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LIFE

折田千鶴子

嘘でしょ⁈ と絶句のドキュメンタリー!北朝鮮の闇取引の瞬間を捉えた『ザ・モール』監督仰天インタビュー

  • 折田千鶴子

2021.10.13

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“ヤラせでは!?”と疑うほどの仰天スクープ!

いやはや、またも度肝を抜かれました。これがドキュメンタリーとは到底信じられない!! 観終えた瞬間つい、“嘘でしょ!? 信じられない……”と呟きました。“またも”と言ったのは、前作『誰がハマーショルドを殺したか』でも同じようにビックリ仰天させられたから。その『ハマーショルド~』についても昨夏、LEEwebで紹介(https://lee.hpplus.jp/column/1697953/)しているのですが、そこでも、“嘘でしょ?”と書いていた自分に思わず失笑……。

さて、この『ザ・モール』は、分厚いベールに包まれた不可思議な国・北朝鮮の隠された闇に斬り込んだドキュメンタリーです。国民が貧困に喘いでいるニュースをよく見るのに、核開発とかミサイルとか、どこにそんなお金があるんだ!? と誰もが思いますよね。その恐るべき実態が、なんと本作で明かされてしまうのです。実は私、インタビューに最初、二の足を踏みました。というのも、まさかヤラセでは!?と疑ったからです。それほど信じ難い話や映像が続出。アッと驚く、その製作過程や裏側を、マッツ・ブリュガー監督にオンラインで直撃しました!

© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS
映画『ザ・モール』10月15日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにて全国順次公開
こちらは潜入捜査を行う、普通の人ウルリクさん。でも完璧なる潜入で、完全に北朝鮮から信頼を得ていました!

『ザ・モール』

ジャーナリストで映画監督のマッツ・ブリュガーは、コペンハーゲン郊外で妻子と暮らす元料理人ウルリク・ラーセンから“北朝鮮の潜入捜査のドキュメンタリー映画を作って欲しい”と依頼を受けます。2011年、デンマークの北朝鮮友好協会に加入したウルリクは、平壌を初訪問した際に、世界的な巨大組織の朝鮮親善協会(以下、KFA)の会長であるスペイン人アレハンドロと知り合い、気に入られます。ウルリクから報告を受けたブリュガー監督は、元フランス軍外国人部隊にいた男に、偽の“石油王ミスター・ジェームズ”を演じさせ、潜入捜査を裏から指揮し始めます。ウルリクとジェームズは、世界各国で要人らと商談を重ね、北朝鮮の闇取引の核心に近づいていきます。2020年に潜入捜査打ち切りを決めるまでの約10年、2人は国家ぐるみの武器密輸や麻薬の闇取引を、カメラに収めていくのですが――。

平凡な一市民がまさかの潜入スパイに!?

資料によると、監督は最初、ウルリクさんの依頼・提案を興味深いと思いつつも、半信半疑だったようです。ところが蓋を開けてみたら……こんな成果を上げてしまったことに、監督も驚いたそうです(笑)。

──とにかく面白かったです。でも、“何故こんなシーンが撮れた!?”と驚く映像が多々ありました。例えば平壌のスラム街の壊れかけたビルの地下に2人が連れて行かれるシーン。内部はまさかの豪華レストランの個室の趣で、なんと武器取引の契約書にサインをするシーンまでバッチリ撮れています。隠しカメラでは撮り得ないですよね。喜び組的な女性たちが、飲めや歌えや踊れやで祝福する姿にもドギマギしましたが。

「なぜそんなシーンまで撮れたか。それは、ウルリクが北朝鮮側に完全に信頼されていた、というのが答えだね。彼はそれまでアマチュア・ビデオグラファーとして、KFAデンマーク支社製作で、北朝鮮や偉大なる指導者について(賛美する)ショートフィルムを撮り続けていたんだよ。YouTubeでも公開していたよ。だから彼が北朝鮮に行くときは、常に小型カメラを携えて撮影できる状況が出来ていたことが一つ。しかもあの地下室の場面では、北朝鮮の方、それも映画に何度も登場する高官のカンさんが、“僕が撮ってあげるよ”とまで言い出して、サインする瞬間を撮ってくれているんだ。実は他の場面でも、かなり北朝鮮の方々が自ら撮影してくれた映像があるんだよ」

右がウルリクさん。左がKFAの会長アレハンドロ・カオ・デ・ベノス氏。北のあらゆる要人に顔が利くという、とっても怪しげな人物。ウルリクとジェームズに取引を持ち掛けるのも、この人物。

