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飯田りえ

いじめの増加と低年齢化。発達心理学の視点で「親子で取り組むいじめ予防プログラム」を開発した専門家にインタビュー

  • 飯田りえ

2022.01.16

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親子で考えるいじめ予防、イメージ画像あけましておめでとうございます。新しい年を迎え、心新たに。今年も日々の生活の近くにある社会課題を中心に、親子で学ぶきっかけになるような記事を書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ぜひ年初めに、家族や社会全体で考えたいのが子どもをとりまく「いじめ」問題について。毎年10月に小中高学生のいじめの認知件数が発表されますが、令和2年のいじめ件数はコロナ禍で件数的には減少していますが、平成25年からはずっと増加傾向に。(文部科学省:令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導状の諸課題に関する調査結果の概要より

非常に重いテーマではありますが、私自身、これまで学ぶタイミングがなく、正しい知識を持ち合わせていませんでした。しかし、学年が上がるにつれて交友関係も見えにくくなり、学校での姿と家庭での姿が違ってくることも…。これでは、わが子やその周辺やクラスの変化に気づけるだろうか。また、わが子が被害者、加害者、もしくは、近しい友達やクラスがいじめの状況下に陥ったとき、親として、大人としてどう対応すればいいのか、わからずにいました。

そんな中、『親子で取り組むいじめ予防プログラム・Connect Hearts Program』が目白大学、都留文科大学、筑波大学、埼玉学園大学の4人の研究者共同で開発されました。発達心理学の視点からいじめが起きる構造を分析し、それぞれの予防策や初期対応の方法が非常にわかりやすくまとめられていることを知り、またリーフレットは無料でダウンロードできるので家庭で、学校や教育委員会で利用可能とのこと。

いじめが何かしらの対応策があって、予防もしくは、早い段階で解消できるのであれば、これはぜひ知っておきたい。そこで開発者のお一人である、目白大学心理学部准教授の杉本希映先生にお話を伺いました。前後編でお伝えします。

子どもの成長過程では、いじめは誰にでも起こりうること

親子で考えるいじめ予防、いじめ専門家インタビュー

杉本希映先生:筑波大学大学院人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻博士課程修了博士(教育学)。現在、目白大学心理学部 准教授。公認心理師、臨床心理士でもある。主な研究分野は、学校心理学と臨床心理学で、教育現場における問題の予防教育に取り組んでいる。著書・論文に「事例から学ぶ児童・生徒への指導と援助」(ナカニシヤ出版)、「学校で気になる子どものサイン」)「保健室・職員室からの学校安全 事例別病気、けが、緊急事態と危機管理」 (少年写真新聞社)など。

__いじめの認知件数が毎年増加傾向にありますが、先生はどのようにお考えですか?

杉本希映先生(以下、敬称略):いじめ認知件数に関しては年々増加傾向にあります。ただ、調査の取り方も変わってきていて、いじめを積極的に認知し始めた学校が増えてきていたという表れでもあります。もちろん、いじめの件数が少ないに越したことはないのですが、実際にあるものを認知してこなかった過去に比べれば、数値が増えていることを一概に悲観する必要はないと思っています。

__なるほど。そもそも、いじめというのはどのように定義されているのですか?

杉本:いじめ防止対策推進法による定義によると以下のように定義づけられています。

親子で考えるいじめ予防、いじめ専門家インタビュー

特に③を見ていただいても分かりますように、いじめという行為をすることは100%加害者に責任があります。またいじめの構造として「被害の子」と「加害の子」だけでなく、はやし立てる「観衆」と、それを見てみぬふりをする「傍観する子」がいることでいじめは継続し、エスカレートします。その周囲に保護者や先生がいる構造になっています。ここに「仲裁する子」が登場することにより、止めることができます。

親子で考えるいじめ予防、いじめ専門家インタビュー

__当事者は「被害の子」と「加害の子」だけの問題ではないのですね…。いじめはどのような状況で起きるのでしょうか。

杉本:子どもの成長過程ではさまざまな問題や葛藤が生じますので、どの学校でも、どのクラスでも、どの子どもにも残念ながらいじめは起こりうることなのです。そして、この構造の中で人はどんどん入れ替わるので、どの子もどの立場にもなりうるのです。「うちの子に限って、いじめなんて関係ない」と親としては思いたい気持ちもわかります。しかし、被害・加害だけでなく、観衆にも傍観する子にもなりうるわけですから、正しく捉えて早めに対応していく必要があるのです。

__その大前提をまず、大人が持ち合わせておかなくてはなりませんね。

いじめの認知件数と解消率、そのデータを読み解く難しさ

__いじめを積極的に認知している学校とそうでない学校の差は?

杉本:認知件数はあくまでも学校や教育委員会の裁量なので、教員が積極的にいじめを認知するかどうかの意識の差が表れやすいといえます。担任の先生が学校に報告しやすい風通しの良さも、数値としては影響していると思います。

とは言え、学校が認知している件数と、子どもたちが認知している事象との乖離は見られますので、やはり「積極的に認知していく」姿勢は大切です。ですから、件数が多いからといって「学校は何やってるんだ!」と憤慨するのではなく、「正面から向き合っている」という側面があることを、まずは知っておかないとなりません。件数が少ない方がいい、となると、学校現場が対応しなかったり、隠してしまう方向にもなりかねませんので。

__保護者としてもデータを見る目を持っておかなければなりませんね…。

杉本:資料には「いじめの解消率」も発表されていて、7割以上が解消している結果に。「解消」とはいじめに関わる行為が3ヶ月以上止んでいる状態であることで、被害児童が心身の苦痛を感じていないことが条件とされています。いじめに対して学校は何もしていないというような風潮があるように思いますが、いじめに対して真摯に向き合い、対応している先生方がいることも忘れないでほしいと思います。積極的に認知して早めに対応して、解決していくのが理想的ですが、これらの解消率も現実との乖離はあると思うので…。データだけで読み取るのは難しいですね。

いじめの低年齢化の背景には、子どもの忙しさが関係している?

