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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

いよいよ全国で映画館が再開! 今、見逃せない必見作はコレです!

  • 折田千鶴子

2020.06.07

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一瞬も目が離せない『その手に触れるまで』

いまだ東京はアラートが発動されていますが、ようやく日本も動き出しましたね! 映画館に行けない期間は、本当に長かった!! さて首都圏も含め、ついに映画館が全国的に再開しました! 座席同士を開け、入場者数を半数近くに制限するなど万全を期して再開した今こそ、実はゆったり映画空間を楽しめる格好の時期だとも言えます。

そんな今、是非是非ご覧いただきたい必見作を厳選しました。というのも、宣伝もままならないだろう6月に公開される/公開されたばかりの作品群を眺めると、どれも観て損をしない面白い作品が、なぜか揃っていたりするんです。

そういう意味で、本気の厳選!

まずは、シネフィルや映画ファンには、当代きっての名匠としてお馴染みのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の最新作『その手に触れるまで』から。第72回カンヌ国際映画祭 監督賞を受賞した本作は、“今度はどんな作品で胸を揺さぶりに来るのだろう?”と待ち構える映画ファンの期待を、やはり裏切らない“胸ガクブル映画”です!!

もう、この兄弟監督に関しては、“この監督、好き~”というよりは、“尊敬しています!!”とひれ伏したくなるような、ザックリ心に切り込んでくるスゴイ映画ばかりですが、本作もまた素晴らしいのです!

『その手に触れるまで』
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
2019年/ベルギー=フランス/84 分/配給:ビターズ・エンド
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ/出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウほか
6/12(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

余計な説明を一切付け加えないダルデンヌ兄弟ですから、最初こそ、いつも通り戸惑います。それが後になってどんどん効いてくるのが乙! 本作も例に漏れず、13歳少年アメッドの言動に、「へ?なんで?」と戸惑ってしまいます。

アメッドは、どうやら一人の若いイスラム指導者(イマーム)に強烈に感化され、熱心に礼拝に通いつめているようです。ある日、放課後クラス(ベルギーの教育補助システム)でアメッドは、“大人のムスリムは女性に触らない!”とイネス先生との握手を拒みます。さらに例のイマームから「イネス先生の教育は冒涜的だ、排除すべき」とそそのかされ、アメッドはナイフを片手に、イネス先生の家に押しかけるのですが――。

 ごく普通の少年だったらしいアメッドが、なぜ薄っぺらそうな若いイマームを妄信するのか? 釈然としない疑問を抱えながら、目を見開いて驚きの展開を見つめるうち……両親の関係、親への反抗心、少年特有の純粋な潔癖主義、極端に振れる刹那的な衝動、感受性が過敏に揺れる年代で出会ったイマーム……等々、いろんなことが頭をよぎります。

果たして罪を犯した少年アメッドの考え、気持ちを変えることはできるのでしょうか。緊迫したサスペンスを観ているかのように、ハラハラと息を詰め、頑ななアメッドの表情から一瞬たりとも目がそらせません。

少年院の更生プログラムでの出来事や出会いを通し、妄信してきた信仰心と本来の“人間らしさ”の間で揺れ動くアメッドの心模様は、最後の最後まで容易く分かるものではありません。だからこそ、ラストシーンは驚きであるとともに、最高潮に鼓動がはやり、深く心に何かが差し込んでくるのです。少年の成長過程における、家族でさえ理解を超えた心の変遷や変化は、とても他人事とは思えず、リアルに胸に突き刺さってくるかのよう。でも、そこには一抹の優しさと希望の温もりがちゃんと添えられているのです。

観終えてなお、その後の展開を思い描かずにいられず、ぐるぐる色んな懊悩が頭に渦巻くような、いつまでも終わらない物語――。やっぱり映画はこうでなくっちゃ!! これ1作で10作分以上の濃密な時間をお約束します!

