花盛りを決めるのは自分次第!世にも美しいバラを作り出す女性育種家の奮闘記。
THE ROSE MAKER © 2020 ESTRELLA PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – AUVERGNE-RHÔNE-ALPES CINÉMA
初夏に盛りを迎えるバラの花の美しさは得難く、どれだけ人の心を慰めることでしょう。
近隣の公園にはバラ園があり、春、夏、秋と咲き頃を目指して散歩するのが日課になっていますが、その度に、ライナー・マリア・リルケの短い詩「薔薇の内部」を思い出してしまいます。リルケは友人に贈ろうと薔薇の花を摘む折に棘で指を刺し、そこから破傷風で亡くなったという伝説が後世で囁かれるほど、薔薇に没頭した人生でした(実際には諸説あります)。
今回紹介するフランス映画『ローズメイカー 奇跡のバラ』の主人公、エヴもリルケ以上の情熱で、バラに人生を捧げる人。異なった特性を持つバラとバラを掛け合わし、新種を作り上げるバラの育種家という設定です。そこには、生まれ育った境遇も、考え方も違う人間たちがバラを通して、それまでとは違う新しい価値観を共有できるようになるというメッセージが込められています。
また、前の年がダメでも、次の年に美しい花を咲かせられるようになる、つまりは何歳からでもやり直されるという元気あふれる作品でもあります。この知られざる職業に着目し、自ら書いたオリジナルストーリーを映画化したピエール・ピノー監督にお話を伺いました。
●Pierre Pinaud(ピエール・ピノー)
1969年3月30日生まれ。短編映画“Gelée Précoce”(99・原題)で、ベルフォート映画祭観客賞、ヴェリジー映画祭観客賞と審査員特別賞、ブリュッセル映画祭観客賞と脚本賞、ニューヨークG&Lフェスティバル短編映画賞など数々の賞に輝き一躍注目される。その後も短編映画“Les Miettes”(08・原題)がカンヌ映画祭批評家週間に出品され、セザール賞短編映画賞を始めとする数々の賞を受賞する。長編映画初監督作『やさしい語りで』(12)では、Festival de la Réunion でグランプリに輝き、ユニフランス主催マイ・フランス・フィルム・フェスティバルでソーシャル・メディア賞を受賞。その他の作品に、“Le Voyage de Magda”(16・原題)がある。長編映画を手掛けるのは本作が2作目。 ©Philippe QuaisseUniFrance
違った個性が交じり合う。バラの育種と、理想的な社会は似ている。
さっそく、バラの育種家を主人公にしたわけから聞きました。
「この映画はひとりの女性のポートレイトと言える映画です。同時に男性と戦っている女性の映画です。実際にバラの育種は男性社会で、世界で女性のバラの育種家は数人しかいないそうです。エヴは、男性である父親のポストを引き継ぎ、社長として会社を引き継がなければなりませんでした。エヴにとってそれは重荷で、クリエーションと並行して社長として会社を運営しなくてはならない。しかも自分の独立性を保ちながら。それはとても大変なことです。
バラの育種は異なる性質の花と花を掛け合わせることから始まります。フランスは、他の国から見て、まだ多様性のある社会のイメージがあるのではと私は思っています。なので、この映画は異なる社会階級とは言いませんが、異なる世界に生きる人々がお互いに話し合い、理解しあい、助け合えることを示しています」
エヴのバラ農園は大手企業であるラマルゼル社に買収される寸前。本人のこだわりも強いせいもあって、今や社員は助手のヴェラしか残っていないという惨状。万が一買収を免れても、倒産は免れないとヴェラは地元の職業訓練所から格安のギャランティで前科のある若者のフレッド、定職に就けないミドルエイジのサミール、異様に内気な女性のナデージュを雇います。とはいえ、当初はエヴとの関係性がうまういかず、3人は大事なバラの株を枯らすなど、失敗が続きます。どうしてこのような設定にしたのかを聞きました。
「3人の雇用者たちは、社会的な不安定な状況にあって、学歴もろくにない設定です。彼らは社会から疎外されていて、これから社会復帰をしようとしているところです。対するエヴは知識が豊富で、なおかつ社長。そのうえでこの映画は、異なる世界の対話は可能であること、対話を通じて愛情関係が成立することを示しました。エヴは3人と関係性を重ねる中で、今まで自分の中で否定してきた女性的な部分を素直に表に出せるようになります。特にフレッドとの関係において、彼女は母親的な役目となり、優しい感情を出すことが出来るようになります」
