子どもに何を期待していますか?
前回は、子育ての基本セオリー「4つのE」(※)について紹介しました。思い惑ったときに立ち返る子育ての土台のようなものですが、この中で、もっとも忘れやすくて扱いにくいのが、最初のE(expectation 期待する)です。なぜ、期待することが難しいのか? 今回は、その事例を挙げながら、子どもを伸ばすE(expectation)について、考えてみたいと思います。
(※)「4つのE」とは、① expectation (期待する)② education (教育する)③ encouragement (励ます)④ evaluation (評価する)のこと。
Q:息子(小学校3年生)は、ダンス教室に通っています。一年前、仲の良いお友達に誘われて始めたのですが、どうやらみんなのテンポについていけていないようなのです。一人だけ遅れて、周囲に迷惑をかけていることもあります。親としては、どうせやるなら、頑張って上達して(カッコよく踊れるようになって)ほしいと期待しているのですが、一方で、息子にダンスは合っていないのではないかと案じてもいます。本人は、楽しくやっていますが、自分が下手だということは気づいているようです。(37歳 女性)
あなたの「期待」は、明確ですか?
A:息子さんは、自分の意思でダンスを始め、いまも楽しんで続けているのですね。それならば、私には何の問題もないように思えます。一人だけテンポが外れていたとしても、それが周囲に迷惑をかけているとは限りません。心配なのであれば、インストラクターに相談してみてはどうでしょう? 親の目線だけで判断するのは難しく、ときに早計だったりするものです。
それより、私が気になったのは、お母さんの「上達してほしい」という期待です。もちろん、親が子どもに期待するのは自然なこと。お気持ちは、よく分かります。でも、「どうせやるなら頑張って上達してほしい」という期待は、実のところ、何も期待していないに等しいのではないかと思うのです。
一口に「期待する」というけれども、期待には幅があります。どのくらい頑張ってほしいのか。どのレベルまで上達してほしいのか。しかも、「どうせやるなら」という前提は、別にダンスじゃなくてもいいような、どこか後ろ向きな感じを受けてしまいます。
子どもに寄り添った「期待」を
あらためて、考えてみてください。ダンスをすることで、息子さんにどうなってほしいのでしょう?プロのダンサーになってほしいのか。それとも、何かの大会に参加できるくらいまで上達してほしいのか。あるいはダンスを通して友人関係を広げたり、体を動かす面白さを知ってほしいのか。なにより、息子さん自身は、どう思っているのでしょう? ダンスに関してこうしたい、こうなりたいという気持ちを聞いてみたことはありますか?
「4つのE」のメソッドも、最初のExpectation(期待する)の中身次第では、2番目のEducation(教育する)も、3番目の Encouragement(励ます)も違ってきます。ボタンの掛け違えと同じで、間違った期待をすると、教育も励ましも子どもの現実に合わない、ちぐはぐなものになってしまいかねません。
親の「期待」で子どもが潰れないように
親の期待というのは、つくづく取扱注意だと思います。子どもにとって過剰なのは困るし、まったくないのも困る。どこに期待値を設定するかは、とても微妙なバランスの問題なのですね。
私は、「期待」の仕方がとても大切であるということを、娘が通ったNYの小学校で学びました。NYでの教育は、「親の期待で子どもが潰れないように」というのが基本であると感じました。親だけでなく、先生たちがその点に細心の注意を払っているのです。
実際、NYには、高学歴、高収入の家庭が世界中から集まっていますが、子どもの希望や能力を無視して過大な期待をかけられて潰されていくケースを、私もしばしば目にしました。例えば、娘の友達でこんな人がいました。両親が、イェール大とスタンフォード大卒のいわゆるエリートで、娘さんも絶対にどちらかの大学に入れようと、早いうちから期待をかけて、勉強させていたのです。小学1年生のときに書いた作文では、親の指導で、起承転結のしっかりとした大人のような文章を書いていました。作文一つそうでしたから、彼女はその後も、親御さんが敷いたレール通りに勉強一筋の学生時代を過ごしました。でも、結果的には両親の望んだ大学は不合格に。聞くところによると、今では、親子関係も疎遠になっているとか。
親の価値観で、自分の理想を子どもへの期待とすり替えてしまうのは、子どもにとっても親にとっても、辛いことだと思います。
私自身、娘に期待することには、とても慎重でした。例えば、ピアノがそうでした。習い始めの頃こそ楽しそうでしたが、ある時期から、レッスンに行く日になると沈んだ顔を見せるようになったのです。聞くと、どうやら先生(のやり方)と相性が悪いらしい。そもそも娘の希望は「カーペンターズを弾けるようになりたい」ということでした。メソッドに従い定番通りのレッスンを続け、テクニックを上達させることではなかったのです。それは、私の期待でもありませんでした。
