誰かと一緒に暮らす幸せを、しみじみ噛みしめたい物語
家族や身の回りの人々との絆を主なテーマに、20年近く小説を発表し続けている瀬尾まいこさん。温かさあふれる作風に、新刊を心待ちにしている人も多いはず。今作『傑作はまだ』で描かれるのも父親と息子の関係だが、これが一ひねりも二ひねりも効いている。
主人公の「俺」は小説家。若くして才能を認められプロになり、50歳になった今では、広い家の中で一人執筆を続ける日々。たまに会う人といえば仕事がらみの編集者ぐらい。ある日そんな「俺」のところに25歳の青年が訪れ、しばらく居候させてほしいという。智と名乗る彼は、実は「俺」がその昔、飲み会で知り合った美月との間に生まれた息子。智が20歳になるまで支払っていた月10万円の養育費と引き換えに送られてくる写真でしか接点のない「幻の家族」だった――。
気がつけば20年以上も外の世界との接触を断ち、まるで引きこもりのような生活を送ってきた「俺」に、容赦なく切り込んでくる智。「俺」の危険すぎる(?)浮世離れ感や、智の遠慮のない物言いはユーモアたっぷりで「どっちが親で、どっちが息子?」と思うほど。軽妙な会話劇を楽しみながら二人の関係性に惹き込まれていってしまう。そして小説家としては順調だと思っていたけれども、実のところはそれなりに行き詰まりも感じていた「俺」。コミュニケーション上手の智に振り回されつつも、仕事以外の世界にも目を向けていく。
家族や地域の人とのかかわりが増える30代、40代。そのにぎやかさ、人間関係から生じる摩擦に、ストレスを感じてしまうのもリアルなところ。時には「煩わしい!」「自分自身の時間に集中したい」と思う場面もあるけれども、「俺」の心の変化を追ううちに、その面倒くささこそが、自分と社会を結びつけてくれるものだと感じそう。また登場人物同士をつなぐのに使われる、お茶やおやつといった食べ物の描写にも心がなごむ。ちょっとユニークな父子関係に思いを馳せつつ、今、自分の生活の中にある小さな幸せに気づかせてくれる中編小説。
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取材・原文/石井絵里
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