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『スーパーノヴァ』が描く、愛する人の病気と介護とその先の未来。ハリー・マックイーン監督インタビュー

  • 金原由佳

2021.06.29

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新星ハリー・マックイーン監督が2大名優を迎え描くのは、愛するが故に触れられない相手の本音。

どんなに愛し合っている家族であっても、いつか誰かが先に旅立ってしまうのは避けられようもない定め。時々、あとどれだけこの楽しい時間が共有できるのだろうと、時間を刻む秒針の音に敏感になるときがあります。

若い友人から、出産直後、「こんなにかわいい子と会えたのに、いつか別れるんだ」との想いに襲われて涙が止まらなくなったと打ち明けられたこともあります。そのときは上手なアドバイスができなかったけれど、これからはこの『スーパーノヴァ』を見ることを薦めるのが、上手な気持ちの治め方のひとつの選択肢になると伝えることが出来ます。

ハリー・マックイーン監督が自身のオリジナルストーリーを初監督したものが『スーパーノヴァ』。

長い間、深い愛情で結ばれてきたピアニストのサムと作家のタスカーのカップルですが、タスカーが若年性認知症を発症。ふたりの関係に色々と変化が起きている中、思い出の場所であるイギリスの湖水地方へキャンピングトレーラーで旅に出かけます。ある夜、タスカーがサムに自らの境遇について、生の最後に眩い光を放ちながら大爆発する星の「スーパーノヴァ」と言われる現象と重ね合わせて話す場面があり、その華々しさで彩られることで、死のイメージが変わるという名シーンがあります。マックイーン監督にこの物語をどう作り、どう演出したのか伺いました。

●ハリー・マックイーン(Harry Macqueen)
1984年1月17日、イギリス・レスター出身。
ロイヤル・セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで演技を学び、リチャード・リンクレイター監督の『僕と彼女とオーソン・ウェルズ』(2008)で俳優デビュー。2017年には『愛欲のプロヴァンス』でマドリード国際映画祭最優秀助演男優賞を獲得。2013年からは製作も手掛け、監督・脚本・プロデューサーとしてのデビュー作『Hinterland(原題)』(2015)でレインダンス映画祭イギリス映画賞、北京国際映画祭デビュー映画賞など数々の賞にノミネート、本作『スーパーノヴァ』は脚本・監督を務めた2作目となる。

サムとタスカーは病気の発覚によって“Elephant in the room”の状況に陥っている。

──『スーパーノヴァ』の主人公は作家のタスカーとピアニストのサムのカップルです。互いの才能に惹かれあったのであろう関係性は映画の中で描かれますが、互いの才能を愛し、尊重するがゆえに、サムには介護に専念する覚悟があるのに、タスカーは自分の病気でサムのピアニストとしてのキャリアを止めたくない。二人のジレンマがとても心に響きましたし、日本でも家族の介護によるキャリアの断念は大きな問題になっているので、他人事ではないと感じました。

「そこに気づいてくださり、素敵な言葉をありがとう。

二人の仕事を芸術家にしたのは、自分もそういう仕事をしているということからきているのかな。タスカーに関しては、記憶の曖昧さに加え、読み書きに必要な手の筋肉の衰えが来ているために、仕事に支障をきたしているという設定で、直ぐに彼がインパクトを受けてしまうような仕事として作家を選びました。自分のクリエイティブな魂を失ってしまうということが、このドラマを描く部分で興味深いと思ったんです。

あなたが指摘した通り、サムとタスカーの二人は互いに芸術家であるという部分が影響しあっていて、元々は自分の考えや感情をオープンに表現し、形にすることができるカップルでありました。ところが、タスカーの若年性認知症が発覚したことで、二人とも、自分の気持ちを相手に隠し、嘘をつくようになった。特にタスカーの選択はそうです。

英語の慣用句に“Elephant in the room”というものがあるでしょう。部屋の中に象がいるのに、誰もその象のことを触れない。まるでいないかのように振舞っている。サムとタスカーはまさにそういう状況になっていて、本当のことを言えない関係性になってしまっているんです」

──若年性認知症という題材を用いることにした理由は?

