LIFE

脳梗塞で倒れた夫が、発達障害の妻の布ナプキンを洗って得た気づき【文筆家・鈴木大介さんインタビュー】

  • LEE編集部

2021.09.25

この記事をクリップする

鈴木大介さん前編

今回のゲストは文筆家の鈴木大介さんです。子どもや女性、若者の貧困問題を精力的に取材執筆するルポライターとして活躍していましたが、41歳のときに脳梗塞を発症。以降は後遺症である高次脳機能障害を抱える当事者として、闘病記や自らの障害受容について執筆活動を続け、2020年には『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院)で日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞します。

近年は女性の生理への理解の必要性や、夫婦関係やパートナーシップを取り巻くジェンダーバイアスへの違和感について発信し続け、多くの女性読者の共感を得ています。男性である鈴木さんが一体なぜ、現在のスタンスに至るようになったのでしょうか?(この記事は全2回の1回目です)

世界がぐちゃぐちゃに壊れていく

鈴木さんに脳梗塞の予兆が現れたのは、2015年2月。原作を担当していた漫画連載のシナリオ打ち合わせを16時間ぶっ通しで行った後、左指が動かなくなりました。その時点で脳梗塞の可能性を疑い、万が一自身が倒れたときの緊急連絡先一覧を妻に託します。

そのときの痺れは数十分で解消し激務の日々に戻りますが、実はその時点で鈴木さんの脳は、血流が一時的に悪くなり痺れや麻痺などの症状が短時間で現れて消える「一過性脳虚血」を起こしていました。一過性脳虚血は脳梗塞の前兆ともいわれています。5月には再び左指に麻痺や違和感を感じたことで外科を受診しますが、ひじの神経障害と誤診されてしまいます。

鈴木大介さん

「倒れた日の朝、麻痺で指が動かないので音声入力で原稿を書いていたんですが、呂律が回らなくなって。『これはもう100%脳梗塞だな』と思い、妻の乱暴運転で病院に向かいました。その間も血管は詰まり、脳神経細胞はじわじわと死んでいっている。どんどん視界のピントは合わなくなるし、妻の言葉のつながりはわからなくなるし、でも意識はけっこうしっかりしてる。どんどんどんどん世界がぐちゃぐちゃに壊れていくのをリアルタイムで経験して……すごいホラーでしたね。いっそ気を失ったほうが楽だったんじゃないかな」

胸の大きい看護師さんから目が離せない

そのまま緊急入院。右側側頭にアテローム血栓性脳梗塞を発症していました。開頭手術はせず点滴で脳の血栓を溶かし、なんとか一命を取り留めます。しかし麻痺が残り呂律が回らず、後遺症の高次脳機能障害で自分自身をコントロールできない状態に。胸の大きい、口元にほくろのある看護師さんから目が離せない。感情が制御できず、ちょっとしたことで怒鳴り散らしたり号泣してしまったり。

病院の売店で買い物中にパニックを起こしてしまったことも。しかし見舞いに来た友人らから「俺たちの知っている鈴木大介はもう死んだ、とあのとき思った」と言われるような状態の中でも思考力は残っていたため、闘病記の企画書を書き上げることができたと言います。退院したのは緊急入院から50日後でした。

鈴木大介さん

「高次脳機能障害と診断されたものの身体に麻痺は残らず、日常生活復帰レベルまで快復していると言われていたけど、退院したら地獄でした。脳梗塞は発症後6カ月が快復のゴールデンタイムと言われますが、実際には6カ月かけて自分が高次脳機能障害で何ができなくなっているのか理解していく感じでしたね」



発達障害女子はその特性ゆえ「モテ属性」?

本が読めない。読んだ先から記憶が飛んでしまい、話がつながらない。でも書くことはできたし、自分の書いたものだけは読めたという鈴木さん。リハビリを兼ねて入院中に企画した闘病記を執筆し、翌年には『脳が壊れた』(新潮新書)として出版します。『脳が壊れた』を読んだ編集者から「医療が発達した今、大病を患ってもそうそう死なないし、病後も人生は続く」というテーマでWEB記事を依頼されます。

鈴木大介さん著書

高次脳機能障害に関する著書。脳梗塞で倒れた入院中の病床で『脳が壊れた』(左下)の企画書を作成しました。『「脳コワさん」支援ガイド』(左上)で日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞。

WEB記事がバズったこと、そして闘病記と記事内に登場した妻が非常に魅力的なキャラクターだったことから、今度は妻との関係性にフォーカスした連載を開始することに。妻は発達系女子=発達障害特性がある女性。発達系女子はその特性ゆえ「モテ属性」と鈴木さんは力説します。二人の出会いは鈴木さん25歳、妻19歳のとき。鈴木さんが働いていた編集プロダクションに、アルバイトとして妻が入社します。出会った頃の妻は「ひたすら規格外でかっこいい女の子」。裏表なく空気は読まず、特に単純作業において突出した集中力を発揮し、カルチャーへの造詣が異常に深く、年上の上司に可愛がられ業界内の有名人とも謎の人脈あり。

