映画『サムライマラソン』を青木崇高さんが紐解く! 日本マラソンの発祥を描いたサムライ映画って!?
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折田千鶴子
2019.02.19
海外の有名監督がサムライ&マラソン映画を撮った!
皆さんの中にも、マラソンや駅伝を見始めると止まらなくなる……なんて方も多いのではないでしょうか。あまり深く考えたことはありませんでしたが、日本におけるマラソンの発祥って、何と幕末なんですって!! 何となく驚いてしまう、その“日本マラソン発祥”を拝めてしまう映画『サムライマラソン』がもうすぐ公開に!
ちょん髷結った武士がみんなで走る!? 『超高速 参勤交代』なんて映画もありましたが、競技として侍たちが走るなんて想像できない……。しかも監督は、『不滅の恋/ベートーヴェン』や『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』のバーナード・ローズ監督というから驚きです。でも、そんな大胆な企画だからこそ、主演級の人気俳優がこんなにも多数集結したのかもしれませんね。果たしてどんな映画が出来上がったのか、出演者の一人、青木崇高さんに色々と聞いてみました。
時代劇の様式美とリアリティの融合
――出演を決めた最大の理由は何でしょう。イギリス人監督が撮られるということに驚かれましたか?
「最初はもちろん、海外の監督が時代劇を撮ることに対して、どんなものになるのかという一抹の不安はありましたが、それよりもバーナード監督が、この本(原作は土橋章宏の「幕末まらそん侍」)をどう解釈して撮るのか、ということに対する興味の方がすごく大きかったです。自分がいただいや役をどう演じるかは想像できましたが、どうなるのか想像もつかない作品に関わってみたい、という気持ちもありました。実際の現場では、演出方法にも撮りたい画についても、確固たる信念がある監督だったので、信じてそこについて行った、という感じでした」
――監督の求める世界観はどんなものか、インする前から皆さんで共有されていたのでしょうか?
「監督は“とにかくリアリティのある作品にしたい”とずっとおっしゃっていました。多分、日本の時代劇に対して、監督の頭の中に色んな“???”があったと思うんです。例えば鍔迫り合い(つばぜりあい:打ち合った刀をそのまま押し合いすること)というアクションを、我々日本人は時代劇における一つの緩急としている部分があると思いますが、海外の方から見るとリアリティに欠けると感じる部分がある、など。時代劇における、そういう装飾性を極力排除し、現代の人間の皮膚感覚に近いものを取り入れたいという方向性は常々話されていました。髷(まげ)も実際に長髪にできる人は地毛でいきたいとか、会話もどんどん入れて欲しいとか。海外の人たちが観た際に覚える違和感を取り除いたのかな、と感じました」
――それはまた新鮮ですね!
「 意外とそういう角度からの演出や、監督の価値観から、我々が“あ、確かにそうだよね”と思うところが多々あり、新鮮でした。まさに“日本にペリーがやって来たぞ~”という物語の背景と同じように、“時代劇にバーナード監督がやって来たぞ~”という感じ(笑)。冒頭のシーンから実に絵画的ですし、その世界観を受け入れられたら、かなり楽しんでいただけると思います。僕自身、海外の監督が撮る時代劇である以上、これくらい楽しませてもらえないと、と思いました。日本の時代劇ファンからすると粗削りに感じる部分はあるかもしれませんが、バーナード監督ならではの世界観、エンターテインメント作品になっていて、これで良かったと思っています」
型を守りつつ、“型”を壊せる姿勢
<どんな映画!?>
幕末。安中藩主・板倉勝明(長谷川博己)は、迫る外国の脅威に備えようと、藩士らを鍛えるために十五里(約58キロ)の山道を走る遠足を計画する。だがそれが幕府への反逆を目論んだと捉えられ、藩士らが空になる遠足の間を狙って、刺客が送り込まれる。それに気づいたのは、実は幕府のスパイとして藩に入り込んでいた平凡な武士・唐沢甚内(佐藤健)だった。甚内は暗殺と藩の取り潰しを阻止しようと走り出す――。日本のマラソンの発祥と言われる史実<安政の遠足(あんせいとおあし)>を題材に、<謀反>と間違えられた藩の騒動の顛末を描く。原作の著者・土橋章宏は、「超高速!参勤交代」シリーズの脚本家でもある。
――青木さんが演じられた甚内の上役である植木義邦は、中盤で、あっと驚きの人物であることが明らかになります。マラソンでズルしようとしたり、ちょっとコミカルでもあります。
「僕も、こんな展開が待っているとは、と驚きました(笑)。主役の甚内は、観客の気持ちや目線に沿った語り手でもあるので、植木は甚内より大きなふり幅があった方がいいな、と思いました。最初はうすらぼんやりとごく普通感を出し、走る際もヒーヒーフーフー言うキャラクターとして定着させておき、実は……という瞬間を際立たたせようと。完成した作品を観て、それが中盤で意外に効いているな、と思いました」
――新鮮な演出を受ける中で、今回はどんなことに心を砕いて演じられましたか?