フレッド役のラッパー、メラン・オメルタの不良性と傷ついた瞳がポイント。
このフレッドという青年。最初は盗みの常習犯で、なおかつキレやすく、華麗なるバラ農園とはとてもそぐわない乱暴者として登場しますが、徐々に、両親にネグレクトされた過去が明らかになっていきます。大人になっても未だ母親が迎え入れてくれるのではないかと期待する、傷ついた少年性を演じるのはフランスのインディーズ系のラップグループOmerta Muzikの中心的存在であるメラン・オルメタ。ソロラッパー、小説家、ビートメイカー、そしてここ数年は俳優としても知られるようになってきたマルチタスクの人で、雨に打たれ、しょんぼりしている子犬のような瞳がかわいい。日本でも人気が出そうです、というと、ピノー監督も「でしょ!」と即答。
「僕もメランに関しては、この映画を見て、ファンになる人が多いと思いますね。実際、撮影中に彼に恋をした人はいっぱいいました(笑)。彼にはとても男性的な部分と、繊細な感受性が共存してもいます。特にこのフレッド役に関しては、両方の要素が必要でした。実はフレッド役のオーディションでは、映画スターとして知られ、大手のエージェントに所属している75名の若い俳優たちを集めたんです。でも、そこには僕が求めるフレッドの不良性とカミソリのような鋭く切れる感性、何より両親に捨てられた苦しみを洗練された形で出せる人がいなかった。
そこで、まだ知られていない俳優にまで範囲を広げて探しているとき、セザール賞の候補作になった短編を見て、そこで演技をしているメランを見つけたんです。瞬時に素晴らしいと思いました。カメラテストに来てもらいましたが、最初のカメラテストでスタッフ全員、彼ならできると思いました。
2回目のカメラテストで、最終選考に残っていたもう一人の候補者と共にメランに来てもらって、エヴ役のカトリーヌ・フロと演技してもらったら、カトリーヌも『メランがいい』と言ったんです。メラン自身はフランスの偉大なる女優であるカトリーヌ・フロと演技をするのだということを意識していたと思います。ただ、彼自身、ラッパーで、年に何度もライブをして、アルバムを何枚も出しています。カトリーヌ・フロを前にした時、彼は普段と変わらぬ不良的な態度で、どこか暴力的で、実にフレッドそのものでした。大女優を前にしてなんら気負いがなかったんです。私たちは彼のそういうところを気に入りました」
カトリーヌ・フロは嘘や人工的な要素があると、演技ができない人。
そのカトリーヌ・フロさん。家族に疎まれていた主婦が、アルジェリア系の娼婦を助けると決めて変革していく『女はみんな生きている』(01)や、『アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵』での好奇心旺盛な奥様探偵役、『大統領の料理人』で史上初の女性料理人として1980年代に2年間、フランソワ・ミッテラン仏大統領に仕えたダニエル・デルプシュをモデルとして大統領官邸の料理人を演じるなど、行動的な女性像を魅力的に演じる俳優です。観客と地続きにいると思わせてくれる生々しさや、自然な演技がいつも素敵で、エヴも近くに居たらうんざりするような女性だろうなと思いつつ、あのバラ狂いにいつしか共感させられてしまうのが彼女のすごさ。
ピノー監督には、なぜ、彼女の演技にはいつも本音が宿るのか聞きました。
「カトリーヌ・フロは演技の中に人工的な部分や、偽の部分があると演技ができない人なんです。彼女自身、地に足がついた、現実とつながりがあることを必要とします。だから彼女は偽物になってしまうような演技と距離をとることが出来るのでしょう。彼女とは、演技をどういうトーンにするのかを共に工夫しました。彼女は舞台出身ですからコミカルなシーンになると、コミカルな度合いが大きくなる傾向があり、そこは抑えてもらうように演出しました。
この映画には感情的な場面や、感動的なシーンもありますからコミカルなパートと共存しなくてはならない。ファンタシスティックになっても、バーレスク(風刺的喜歌劇)にはなってはいけない。コメディであっても、その度合いが高すぎてはいけない。笑いもあり、感情的でもあり、両方が共存できる工夫を随分しました」
フランスを代表する著名な育種家から学んだことは、知識の中に閉じこもらないこと。
さて、この映画のもう一つの主役は全編、何百と出てくるバラ、バラ、バラ!
