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『おもひでぽろぽろ』から30年超。ロンドン暮らしの今井美樹さんが守りたい紅花の景色【紅花の守人 いのちを染める】

武田由紀子

1991年に公開された映画『おもひでぽろぽろ』で、主人公のタエ子役を演じた歌手の今井美樹さん。『おもひでぽろぽろ』の舞台になったのが山形の紅花農家でした。今年、再び紅花にまつわる映画が公開されます。紅花を育て、慈しみ守り継ぐ人たちの姿を映したドキュメンタリー映画『紅花の守人  いのちを染める』でナレーションを担当しているのが今井美樹さんです。

現在ロンドン在住の今井さんですが、コロナ禍で延期していた帰国がやっと実現、インタビューを行いました。ナレーションを自宅で録音した思い出やロンドンでの暮らしや花のある生活、紅花栽培の文化にちなんで、自分自身が守りたいものについて話を聞きました。

今井美樹さん プロフィール 1986年シングル『黄昏のモノローグ』で歌手デビュー。『瞳がほほえむから』『PIECE OF MY WISH』『PRIDE』など数々のヒット曲を発表。1991年公開の映画『おもひでぽろぽろ』では主人公・タエ子役の声優で参加

何かを守り続ける意思。継続することで1つの道になる

室町時代にシルクロードから運ばれてきた紅花は、一度は化学染料の台頭によって継承の危機に陥りつつも、山形の農家でひそやかに守り継がれ、現在も数少ない農家によって継承されています。山形の農業遺産とも言える紅花栽培から始まる、紅花の文化。4年に渡りその映像を記録した長編ドキュメンタリーが『紅花の守人 いのちを染める』です。

――30年ぶりに紅花にちなんだ映画『紅花の守人 いのちを染める』でナレーションを担当することになりました。オファーを受けた時は、どのような気持ちでしたか。

「紅花!? タエ子ちゃん~!と思いましたね。『おもひでぽろぽろ』は私というよりも、タエ子ちゃんがストーリーの中で大事な主人公の一人として存在していた作品でした。タエ子ちゃんが、紅花の存在をよりたくさんの人に知らしめてくれたと思うんです。

紅花栽培から染色に至るまで脈々と続いてきた紅花文化、日本が誇るこの美しい文化を継承する物語に関わることができて、誇らしい気持ちです。

30年前、私が『おもひでぽろぽろ』でタエ子役をやらせていただいた時は、なぜ普通のOLだったタエ子が山形に行き、紅花農家の手伝いをしたいと思ったのか実はあまりよく分からないままお手伝いさせていただいたんです。

でも、何かを大切に守り続けるその意思、ルーティンがいかに大切かということですよね。なんとなく続いているのわけではなく、覚悟して継続させて行く。そこから、『だからあなたは何?』『どうしたいの?』と問いかけられる。今の私が49歳という年齢で違う場所に身を置いたからこそ、それがよく分かるようになりました。一つのことを続けていく、あるいは迷ってもやり続けていくことで、それが1つの道になる。どんな道だろうと、進めば後ろに道ができるということなんですよね。やり続けること、歩き続けることって、大事なんだと改めて思いました」

ナレーションは自宅で録音。洗濯機の音を気にしながら家族の物を借りて完成した

――日本にいる映画のスタッフ、ロンドンにいる今井さん。ナレーションの録音はどんな方法で進めていったのでしょうか。

「オンラインで打ち合わせをして、録音はロンドンで一人でやりました。コロナで帰国できない中でしたから、いろいろ工夫しましたよ。実は、録音は自宅でやっているんです、家の中で一番雑音の少ない部屋を選んで。部屋の中で反響する場所を確認しながら、『ここはどう?』『こっちは?』『この場所は乾燥機が回っているからうるさいですか?』と探りながら場所を決めて。

