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技能実習生のベトナム人女性3人を描く『海辺の彼女たち』。藤元明緒監督のインビジブル・ピープルへの視線

  • 金原由佳

2021.04.30

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LEEの読者の皆様、初めまして。この度、このサイトで、エンパワメント映画を紹介することになった映画ジャーナリストの金原由佳です。エンパワメント(empowerment)とは、自由公民権運動や先住民運動、フェミニズム運動において、社会的に立場の弱い人たちが、人間としての存在を確立し、持てる力を発揮できるように社会や環境を変えていく考え方として、1960年代から広く使われ始めた言葉です。ここでは、元々の単語の意味である「自信を与えること」「力を付けてやること」をモットーに、見た後に元気になれる映画を紹介していきたいと思います。

私たちの隣にいる「Invisible People」に光を当てる藤元明緒監督

藤元明緒監督

藤元明緒(ふじもと・あきお) /1988年大阪府生れ。大学で心理学・家族社会学を学んだ後、大阪のビジュアルアーツ専門学校へ入学。卒業制作である短編映画『サイケファミリア』が、ドバイ国際映画祭、なら国際映画祭などで上映。長編初監督作『僕の帰る場所』を日本とミャンマーを舞台に5年かけて完成。第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門でワールド・プレミア 上映され、同部門の作品賞と国際交流基金アジアセンター特別賞をW受賞。第二作目となる『海辺の彼女たち』が5月1日から公開される。なお、『僕の帰る場所』は、株式会社E.x.Nより、ミャンマー市民を支援する活動に寄付する目的で、チャリティー公開が決定している。

その記念すべき第一回目にどうしても出てもらいたかったのが藤元明緒監督。長編映画はまだ2本しか発表していませんが、国内外の映画祭で高い評価を得ている人です。デビュー作『僕の帰る場所』では難民申請がおりない在日ミャンマー人家族の葛藤を描き、5月1日から公開の『海辺の彼女たち』は、ベトナムから技能実習生として来日した3人の若い女性の逃亡劇を描いたもの。フィクションの世界であることを忘れさせる、登場人物のリアルな息遣いに毎回、唸ってしまいます。

2018年にカンヌ国際映画祭のコンペ部門で審査員長を務めたケイト・ブランシェットが、世の中に確かに存在するのに、多くの人の目に触れていな人々のことを「インビジブル・ピープル(Invisible People)」と言い、そこに光を当てる映画の重要性を説きましたが、藤元監督はまさに、見えていない人の輪郭を明確にするクリエイター。なぜ、その眼差しを獲得しえたのか聞いてみました。

ミャンマー出身の妻が受けた差別や感情を考えることから始まった企画。

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

──藤元監督は1988年生まれでまだ30代ですけど、ケイト・ブランシェットの語る「インビジブル・ピープル(Invisible People)」の存在に気付けるクリエイターになったのには、何か特別な家庭環境だとか、きっかけはあったのでしょうか?

「いえ、普通の家庭に育って、大学に入るまではバスケット一筋で、映画もほとんど見なければ、ミニシアターに行ったこともなかったんです。大学時代の専攻もファッション心理学でした。卒業後に映像の専門学校の放送学科に入学し、授業の一環として、大阪の九条にあるシネヌーヴォというアートハウスに行きました。そこで初めて映画というのは人の人生について学べるメディアなんだということを認識して、感動し、そこからのめりこんだ感じです」

──河瀨直美さんと同じ専門学校ですよね。

「もうひとつの大きなきっかけはミャンマーの人と結婚したことですね。

妻が日常を過ごす中で受けた差別や、悲しかった事、うまくいかない事を間近で聞き、僕自身にそこを解消できないフラストレーションが溜まり、『海辺の彼女たち』の企画の土台になっていったのだと思います。

──『海辺の彼女たち』は、藤元監督のもとに届いた技能実習生の女性からSOSの声が届いたことにより、物語が出来上がったと聞いていますが、詳しいエピソードを教えてもらえますか?

「一作目の『僕が帰る場所』を公開するとき、在日ミャンマー人の家族を扱った作品なので、在日ミャンマー人に向けてSNSで情報を発信したんですね。するとミャンマーの人からものすごい量のメールが殺到するようになったんです。中にはビザを買えないのかなど違法な問い合わせもあったりして、これはもう、趣味の範囲を超えていると。残念ながらそのSNSは閉じてしまったのですが、その過程で、ミャンマーからの技能実習生から、助けてほしいというメールが届きました。職場において朝から晩まで不当な扱いを受けていて、同僚はみな逃げてしまい、私一人が残っている状態だと。私も逃げたいけれど、どうしたらいいのかわからないと。そこで、ある場所に助けを求めたのですが、その団体と実習生の女性との連絡がうまくいかなくて、しびれを切らした彼女が逃げてしまったんですね。そうなると、オーバーステイになるし、行き先もわからないから、もう助けられない。その後、どうやって暮らしているのか、僕自身、気にかかったし、この先の部分はドキュメンタリーや報道の取材では追いかけられない領域なのかなという思いがあって、だとするとフィクションの映画として、その後の彼女がどう生きたかを作りたいと考えました」