「ストーリーの着想を得たのは今から5~6年前。絵に描いたような売れない俳優だった僕は、複数のバイトに明け暮れながら人生の選択を見直していました。バイト先の1つで知り合ったある女性ですが、同僚になった直後は社交的で楽しくて素敵な人だったのに、1年が経つ頃には気難しくて怒りっぽい人になっていた。結局、仕事をクビになってしまったんだけど、半年後、偶然彼女を通りで見かけたんです。彼女は車いすに座って、夫に押してもらっていました。後に、彼女が若年性認知症を発症したことを知りました。

つまり、知らないうちに、若年性認知症が進行し、人格が崩壊していく過程の1年に関わっていたことを知りました。同時期、友人の、60歳の誕生日を目前に控えた父親が認知症の専門施設に入所しました。

個人的に身近におきたそのふたつの出来事に心動かされ、それがきっかけとなって、1人の人間として、病気が周囲の人へと及ぼす影響について、もっと知りたいと思ったんです。以前から、死に直面した時、人にはどんな選択肢や権利があるかにも興味があった。これらのテーマを融合させて種を植えて、本作のアイデアを育てていったんです」

同性愛をごく普通なものとして描く映画がまだまだ足りてない

──サム役のコリン・ファースは1984年公開のイギリス映画『アナザー・カントリー』で映画デビューを果たしたのですが、この作品は1930年代のパブリックスクールを舞台に、当時違法とされていた同性の恋愛を描き、同じくパブリックスクールが舞台である『モーリス』(87)と共に日本では大変な人気を博し、ゲイ映画への理解が進んだ側面があります。彼自身は『アナザー・カントリー』ではゲイ役ではありませんでしたが、あれから35年ほど経ち、年齢や芸歴を重ねた彼が表層的ではない、ゲイカップルの深い関係性を演じることは映画史におけるゲイムービーの熟成にも重なるかと思います。今挙げた初期のコリンの映画などは見ていますか?

「面白い質問だね。もちろん僕は今名前が上がった映画が好きだし、見ているよ。自分の作品が、映画史の中のどんな所に位置するのかについては、僕もなんとなく考えたりするから。ただ、自分自身は、『スーパーノヴァ』はゲイ映画とは思って作っていません。もちろんその側面はあるけれど、それ以外のテーマをはらんでいる作品だと思っているんです。僕が映画を作る時に常に心がけているのは、進歩的で、先進的であること。映画であれ何であれ、それが芸術の仕事だと思う。

本作の根底にあるテーマは愛の普遍性。サムとタスカーが経験する出来事を同性カップルの形で描いたけれど、彼らの性的指向は物語自体には無関係としています。性的指向に言及すらしない映画を作って、同性愛をごく自然で普通なものにしたかった。そういう映画がまだまだ足りていないと思ったからなんです」

──監督が今、話されたように、映画でほろりと涙が出たのは、サムの実家に寄ったとき、近隣の友人たちが各々料理を持ち寄って、旧知の間柄のタスカーのことを優しく受け入れている共同体の在り方でした。ゲイカップルであるとかないとか、当たり前のように歓迎している光景には、二人の歩みを見続けてきたこの地方の住民たちの成熟さも感じられてぐっときました。映画では数分の描写ですが、何十年もの歳月が見えるシーンで工夫したことは?

「この作品で僕がやりたかったことは、説明を言葉でしないこと。本当にナチュラルに描くことを心掛けました。其れは背景のインテリアや小道具だけじゃなく、キャラクター同士の間にある歴史の共有もそう描くこと。家族や兄弟、友人たちの成熟した関係性を成立させるには、ディテールに加え、それぞれの俳優たちの演技が必要ですよね。

サムの実家のダイニングルームでみんなで座って食べているだけなんだけど、そこに歴史があるような居心地の良い空気を醸すことは簡単なことではありません。だからこそ、あの場面は上手く行ったんじゃないかと誇らしくも思うし、信憑性のあるシーンになったんじゃないかと思っています。サムとタスカーのカップルには長い歴史があり、その上で家族や友人もまた二人を温かく見つめてきた。そのために複数回、みんなで話し合いしをし、細かく打ち合わせて作った場面なんです」



コリン・ファースとスタンリー・トゥッチのコンビはもちろんこの映画が一番!

──主演二人を選んだ理由は?

「タスカーをスタンリー・トゥッチにお願いしたのは、彼なら死を前にしても生きる楽しさを忘れない人間をごく自然に演じられるから。イギリスに住み着いたアメリカ人“らしさ”を彼がより面白く独創的にしているし、この深刻な作品に対応していて驚くほど巧妙で繊細な演技を披露している。そんな両極の魅力を持った俳優がタスカーを演じるなんて本当にワクワクしたよ。

一方のコリン・ファースはどんな役でも彼が演じると慈悲と共感があふれ出てくる。サムはまさにそんな人で、愛するタスカーのために大きな犠牲を強いられている。そしてこれは慈悲の概念と深く関係している。コリンが演じる人物はどんな役でも慈悲心にあふれている。とても知的で時に激しさや未熟さも見せる。それがサムというキャラクターに本当にぴったりだと思った」

──ちなみに、コリン・ファースとスタンリー・トゥッチは私生活でも親友だそうですけど、監督にとっての二人の演技のベストムービーは? 

