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貧困女性取材からジェンダーバイアスへの問題提起まで。高次脳機能障害を負った文筆家・鈴木大介さんの原点とは?【誰か弱いもののために書く】

  • LEE編集部

2021.09.26

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鈴木大介さん後編

引き続き、文筆家の鈴木大介さんのインタビューをお送りします。鈴木さんは子どもや女性、若者の貧困問題を精力的に取材執筆するルポライターとして活躍していましたが、41歳のときに脳梗塞を発症。以降は後遺症の高次脳機能障害を抱える当事者として、高次脳機能障害や発達障害の当事者、及びその家族や支援者の一助となるような記事や書籍を執筆しています。病前も病後も、鈴木さんの著書は一貫して「社会的弱者」に寄り添っていますが、それは一体なぜなのでしょうか? これまでの経緯を振り返っていただきました。(この記事は全2回の2回目です。前編を読む

人のためになることをしたい

高次脳機能障害とは関係なく「子ども時代の記憶はもともと少し混乱している」という鈴木さん。それでも5歳になる直前に川崎病を患い、1カ月以上入院したことは強く印象に残っているそう。小学校低学年までは「体育の時間に走っちゃいけない子」だったそうですが、後に健康状態は改善。高校卒業まで過ごしたのは千葉県佐倉市の新興住宅地でしたが、外遊びで動植物に触れるのが好きな子どもでした。その一方で『少年朝日年鑑』『少年読売年鑑』といった子ども向け科学読み物をはじめ、自宅の豊富な蔵書を読み漁る「文字好き」な面もあったといいます。

鈴木大介さん

9歳の頃の鈴木さん。外遊びが好きな子どもでした(写真:鈴木大介さん提供)

「元々自分自身ではなくて他人が置かれた理不尽に対してやたらに怒る子どもだった」という鈴木さんは、小3のとき『ピカッ子ちゃん』(太平出版社・絶版)を読み、「人のためになることをしたい!」と思うように。この本の著者は1945年当時、原爆が投下された広島に住んでいた正田篠枝さん。直接被爆はしなかったものの、被爆者の世話をしながら聞き取りを進め、一部始終をこの本にまとめました。

「被爆した女の子が『みんな自分と同じように両親を亡くしてケロイドで醜くなってしまえばいいのに』と投げやりになったのを、親戚が『もうあんな面倒くさい子は面倒みきれない』ってさじを投げる。それは当時どこにでもあった景色なんでしょうけれど、それを聞いた正田さんは『世の中の誰にも世話をしてもらえない人こそ親切にしてあげたいものだと密かに思いました』という一文を記したんです。これが自分の中ですごくヒットして『やべー正田かっけー!』と(笑)。理想のヒーロー像でした」

ゲーセンが人生初のサードプレイス

小学4~5年生で『沈黙の春』(レイチェル・カーソン著/新潮文庫)と『複合汚染』(有吉佐和子著/新潮文庫)に感化された鈴木少年は理系志向が強くなり、中学受験をして東邦大学付属東邦中学校に進学。理系に強い千葉県随一の進学校のひとつで、エスカレーター式で医学部に進学できることもあり、富裕層家庭の子どもが比較的多い学校でした。ただ、入学時に、生徒の氏名や連絡先と親の職業が書かれたクラス名簿が配られ、それが非常に不快だったそう。

鈴木大介さん

高校3年生の頃の鈴木さん。ゲーセンとバイト先がサードプレイスではありましたが、友人と恩師に恵まれた学校生活でした(写真:鈴木大介さん提供)

「すごく偉そうな肩書きがたくさん並んでる中にブルーカラーの職業名が書かれている子がいて、それを見て『これ、人権的にどうなの?』と。なんかすごい気持ち悪いエリートがたくさんいる、勉強しかしない、格差を内包した学校という印象が、母校への第一印象でした。そして授業も英語と国語以外ほとんどついていけなくなり、同級生がキャーキャー言ってるメジャーなカルチャーにも一切興味が持てず、学校が嫌になって。中2でゲーセン通いを始め、そこで学外の友達や先輩がたくさんできた。ゲーセンが人生初のサードプレイスですね」

学校嫌いの鈴木少年でしたが、今思えば人生の転機となったのは理科の授業中、静岡県西伊豆に位置する戸田漁港が、沿岸に暮らしている人間の出す一定の基準に収まる有機物が含まれた生活排水によって港内の生態系バランスが取れている貴重なエリアである、と教わったことだったと言います。



あまりにもショックが大きすぎた人生初の一人旅

付属高校に進学しサードプレイスにアルバイト先が加わった鈴木少年は高2の夏、バイト代を貯めて買った自転車で千葉から憧れの戸田漁港に向かいます。ただ、2泊3日かけてたどり着いた戸田漁港そのものよりも、移動中に遭遇した鮮烈な出来事のほうが今でも印象に残っているそう。