──なるほど……。北朝鮮って、恐ろしいほど非道で抜け目のない厳格なシステムを作り上げている割に、いきなり抜けるところはどこか抜けすぎちゃうような、可笑しな印象を受けるのですが……。

「まさに同感だね! 僕は北朝鮮側からみたらアウトサイダーなので(デビュー作『ザ・レッド・チャペル』で北朝鮮を激怒させて出禁になった)、それを語るに最適な人物ではないだろうけれど(笑)。完璧なる国家の代表として、彼らは礼儀正しくあらねばいけない、おもてなしをしなければいけない、という想いが強すぎるのか、それに沿い過ぎてしまうきらいがある。北朝鮮って、システムがすごく締め付けてこようとするのに、時々思わぬところで、まぐれのように抜けることがあるんだよ。でもそれって、独裁国家にありがちだと思う。国家は完璧にコントロールしようとするけれど、動くのは人間だから、ヒューマン・エラーが生じるのは当たり前だよね」

面白すぎるのが問題!?

──本作は、ウルリクやジェームズを映す映像の間に、元MI5局員のアニー・マションさんによるウルリクへのインタビューが挟み込まれる形で構成されています。監督自身がインタビューするのではなく、なぜ彼女が話を聞きだす形式を取ったのですか?

「本作は国際的な観客に観てもらえる映画だと分かっていたので、英語で撮ろうと決めていました。でもデンマーク人の僕もウルリクも、流暢で美しい英語を話せないので、“なぜわざわざ変な英語で喋ってるの?”と思われたら意味がない。ロジカルな物語を伝えるデバイスとして、“誰かに英語で報告する”形がいいと思い付きました。僕らはアマチュアだけど、今回のミッションは諜報作戦なので、それなら諜報機関で働いていた人がいいな、と。その道のプロなら、僕には思いつかない質問をしてくれるに違いないと思ったしね。また、男ばかりの映画になりそうだったので、女性に登場してもらいたくて、ネットでアニーさんを見つけたときは本当にワクワクしたよ! お会いしたら、自分をブレずにしっかり持っていらっしゃって、“この人だ!”と即決。とても美しい喋り方をする方でもあって、素晴らしい瞬間をたくさん作ってくれました」

元CIAの人など、諜報の現場経験者にあらゆる場合を想定して訓練を受ける監督ら。監督もウルリクさんも、相当、スパイ技術の腕を身につけたそう(笑)。

──『ハマーショルド』の時と同様、本当にドキュメンタリーなのかと疑いを抱いてしまうほど面白い。面白すぎるのが罪というか、問題というか(笑)。もちろん面白いに越したことはないですが、監督自身も“ちょっと問題かな”と感じたことはありませんか?

「それは自分でも問題というか、困ったな、ということはありますね(笑)。実は今回、大きな映画祭に応募して、僕は当然コンペティション部門に入ると思っていて。そうしたらディレクターから手紙が来て、“いい作品だから、上手くいけばプログラムに入れられるかも”って。“なぜ僕の作品をきちんと見てくれないんだ!?”って怒りをぶつけそうになったよ(笑)。後で、プログラマーたちがみな、本作を完全にフィクション映画だと思って観ていたことが判明したんだけど。ドキュメンタリーだと分かった途端、ものすごく驚いてくれたけどね」

──やっぱり、誰もがそう思ってしまいますよね。

「今回、製作にスカンジナビアのテレビ局と英国BBCが入っているのですが、特にBBCは本作をジャーナリズムとして受け止めて、一つ一つのファクトチェックを非常に精査して行ってくれました。本作は、本当にそういうことを経た作品なんです。確かに僕のようなアプローチの作品は、問題でもあるんですよね。非常に微妙な一線なので、シリアスに受け止めてもらえない場合もありますから」

──その一線をどこに引いていらっしゃるのでしょう。脚色と言うと語弊がありますが、面白く見せたい、でも事実を誇張するわけにもいかないですよね!?

「常にファクト(事実)に沿った作品作りをする、ということに尽きます。ドキュメンタリーとして何をしていいのか、何をしてはいけないのか、ということを必ず守る。そしてドキュメンタリー作家として、またジャーナリストとして、自分のメソッドや対処を含め、できるだけ透明にするように務めています。僕の感触では、編集中に面白くなる、ということが生じる気がします。全体像が見えてきて、なにがこの映画に入っているべきか、何が必要か、これはこの映画の中では語られるべき問題だ/問題ではない、ということがハッキリ見えてくる瞬間だからです。同時に、自分の少し変わった面が自然に出てきてしまったり、個人的に怖いな、面白いな、ちょっと厄介だな、と思う気持ちが編集で現れてくるんです。実は僕、すごく本能的なフィルムメーカーなんですよ。これっていうレシピがあるわけではないんです」

ウルリクの話を聞くブリュガー監督。映画には監督自身も、効果的に登場します!監督が登場する終盤の、オチ的なシーンは必見です。

──やっぱり編集の上手さですか! ですよね!