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

──3人の主人公が、最初の実習先から逃げ、フェリーで北国の海辺の漁師町にやってくるところから始まります。技能実習生は、技能の習得、人材作りが目的なので、就労者と扱いが違って、雇い主による給料が最低賃金から始まるケースが少なくないと聞いています。調べによると、2018年の段階で、技能実習生の失踪者は8000人に及ぶそうですね。

「2017、18年で急に失踪者の数が増えたんです。10年前は中国人の技能実習生の数が多く、失踪者も中国人が多かったけど、今はベトナム人が多い。失踪した人の数は目につくんですけど、失踪できない人は数字で出てこない。ベトナムのハノイとホーチミンでオーディションをして、その時、多くの人の話を聞いたのですが、技能実習生が日本で受ける不当な扱いについては、SNSをはじめ、ニュースで出回っているので、日本以上に周知されていると感じました。日本だけでなく、中華圏、シンガポールなどに働きに出る人も多く、国境をこえて働く行為はベトナムでは普遍的なことになっていますね」



自分じゃない誰かのために何かを成し遂げようとしている実習生たち

海辺の彼女たちに出演のフィン・トゥエ・アンさんとクィン・ニューさん

左がアン役のフィン・トゥエ・アンさん。右がニュー役のクィン・ニューさん ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

──リサーチの中で、驚いたことは?

「僕には全くない感覚だなと思ったのは、僕や僕の周りの日本人は、自分のために働く、もしくは自己実現のためや、より良い未来を獲得するために働いている。けれど、ベトナムから技能実習生としての道を選ぶ人に共通しているのは、自分のためではなく、家族のため、親戚のため、つまりは自分じゃない誰かのためになにかを成し遂げようとしている。そういう感覚がマイノリティではなく、多くの皆さんが持っている意識で、そこが全然違うなと思ったんですね。だから、日本に来ている実習生は、自分が何か一つ間違えちゃったり、失敗すると、背負っている家族であったり、親戚も含めて、全ての人の人生がこけてしまう。だから失敗できないという相当な重圧を背負っているんだなと感じました。文字資料として、親のために来ましたとか、読んで知ってはいたんですけど、実際にお話を聞くと、相当の覚悟を持って、来られている方が多いなあと驚きました。そこは、ちょっと僕の中にはなかった部分です。そういう背景をすっ飛ばして、制度が悪い、犯罪をする実習生は悪いと、表層的に判断し、フォーカスすることはあまりよくないなと思っています」

──オーディションで選ばれた3人の女優さんたちの演技が本当に素晴らしくて、逃亡する中、心細くなって泣くとか、行った先の港町で調子が悪くなって、でも、パスポートも保険証もなくて、病院で診療を受けることの敷居がとても高いとか、その感情がとても迫ってきました。みなさん、どういうプロフィールの方ですか?

「ニュー役のクィン・ニューさんはファッションモデルです。赤い服を着ているアン役のフィン・トゥエ・アンさんがこの3人では女優の仕事を精力的にやられて、一番経験が多いですね。途中で体調を崩すフォン役のホアン・フォンさんは農村部で育った人で、オーディション当時はハノイの小さなテレビ局でニュースキャスターの仕事をしていました。今回、彼女たちの過ごす北国の港町や漁場、訪ねる病院などすべて本当の施設と場所を借り、そこに3人の女優さんが飛び込んでいく仕組みにしました。3人が早朝から水揚げの魚の仕分けをする場面が出てきますが、それも撮影のために用意したものではなく、稼働中の仕事場の中に3人を入れさせていただいて、びくびくしながら撮影したものです(笑)。本物に近いシチュエーションの中で、演技をしてもらったので、彼女たちの実感として嘘のないアクションになっていったんじゃないでしょうか」

海辺の彼女たち出演のホアン・フォンさん

体調を崩すフォン役のホアン・フォンさん。ニュースキャスターからの転身で、『Invisible Love』(20/中国/監督:Xiang Guo)では、パリ国際映画祭2021にて俳優賞を受賞するなど、国際的な活躍が期待されている。 ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

──じゃあ、電車で逃げる途中、へたり込むのは、演技じゃなく、本当に疲れちゃったから?

「色んな電車の路線を乗り継ぎ、ずっと地下空間を歩いて、3時間くらいはぶっ続けで撮影していた中、ニューさんがポロっと涙を流したんですね、あそこは別に僕は泣けって言ってない。指示を出して泣いてもらうのはすごく楽しくないし、予定調和のものしか出てこないと思っていて。彼女たちが本当に実感して、出てきた涙や喜怒哀楽の感情を撮らせてもらったなと、すごくありがたい気持ちになりました。冒頭の逃亡で喋らないというのは、ラストシーンにも効いています」

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

──魚の仕分けの作業の中、フォンが体調を崩し、倒れる場面があります。魚を地面に落として、「お客さんの口に入るものだ」とそれは厳しく叱咤されるのですが、目の前で働く体調不良の同僚より、目に見えないお客さんの方が優先されることへの冷淡さが沁みました。こういうことって、社会の中では残念ながらあるなと。

