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武田由紀子

富山の新たな魅力を発見! 不登校の少女の成長を優しく描く、映画『もみの家』坂本欣弘監督インタビュー

  • 武田由紀子

2020.04.01

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みなさんは“富山”と聞いて、どんなイメージがありますか? 北アルプスに囲まれた大自然、ホタルイカやブリが有名、女優の柴田理恵さん、室井滋さん……などを想像する人は多いと思います。

そんなみんなが知る今までの富山のイメージとは一味違う、新たな富山の美しさを切り取った映画『もみの家』が、現在公開されています。舞台になっているのは、富山県西部に220k㎡に渡って広がる砺波平野の散居村。(散居村とは、民家が散らばって点在している集落を言います)。監督は、富山出身で現在も富山を拠点に活動している坂本欣弘(よしひろ)監督です。

『もみの家』で主人公・彩花を演じる南沙良さんと、支援施設『もみの家』の佐藤演じる緒形直人さん

かくいう私も富山出身で、本作を見た時に「こんな富山を描いてくれる作品が見たかった!」「不登校・引きこもりがテーマの一つにありながら、ここまで控えめに心地よく描いているのが素晴らしい!」と、とても感動しました。早速、監督にインタビューをオファーし、作品に込めたメッセージ、映画作りへの思いをインタビューしてきました。

人の温かさがより感じられる、富山のローカルを舞台に

—-『もみの家』を拝見して、今までスクリーンでは見ることはなかった“等身大の富山の魅力”“滋味深くもあたたかな人間同士の育み”を感じることができ、感動しました。本作のテーマは、学校に行けなくなった少女の成長物語でもありますが、なぜ富山の散居村を舞台にされたのでしょうか?

「今回は、砺波平野の散居村にある東屋の更生施設が舞台です。富山の雄大な自然や風景の美しさはもちろん知っていますが、僕の意識はローカルな方に向いています。その理由は、そこに溢れる人の温かさや人間関係を描くことを重視しているからです。力強い風景に負けない、細やかな人間関係を描くために、ローカルな人の温かさを感じられる場所を選んでいます。そこをチョイスするのが、自分にしかできない富山の描き方だと思います」

坂本欣弘監督。1986年、富山県出身。大学在学中に、岩井俊二監督が主宰するplay worksにシナリオの陪審員として参加。デビュー作『真白の恋』(2017)も富山が舞台になっている

不登校・引きこもり、そこから一歩踏み出した後のストーリー

—-“不登校”“引きこもり”は、社会問題でもあります。本作の主人公である16歳の彩花は、ささいなことをきっかけに学校に行けなくなってしまい、半年間の不登校を経て、自立を手助けする施設『もみの家』へとやって来ます。センシティブなテーマでもありますが、描く上で気をつけていたことはありますか?

「不登校・引きこもりを主題にするなら、『もみの家』に来る前を描かなくちゃいけない。そこをあえて描かずに、施設に来るところから描いているのは、そこから一歩進んでいるということなんです。映画を見た人の中には、『この話は“もみの家”じゃなくても良かったんじゃないか。他の場所でも成立したんじゃないか?』という人もいましたが、僕的にはそう思ってくれたことが、してやったりでもあって。

『もみの家』に来ることが正解ではなくて、どんな生活をするのか、誰と生活するのか、どういう人と付き合うかが、人を変えていく原動力になる。『もみの家』は手段の一つでしかない、それを描きたかったんです。テーマの一つに不登校・ひきこもりはあるものの、あえてそこに重きを置かない作りになるよう気をつけました」

登校の16歳・彩花を演じる南沙良さん。『幼な子われらに生まれ』の演技が印象的でオファーしたそう。うつろいながら成長する彩花を繊細に演じている

本作が遺作となった佐々木すみ江さん。圧倒的な演技にも注目!

—-主人公・彩花役の南沙良さんの演技も素晴らしかったですね。言葉少なに、複雑な16歳を繊細に演じていました。彩花が交流を深める、ハナエおばあちゃん役を演じた佐々木すみ江さんは、昨年2月に亡くなられ、本作が遺作となりました。劇中でも、愛情と思慮深さがにじみ出る演技が印象的でした。

「すみ江さんとは、初めてお会いした時に、映画のことや戦争のこと、いろいろお話しさせてもらいました。現場でも、すごく元気でパワフルな方でしたね。すみ江さんがお亡くなりになったニュースを聞いたのは、車の中でテレビを見ていた時でした。とてもショックでしたが、死は、ある日突然来るんだと改めて感じました。最後にご一緒できて、本当に幸せでした」