 

究極の“映画らしい”歓びに震える『凱里ブルース』

映画館という暗闇での鑑賞に飢えている今こそ、この“映画観てるぞ的なゾクゾクする快感”に多くの方が溺れ得るハズ……。そう確信しておススメしたいのが、この処女作にして世界に飛び出したビー・ガン監督による『凱里ブルース』です。

私はどこへ連れて行かれるのだろう……さすらうような、たゆたうような、怖さと悦びがないまぜになった110分。完全に“観て理解”するのではなく、“映像に乗って感じる”べき映画。映画らしい映画体験を渇望される方に、お勧めしたいのです。

『凱里ブルース』
© Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms
2015年/中国/110分/配給: リアリーライクフィルムズ+ドリームキッド
監督・脚本:ビー・ガン/出演:チェン・ヨンゾン/ヅァオ・ダクィン/ルオ・フェイヤン/シエ・リクサン/ルナ・クオックほか
6月6日(土)より渋谷 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

舞台はエキゾチックな亜熱帯、貴州省の凱里市。元ヤクザのチャンは服役した後、今は小さな診療所に勤務し、老齢の女医くらいしか交流もなく、虚ろな日々を送っています。可愛がっていた甥が何者かに連れ去られてしまったチェンは、甥を探し出すため、また女医の昔の恋人に思い出の品を届けるため、旅に出るのですが――。

2人を探しに出たチェンの旅は、しかしなぜか夢幻の世界に入り込んでいくような、時間の観念も超えてしまうような、どこか不思議で詩情あふれた道行きになっていきます。乗り合いバスのような車に乗り、バイクにまたがり、船で川を渡ったり、どこへ向かっているのか、時に来た道を戻っていたり、「???」となりつつ、湿って艶々とした緑の山間に流れる濃緑の川に目は吸い寄せられ、流れるラジオのニュースを含む音声や映るもの全てに、何か深い意味を読みたくなってしまいます。……言うなれば、行間だらけの物語

カッコつけずに正直に言ってしまうと、意味が分からず、ふっと眠気が差す瞬間もありました(笑)。でも、それも含めて(含めていいのか⁉)、どうしようもなく心くすぐられ、魅入られてしまう感覚に包まれるのです。理屈でなく“これぞ映画”という映像体験、無上の歓びや興奮が体を突き抜ける陶酔感に酔いしれる作品なのです。

若干26歳で本作を撮った中国の新鋭ビー・ガン監督は、この後『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』で、世界中から更なる注目を浴びました。全編ワンカットで話題になりましたが、本作も実は後半、40分以上をノー・カットで流れるようにカメラが夢幻の境地に誘います。

ちなみにスイス・ロカルノ国際映画祭新進監督賞と特別賞、フランス・ナント三大陸映画祭グランプリ、台湾の金馬奨最優秀新人監督賞など、各国の映画祭で多数の賞を受賞している本作。おうち生活という日常から離れた“非日常”に没入したい今こそ、是非ともこの“映画らしい映画”体験を味わってください!

 

『お名前はアドルフ?』で知的に大爆笑を!

次なるおすすめ作は、ヨーロッパ各地で大成功を収めた舞台を映画化した『お名前はアドルフ?』です。なるほど、映画のメインカットも演劇的な空気が漂っていますよね。そして映画も見事ドイツで150万人を動員するという、スーパーヒットを飛ばしました。元が舞台であるだけに、練りつくされた丁々発止のやりとりがたまらない会話劇で、知的に爆笑させてくれる大人のためのエンターテインメントの快作です。

タイトルからご想像どおり“アドルフ”とは、ある意味、今でも禁忌である“アドルフ・ヒトラー”のこと。本作のテーマは、一生ついてまわる<名前>にまつわる、<名づけ>なのです。

『お名前はアドルフ?』
© 2018 Constantin Film Produktion GmbH
2018/ドイツ/91分/配給:セテラ・インターナショナル
監督:ゼーンケ・ヴォルトマン
出演:フロリアン・ダーヴィト・フィッツ、クリストフ=マリア・ヘルプスト、ユストゥス・フォン・ドホナーニ、カロリーネ・ペータースほか
6月6日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

豪奢な家に暮らす哲学者で文学教授のシュテファンと国語教師エリザベトの夫婦が、エリザベトの弟トーマスと出産間際の恋人、そして夫婦の幼馴染の音楽家レネをディナーに招きます。最初に到着したトーマスは、シュテファンとエリザベトに「子供の名前を“アドルフ”に決めた」とは得意げに発表します。2人は唖然とし、「気は確かか!?」「とんでもない!」と激論を始めるのですが……。