「スタンリーに関しては、彼がスコット・キャンベルと共同で監督して、主演も務めている『シェフとギャルソン、リストランテの夜』(1996)。コリンはやっぱりトム・フォードの監督した『シングルマン』(2009)、そして『英国王のスピーチ』(2010)。二人のキャリアを合わせたら素晴らしい作品はたくさんあるし、二人は過去に『謀議』(2001)や『モネ・ゲーム』(2012)で共演しているけど、ふたりのコンビで一番いいのは、この『スーパーノヴァ』でしょう!」

──お二人の演技を見ていて感じいったのは、スタンリー・トゥッチはタスカーの選択する終末の在り方に彼本人が心の底から理解して提示しているように見えるし、コリン・ファースはやっぱり彼自身がタスカーの提案を受け入れられないと固い信念があるようで、役柄と本人の考え方に齟齬がないように見えることです。どのような死の形を選択するか、考え方は色々ありますが、お二人は自身の役の選ぶ考えをどう語っていたのでしょうか?

「もちろん、こういう題材の物語なので、それぞれ、人生の最後をどう選ぶのか、撮影に入る前に、自然と話をしました。特にどちらがどうかということは言いませんが、この作品自体が、人生の終末までの流れに対するディベートは大事な部分でありました。そして僕自身も、撮影の時、この二人がキャラクターを演じているのではなく、まるで一人の人間として感じて、信ぴょう性を持って、ここまで自然に演じたというのは、見ていてとても素晴らしいことでした」

自分のホームについて学ぶためには、旅に出るしかない!

インタビューは6月上旬にオンラインで行いました

──監督は2014年の『Hinterland』でもロードムーヴィーを題材にし、あちらは古い友人の男女がイングランド南西端のコーンウォール地方に旅に出かける物語でした。『スーパーノヴァ』では、寒い時期の湖水地方にキャンピングトレーラーで旅をします。監督が旅を描く理由は?

「僕にとって旅をすることは人生の大きなこと。そして、物語を綴るときに、登場人物をホームである故郷からちょっと違うところに連れていくことに興味があります。違った環境で、インパクトがある経験をすることは重要で、自分のホーム、すなわち故郷について学ぶためには旅に出るしかない!

そして、これまで世界中を回って一番気に入ったのは、今、目の前で話しているからというわけではなく、やっぱり何度も行った日本なんです。この現状でも可能ならば今すぐ京都、金沢、長崎などに足を向けたい。これらの街は美しくて落ち着いた場所で、静謐で、と同時に世界的な都市としても成立していて、その文化に惹かれるんです」

──この映画では、訪ねるのにハイシーズンの夏ではなく、秋の湖水地方を選んだ理由は?

「撮影中はほとんど毎日ひどい天気だったけれど悪天候でなければイングランド旅行じゃない(笑)。だから天候を大いに利用した物語に欠かせない風景だった。息をのむほど美しく、それでいて荒々しい。これぞイギリスの田園風景という風景で、他の場所は考えられなかったんです」

──長い間、俳優としても活躍されていたのですが、『スーパーノヴァ』の成功で、映画監督として非常に才能があることが広く知れわたりましたが、今後、監督業と俳優業のバランスはどうなりそうですか?

「ハハハ。I don’t know.これは贅沢な悩みですよね。今後、オファーが監督だけってことになった場合は、それはそれでいいと思っています。このエンターテイメントの業界って、その人が何をする人なのか、皆さんカテゴライズして、決めたがるところがあるから、人と違うことをすると“ううん?”って思われがちだけど、でも、役者も続けたいし、この作品の製作でしばらく演技をしていなかったから、そろそろ演技をしたいかな、とも思っています」

スーパーノヴァ

コリン・ファース × スタンリー・トゥッチという実力派の俳優がW主演。一流のピアニストと人気作家の長い交際のカップルが、若年性認知症の発症をきっかけにこの先をどう歩むかを模索する姿をロードムーヴィーのスタイルで描く。実生活でも長い友情関係にある主演二人の息の合った演技で見せる、愛情の行方とは?

7月1日(木)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国順次ロードショー公開。

© 2020 British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, Supernova Film Ltd.

 

映画「スーパーノヴァ」公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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