宮沢氷魚さんの愛する人を見つめる瞳に釘付け! 『his』、今泉力哉監督とのぶっちゃけ対談
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折田千鶴子
2020.01.21
『愛がなんだ』の今泉力哉最新作
以前、当コーナーで『愛がなんだ』の主演・岸井ゆきのさんのインタビューをご紹介させていただき、現在、LEE本誌2月号では『mellow』主演・田中圭さんのインタビューが掲載中です。さらに昨年の本誌10月号では『アイネクライネナハトムジーク』の主演・三浦春馬さんのインタビューをご紹介させていただきました。そして今回は、映画『his』。
さて、その繋がりは……すべて、今泉力哉監督の作品なのでした!! な、なんと……。矢継ぎ早に撮り過ぎですよ~、今泉監督っ。と思わずツッコミたくなるような売れっ子ぶり。でも今回、またも代表作を更新か!?という 傑作を撮られてしまったのですから、スゴイです。
もう、この『his』、滅茶苦茶イイんですよ。大好きです。切なすぎて、思わずブワッと涙が溢れてくるシーンがいくつもあって……。また、主演の宮沢氷魚さんの透明感が素晴らしい!! と前置きが長くなりましたが、遂に今泉監督が登場、そして宮沢氷魚さんとの対談が実現しました!!
――切なくてジンジン胸に来る、ステキな映画でした。でも、氷魚さんがゲイである迅を演じると決める際には、結構な覚悟が必要だったのではありませんか!?
宮沢「今まであまり感じなかった重圧はありました。決定稿前のホン(脚本)をもらった段階で、自分でどう演じるか、どんな現場になるか、全く想像がつかなかったのも初めてでした。しかもその時点では、渚役の藤原季節君の名前しか知らなかったんです。迅にとっては渚がすべてなので、もし苦手なタイプだったらどうしようと、本読みの日まで緊張が止まらなかったんです」
今泉「本当にその通りだよね(笑)」
宮沢「季節君が出演されてきた作品から、ちょっと怖いイメージが強かったので(笑)。本人も怖い人だったら好きになれないかもしれない、と。でも、本読みの日に現れたのは、想像と真逆の人間――腰の低い、丁寧な人でした」
今泉「例えば恋愛映画で、いけ好かない女性が相手役だったら、そっちは大丈夫なもの!?」
宮沢「それも困ります(笑)。好きになれないなって思っちゃったら、(役に)入りにくいですからね(笑)」
今泉「でも、意外によくありそうじゃない?」
宮沢「(笑)……僕、一番苦手なタイプが……(ココは秘密(笑)!!)。まず、人として好きになれるかが重要で。しかも今回は、(役作りとして)一緒に暮らすとも聞いていたので、余計に……。そうしたら、季節君も言ってくれたのですが、“握手をした瞬間、氷魚君だったら大丈夫だと思った”って。僕もまったく同じタイミングで、“この人なら好きになれる”って思ったんです」
今泉「2人とも、結局、すごく真面目なんですよね!」
『his』ってこんな映画 2010年。ベッドで寝ている迅(宮沢氷魚)を渚(藤原季節)がくすぐったり談笑したり、幸せで満ち足りた空気が流れています。そんな中、渚がだしぬけに「別れよっか」と告げます――。それから8年後、30歳の迅は、岐阜県白川町にひとり移住し、孤独ながら近所の猟師らに助けられ、心穏やかに暮らしていました。そこへ、渚が6歳の娘・空を連れて、いきなり現れます。驚き、怒りを感じながらも、迅は離婚調停中だという渚を断固拒むことが出来ません。そうして3人の同居生活が始まるのですが――。
ひたすら温度調整をしていました(今泉)
――今回は、今泉監督が同性愛の映画を撮るとこうなるのか、という納得と同時に、こんな風に撮ったのか、という驚きもありました。今泉色というものを、どんな風に意識しましたか?
今泉「自分の中では、ずっと避けてきたテーマなんです。主題として扱うこと自体が差別的だ、と感じたりもしていたので、わざわざやらなくていいかな、と。これまで、男性同士でも女性同士でも、当たり前のように同性愛の人が普通に登場する映画を作って来ていましたし。だから今回やるからには、今までにないものにしたい、特に本作と“同性愛、親権、裁判”などキーワードが被る、あの有名な映画『チョコレートドーナツ』とは全く違うものにしたい、という気持ちがありました」
今泉「同時に、同性愛をテーマに据えると、どうしても主人公らに“葛藤”があるので感情が激しいシーンが多く存在する。でも自分の基本温度は低いので、何とかいつも通りにそれを保ち、リアリティベースで描こうとしました。だからセリフも極力オーバーにしないように気を付け、アピール感のない状況や空気づくりをして。どんどん削ぎ落としていった感じです。そこは(表現として)強すぎるなど、温度調整をひたすらやっていた感じです」
宮沢「脚本が、無駄が削ぎ落とされ、カットされていったシーンも結構あり、どんどんコンパクトになっていきました。最後は、読んでいてすごく気持ちが良かったです。こんなにクリアになったのか、と」
あわや、氷魚さんのファーストキス!?