エリザベトがスパイスの調合から手掛けるインド料理の数々、高級ワインなど、美味しそうなお料理を目のおかずに、後から到着するトーマスの恋人やレネを交え、歴史、政治、宗教、芸術などあらゆる分野を巻き込んで激論はますます熱くなっていきます。エリザベト、シュテファン、トーマスの3人が繰り広げていた会話を知らないからこそ、後から来た2人の、誤解を受けたまま進む会話やその空回りが、さらに話をややこしくして……それがまた最高なんです。

気取ったインテリたちが激昂する中で、つい漏らす本音や本性、その“ちっちぇ~人間性”(人間ですもの、実は誰もがそうですが!)、焦って取り繕おうとして墓穴を掘る姿など、観ている私たちはもう抱腹絶倒!

そしてデザートになる頃には、大論争は“秘密の大暴露大会”と化し、家族の秘密に互いに阿鼻叫喚するのです(笑)! もう可笑しいの、なんのって。中には“その暴露には引くわ~”なんてものも含まれたりするのですが、なんだかんだ言って家族の絆を改めて確かめて感じる展開で、なんとも気持ちのいい後味なのです。女性としては、“だよね!”とさらにスカッとする後味も。はてさて肝心の、生まれてくる子供の名前はどうなるのか⁉

是非、劇場で爆笑しながら大人のお楽しみを堪能してください!

 



一体彼は何者⁉ ヒューマン・サスペンス『ルース・エドガー』

そして最後は、衝撃的な『ルース・エドガー』です。キャストがかなり豪華なので、この作品だけは、ポスタービジュアルにしてみました。主人公の高校生ルース・エドガーを演じるのは、ケルヴィン・ハリソン・Jr.という絶賛売り出し中の次世代スターですが、周りを固めるのはナオミ・ワッツ、ティム・ロス、オクタヴィア・スペンサーという芸達者。みなオスカー・ノミネーをはじめ数々の賞を受賞している実力者たちなので、実に見応えのある、試されているような“怖い”人間ドラマかつサスペンスに仕上がっています。

『ルース・エドガー』
© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
2019年/アメリカ110分/配給:キノフィルムズ/東京テアトル
監督・製作・共同脚本: ジュリアス・オナー
出演: ナオミ・ワッツ  オクタヴィア・スペンサー  ケルヴィン・ハリソン・Jr.  ティム・ロス
6月5日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中

米バージニア州アーリントンで、白人の養父母エイミー(ワッツ)とピーター(ロス)と暮らす17歳の高校生ルース・エドガーは、文武両道の模範的な優等生です。会話はウィットに富み、陸上部で活躍する彼は、様々なルーツを持つ生徒たちみなから慕われています。ところが、ある課題のレポート内容から、女性教師ウィルソン(スペンサー)は彼の内面や思想に危ういものを感じるのです。そしてその疑念を両親に伝えるのですが――。

戦火の国で生まれ、7歳でアメリカに渡り、発音が難しい昔の名前を捨て、“ルース”という新しい名前を養父母から与えられた彼は、幼少時に戦場へ駆り出されるという悲惨なトラウマを克服したハズでした。そういった衝撃の過去や、恋人に対する態度など、ルースの中に潜んでいた歪んだ人間性が少しずつ明らかになっていくのですが、もう、どんな風にルースを眺めたらいいのか、怖いような祈るような複雑な感情にさいなまされます。

ナオミ・ワッツ扮する母親の、息子を信じたいあまり極端な守りに入る姿勢にイライラしつつ、でも、それも分からないでもないような気がしたり。

そもそも新たな名前を与えて養子に迎えるという善行は、彼本来の名前=アイデンティティさえも押し付けてしまったということなのだろうか、優等生というレッテルを周りみんなで押し付けてきたゆえに生じた歪みなのだろうか……等々、いろんなことを感じさせられ、考えさせられ、悶々となってしまうような、いやぁ、怖いけれどガン見せずにはいられない、面白い映画なんです。

観終えてすぐ、「あれってさ、こういうことだよね!?」と誰かとガンガンに話をしたくなる映画でもあるので、お友達や恋人、旦那様などと一緒に観ることをお勧めしたいタイプの作品でもあります。

 

以上4本、すでに公開が始まっている/迫っている作品ばかりですが、久々の映画館体験を盛り上げてくれること間違いなしの作品です。ぜひ、楽しんできてください!

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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