Amazonでマイクを買ったまでは良かったのですがスタンドが無くて。慌ててマイクの説明を読むと、カメラにつけて録音ができるというので家の一眼レフを思い出し、それにマイクをつけてPCスタンドに乗せて録音しました。マイクに風防を被せる・被せないなども試して、どの音が一番いいか監督さんにチェックいただいて、ストッキングも被せたんですよ(笑)。私はストッキングを持っていないので娘に借りて(笑)。1重、2重と試しましたよ。録って送ってを繰り返して、確認しながら進めました」

――とても試行錯誤されたのですね。同じ声の仕事でも『おもひでぽろぽろ』で経験した声優の仕事と、ナレーションの仕事は違いを感じましたか。

「『おもひでぽろぽろ』は、先に私と柳葉敏郎さんの声を録ってからアニメーションを作るというやり方で進めた作品なんです。台本を読んで、絵コンテを作り、それを2Dから3Dにして。登場人物がより生き生きするようにと声を先に入れたんですよね。だから完成したものを見た時、とても感動しました。紅花畑に朝日が上がっていくシーンの美しさには圧倒されましたね、こんな風に仕上がるんだと」

――紅花農家や染色家。それぞれがどのように生活し、紅花を伝えているかを見ると、紅花文化は守られているから続くのだと痛感しました。

「紅花の栽培風景を見ていると、植物や生き物が育っていくことは、天候や場所、時期など、色々な要素が重なりあわないとうまくいかない。その時の状況を見極めてどう調整していくか。オートメーションで作られるものではないから、ひとつひとつがミラクルみたいなものだと思います。

生き物が生きる、生命を維持していくこともイコールだと思うんですよ。厳しい環境の中で、人から守られて生きる。でも守られることにも理由があって、お互いに必要とし合っているからですよね。片方だけのためにやっているわけでもなく、人に大切にされる意味がある。その関係性が素晴らしいと思います」

―-今井さんはロンドンで生活をされていますが、それと何か通じるものはありますか。人に守られていると感じたり、助けてもらっていると感じることは。

「生きていること自体がそうだと感じます。特にロンドンに移住してからは、そう感じることが多いですね。向こうでは一人ではできないことばっかりなんですよ。友人に助けてもらったり、家族で支え合うこともそう。わが家は三人家族なんですが、向こうに行ってからは毎日力を合わせて乗り越えていくのが当たり前になりました。家族の絆は深まったと思います。お互いが頑張ることで助け合うことにもなる。人は一人では生きているわけではない、人に助けられ、守られて生きている。それに対して、すごく感謝しています」

花を慈しみ、飾る生活。自分たちも生き物の一部だと実感する豊かな暮らし

『紅花の守人』では、紅花農家の長瀬さん夫婦、染色家の青木正明さん、染色工房を営む新田さん夫婦、紅染めに欠かせない烏梅(うばい)を作る中西さん兄弟などの実際の作業風景から、守り継ぐことの苦労や喜びを丁寧に描いています。花の色はオレンジですが、染色の度合いによって濃淡も変わり、雰囲気がガラリと変わるのも紅花の魅力です。

―取材したスタジオには、紅花の花や紅で染色した反物があり、嬉しそうに見ていた今井さん。

「紅花って、真っ赤な朱色のイメージでしたが、こんなに多彩な色が出るなんて知りませんでした。染めの回数によってこんなに雰囲気が変わるんですね。今日初めて、知りましたね」

―先ほどは紅花の花束を持って撮影しましたが、ロンドンでの暮らしでは、花を買ったり飾ったりすることはありますか。

「もちろん! あります。向こうに紅花があるかどうかは分からないですが、スコットランドの国花でもあるアザミは一般的ですよね。花屋でもよく見ますし、アレンジメントにもよく入っています。いただいた花の中に、バラとかアザミ、ユーカリがあると、首が折れてクタッとしてしまう前に、ひっくり返してドライフラワーにしちゃうんですよ。色が抜けちゃうこともありますが、それもまた良し、何もない空間でもお花がひとつあるだけでいろどりを加えてくれますよね」