――当然ながら、迅と渚のラブシーンもあります。すごくドキドキしました! 同時に胸がジンジン痛いような切ないような……素敵なシーンでした。
宮沢「僕自身が同性愛者じゃないから、どんなに勉強して役に入っても、身近にゲイの友人知人がいたとしても、100%は分かり切れない気持ちがあると思ったんです。だから渚を好きになる過程で、どうしたら好きになれるんだろう、とすごく悩んじゃった時期があって……。多分、やろうと思えば演技はできますが、迅をやるからには、ちゃんと渚を好きになりたかった。その時に、“男である渚”という考えを、まるきり頭から追い出したんです。性別を“人間”に置き換え、好きなポイントを挙げ始めたら、バーッと好きなところが出て来て、“あ、本当に好きかもしれない”という状況に持ってこられました。でも実は、役者として季節君がファーストキスなんです」
今泉「え、本当ですか!? ……あ、役者としてですよね(笑)。焦った~。たまに若い役者さんとご一緒する時、人生のファーストキスを奪ってしまうことがあるので……。でも役者としてのファーストキスというのも、驚きですね。でも、そのドキドキ感が、あのシーンに出ていましたね」
宮沢「8年ぶりに会った渚とのキスは、ずっとしたくても出来なかった行為でもあるし、やっと出来るけど8年ぶりだからぎこちなくていいのかな、と。僕のファーストキスの初々しさや不器用さが、あのシーンには出てもいいんじゃないかな、と自分でも思ったりしました」
今泉「不器用同士のキス、みたいな感じでしたね。実は冒頭の(2人が仲睦まじくイチャイチャする)シーンで、渚に「別れよっか」と言わせるかどうかもギリギリまで悩みに悩んだセリフなんです。脚本でも確か最終稿で追加されたセリフで。編集で最後に決めればいいから、どっちも選べるような撮り方をしたんです」
“これで正しかった?”と迷い続けるべきホン
――冒頭の「別れよっか」という渚の衝撃のセリフがあるからこそ、8年後に渚が現れた時、私たち観客が感じる怒りは増幅されますよね。「ふざけんな、渚! 拒絶しろ、迅!」って思いましたもん。
宮沢「ですよね(笑)」
今泉「あのシーンは、実は役者2人の温度に任せた部分なんです。脚本では、渚はもうちょっと嫌な奴で、嫌な時間が続いてから少しずつ馴染んでいく予定でした。でも、季節がそうは演じられなかった。迅を目の前にしたら、強く当たれなかったんです。もっと拒絶されるような芝居をしてもらうことも出来たけれど、彼の芝居を見て、迅の前では渚は真面目になっちゃう、それが本当なんだなと思い、それで行くことにしたんです」
宮沢「そうだったんですか! 実は僕も本読みの際に監督から、“あ、そのトーンでやるんだ。僕がイメージしていたより、ずっと暗くて静かだ”と言われたことがあったんです」
今泉「全然、覚えていない(笑)。でも僕が頭にあるもので決めてしまうと、役者は生理ではないところで無理して芝居をし始める。だから僕はコントロールするより、役者に寄せていこうとしていて。特にこの作品は、“こういう物語だから、こういう風に演じて、ここへ向かっていこう”って話じゃないので。終わった後でも、“あれでよかったのかな”と、みんなが思っているべきホン(脚本)だと思うんですよね」
――渚の元妻との親権争いが始まり、さらにワーキングママである元妻の事情も分かって来て……と、登場人物に次々と感情移入していってしまいました。
今泉「こういうテーマの場合、女性が悪者になりやすいけれど、そうは描きたくなかったんですよね。そこは、脚本家のアサダさんが非常にこだわった点でもありました」
迅と同じで、氷魚さんも溜め込むタイプ!
――迅の真っ直ぐな瞳、控えめで優しいのに決して渚から決して逸らさない視線が、非常に印象的でした。監督からの指示でした?
宮沢「いえ、監督からの指示ってほとんどなくて。自分でそう演じていた……んですね」
今泉「気持ちがノってないのに、テクニカルな小技でそう見せることが出来る役者さんは結構いらっしゃいますが、自分の好きな役者はそうではなくて。氷魚さんは、相手の感情や出方を真っ直ぐに見て捉えよう、その芝居を受けようとしてくれていた。それってテクニカルとは真逆で、器用じゃないからこそできるお芝居で、発信するのと同じくらい大事だと思うんですよね。迅は常に受け身ですが、歯を磨きながらキスするシーンのあれって、どうですか?」
宮沢「え!? 歯磨き中のキスですか(笑)!?」
今泉「あれ、僕には絶対に書けないシーンなんです。日常で自分が絶対にしないことだから。俺には無理だけど、日常的にできる人がいないと、映画が嘘になっちゃう。でも、すごく自然(演技が)だったから」
宮沢「ああいうのは結構、好きですね」
今泉「だよね。ナチュラルだったもん。距離感が」
宮沢「僕は距離感が近いことに全く抵抗がないし、行動にも出すタイプなので」
今泉「距離感が近い人って、どんなことで喧嘩をするの?」
宮沢「僕は、喧嘩しないんですよ」
今泉「やっぱり迅タイプなんだ。受け入れ、溜め込んでしまうタイプ?」
宮沢「その通りです。溜め込んで、何年かに一度、爆発します。普段はムカつくことがあり、喉元まで出かけても、口には出さない。でも一度爆発し、言い始めたら止まらないですよ」
今泉「なるほど~。劇中で衝突した時の、まくし立てるみたいに責めていたシーンにそれが出ていたのか(笑)!!」
監督が氷魚さんに飄々と突っ込んでくれたりして、とても面白いお話が聞けて感謝です!!
映画は、迅と渚の物語だけではなくて、渚の娘・空が関わってくることで人間の関係性や優しさにも広がりを見せ、色んな人々の想いに胸がキュ~ンとなってしまいます。空ちゃんをめぐる親権争いにも、とんでもない感動の爆弾が仕込まれているので、ご注意を!
人を好きになる、その人と生きたい、という気持ちが痛いほど伝わってくる本作を、是非劇場でご覧いただき、温かい感動の涙を流してください!
写真:齊藤晴香
折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。