__こういう背景にありながらも、先生が一番懸念している点は?

杉本:小学生のいじめ件数の増加傾向と、暴力行為の低年齢化です。低学年のいじめはわかりやすいので、認知件数が上がりやすいのもありますが、暴力行為が増えているのは、発達心理学の視点から見ると成長のバランスが崩れていることが影響していると考えます。

今の子どもたちは体や知識の成長は非常に早いのですが、心の成長が追いついていない、非常にアンバランスな状態だなぁと、感じています。児童期の子どもたちは自由に、ゆったりまったり過ごす時間が必要なのに、今の子どもたちはその時間がないのです。

__今の子どもたちは忙しいですからね…。いつも何かをしている状態にしがちです。

杉本:発達心理学的には児童期が一番、心が安定している時期で、この間にいろいろ心の成長を獲得しておいてから、思春期を迎えるわけですが、今はその期間が非常に短く、思春期が早く訪れる傾向にあります。子どもたちから「疲れた」「ストレスが溜まっている」という言葉を発するのをよく耳にしますし、子どもたちの未発達な心には、これらの疲労は受け止めきれないので、問題行動として出てしまうという側面もあると思います。

__心を育てる上ではゆったり時間が大事なのですね。

杉本:あと毎日放課後に習い事や予定があると、友達関係が広く浅くなりがち。安定的に一緒にいる親密な仲で、遊んだりケンカをしたり、小さないざこざを経て心が成長するのですが、忙しいとそういう積み重ねが難しい。もちろん、習い事の良さはありますが、時間的なゆとりとのバランスも考えることが大切です。

__子どもの興味のあることはやらせてあげたい!と思っていましたが、時間的なゆとりも同時に考えなくてはなりませんね。

杉本:親子カウンセリングをしていると、放課後習い事でびっしりの子どもたちが非常に多いです。特に、低学年のうちは学校に1日いるだけでも疲れるので、ゆっくりする時間をあえてとる必要があると思いますよ。



保護者には「責務」がある=親子でいじめ予防に取り組む理由

親子で考えるいじめ予防、イメージ画像__そもそも、先生が「親子で取り組むいじめ予防」を研究しようと思われたきっかけは?

杉本:もともと「いじめ予防」は研究テーマとしていましたが、2013年に『いじめ防止対策推進法』が制定されたことです。いじめに関して学校や教員だけでなく「保護者の責務」がしっかりと明記されたことが衝撃的でした。ですが、法律でいきなり「責任が保護者にはありますよ」と明記されていても、保護者は何をどうすればいいのかがわからないのではないかなと。それに、「保護者の責務」があることすら、保護者には知られていません。保護者へのアンケートによると、8割の人が知りませんでしたから。

__恥ずかしながら、私も知りませんでした。あと、それぞれの学校で「いじめ防止基本方針(いじめについて学校の方針をまとめたもの。いわば子ども・保護者と各学校や市区町村の教育委員会との約束。HPで公開されていることが多い)」を策定して公表してなくてはならないそうですが、それも知りませんでした…。

杉本:学校側がいじめに対して熱意を持って取り組んでいれば、保護者にも伝わりやすいと思いますが、「法律だから」「決まりだから作っている」程度では、保護者にもなかなか伝わらないでしょう。あとは、「こんなお知らせあったなぁ」くらいで、真剣に読んでいないという保護者側の意識の問題もあると思います。いざ、身の回りでいじめが起こったときに、いじめということの意識と様々な感情が一気に湧き上がることになります。ですから、いじめがない冷静な時に親子で学んでおく必要があるのです。

__いざ、いじめが起こった時に慌てないように、正しい対応策を心得ておかなくてはなりませんね。

杉本:大きないじめになってしまった後は、本当にみんなが辛い状況に陥るのです。本人はもちろんのこと、保護者もクラスメイトもみんな傷ついて、関係を修復できない状態に。当事者だけでなく、周囲も含めて全体で向き合わないと、ものすごくこじれてしまうのです。誰もが加害の子にも被害の子にもなりうるので、その前の段階で、正しい知識を持った大人がいれば、もう少し歩み寄ることができるのではないかと。理想論かもしれませんが、何もしないよりは、何かできることを考えて動いたほうがいいと、私は思うのです。

__「あの時、行動しておけば…」と後悔することを考えたら、大人としてできることを知っておきたいです。後半で詳しく伺いしたいと思います。

 

いじめという定義や構造自体も曖昧にしか捉えていなかったので、非常に勉強になることばかりでした。とにかく「いじめは100%加害者に責任がある」「被害の子、加害の子だけでなく、聴衆や傍観する子がいていじめが継続しエスカレートする」「親にはいじめ問題に関わる責務がある」ということはここで明確になりました。「理想論かも知りませんが」という先生の言葉に、非常に重みを感じつつも、知らないよりは知っておいた方が確実にいい。では、後半で保護者としての関わり方について、お伺いしたいと思います。

親子で取り組むいじめ予防プログラムのDLはこちら

飯田りえ Rie Iida

ライター

1978年、兵庫県生まれ。女性誌&MOOK編集者を経て上京後、フリーランスに。雑誌・WEBなどで子育てや教育、食や旅などのテーマを中心に編執筆を手がける。「幼少期はとことん家族で遊ぶ!」を信条に、夫とボーイズ2人とアクティブに過ごす日々。

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