本作が遺作となった佐々木すみ江さん。劇中では、地元の愛情豊かなハナエおばあちゃんを好演している

地元に親を残してきている人がハッとさせられる、あるシーン

—-ハナエおばあちゃんのシーンでは、実家に両親を残している30代・40代の私たちがハッとしてしまう場面がいくつもありました。子供を気遣って入院していることを黙っていること、おばあちゃんが亡くなった後、お葬式で「母がご迷惑をおかけしていたかもしれません」と話す息子の姿。これらのシーンを描くことで、家族との関わり方の難しさ、会って顔を合わせることの大事さを痛感しました。

「あのシーンは、脚本家の北川亜矢子さんが入れてくれました。この映画で一番伝えたかったことは、人はいつかいなくなってしまう、だからいつもちゃんと心を開いて話をしようということです。今は元気な家族やまわりの友達も、もしかしたら明日亡くなってしまうかもしれない。そんな時、ギクシャクした人間関係だったり、些細なことですれ違っているんだとしたら、亡くなった後に後悔してしまう。日々、後悔しないよう生きることの大切さを感じてもらえたら嬉しいです」


撮影は、2018年5月から翌年4月まで行われた。年3回しか雪が降らなかった中で、貴重な1日が撮影と重なり撮影できた奇跡のシーン

僕の映画を見て、「あと少し生きてみよう」と思ってくれたら

—-すみ江さんが亡くられた時に「なぜ映画を作るんだろう?」と考えていたそうです。その答えが映画作りのルーツにあった「自分の生きた証を作りたい」ことにつながったそうですね。

「20歳の頃、何の仕事をしようか考えた時に、後世に残るもの、自分が生きた証を残せるような仕事がいいと思いました。例えば、本作の主題歌に“羊毛とおはな”の曲を使ったり(ボーカリストの千葉はなさんが2015年に急逝)、偶然が重なってすみ江さんのことがあったり。いろいろな人の思いが、後世に続けばいいと思っています。昔よく言っていたんですけど、明日自殺しようとする人がいて、福井の東尋坊に向かっている道中に入った蕎麦屋で金曜ロードショーが流れていて、僕の映画を見る。それがきっかけで、『明日、もう少しだけ生きてみてもいいかも』と思ってくれる作品が作れたら満足だし、作って良かったと思えるはずです」

撮影は1年かけて行われた。季節ごとの農作業を、四季の変化とともに体感することができる

20歳で見た映画『スワロウテイル』が、映画界を目指すきっかけに

—-大学時代は、プロバスケットボール選手を目指していた坂本監督。今年1月に急逝したNBAのコービー・ブライアントの死に、ショックを受けたと言います。バスケットボール選手を目指しながら、映画の道へとシフトしていった理由も、自分の生き方を問う大きな決断だったと言います。

「大学当時は、バスケットボール選手を目指していました。僕が行っていた大学からはトップリーグに行く人も多かったんですが、リーグに行っても活躍できなかったり、28・29歳で現役生活も終わりになってしまう。その後は、サラリーマンか大学のコーチになるか。そんな先輩たちは、とてもつまらなさそうに見えました。僕のスキルを考えると、プロバスケの世界でトップになれる身体能力もなかったので、自分の可能性に線を引きました。

そこで、偶然見た映画『スワロウテイル』(岩井俊二監督)に感動して、自分が死んでも後に残るような作品が作りたいと思いました。映画を見た2週間後に、『市川崑物語』を撮っている岩井監督の出待ちをしました。“何か仕事をさせてください”とお願いして、岩井さんが主宰するプロジェクトplay worksのシナリオの陪審員として参加したのが最初でしたね」


現在33歳の坂本監督。これからも富山で映画制作を続けていくそう



生きること、人と向き合うことの大切さを描く映画

監督自身が“人生をどう生きるか”に向き合った結果が、映画監督の道を切り開いてきたんですね! 映画『もみの家』も同じで、不登校や引きこもりになってしまった時も、周りが慌てずに、本人が自分自身と向き合い、自分で一歩を踏み出すことが大事だと感じます。そのために、あえて削ぎ落とした環境や人間関係の中で過ごすことで問題がシンプルに明確になってくるとも言えます。

子供、自分、親、3世代のつながりの大切さを感じ、身近にいる人を大事にしたくなる映画『もみの家』を、ぜひ映画館でチェックしてみてください。そして、富山の新たな魅力も感じてください!

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『もみの家』
監督:坂本欣弘
出演:南 沙良、緒形直人、田中美里、中村 蒼、渡辺真起子、二階堂 智、佐々木すみ江
www.mominoie.jp
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開中

©「もみの家」製作委員会
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武田由紀子 Yukiko Takeda

編集者・ライター

1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。

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