鈴木大介さん

「2日目に下田の南の下流(したる)って集落の神社に勝手に寝袋敷いて泊まることにして、飯買いに神社の石段を降りていったら、めっちゃ綺麗な浴衣姿のお姉さんがいたんです。花火でもしに行くのか、真夏の夕方でうるさいぐらいにひぐらしが鳴いていて。新興住宅地育ちの自分にはまったくない情景で、こういう情景の中で生きる若い人がいるってことにまず驚いた。そのとき『なんで俺はこっちに生まれなかったんだろう』と一瞬思った。そして飯を買いに行ったら雑貨屋さんのおばあちゃんが、俺があまりにも汚い格好で臭かったからか『あんた乞食旅行だろう!』と言ってバナナくれたんですよ。そしたらなんかもう、涙こみ上げてきちゃって」

帰路には江の島で野宿することに。けれど、マリーナの駐車場の裏のトイレの横に寝袋を敷いてAMラジオを聴いていると、サダム・フセイン政権下のイラクがクウェート侵攻したというニュースが流れてきました。1990年8月2日の夜でした。浴衣のお姉さんやバナナをくれたおばあさんが住む、昔から続いている「美しい世界」と、まだ殺し合いを続けようとする人類という「気持ち悪い生物」……そのギャップがあまりにも大きすぎた、と当時を振り返ります。

「書く」ことによる後方支援を決意

同じ高2の夏、先進国が新しい帝国主義として第三世界に産業としての農業を興し、現地の人たちを農業的に搾取し、土地を荒廃させていることを告発した『人間の大地』(犬養道子著/中央公論社・絶版)を読んだ鈴木少年。「俺たちは世界の弱い人たちの犠牲の上に生きてるんだな」と思い、あらためて「誰かのためになることで食っていきたい」と決意します。

鈴木大介さん

鈴木さんの「人のためになることをしたい」「書きたい」という思いの原点となった本たち。

夏休み明けの9月1日、実力テストをサボり、上野にある日本初のNGO・日本国際ボランティアセンター(以下JVC)の事務所をアポなしで突撃。当時ベトナムに建設中だった聾学校を支援するチームと、始まったばかりの湾岸戦争のクルド人難民支援のチームの手伝いをさせてもらうことになりました。しかし面倒を見てくれた支援者の柴田久史さん夫妻から、戦場の医療支援現場にはトリアージがあること、命がけで支援に向かうスタッフの報酬が、稼ぎのいいバイト学生と同レベルであることなどを聞き、「早くも、この人たちのようにはなれないと感じてしまった」といいます。

「だったら僕は後方支援をしようと思ったんです。支援から戻ってきた人の現地報告を本として編集する、もしくはその人たちが書けないなら、彼らの言葉を取材して聞き書きする。ちょうど高2で進路を決める時期で、学校の先生からは『だったら新聞社に行けばいいんじゃない?』とすすめられた。でもJVCで湾岸情勢に関連する新聞記事のスクラップを担当していて、JVCをはじめとする現地支援から帰ってきた人の報告と、新聞に書いてあることが全然違うことに気づいてしまって。衝撃でした。『新聞は現地で取材したことを伝えるんじゃなくて、大使館発表を伝聞で伝えるメディアなんだ! 国と国の都合のことしか書かず、現地に生きる市民が何を信じ何を守りたいと願っているのかに対して、時に新聞は嘘すら書く!』ってね。それで、新聞社は選択肢から外しました。新聞って本当に、読めば読むほど戦争の本質がわからなくなる。これは今もさして変わらなく感じます」

売春・詐欺・窃盗=貧困と格差の問題

バイトとボランティアに明け暮れ、高校からは一層足が遠のいた鈴木少年。放課後の部活に間に合う時間に登校するといった日々が増える中で単位数もギリギリでしたが、「あと何回出席すれば大丈夫」「この科目は定期考査であと何点取れば、あとはずっと0点でも大丈夫」といった卒業のための基準を担任の先生自らが教えてくれたおかげで無事卒業できました。県下随一の進学校で唯一大学進学を蹴って、「編集の実践スキルを2年間で学べ即戦力になれるのでは」と日本ジャーナリスト専門学校に進学。その頃のことは必死すぎてあまり憶えていないといいますが、後年母親から聞いた話によると「本当に申し訳ないんだけど僕、大学に行ってる暇がない」と発言していたそう。

鈴木大介さん

日本ジャーナリスト専門学校在学中に制作した沖縄取材実習の文集。

2年間の専門学校で学んだのは編集、取材、校正、原稿の書き方などの実践ですが、何よりも、「書き手の理念」を故亀井淳氏(元週刊新潮副編集長)から学んだことが、何よりの財産だとか。卒業後は趣味であるバイクの専門誌の編集部を皮切りに出版業界を渡り歩きます。22歳で「企画取材執筆兼カメラマン兼レイアウトから写植の組版に製版フィルムの訂正まで、雑誌一冊丸々やれます」と独立するも、メインの取引先の雑誌の廃刊で仕事が激減、文字通り路頭に迷うこととなり、出版とは関係のないアンダーグラウンドな仕事で食いつないだ時期もありました。そんな中拾われた編集プロダクションで、現在の妻と出会います。そして27歳でルポライターとして再び独立。