「海外に向けて作られた作品でもありますが、同時にもちろん日本の観客にも広く観ていただきたい作品でもあります。ですから基本は監督の演出に身を委ねつつ、ベースはしっかり責任を持って作っておく、ということでした。時代劇を少なからず経験して来た身としては、所作における基本的なことをきちんとしながら、いつでもその“型”を壊せるようにしておく姿勢です。こんな現場はそうそう経験できることではないので、その瞬間に起きる感情や遣り取りを大切にしつつ、自分としてもいい経験にしたい、と臨みました」
様式美や型からはみ出したリアルファイト
――実際に殺陣のシーンなどは、どのような撮影になりましたか。
「殺陣においても、いわゆる時代劇のそれとは違う、リアルファイトな方向性を監督は好まれました。刀で斬り合うだけでなく、殴り合っても、その場にある石を使ってもいいからリアルに闘え、と。ただ、いわゆるチャンバラ要素をゼロにしてしまっても面白くなくなるので、その加減の調整は丁寧に作りました」
――山形で撮られた山並みや風景も非常に美しかったです。
「地方の限定された場所で、合宿的な感じで撮れたのも、すごく良かったです。それしか考えられない状況になり、みんなでそういう空気を共有できますから。監督は、ざっくり場所だけを確認したら、テストもリハーサルもなくカメラを回される方だったので、すごくフレッシュな画が撮れたと思いますし、“本物の撮影だ~”と撮影の本質が感じられる現場でもありました」
――それにしても豪華なキャストです。人気俳優が一場面だけといった、贅沢な使われた方をしていることにも驚きました!
「そこも、普通の日本映画ではなかなか出来ない“座組み”になったと思います。人気俳優だから目立つところに置こうとか、ネームバリューによって映し方が変わることのない、純粋なキャラクターとしての見え方になっている。本来あるべき撮り方、映り方になっていると思います」
時代劇は自分の価値観を確かめられる
――大河ドラマ「西郷どん」が終わられたばかりですが、近年、青木さんを時代劇でお見掛けする機会が非常に多い気がします。
「大河は期間が長いので、そう思われるのかもしれませんね。もちろん鬘をかぶったり、着物を着たりする時代劇は大好きです。どこか現代に通じる面白さを感じますし、共通する価値観もあると思います。一時期、時代劇の人気が低迷したと言われましたが、今はそれに対する強いカウンターを感じてもいて。だからこそ今、若い人たちも楽しめる時代劇をしっかり作りたいという気持ちもあります」
――何をするにも命がけの時代に生きていたサムライたちの物語って、やはり魅力的ですよね。
「道を譲らなかったら斬られる、なんて時代に生まれなくて本当に良かったなぁとも思いますが(笑)、やっぱりその世界観の魅力は感じます。ただ本作で描かれる幕末という時代は、少し特殊だと思います。だって侍とは言えど、戦をしらないサムライたちですから。そんなサムライたちがどこに価値観を置いていたのか、すごく興味深いです。誇り高い武士でありながら“ひもじい”思いをしていたサムライの時代って、今からたった150、60年前ということも驚きです」
――時代劇を通して、現代の我々とは違う生き方や価値観を経験され、人生の勉強にもなったりしますか?
「世の中の価値観はどんどん変わっていきますが、本作でも描かれているように、家族の愛情、大切な人を思うこと、命の大切さなど、ずっと変わらないものもある。命がけの時代だからこそ、そうしたものの大切さが浮き彫りになる、とも言えると思います。また、所作を含め形骸化していく“様式”も、本当は色んな意味があって成り立っていたりする。それを知ることができる時代劇は、自分の価値観を確かめる上でも有用だと思います」
行きはマラソンだったのに、帰りは戦に変わっていた……という展開の妙が楽しい『サムライマラソン』。“動ける”俳優たちの激しいアクションも存分に楽しめますし、“藩”を救おうとする藩士たちの熱い思い、このマラソン大会に色んな思惑を抱いて挑む多数の武士たちのそれぞれのエピソードも必見です。あの人(俳優)がこんなところに、こんな役で!!など、宝探しの楽しさも満載。是非、劇場に走ってください~。
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。