みなさんご存じの通り、フランスはナポレオン一世の最初の妻、ジョセフィーヌ皇妃が稀代のバラコレクターで、パリ郊外のマルメゾン城に巨大な温室を作り、世界中のバラ250種ほど集めました。そのバラ園を任された園芸家アンドレ・デュポンが人工授粉の方法を確立して多くのオールド・ローズが生み出し、この技術が現代バラを生み出す礎となったのは有名な話です。エヴはデュポンの系譜に連なるというわけなんですね。
ピノー監督は先程のカトリーヌ・フロの話のあと、「僕も嘘があると演出ができないタイプで彼女と一緒」と話しており、この映画を作るにあたって、多くのバラコレクターの憧れである著名な育種家の協力を全面的に得ています。例えば、エヴの経営する農園は1930年創業のフランスの老舗ブランド、ドリュ社のモンタニー地方にあるバラ園を借りて撮影されています。巨大企業ラマルゼル社はシャトーのような趣で、ハイテク機能の温室にある広大なバラ畑が出てくるのですが、「これはメイアン社をお借りして撮りました」。メイアンは1850年創立の、フランスの園芸育種会社。現在の当主は6代目という老舗ですね。他にもブルターニュ地方の長老、ミシェル・アダンなど、園芸界が驚愕するメンバーの名前が並びます。
「カトリーヌ・フロに交配の技術を教えてくれたのはドリュ社の代表、ジョルジュ・ドリュの夫人です。他にも多くの育種家にどういう仕事をしているのか取材をしました。また、参考にベルギーの育種家のルイ・レンスの伝記も読みました。ある育種家が、他の育種家より、何をして優れているのか、理解したいと思ったからです。取材とリサーチの結果、私が理解したことは、バラの世界の知識を理解していることは重要である。
すなわち、遺伝子はどう伝わるのか、良い父親、良い母親となるバラをどう選んでいくのか。それと同時に、周りの世界に注意しなければならないこと、客の好みを注視して花を作らなければならないことも大切な要素だと知りました。すなわち知識の中に閉じこもっていてはいけないということ。色んな方向に目を配り、新しいことを試すことが必要で、育種家とは既成の道を歩いていてはいけない。自分を絶えず批判して、別のことを試してみなくてはならない。それを彼らから学びました。
映画が完成した後、リオンの街で一度、特別上映を開催しました。リオンはバラの育種業の中心地だからです。見てくれたバラの育種家や栽培農家の方たちは自分たちの仕事が映像化され、映画になったことをとても喜んでいました。というのも普通、彼らは黒子で、バラの花の後ろに隠れた存在だからです。この映画では一年の歳月しか見せていませんが、実際にはコンテストのコンペティション部門に新種の花を出すには、10年もかかることがあります。そういうこともあって、バラの育種家はみなさん謙虚で、忍耐心があって、陰の存在であることに誇りも持っています」
映画の中に差し込まれるジャポネーズに注目!
さて、ここからは映画の余談ですが、監督は日本文化への造詣が深く、この映画の中にもアクセントのように日本のアイテムが出てきます。例えばエヴの愛用する部屋着は着物の羽織。エヴが社運をかけて新種の掛け合わせに選ぶのは、日本の野生種のテリハノイバラ。また、映画を作るにあたっては黒澤明監督の『八月の狂想曲』に一瞬出てくる薔薇に強い印象があったと言います。
「私自身、日本映画がとても好きで、特に小津安二郎は最も心をうつ作品を作った人です。映画を勉強しているとき、日本映画にある日本人の感性、繊細さ、感情の細かさ、ディテールへのこだわり、慎み深さ、それから登場人物の持っているファンタジー、そういうものすべてに心うたれました。また、花の美は、日本文化がとても大切にしているものではないでしょうか。エヴが着物のような部屋着を着ているのは、それ自体、女性的で、芸術的なものだと思ったから。バラの育種家として女性的な着物を着るというのは完璧なものです。同時に彼女には、バラに没頭するあまり、自分をほったらかしにして、流されている部分がある。だから、彼女は部屋着のまま平気で外に出て、庭に出て、農園にも出かける。そこは彼女の中にあるファンタジーな部分との混ざり合いでいいんじゃないかなと思って採用しました。
ほかにもお気づきかもしれませんが、日本的な要素の強い場面があります。前半、ヒョウが突然降ってきて、ビニールの温室の天井を突き破るワンショットの場面です。あそこは、浮世絵でヒョウに襲われる村人を描いたものと、東京の美術館にある、とある屏風にヒントを得て作りました。その屏風には村があって、雲間から村人が見えるのですが、それを温室の中の被害がどれくらいか確認するショットにそのまま引用しています」
ちなみに、前出の監督の発言でバラの女性の育種家は世界で数人しかいないとありましたが、日本映画でも青いバラを開発した、岐阜の河本バラ園の河本純子さんにインスピレーションを得た『ブルーヘブンを君に』が公開されます(こちらはバラの育種家の仕事そのものにフォーカスしたものではなく、シニア世代の夢探しの物語になっています)。』
『ローズメイカー バラの奇跡』を見た後では、フラワーショップで見る花がこの場所に至るまでの歳月について思いを馳せそう。バラを筆頭に、花の良きところは、言葉で言い表せない誰かへの感情を、その一輪で代弁してくれることでしょう。
「私はエヴの慎み深さを表すために、花言葉を利用しました。彼女は孤独に生きてきた人。感情を外に表すのが苦手な人なので、花を使って、花言葉を利用する人にしました」
彼女がフレッドとの関係性で得た繋がりを表すために選んだ花と花言葉はどのようなものなのか。劇場でぜひ、ご確認を。
映画『ローズメイカー 奇跡のバラ』
カトリーヌ・フロ演じる孤高の天才育種家にしてバラ園経営者と3人の素人が縁あってチームを組み、世界屈指のバラ・コンクールに挑む姿を描いた元気が出るドラマ。フランス郊外で、父が遺した小さなバラ園を経営するエヴ。大手企業の猛攻により、倒産寸前のバラ園に、職業訓練所からワケアリの素人がスタッフとして加わることに。しかしながら、エヴにはない必死さで彼らは様々な販路を見つけ、エヴは彼らと世界初となる新種のバラの交配を決め、国際バラ・コンクールに挑むことを決心する。5月28日(金)より全国公開
映画『ローズメイカー 奇跡のバラ』公式サイト