「今の社会で優先されるのは仕事やビジネス的な面。その一方で、ビジネス的な繋がりから外れてしまうと人間関係は脆いものだなということを、あの場面で描きました。ビジネスが最優先とされる社会の中で失っていく人間的なものは何だろうと、そこを考えられる映画であればいいなと考えています」

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

2021年2月のミャンマークーデターで意味合いが変わったデビュー作『僕の帰る場所』

──2018年に公開された前作『僕が帰る場所』についても伺いますが、あの映画ではミャンマーの民主化運動に関わったことがひとつのきっかけとなって国を出て、日本で難民申請をしている家族の話でした。何年経っても市民になれないことに疲弊して、主人公一家のお母さんは幼い子供二人を連れて里帰りを決めますが、父親は戻らないと決断する。2021年、クーデターが起きたことで、ミャンマーの政治と社会が様変わりして、あの映画での父親の選択が今、地続きで胸に迫ってきます。映画そのものは変わっていないのに、社会の情勢の変化で、意味合いが全く変わってしまいましたね。

「まさに今、仰ったシーンは、上映当時、最もインタビューで質問を受けたところです。“なぜ、父親は家族と共にミャンマーに帰らないんだ”と。製作当時は軍政だったので、検閲もあって、具体的な背景は語っていないのですが、公開時は民主化が進み、“今はミャンマーの状況は良くなっているから、この映画は古いよ”とミャンマーの方にも言われていました。ところが、この2021年に、あの場面がとても効いている状況になってしまった。今、あの場面を見ると、父親が故郷に帰れない理由がすごくわかる。それはとても残念なことで、鑑賞する意味あいが全く変わってしまった。逆に言うと、だからこそ、映画としてあの時代のミャンマーの都市の状況や人々の暮らしぶりを映像で残しておいてよかったとすごく思います」

──海外では、藤元監督はケン・ローチや、ダルデンヌ兄弟と比較されることが多いと聞いていますが、個人的にはどういう映画監督に励みをもらっていますか?

「海外の映画祭に行ってよく比較されるのは、是枝裕和監督ですね。確かにケン・ローチ監督や、ダルデンヌ兄弟の名前はよく出ますし、僕自身、ダルデンヌ兄弟の『イゴールの約束』は突出して好きな作品です。他にはルーマニアの『4カ月、3週と2日』のクリスティアン・ムンジウ監督、トルコの『蜂蜜』のセミフ・カプランオール監督も励みになる存在です。『蜂蜜』は特にそうですけど、ただ、ミルクを飲む、森を歩く、それだけで映画になる。自分も、日常的なアクションだけで映画になると思っているし、日常的な親近感が湧く映画は感動が起きやすいです」

──今後、撮りたい題材はありますか?

「『海辺の彼女たち』は日本の中で起きていることを描いていますが、そもそも出国する側はどういう事情を抱えているのか、フォンさんはどういう村で育ったのか、海外に出るという熱量が強い部分を取材して、描いてみたいという気持ちはあります。コロナ禍が落ち着いたら、の話ですが」

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

INFORMATION

『僕の帰る場所』は、株式会社E.x.Nより、ミャンマー市民を支援する活動に寄付する目的で、チャリティー公開が決定。

■大阪 シネ・ヌーヴォ

5/1(土)~5/7(金) 10:00~1週間限定

■富山 ほとり座

5/29(土)、5/30(日) *時間調整中
★映画『海辺の彼女たち』初日に合わせて2日間の特別上映

■長野 上田映劇

6/5(土)~6/18(金) *時間調整中 ★映画『海辺の彼女たち』と同時上映

『海辺の彼女たち』


ベトナムから技能実習生として来た3人の女性たちが、ある夜、意を決して過酷な職場からの脱走する。同胞のブローカーに頼り、辿り着いた場所は雪深い港町。不法就労という状況に怯えながらも、故郷の家族のため懸命に働くが、フォンの体調不良を受け、3人の考えが変わっていく。ベトナム人女性たちの持つ夢と現実のギャップを圧倒的なリアリズムで描いた作品。オーディションで選ばれた3人の女優の息遣いを繊細に撮るため、カメラマンの岸建太朗さんは、雪を踏む音が入り込まないよう、裸足で撮影したという!

2020年開催の第68回サンセバスチャン国際映画祭で新人監督部門に選出、また第33回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門、第42回カイロ国際映画祭インターナショナル・パノラマ部門にも出品

  • 脚本・監督・編集:藤元明緒
  • 出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー他。
  • 5月1日より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。

映画『海辺の彼女たち』本予告


参考文献
久木田純・渡辺文夫編『現代のエスプリ:エンパワーメント』至文堂1998
野島佐由実「エンパワーメントに関する研究の動向と課題」看護研究Vol.26.No.6、1996年
マギー・ハム著・木本貴美子、高橋準監訳『フェミニズム理論事典』明石書房1999年
移住者労働者と連帯するゼンコクネットワーク編『移住者が暮らしやすい社会に変えていく30の方法』合同出版 2012年
毛売敏浩『移民が導く日本の未来』明石出版 2020年

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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