、それが典型的にデインだと思います」

 



『Our Friend/アワー・フレンド』

 

2015年に雑誌『-エスクァイア-』に掲載された記事『-The Friend: Love Is Not a Big Enough Word 』を原作とした作品。舞台女優のキャリアを目指すニコル、地方紙でくすぶるマット、コメディアンの成功を夢見るデインの3人は、ニコルの笑顔と魅力を男二人が支える形で強固に結びつく。やがてマットは戦場記者として著名となるが、ニコルはワンオペを強いられ、二人の娘の子育てに疲労し、マットとの未来を共有できなくなるが……。ニコルの病気の発覚と闘病を、男二人で支え合う日常の描写がリアルで、親の病気と子供のスタンスを考えさせられる一作。

10月15日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座他、全国ロードショー公開。

配給:STAR CHANNEL MOVIES
コピーライト:© BBP Friend, LLC – 2020

『Our Friend/アワー・フレンド』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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