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私のウェルネスを探して/川野芽生さんインタビュー前編

【川野芽生さん】東大在学中に「他者に性的に惹かれない」アセクシュアルを自覚。性自認をオープンにしているからこそ、見える景色がある

  • LEE編集部

2026.04.25

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川野芽生さん

今回のゲストは、小説家、歌人、文学研究者の川野芽生(めぐみ)さんです。川野さんは大学院在学中に短歌の連作「Lilith」で第29回歌壇賞を受賞、それを収録した第一歌集『Lilith』(書肆侃侃房)が第65回現代歌人協会賞受賞。2024年には『Blue』(集英社)が第170回芥川賞の候補作になるなど小説や短歌、エッセイをはじめさまざまなスタイルで言葉の表現を続けてきました。

前半では最新著書『AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて』(リトルモア)を中心に、アセクシュアルを自覚したきっかけや大学時代のエピソード、本を通じて伝えたかったことを聞きます。(この記事は全2回の第1回目です)

「恋愛」と「性愛」をめぐる「普通」の押し付けに直面した大学時代

“アセクシュアル”とは「他者に性的に惹かれない」人のこと。似ている言葉として“アロマンティック”がありますが、こちらは「他者に恋愛的に惹かれない」人を言います。川野さんがアセクシュアルを自覚したのは大学生の時。その頃はまだ“アセクシュアル”“アロマンティック”という言葉が日本ではあまり知られていなかったそうです。
 
『AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて』は2つの媒体の連載をまとめ、書き下ろしを追加した本です。本の中では川野さんの経験や、そこから導き出された思考が綴られています。川野さんは特に大学時代、「恋愛」と「性愛」をめぐる「普通」の押し付けに直面したと言います。誰もが参加できる共通の話題であるかのように「彼氏はいる?」「好きなタイプは?」などと聞かれ、「恋愛、性的なことに興味がない」と言っても「まだ知らないだけ」「本当の恋をしたら分かる」と返される。付き合う・恋愛関係にある=性的な関係を持つのが普通。周囲の人々の一方的な認識や言葉に傷つくことの連続でした。

『AはアセクシュアルのA』

「一方的に恋愛感情をぶつけられることもしばしばありました。そのことを周囲の人たちに相談しようとしても、『モテていいね』という反応しかしてもらえず、まともに取り合ってもらえませんでした。それでも、社会運動のひとつとして、自分の体験や思いを他の人たちになるべく積極的に話すようにしていました。身近なところからでも、『普通』の思い込みを揺さぶっていきたかった。だから、体験を振り返って話すのは日常的にやっていたはずなんですが、こうしてエッセイとして書くのは思った以上に苦しい作業だったので、驚きました。戦うのが日常的すぎて、つらいという感覚が麻痺していました。『あの時はつらかった』とようやく思えるようになったくらいには、今が平穏なんだと思います。そして、『あんなにつらいのが当然であっていいはずがなかった』と、ようやく感じられるようになったのだと」

アセクシュアルをオープンにしているからこそ、見える景色がある

以前からアセクシュアルをオープンにしていたため、トークイベントやサイン会などの折には、「私もアセクシュアルなんです」と話してくれる読者も多いといいます。
 
「もともとアセクシュアルを自認していらした方から、“『AはアセクシュアルのA』を読んで初めて気づいた”という方、“1週間前に自分がアセクシュアルだと気づいて、この本を手に取った”という方などさまざま。本を出す前から、自分がアセクシュアル・アロマンティックをオープンにしていると、アセクシュアルやアロマンティックの人は思っていた以上にたくさんいるんだ、ということが見えてくるな、と感じていました。

川野芽生さん
今回の取材は川野さんが中高時代に通ったという神奈川近代文学館(神奈川県横浜市)で行われました。港の見える丘公園の一角に建つ、文学についての展示が大充実の施設です

日常生活の中でも、私がしきりにアセクシュアルとかアロマンティックとか言ってると、『自分もそうかもしれない』と考え始める人が出てきたり、『自分もそうなんですよ』と話してくれる人がいたり。自認するかは別として、その概念を知るとそれまでなかったことにされてきたものに光が当たり、自分の考え方や見方が変わってきている人は多いのかなと思います。SNSでも、フォローしてくれた人のプロフィールを見に行くと、 “Ace”(エース、アセクシュアルの略称)や “Aro”(アロ、アロマンティックの略称)と書いている人が結構いるんです。これは、私がオープンにしているからこそ見ることのできた景色だなと思います」

アセクシュアルを知ることで、性にまつわる固定観念や思い込みを考え直すきっかけに

“アセクシュアル”を知ることは、今まで普通だと思っていた恋愛や恋人、性にまつわる固定観念、人は誰かを(恋愛的な意味で)「好き」になるのが普通(「好き」にならないとおかしい)という思い込みを考え直すきっかけになります。それによってアセクシュアルやアロマンティックに留まらず、性的マイノリティや女性などのマイノリティの自由が奪われていることにも気づかされます。
 
「例えば“女性は性欲がない”“今はなくても付き合いだしたら後から出てくる”“女性は快楽のためではなく愛のため・好きな人とだけ行為をする”と言われがちです。恋愛感情を告白されたときに『私はアセクシュアルなんだ』と伝えても、『本当に好きな人とだったらできる』『好きならしたくなるはず』『好きなら受け入れられる』と言われて話を聞いてもらえなかった。女性はそもそも性的なことを自ら欲望して主体的に行う存在だとは思われていなくて、男性の欲望に応える存在とされているから、『私は性的なことに関心がないからしたくない』と言っても『女性はみんなそういうもの』『したくなくてもするのが当然』と受け止められるんです。

川野芽生さん

一方で、男性が自分はアセクシュアルだと言っても、『男はみんな性的なことに関心があるはず』という偏見に晒されてしまうという問題があり、男性のアセクシュアルと女性のアセクシュアルは別々の仕方で透明化されてしまっていると感じます」



東大男子学生が信じる「大学に入ったら〈恋人〉という報酬が手に入る」という物語

本の中で多く描かれているのが東京大学在学中のエピソードです。川野さんが出会った男性が、恋愛を“これまで頑張ってきたご褒美”“達成するもの”“手に入れるものの一つ”と考えている点にも疑問や憤りを感じたといいます。
 
「私個人の体験とはいえ、大学は特殊な環境だったと思います。『大学に入ると彼女ができる』『青春が待っている』みたいに感じている人が多いように感じました。男女別学の高校の出身者が多いのですが、『これまで恋愛とは無縁の環境でストイックに勉強を頑張ってきたから、大学に入ったら〈恋人〉という報酬が手に入る』という物語が信じられているようなんです。また、彼らの人生には達成しなくてはいけないチェックリストがあり、その中に〈彼女〉〈恋愛〉があり、それを得ることが成功条件の一つなのかなとも感じます。

まあ、男子学生も女子学生もそういう人はいるんですけど、男女比が偏っていて、学生の8割が男子、教員だともっと多いので、すごくホモソーシャルな環境でした。何でも男だけの世界で完結してしまって、女性は恋愛や性の対象としてしか存在価値がないかのような。『女性とはこういうものだ』というステレオタイプもひどくて、私が何を言っても、『いや、女性とは◯◯なものだ、だからこの発言は本心のはずがない、気を持たせようとしているに違いない』といった受け止められ方しかしませんでした」

大学進学しまわりの友達が恋愛し始め、この世の中が奇妙でグロテスクに見えるように

本書では本や映画、さまざまなコンテンツで恋愛が多用されている点も指摘されています。子どもの頃から本好きだった川野さん。『レ・ミゼラブル』『クォ・ヴァディス』『ジェーン・エア』『嵐が丘』といった当時の愛読書をどのように読んだのかを思い返して、小説の中で脈絡なく恋愛が始まると「つまらなくなりがっかりした」と語ります。恋愛中心に回るこの世の中は川野さんにどう見えているのでしょう。

川野芽生さん

「私が初めて出した短篇集『無垢なる花たちのためのユートピア』(東京創元社)の中に『最果ての実り』という話があります。遠い未来が舞台で、そこには半植物、半分人間という人々が登場するのですが、彼らは『実り』の時期になって互いに恋に落ちると、頭が果実のように熟れていき、最後にパン!と破裂して種が飛び出るんです。その中で、いつまでも恋に落ちることなく、熟することのない女の子がいてその子の孤独を描いているのですが、恋をしない者にとっては、『恋をするのが当然』の世界というのは、周囲の人々の頭が次々に膨れ上がり破裂するような、奇妙でグロテスクな世界なんだということを描きたかったんです。大学になってまわりの友達が恋愛し始めた時がまさにそんな感じで、世界がSFやファンタジーみたい」

同性婚の法制化、単身者差別の是正、婚姻制度の解体が理想

川野さんがいつも伝えているのは「自分がアセクシュアル・アロマンティックの代表のようにならないように。一人のケースを知って、アセクシュアル、アロマンティック全員が同じと思わないでほしい」ということです。本を通じて伝えたいのは、アセクシュアルについて知ることで、当たり前を考え直すこと。アロマンティックやアセクシュアルを自認しない人にとっても、自分たちが実は縛られてきたことに気付き、解放につながると言います。

川野芽生さん

「“アセクシュアル”という言葉の認知が進んだのはいい面もある一方で、これまでとは違った形での差別の標的になりやすくなってしまいもしました。最近もJ・K・ローリング(『ハリー・ポッター』シリーズの作者)が『国際アセクシュアル可視化デー』にSNS上でアセクシュアルを揶揄する投稿をしたり。アセクシュアルは他人事ではない、誰しもに関係があります。誰しも知る必要があり、ただ“そんな人がいるんだ”で終わらせるべきではなく、狭義の当事者ではない人にとっても、社会の中で当たり前とされてきたことや間違いに気づいたり知るきっかけになると思います。例えばセクシャリティや恋愛をどう考えるか、他者との関わり方、気持ち、愛情や友情。社会で流通している雑なカテゴライズではなく、自分の目と心で向き合って考えて欲しいです。皆が世の中で当然とされている価値観や規範に知らず知らずのうちに縛られているし、人を縛っている。それに気づくことで少しでも自由になるためのヒントがこの本にはあるのではないかと思います」

川野さんが願う世界、理想的な社会のあり方を聞いてみました。

川野芽生さん

「本の中では同性婚の法制化、単身者差別の是正、婚姻制度の解体について書きました。同性婚は法制化されるべきなんですが、ゆくゆくは婚姻制度自体が無くなるべきだし、結婚しないと生きていけない社会がおかしくて、一人でも生きていけるようにすることが大切だと思います。当然、性別による賃金格差もなくさないといけません。単身者の女性や女性同士のカップルが経済的に不利なままであってはいけませんから」

もしも子どもがアセクシュアルだとしても親は介入せず、子どもを否定しないであげて

LEEweb読者の中には、自分の子どもが“アセクシュアルかもしれない”と思っている方もいるかもしれません。そんな時には、どんな声かけや姿勢で見守るべきでしょうか。

「どうすべきかって聞かれても、どうすべきもこうすべきもないですよね。子どもがアセクシュアルだとして、それに対して親がどうこうするとか介入するようなことって何もないですし。強いて挙げるなら、否定しないことでしょうか。『簡単に決めつけるべきじゃないよ』とか言いたくなるかもしれませんが、マイノリティであることを自認してそれを表明するまでには、当人が相当考え抜いて色んな可能性もすでに検討した上であることが多いです。それを親であれ他の人がどうこう言えるものではありません。

川野芽生さん

また、親としては子どもに結婚してほしい、孫の顔が見たいとか思うかもしれませんが、子どもにとっての幸せは何かを考えて欲しいです。恋愛して結婚する幸せしか思い描けないのだとしたら、子どもは“自分は幸せになれない”“親を悲しませている”と思い込んでしまう。恋愛や結婚をしないと子どもが孤独な人生を送るのでは……と心配する必要はないんです。子どもにとっての孤独は自分の在り方を親から否定されること。親が否定せずにいてくれるだけで孤独ではないし、幸せだと思います。子ども本人の幸せを尊重してあげてください」

(後編につづく)

My wellness journey

私のウェルネスを探して

川野芽生さんの年表

1991

神奈川県秦野市生まれ

2010

東京大学に入学、本郷短歌会に入会し、作歌を始める

2020

歌集『Lilith』(書肆侃侃房)を出版、翌年第65回現代歌人協会賞受賞

2022

小説『無垢なる花たちのユートピア』(東京創元社)、小説『月面文字翻刻一例』(書肆侃侃房)を出版

2023

小説『奇病庭園』(文藝春秋)、エッセイ『かわいいピンクの竜になる』(左右社)を出版

2024

歌集『星の嵌め殺し』(河出書房新社)、小説『Blue』(集英社)、エッセイ『幻象録』(泥書房)を出版。『Blue』が第170回芥川賞候補に。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学

2025

エッセイ『見晴らし台』(ステュディオ・パラボリカ)、エッセイ『AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて』(リトルモア)出版

おしゃれも暮らしも自分らしく!

LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
仕事や子育て、家事に慌ただしい日々でも、LEEを手に取れば“好き”と“共感”が詰まっていて、一日の終わりにホッとできる。
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