「結局、出版業界に足を踏み入れてみれば、僕はあまりにアホすぎて、もう稼いで生きることだけで精いっぱいだった。ライターとして独立したといっても、得意分野は自身が一次的に裏稼業付近にいた経験から『エロ』『売春』『詐欺』『窃盗』『裏バイト』等々です。ただ、今思えば売春も詐欺も窃盗も、現場のプレイヤーは完全に格差と貧困の当事者なんですよね。それに気づいたのは独立して3年目の2002年、社会現象的に語られていた『プチ家出少女』を集中的に取材した時期でした。プチ家出の子に紛れて、ずっと家に帰ってない子がいて、ずっと帰ってない子はほとんど虐待を受けていて『これどういうこと!?』ってなったんです。並行して不良少年の取材もしていたけど男の子は不幸語りをしないので、『この子たち本当は全然弱い子たちの集団、貧困と排除の当事者だ』と気づくまではもうちょっと時間がかかった。長く友達付き合い続けていくうちにジワジワ過去の苦しさが表出してくる感じで」

裏モノライターのキャリア、恥ずかしいと思ってない

ルポライターとして活躍していた頃の著作の一部。読者のほとんどは女性で、特に支援職や福祉職の読者が多かったそう。

こうして自身が生きることに精いっぱいだった20代をへて、鈴木さんの中には徐々に「誰か弱い者のために書く」というテーマが再燃。独立して8年、未成年の売春ワーカーを取材した処女作『家のない少女たち』(宝島SUGOI文庫)を出版します。それ以降も性風俗産業への排除と規制強化が生んだ組織売春の勃興を追った『援デリの少女たち』(宝島社)や、取材で出会った家出少女や不良少年の多くが貧しい母子世帯で育ったことを見聞きする中で、売春を生計に子育てをする層に着目し取材した『最貧困シングルマザー』(朝日文庫)など、社会的弱者を取材したルポルタージュを多数出版。2009年に出版した『最貧困女子』(幻冬舎新書)は売上10万部のベストセラーに。こうした著書の読者のほとんどは女性で、特に支援職や福祉職の読者が多かったことに、溜飲の下がる思いをしたという鈴木さんです。

売れっ子になった鈴木さんは激務をこなしますが無理がたたり、41歳で脳梗塞を発症。一命は取り留めますが高次脳機能障害が残り、取材活動に必要な臨機応変のコミュニケーションが難しくなってしまいます。しかし今度は自らの闘病記や障害受容を皮切りに、妻の発達障害への理解を通じたパートナーシップやジェンダーの問題提起、支援者向けの指南書など、精力的に執筆活動を継続。2020年には『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院)で日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞します。

鈴木大介さん

「書き手としての人生の大半は裏モノライターとしてアウトローを相手にやってきた部分があるけど、それに対して、全然恥ずかしいとは思ってない、むしろ最初からド真ん中突いたな、って。何をするにも熱量だけで中途半端だった自分が生き抜くために取った手段が、後に取材のネタになり、取材で出会う不良な人々への共感と好奇心への視点につながり、更にその取材で接した見えない苦しみを抱えた人たちの言動が、その後に自身が障害の当事者として生き抜くことにもつながって……。思えばかつての取材活動がなければ、今の僕と妻の関係性もない。なんか自分自身、ずっと熱量だけの不良品で書くこと以外に何もできなくて、けれど結局いまになって自身が不良品だったことに救われている。自身を振り返ると、本当に不思議な感じがします」

鈴木大介さんに聞きました

身体のウェルネスのためにしていること

ジョギング

「月間80~100㎞を目標に、自宅の周辺をジョギングしています。途中に『イノシシ注意』の看板もあるような緑の深いジョギングコースですが、走りながら道端の野花や昆虫などに癒やされています。子ども時代から好きだった小さな生き物への視線を取り戻させてくれたのは、やはり妻です」

心のウェルネスのためにしていること

音楽を聴く

「音楽。子ども時代から何時間も音楽に没頭することがありましたが、今は音楽を聴くことがライフハックに。最近だとテックハウスやロシアンハードベースなど、歌詞が少なく単調なテクノに没頭すると、注意障害で過集中しがちな頭の中のネガティブな情緒が払拭され、音楽以外の情報がなくなって一気に楽になれるんです」

鈴木大介さんご自宅

鈴木大介さんご自宅

鈴木大介さんご自宅

撮影/高村瑞穂 取材・文/露木桃子

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LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
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