―お花を飾るようになったのは、ロンドンで暮らすようになってからですか。

「ロンドンに移ってからは、家の空間が違うのもありますけど、常に家にお花がありますね。家のそばに魅力的なお花屋さんがあったのもありますが、最近は庭もずいぶん育ってきて、庭に咲いたチューリップとかバラをカットして、花瓶に挿したり。今なら、きっと芍薬がきれいかもしれないですね。庭に咲いた花を飾るって、なんて素敵なんだろうと思って。正直若い頃は興味がなかったです。仕事も忙しく、そんな発想がなかったのですが。花を育てる愛でる、木々に目を奪われるという行為そのものにすごく惹かれますね」

日本ってどんな国? と聞かれても答えられない自分は誰だろう? と問いかける作業でもある

ロンドンに移住して10年。新たな環境での新しい暮らし、そこで気づいたのは日本人としてアイデンティティでした。『紅花の守人 いのちを染める』に関わったことで、その大切さを痛感しつつ、現在の年齢だからこそ感じられることを大切にしていきたいと今井さんは言います。

―ロンドンに移住して変化したことはありますか。例えば、日本人として感じた日本人の良さや、逆に向こうの良さだったりとか。

「日本人としてどう思いますか、と聞かれるのが一番申し訳ない気持ちになります。私は日本人の代表にはなれない。あれも知らない・これも知らないと、たくさんの大事なことを知らずに生きてきたんだと痛感します。紅花もそうですが、そこにあって当たり前というものに気づかずに生きているのが若い時代じゃないですか。そこから離れて、失いかけてから初めて気づくものはありますよね。そういう意味で、これからもっと日本のことを知りたいし、そのきっかけの一つでもあった、この映画に関われたことは本当に嬉しいことです。

向こうの人に、『日本ってどうですか?』と聞かれた時に、スマートに答えられないことが往々にしてあります。端的に説明できない。わかっているつもりが本当はしっかりわかっていない。知ることの大事さを実感します。もちろん、イギリスにも長い歴史があって、それも知っておいた方がいいのは当然ですが。何においても自分のことはもちろん、相手のことも少しでも知っておいた方がいい。いいことばかりだけではなく、目をつぶらなきゃいけないこともあります。光と影を知っていく中で、『じゃあ、自分は何だろう?』という疑問も出てくる。フィードバックから、さらに自分を知ることになるんですよね」

―-なるほど。相手を知ることが自分にも返ってくる。そのためにも柔軟な姿勢で、相手を受け入れることも大切ですね。

「そう考えると、自分と同じではない、逆側のことを受け入れる寛容さが大切です。自分を受け入れて欲しいなら、相手を受け入れることが大事ですよね。私の考えですが、日本人の温かさとか優しさって、特筆すべきものなんですよ。先を考えて配慮する、これは当たり前ではないんです! もちろんその国の文化など、それぞれの素晴らしさがあることが前提でも日本人は優しいですよ。

あと日本は便利だし、安全だし、何よりもコンビニが最高(笑)!  四季があることも素晴らしい。全部含めて、これからもいろいろなことを味わい尽くして生きていきたいと思うんです。ずっと仕事一筋で走り抜けてきたから。でもその時だからこそ走れたし、その時代に走ったことは間違いじゃない。そして今、やっとゆっくり散歩が楽しめる年齢になったからこそ、その景色を味わっていたいと思います」

 

撮影(今井さん)/フルフォード海

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『紅花の守人  いのちを染める』

©映画「紅花の守人」製作委員会

ナレーション:今井美樹

監督 :佐藤広一(「世界一と言われた映画館」)

プロデューサー :髙橋卓也(「よみがえりのレシピ」「無音の叫び声」)

9月3日(土) よりポレポレ東中野他全国ロードショー

https://beni-moribito.com

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武田由紀子

編集者・ライター

Writer Profile

Yukiko Takeda

1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。

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