しかし鈴木さんが妻に感じていた魅力は、発達障害特性ゆえの衝動性、過活動、注意障害の裏返しでもありました。そしてそれらは、家庭内で爆発的に障害化します。出会ってほどなく同棲開始した二人でしたが、しばらくすると妻はリストカットを繰り返すように。精神科で処方された薬の副作用で仕事中に爆睡を繰り返してしまいクビになってしまいます。朝寝て夕方起きる、働かない、家事を一切しない、お風呂に入らないし着替えない、約束を守らない、話がイマイチ通じない、謎の浪費癖……。ほどなくフリーランスのルポライターになった鈴木さんは、シングルインカムで家計を支えながらワンオペ家事をせざるを得なくなります。ストレスから徐々に妻への小言が増え、感情爆発すると物に当たることも。

合理的面倒くさがり屋の夫、単純作業が得意な妻

鈴木大介さんご自宅

後年、高次脳機能障害を抱えた鈴木さんは、そこで初めて妻が長年抱えていた困難を身をもって理解します。なぜなら高次脳機能障害は「後天的発達障害」といっても差し支えないほど、発達障害と症状や日常生活における困り事が似通っているから。連載執筆中「かつての自分は、妻が脳の機能的にできないことを強要し、責め続けてきた」「自分は妻に対して精神的DVをしていた」と懺悔の念に駆られ、毎週のように泣いていたそう。

鈴木さんは連載と並行して「家庭改革」に取り組み、その様子を実況中継的に執筆します。退院後に自宅を大掃除しゴミ出しに訪れた清掃センターで、高次脳機能障害でパニックを起こした鈴木さんの代わりに妻が丁寧にゴミを分別したことをきっかけに、お互いの得意なことと苦手なことが見事にズレていることに気づきます。

鈴木大介さんご著書

これを機に鈴木さんは一人で家事を抱えるのをやめ、妻との協働作業で家事を行うように。妻は遂行機能障害ゆえ、作業の組み立てが苦手。だけど過集中の特性があるために単純作業は鈴木さんより得意だし丁寧。「洗濯物を片付けてきて」とザックリ指示するのではなく、「脱衣所の洗濯機の中から乾燥終わった洗濯物持ってきて」、妻が持ってきてくれたら「たたんで」、それが終わったら「定位置に片付けて」と細かく指示出しすれば、一つ一つの作業をきちんと遂行できます。ほかの家事についても徹底的に割り切れなくなるまで作業を小さく分断し、順番通りに的確に細かく指示を出すことにより、妻は家庭運営にはなくてはならない戦力へと進化します。

妻のPMS期から生理終了までは「配慮さん」

2018年、連載は『されど愛しきお妻様』(以下『お妻様』、講談社)として書籍化。重版を繰り返し、漫画化もされました。そして今度は書籍のプロモーションを兼ねた一本のスピンオフWEB記事が大いにバズります。重いPMSと生理痛を抱えるものの、障害特性ゆえセルフケアが苦手な妻の布ナプキンを毎月洗っていた鈴木さん。そのエピソードを紹介しつつ、女性の生理への男性の無理解と、日本社会を取り巻くジェンダーバイアスに一石を投じる内容でした。

「妻が荒れるのは、僕の配慮が足りない部分に対しての反撃、防衛反応。その反省も込めて、我が家では妻のPMS期から生理終了までの期間を『配慮さん』と呼んでいます。『配慮さん』の間はどうしても妻の生産性が落ちてしまい、家庭運営が回らなくなってしまうという事情もあり、僕が代わりに生理周期を把握するようになりました。

発達系女子とモラハラ男内漫画

『発達系女子とモラハラ男』(いのうえさきこさんと共著)より。「生理はインフルエンザよりつらい」という妻の発言に衝撃を受けた鈴木さん。

生理期間は月1でパートナーシップを改革するための期間。妻の月経症状はその回によってさまざまなので、理解までには1年以上かかってしまいましたが、PMSや生理中にパートナーを配慮することは関係性の抜本的な改善につながるので、男性がパートナーの生理について理解を深めることは、男性自身が楽になる道でもあると感じています」

「片付けメソッド」確立までの険しい道のり

『お妻様』執筆後も、「後天的発達障害」ともいえる高次脳機能障害の当事者目線で、妻の発達障害特性に向き合い、より一層家庭改革に励んだ鈴木さん。今春には『お妻様』第2弾として書籍『発達系女子とモラハラ男』(以下『発モラ』、いのうえさきこさんと共著/晶文社)を出版しました。発達系女子とのパートナーシップ構築における困り事の解決方法を記した、より実践的な一冊です。発達障害の有無にかかわらずパートナーシップに悩む人なら誰しも応用可能な内容になっています。