そこで私は、彼女の希望に合わせ、新たに「カーペンターズの楽曲を教えてくれる先生」を探しました。娘自身が、自分の中に芽生えたピアノへの興味を育て、音楽を楽しんでくれることを期待して。彼女は、それから高校を卒業するまで、ずっとピアノを習い続けました。
「期待」はいつも最低限からスタートを
思い返すと、私の「期待」は、いつも最低限からスタートしていました。なにしろ、娘を授かったとき、私が子育ての目標にしたのは、「税金が払える人間」に育て上げることだったのです。将来、図抜けた才能で活躍したりお金持ちになることでもなければ、特別な職業に就くことでもない。まして、有名大学への進学でもありません。自立して、税金を納められる人間になって欲しい。それが、私が娘にかけた期待でした。決して高すぎる期待ではありません。だから、本人が望むこと以外、特別なEducationはやらなかったんです。日々、親である私が彼女に寄り添い、サポートすることに徹しました。
ただ、期待は、少しずつ変わっていきました。言い方を換えると、娘の成長とともに期待値を上げたり下げたりして調整していったのです。
日本語学習がその典型です。娘は、日本人なのだから日本語を使えないと将来苦労するだろうと考え、海外でもその学習環境を整えるのに必死でしたが、しかしそれこそが、実は期待過剰だったんですね。普段、英語環境で生活している子どもが、そう簡単に日本語を習得できるはずはありません。実際、娘にとっては日本語を勉強するのがとても苦痛だったのです。それにようやく気づいた私は、ある時期、すっぱり娘に日本語(学習)を期待することはやめました。ただし、日本文化だけは忘れないように、と期待値をそこまで下げて、海外暮らしの中に意識して和食や日本の伝統文化などを取り入れました。
娘は、ハーバード大学に進みましたが、それも、最初から目標に掲げていたのではありません。バンコクのインタースクールの高1時、ディベート大会で優勝したことで、その可能性が現実味を帯びてきたのです。というのも、この優勝がアメリカの有名大学への進学に有利になることは、過去の実績で証明されていたからです。言い換えると、娘にはハーバードに挑戦できるだけの力がついているという判断がついて、初めて、期待が芽生えたのでした。
私はとても現実的な人間です。娘の可能性の中に、もしその能力がないと判断すれば、決して期待にも目標にもしませんでした。
我が子には、どのくらいのキャパシティーがあるのか?
期待は、一方的に親が子どもに望むことではなく、本人の可能性に合わせることが基本だと思います。スポーツの全然できない子どもに、「将来はオリンピック選手に」と期待しても無理なように、親御さんは、自分の子の可能性に目を凝らして見てください。どのくらいのキャパシティがあるのか。このくらいのキャパがあるなら、この程度のことはできるでしょうと、そのくらい期待値は抑え気味でいいと思うのです。
そして、期待値を定めたら、必ず言葉にして子どもに伝える。ここは大切ですね。子どもにとっては、それは目標と同じで、頑張る指標になるのですから。
最後に。先日、親の期待について、同様の話をあるお母さんにしていたら、こんな反応が返ってきました。
「私は、Expectation を忘れていました。期待をしないまま、Education (教育)から始めちゃってる。でも、Expectation って、実はすごい重要なんですね。そこがはっきりしていないから、漠然とした理想を掲げ、そこに到達しないからと言って焦ったりイライラしているのかもしれません。子どもができないからではなく、自分の期待値がわからないために、子どもだけでなく親の私も無理をして苦しんでました」
そうなんです。もう、漠然とした期待で苦しむのはやめましょう。どうか目の前の子どもの思いや可能性をよく見て、お子さんの達成可能な「期待値」を考えてみてください。そうすることで、きっと、あなた自身も楽になれますよ。
構成/鵜飼葉子
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薄井シンシア Cynthia Usui
17年間の専業主婦生活の後、「給食のおばちゃん」からラグジュアリーホテル勤務を経て、現在は大手外資系企業で働きながら、講演活動や出版活動も行う。著書に『ハーバード、イエール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたかママ・シンシアの自力のつく子育て術33』(KADOKAWA)、『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』(KADOKAWA)がある。
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