「う~ん、そう言われちゃうと、“編集だけじゃないぞ”って言いたくなるんだけど(笑)。ドキュメンタリーって、どんな作品も全て似ているところがあるんです。でも僕は、ドキュメンタリーを製作するだけの出資をみつけることが出来たら、作り手としては、なるべく他のドキュメンタリーとは異なる、ユニークな作品にするのは義務なんじゃないかと思っていて。他と違うものを作ることを怖がる方もいますが、僕はそうではない。可能な限りユニークなものを作りたいんです。とにかく人が関心を持つようなものにする、ということを心がけています」

危険に飛び込んでいくジャーナリスト精神

──本作もかなり危険なテーマに挑んでいますが、元々ジャーナリストだから“世界を正したい、不正を暴きたい、世に問いたい”という欲望や意識がそうさせるのでしょうか?

「もちろんジャーナリズムの本質は、腐敗や権力の間違った使われ方を暴くことにあると思うので、それは重要な動機付けではありますね。でも、もう一つ。僕の両親がジャーナリストだった、ということも大きいです。父はデンマークの新聞(日本経済新聞と近い)の編集長で、母はデンマークで一番大きなタブロイド紙で20年くらい仕事をしていました。だから家庭の中で、常にジャーナリズムに対する議論が行われていたんです。でも僕がいざジャーナリストになると、親のネットワークを通して色々話を聞いたりすることも出来てしまうだけに、親のコネで仕事をしていると思われることを非常に恐れるあまり、頑張り過ぎてしまう傾向がありました。ユニークなものを作ることで自分らしさを出し、親を感心させたい、という気持ちが強いのかもしれないな」

マッツ・ブリュガー/監督
1972年6月24日生まれ、デンマーク出身。ジャーナリスト/司会者/映画監督。潜入する“パフォーマティブ・ジャーナリズム”という独自の手法で「Danes for Bush」(04)などTVドキュメンタリー・シリーズを制作。『ザ・レッド・チャペル』 (09)で映画監督デビュー。第26回サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門・審査員賞を受賞。『アンバサダー』 (11)、『誰がハマーショルドを殺したか』(19)。『ハマーショルド~』は各国の映画祭で多数の賞を受賞。米ハリウッド・レポーターの年間ベスト映画ランキングでは10位に選ばれた。

──ジャーナリストと映画監督の比重は?

「あくまでジャーナリストとしての仕事が本職で、映像は趣味といったら語弊があるけれど、仕事の空いている時間にやっているものです。でもだからこそ、映画は自分が一番興味を持っているテーマを追及できる、とも言えますね」

 

独特のユーモアに溢れた話術で、どんな質問にも飄々と楽し気に答える姿は、やはり一筋縄ではいかない才人だなぁ、と思わせられました。

“あっけらかん”と、いとも容易く撮られているように見えますが、その内容は、これまで誰も解明することが出来なかった、信じ難い北朝鮮の資金調達のための陰謀と黒い取引! アフリカに秘密工場を作るなど、システム化されたそのやり口には、怖すぎて呆然としてしまいます。

既にデンマークとスウェーデンの両外相が安保理の北朝鮮制裁委員会に警告を促したとか、監督も国連の北朝鮮委員会の専門家たちと話をしているなど、本作はかなり大きな影響を及ぼしているようです。

そしてブリュガー監督のデビュー作、『ザ・レッド・チャペル』も11月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開されることが決定しています。こちらも、本作に繋がる北朝鮮とブリュガー監督の因縁を確かめる絶好の作品として、是非、興味を持っていただければ。

エンタメ作品として観ても十二分に元が取れる面白さ『ザ・モール』。是非、驚き、ハラハラし、知られざる北朝鮮の一面を、とくとご覧ください!



映画『ザ・モール』

  • 監督:マッツ・ブリュガー
  • 2020年製作/ノルウェー、デンマーク、イギリス、スウェーデン、/120分
  • 配給:ツイン
  • 公式サイト:https://themole-movie.com/

10月15日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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