鈴木大介さんご自宅

妻を最大限活躍させるために必要な心得。身に付くまで何度も読み返したそう。

家庭改革でなかなか解決しなかったのが「片付け」問題。妻は注意障害ゆえ、目の前の新しい情報に意識が集中してしまいます。例えばハサミでスナック菓子の袋を開封すると、開封後の菓子の入った袋に意識が集中し、袋の切れ端とハサミは意識の外に。残された切れ端とハサミの上に新たな物がどんどん積まれていきます。そうして一度カオスと化した後に自力で片付けることができなくなってしまうのもまた、多くのものの中から特定のカテゴリーのものを効率的に探してピックアップできない障害特性ゆえのこと。そこでここでも、得意な作業をそれぞれが担当する共働作業方式を取り入れます。鈴木さんがピックアップ作業担当、それを定位置に戻す作業は妻担当。妻は物の定位置を決められないので、鈴木さんと一緒に場所を決めます。一方で鈴木さんは根気のいる作業や細かい作業が苦手なので、妻が一手に引き受けます。

「今では作業部屋をパーテーションできちんと分けてますけど、『発モラ』執筆中の2019年時点では境界線は一切ない状態でした。そのうえ、何かのきっかけで僕が妻の物を脇に寄せてしまい、ぐちゃぐちゃのカオス状態に……それを見て『これでは妻が片付けられない』と危機感を覚え、悪戦苦闘しながら現在のメソッドに至りました。ひとつのメソッドを試してみてうまくいかなくてギャー!と発狂、また別のメソッドを試してやっぱりうまくいかなくてギャー!と、かなりロングスパンで試行錯誤の繰り返しでしたね」

家庭改革をして圧倒的に楽になったのは僕のほう

家庭改革中に鈴木さんが「一番勉強になった」と振り返るのが、夫婦間の「合意形成」について。妻の障害特性ゆえ、夫婦の会話は脱線を繰り返し、なかなかスムーズに進みません。また、結婚式の詳細、引っ越し先の選定、鈴木さんの病後の働き方など、本来なら二人で話し合って結論を出さなければならない重要事項について妻はすべて鈴木さんに一任で、相談を持ち掛けても合意形成することが、20年に及ぶ同棲・結婚生活で一度もできていませんでした。

鈴木大介さんと妻

取材は鈴木さんのご自宅で行われました。後半には妻も登場!

ちょうどその頃、飼い猫の1匹が末期の腎臓病を患い、今後の治療方針について合意形成をしなければならない状況に。そこで鈴木さんは、まず相談内容と主張を予めできるだけ平易な文章にして妻に読んでもらい、妻にとって情報過多すぎる自宅のリビングではなく車の中に場所を移し、「どう思う?」などざっくりした質問ではなく、回答サンプルを具体的にいくつか提示するなど対策を講じ、丸一日かけて初めて合意形成に至りました。

「実は『お妻様』でどんなに懺悔して一生懸命家庭改革しても、やっぱり我が家は回らなかった。ちゃんと回すためには抜本的解決をするしかないと思って『発モラ』を書いた。正確には、書くために更に家庭改革をした。でもそれによって圧倒的に楽になったのは僕のほう。物理的な部分が解決できても感情問題はどうしても最後まで残る。僕がシングルインカムであることに対しての不公平感が最後までなかなか拭えなかったんだけど、妻の特性をちゃんと考えたうえで『現在のこの世の中では働かせたくない』と思えるようになったのが、家庭改革の一番の収穫かもしれませんね」

(後編につづく)

鈴木大介さんの年表

0歳 東京都生まれ。千葉県佐倉市で育つ
13歳 東邦大学付属東邦中学校に進学
16歳 日本国際ボランティアセンター(JVC)の門戸を叩く
18歳 東邦大学付属東邦高等学校を卒業後、日本ジャーナリスト専門学校に進学
20歳 専門学校卒業後、出版社や編集プロダクションを渡り歩く
27歳 ルポライターとして独立。サブカルチャー分野から始めるも、徐々にテーマを子どもや女性、若者の貧困問題を中心シフトさせ、精力的に取材・執筆を行う
30歳 約5年同棲していた妻と結婚
35歳
(2008)
初著書『家のない少女たち』(宝島社)上梓
41歳
(2015)
脳梗塞を発症、後遺症の高次脳機能障害で取材が困難に。以後は闘病記や自らの障害受容をテーマに執筆を続ける
46歳
(2020)
『「脳コワさん」支援ガイド』で日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞
47歳
(2021)
『発達系女子とモラハラ男』上梓

 

鈴木大介さんご自宅

鈴木大介さんご自宅

鈴木大介さんご自宅

撮影/高村瑞穂 取材・文/露木桃子

おしゃれも暮らしも自分らしく!

LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
仕事や子育て、家事に慌ただしい日々でも、LEEを手に取れば“好き”と“共感”が詰まっていて、一日の終わりにホッとできる。
そんな存在でありたいと思っています。
ファッション、ビューティ、インテリア、料理、そして読者の本音や時代を切り取る読み物……。
今読者が求めている情報に寄り添い、LEE、LEEweb、通販のLEEマルシェが一体となって、毎日をポジティブな気分で過ごせる企画をお届けします!

この記事へのコメント( 0 )

※ コメントにはメンバー登録が必要です。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる