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LIFE

台湾の闇の時代「白色テロ」を描いた大ヒットホラー映画『返校 言葉が消えた日』

  • 金原由佳

2021.07.29

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恋心が時代の不条理と結びついて、悲劇が起こる。

この連載始まって初めてのホラー映画の登場です。『返校 言葉が消えた日』は2019年の台湾映画興行収入No.1となった大ヒット作。2017年発売のオンラインゲーム『返校 Detentionを原案とした映画で、ある晩、学校に閉じ込められてしまった高校生の物語です。関連作の現代版のドラマ「返校」もNetflixで配信されている人気シリーズです。

時代背景は1962年。今の台湾しか知らない人は驚かれるかもしれませんが、台湾は1947年から1987年までの38年間、戒厳令下にあり、厳しい言論統制が敷かれていました。旧刑法100条は内乱罪を規定したもので、政府が禁じる本を読んでいることがわかると、学生であろうと禁固刑となり、中には死刑になった人も。映画『返校』は自由を求めて止まない学生と教師の読書会が弾圧された出来事を基にしています。映画では第三者の目を常に気にする学生たちの閉塞感が肌身に迫る構成で、怖いけれど先が知りたい! 悲劇の行方が見たいけど見たくない! と千々に乱れる気持ちに。恋愛にも周囲からの監視の目が光り、恋心が人の命を左右してしまう展開にも切なさが募ります。

アジアでは今、香港やミャンマーで高度な自治が損なわれ、自由が抑圧される社会になりつつあり、映画『返校』が描く題材にはフィクションと切り捨てられない切迫感がこもります。アジア圏の若者たちが追体験する、知られざる台湾の闇の時代をどう映画化したか、ジョン・スー監督に聞きました。

 

●ジョン・スー(John HSU)
世新大学ラジオ・テレビ・映画総合学科大学院卒。2005年、テレビ映画デビュー作「Real Online」で、台湾最大のテレビ賞、金鐘奨の最優秀監督賞を最年少で受賞。台湾最大のマシニマ制作グループであるAFK PL@YERSの創設者の一人で、VR短編作品「Your Spiritual Temple Sucks」はサンダンス映画祭、World VR Forum、富川国際ファンタスティック映画祭、シドニー映画祭、ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭など40以上の映画祭に出品された。
長編映画デビュー作『返校 言葉が消えた日』は2019年に台湾で公開され、台湾映画興行収入No.1となった。金馬奨で最優秀新人監督賞、最優秀脚色賞、最優秀視覚効果賞を含む最多5部門を受賞
(C)Taipei Golden Horse Film Festival Executive Committee 台北金馬影展執行委員會

実際の出来事をベースにした、自由が奪われた学校で起きるホラー体験。

──台湾映画はここ数年、学校を舞台にした問題定義の強い青春映画の力作が次々と作られていて、私は毎回驚いているのですが、例えばチャン・ロンジー監督の『共犯』(2014)や、ギデンズ・コー監督の『怪怪怪怪物!』(2017)、或いは昨年の東京フィルメックス映画祭で上映されたコー・チェンニエン監督の『無聲』など、学校という場で起こる恐怖体験の見せ方に対し、皆さん独自のスタイルを持っています。『返校 言葉が消えた日』(以下、『返校』)も学校という場で起きるホラー体験を描いていますが、このジャンルの盛り上がりを監督はどう分析されていますか?

「これは現在の台湾の学生にとって、そして大人になった僕自身にも言えることですが、思い出の中に残っている学校という場所が非常に複雑な存在だからと言えるでしょう。アメリカやヨーロッパの中高生にとっては、一般的に学校という場所はオープンで、明るく、自由のある場所の象徴だと思うのですが、台湾ではこれは――韓国をはじめ、アジアの多くの国でも共通するかもしれませんが――学校というのは、みな同じ制服を着用させられ、進学のため無理やり勉強を強制させられる場所である。みんなが同じような行動をすることを求められ、教師に監督され、監視される。そういう場所であるために、ホラーの舞台として選ばれやすいんだと思います」

──『返校』は2017年に発表されたゲームの大ヒットが発展して映画化されました。ゲームも、映画も社会現象と言われるまで、若者に支持された背景をどう見ていますか?

「僕が思うに、「返校 –Detention-」というゲームは、歴史ありきのゲームではなかったということが大事な要因だったんじゃないかなと思います。何といってもホラーとして、学校という場で味わう恐怖体験をどうグラフィックとして見せるかという、デザイン性の高さが成功していたと思います。

赤燭遊戲(Red Candle Games)という台湾のスタジオが開発したインディーズのパソコン向けのゲームだったんですけど、エンタメの要素が面白く、その後、台湾の過去の歴史が背景となっていることに、みなさん興味を持って、語ってくれたんだと思います」


──なるほど、難しいテーマをホラーというフォーマットが語りやすくしたということですね。映画を見て怖かったのは、学校という場に閉じ込められる感覚と、自由を奪われている時代性が重なり合って、映画への没入感と閉塞感がすごいことでした。永遠に学校から出られないんじゃないかと怖くなりました。

「僕もゲームをプレイしたときに一番恐ろしく感じたのが、学校の雰囲気でした。このゲームはプレイヤーを驚かせるためのギミックを多用することよりも、生徒が進もうとする通路が全部塞がれてしまっているとか、どこにも逃げ場がない雰囲気が恐ろしく感じたので、映画化でもそこを大事にして撮影していきました。

閉校して17年ほど経つ学校を借りて撮影したんですけど、校舎の数はそれほど多くなかったので、同じ場所をいろんなアングルで撮影するなど工夫を凝らし、建物がたくさんあるようにショットを継ぎ接ぎして、展開しています。講堂の場面だけ、セットで作ったんですけど、区別はわからないですよね?」

──ええまったく。監督はこれまでVRのプログラムを多く手掛けているということですが、今作も現在パート、封鎖された学校でのパート、まだ事件が起きる前の日常と、モノクロとカラーを使い分けて、時間経過の違いをわかりやすく構成されています。その狙いは?

「実は最初から構想していたわけではなく、映画を撮っていく中で、カメラマンと美術監督と相談しながら組み立てていきました。学校での授業のパート、恐ろしい怪物が現れるホラーパートなど色んなシーンがあるので、その書き分けには心を配りました。僕にとって幸運だったのが、この映画の美術監督のワン・チューチェンさんは有名な人で、ホウ・シャオシェン監督の『ミレニアム・マンボ』の美術を手掛けた人でもあり、1960年代の雰囲気を再現するのに最適な方だったことです」

閉塞的感あふれる社会を変えたいと夢見たチャン先生

──映画の中で重要な意味を持つのは、生徒たちに言論の自由や、読書の楽しみを密かに教えるチャン先生の存在です。非業な時代に関わらず、生徒たちに生きる楽しさを伝えようと努力を重ねる姿が切なくて、特にどんな苦しい状況でも笑顔を絶やさない姿に涙が出そうになりました

「チャン先生役のフー・モンボー(傅孟柏)は、旧知の仲で、彼自身が少年のまま大人になったような人で、純粋で、真っすぐな男なんです。チャン先生は、この閉塞感あふれる社会をよりよく変えたいけれど、その変革のためには大人として冷静に振舞わないといけないという難易度の高い役割を負った位置づけの人物だったので、彼に任せたという意図があります」

 

──ぜひ聞きたいのは、今回、高校生役で出演した俳優たちは、台湾の戒厳令の時代や、言論の自由がなかった時代背景などをどれくらい理解していたのでしょうか?彼らのために前もって準備したものなどはありましたか?

「ヒロイン、ファン・レイシン役のワン・ジン(王淨)と、ファン・レイシンと共に出口を探すウェイ・ジョンティン役のツォン・ジンファ(曾敬驊)の主役二人は、撮影時、20歳になったばっかりで、確かに台湾の近代史をよく知りませんでした。なので、当時に関する映画、小説をたくさん読ませて、さらに被害者のインタビューにも同行させました」

──色々調べて胸が潰れそうな思いをしたのは、当時、政府が発禁する本を読んだだけで多くの学生が逮捕され、10年近く留置された人もいたと知ったことです

「僕自身は、撮影の準備があったので、ワン・ジンとツォン・ジンファと被害者の方たちとの面談には同行できなかったのですが、その時の録音を後で全部聞いたんです。その時、一番、印象に残ったのは、不当な逮捕や、不公平な判決に対して、被害者の人たちがこのことをどう受け入れていたかということでした。

僕は脚本では、チャン先生をはじめ、学生たちが捕まったとき、全身で反抗して、大きな声で反発したり、怒鳴ったりする姿を書いていたのですが、実際の人たちは感情を抑制させ、冷静に振舞っていたそうです。ネタバレになるので詳しい状況は言えませんが、チャン先生がウェイに別れを告げる場面で、静かな口調で語らせたのは、被害者の方たちの体験談を聞いて、変えたところです。そこは大きな変化だったと思います」



ささやかな恋心がいびつな社会と結びついて悲劇が広がる

──私が映画『返校』を見て、胸を搔きむしりたくなったのは、恋愛感情が冷静な判断を狂わせて、愛する人を窮地に追いやってしまうことでした。早熟な若者なら誰でも犯してしまう過ちを描いているところです。私もあの状況にいたら、同じことをしてしまうかもと思ってハラハラしながら見ていたのですが、その意味で、台湾の戒厳令時代の傑作青春映画と言われるエドワード・ヤン監督の『牯嶺街(クーリンチェ)殺人事件』(1991)と合わせ鏡のような作品ですね。監督は10代の過ちを映像化する上で、心を砕いたのはどこでしょうか?

「台湾の戒厳令時代は「白色テロ」と言われているのですが、この時代を描く台湾映画が象徴しているのは、一個人が社会や日常に何らかの不満を持って暮らしているとき、これが時代の不条理と結びついてしまったために劇的な化学反応を起こしてしまうということがあります。これは、どこの国でも、どの時代の若者においても付き物の反応で、ひとりの感情が時代と感応して大きな悲劇を招いてしまう。白色テロの時代は、ささやかな恋心が歪(いび)つな社会システムを経由してしまったために、悲劇として広がってしまいました。僕も作りながら、悲しい気持ちになりました」

インタビューは台湾のスー監督とオンラインで行われました

 

──ヒロイン役のファン・レイシンは例えると日本における『リング』の貞子と匹敵するくらいのアイコンになりましたが、ファン・レイシン役にワンさんを選んだ最大の理由は?

「ワン・ジンについてですが、おそらく相当なプレッシャーがあったと思います。ファン・レイシンというキャラクターはゲーム時代からのファンが多く、それぞれみなさん、自分のイメージが出来上がっているので、演じるのは大変だったと思います。オーディションを重ねて、ワン・ジンを選んだんですけど、彼女は、見た目は美しく明るい女の子に見えるんですけど、話を重ねるにつれ、隠されたダークサイドがあることに気がついたんです。そういった側面を映画の中ではどんどんと引き出していったということですね」

──最後に聞きたいのですが、チャン先生が命に代えてまで守ろうとする本が、大正13年に発行された厨川白村の「苦悶の象徴」だったことに驚きました。今の日本では正直、あまり読まれていない本だと思います。おそらく今日の取材で、日本人のジャーナリストは全員、この本を選んだことを聞いていると思いますが、厨川白村が恋愛至上主義者であったことも関係していますか?

「厨川白村さんの「苦悶の象徴」を選んだのは脚本家のアイディアです。脚本家は大学で文学を専攻していて、よく「苦悶の象徴」の話をしていました。チャン先生は学生の為に命を犠牲にしてでも、自由な精神を失ってはいけないと諭す場面で出てくる重要な小道具です。自己犠牲の精神についても、この本の中で触れられているので、採用しましたし、そのことで挑戦したイメージを観客に伝えたいという意図があります。

映画の中では、インドの詩人、タゴールの本を持っているだけで、命に係わる事態を招くのですが、色々調べると、本の内容は全然問題ないのに、翻訳者のプロフィールのせいで発禁扱いされた本もあることを知りました。「苦悶の象徴」は翻訳者が魯迅だったので、ときの為政者から禁書にされたという歴史もあることを知っていただけたらと思います」

 

返校

2017年に発売された台湾の大ヒットホラーのゲーム「返校 –Detention-」を実写化したもの。国民党政権下の白色テロ時代を題材にしたホラーミステリーで、第56回金馬奨で最優秀新人監督賞など5部門を受賞。1962年の台湾、中国国民党による独裁政権のもと、相互監視と密告が強制される社会におきる悲劇を描く。翠華高校を舞台に、発禁本を密かに読む読書会メンバーと、それにまつわる密告と迫害の人間模様を、まさに体感型の没入感で構成する。

7月30日(金)TOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー

配給: ツイン

 ©1 PRODUCTION FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.

映画「返校 言葉が消えた日」公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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