『その扉をたたく音』
瀬尾まいこ ¥1540/集英社
“ぼんくら”にも居場所はある。世の中捨てたもんじゃないと思える感動作
家族を題材とした小説を数多く執筆し、2019年には本屋大賞も受賞している、人気作家の瀬尾まいこさん。そんな彼女の最新作は、一風変わった“ファミリー”や“人とのつながり”を描いた感動の物語だ。
主人公の宮路は一人暮らしで独身の29歳の男性。「ミュージシャンになる」夢を抱いたまま、無職のまま日々を過ごしている。社会に居場所のない自分に焦りを感じる一方で、彼は裕福な実家の出身でもある。いい年齢になっても親に仕送りをしてもらえる身ゆえ、家族に甘える心地よさからも抜け出せずにいた。
そんな宮路はある日、老人ホーム「そよかぜ荘」の余興でギターの演奏を頼まれる。そこで目にしたのは、素晴らしい音色でサックスを吹く、同世代の介護士・渡部(わたべ)だった。「渡部とバンドを組みたい!」という思いから、宮路はホームへ出入りするように。そのうち、おばあさんから買い出し係を命じられ、おじいさんからは音楽講師を頼まれるなど、入居者たちとも顔見知りになっていく。そして肝心の渡部とは、ホーム内で行われる演奏会へ一緒に出演しようと、計画を立て始めることになった――。
入居者から「ぼんくら」とあだ名をつけられるほど、浮世離れ感がきわだつ宮路と、幼い頃から祖母と二人で暮らし、今は介護の仕事に励む渡部の現実的な生き方はあまりにも対照的だ。若い二人が意見をぶつけ合うのも読みどころのひとつ。そのうえで「無職=無力」の劣等感に苛まれていた宮路が、介護の現実を見すぎて疲れていた渡部の心をいつの間にか癒す様は、世の中に無駄な役割の人などいないのだなあ、という気持ちに。
そしてホームの人々と宮路の交流もまた、読み手の心を潤してくれる。血縁関係はないものの、祖父母と孫のような関係になり、お互いに声をかけたり、助けたり、助けられたり……。これも今どきの“家族”かもしれない。登場人物同士の絆を見守りながら、宮路の未来を応援したくなる。殺伐とした気持ちになったときに、ひと息つけるお茶のような、優しいぬくもりを味わえる作品。
『考えごとしたい旅 フィンランドとシナモンロール』
益田ミリ ¥1540/幻冬舎
海外に行くことが遠ざかってしまった今、イラストレーターである著者がフィンランド旅行で食べたことや考えたことに思いを巡らしながら、妄想旅行に耽るにはぴったりの一冊。
さまざまなカフェで食べたシナモンロールやケーキの数々、北欧の街並みやお買い物の写真やイラストが満載。読んでいるうちに自然と著者とともにフィンランドを歩いている気分に。
『ははのれんあい』
窪 美澄 ¥1870/KADOKAWA
優しい性格に惹かれて結婚した夫との間に、3人の子を授かった由紀子。しかし夫との仲には次第にひずみが生じ、離婚をすることに。バラバラになってしまった家族の調整役になったのは、長男の智晴だった。
一緒に暮らす母や弟たちの心を慮りながら、自身の思春期にも向かい合い乗り越える姿に感動が。家族や家庭のあり方を考え直させてくれる長編小説。
『エマニュエル・トッドの思考地図』
【著】エマニュエル・トッド 【訳】大野 舞 ¥1650/筑摩書房
“現代最高の知性”とも呼ばれる、歴史人口学者による日本の読者に向けたメッセージ。過去のデータを基に現代社会の問題点を読み解き、未来の予測を立ててきた人ならでは思考の方法、読書の仕方や、コロナ禍下を生きる思いを語る。
情報が偏りがちな今こそ、賢人の意見から視野を広めてみて。
取材・原文/石井絵里
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