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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

“禁断の恋”の煩悶と行方に、驚きと感動が山盛り!   『あなたの名前を呼べたなら』監督インタビュー

  • 折田千鶴子

2019.07.31

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タブーに切り込んだ恋愛映画

LEE本誌9月号でもご紹介しますが、おススメの映画『あなたの名前を呼べたなら』は、女性なら色んな思いを沸々と感じずにはいられない、そして主人公2人の思いが心の襞にそっと入り込んでくるような、とっても繊細で素敵な恋愛映画です。

でも、その恋は、禁断! 日本人は思わず、「え~っ、何で禁断!?」と驚いてしまいますが、インドでは“あり得ない恋愛関係”なのですって!!

現代インドに色濃く残る慣習、男女や夫婦/家族の関係性、そして普通の人々の意識や感覚などが非常に興味深く、それについて頭ではなく心で色々と感じながら知ることができるのも、本作の大きな魅力です。

来日されたロヘナ・ゲラ監督に、その辺りも含めて色々と聞いてみました!

ロヘナ・ゲラ監督
1973年、プネー(インド南西部)生まれ。
米・スタンフォード大学で学士号、及びサラ・ローレンス大学で修士号を取得。96年、パラマウント・ピクチャーズでキャリアをスタートさせ、助監督、脚本家、製作/監督などの経験を積む。国連財団からインドでの自然保護キャンペーンの顧問に招待されるなど、多岐にわたる活動を行っている。本作が長編映画初監督作。
© Macha Kassian-Bonnet

農村出身の若き未亡人ラトナは、経済発展著しい大都会ムンバイで、建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭に住み込みのメイドとして雇われます。ところが挙式直前に婚約者の浮気で破談となり、アシュヴィンはその豪奢なマンションに一人で帰って来ます。ラトナは傷心のアシュヴィンを静かに気遣いながら、身の回りの世話をするように。ある日、ファッションデザイナーを夢見るラトナが、暇な時間に近くの洋品店で働きたいとアシュヴィンに申し出たことを機に、2人は親しく言葉を交わすようになるのですが――。

 

恋は相手の世界における視点をもたらす

 

『あなたの名前を呼べたなら』
監督:ロヘナ・ゲラ 出演:ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバルほか
2018年/インド、フランス/配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://anatanonamae-movie.com/
©2017 Inkpot Films Private Limited, India
8月2日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

――まず、基本的な知識として知りたいのですが、2人の階層の違いや、メイドという仕事はカースト上、どの階級かなどは決まっているのですか?

「いえ、カーストは全く関係ないんです。単にその人が置かれている状況に対するもの(差別)なのです。最低層のカーストに属する人でもメイドという仕事に就くことはできますが、ラトナの場合は農村の農家出身です。カーストとは関係なく、田舎から大都市に出て来て働こうとしても、低賃金の仕事にしか就くことができず、見下されてしまう層が出来てしまったというのも、現代の大きな問題なんです」

――そういう社会問題を炙り出すために、“禁断の恋”を上手く用いてタブーに斬り込む、という意図があったのですね。

「もちろん“愛の力”というものをすごく映画にしたかったのですが、同時に階級・階層に関する問題が小さな頃からずっと気になり続けていたので、違う階級におけるラブストーリーを描くことで、何か変化を起こせるのではないかと考えました。人間って恋をすると、自分の視点だけではなく、ごく自然に相手の世界における視点をも同時に持つことができるものだと思うからです」

さて、2人の身分違いの恋は、実るのでしょうか――。

 

 

 

ささやかな瞬間の積み重ね

――本作はボリウッドのようなド派手な作品と一線を画すのはもちろんですが、激情が迸るような恋愛映画ではありません。それなのに終始、2人の心の揺れや動きに引き付けられます。脚本を書かれる際にどのような狙いと、その効果をもたらすために心を砕いたのか、あるいは現場ではどのような演出を施したのでしょうか。

「物書きは、つい技巧を見せたくなってしまう瞬間があるのですが、とにかく今回はそれを絶対しないように心がけました。マンションという一つ屋根の下で、2人の人生が少しずつ触れ合っていく展開なので、常に誠実であることを心がけました。ドラマチックになりそうなシーンでも、彼らのキャラクターではあり得ないな、と思い直してカットしていく作業もしました。こういうことなら起こり得るだろう、というものを探り探り作っていく作業でした」

© Inkpot Films

「いかにシンプルにしていくか、真実に迫れるかということを、非常に大事にしました。2人とも気持ちを言葉で伝えられないので、台詞も非常に少ない。ですから台詞ではなく、役者の演技や醸し出すムードのようなものに頼ったともいえます。そのため、ほぼ順撮りで撮りました。ささやかな瞬間の積み重ねによって関係性が築かれていく、それを役者自身が感じながら、自然に自分たちの気持ちが前に進んでいく、ということができたのだと思います」

最初、アシュヴィンは傷心だったこともあり、ラトナのことを単に世話をしてくれる人、いえ人格を持つ人というよりもロボット扱いというか、目も合わせず機械的に「**しておいてくれ」という感じでした。

ところがラトナに夢があることを知り、“実は、こんなに気遣ってくれていた、こんなに聡明な人なのか”と気づき、少しずつ会話を交わすようになります。ほんの少しずつ増えていく会話や目が合う瞬間など、本当に微かな変化にほんのり心が色づいていくような、静かなドキドキにくすぐったさを覚えます!!

アメリカ留学帰りのアシュヴィンの、穏やかで遠慮がちな優しさ、嫌味のないハンサムぶりに萌える女性、続出のハズです!!

 



19歳で未亡人になったラトナの運命は――

――富裕層と低所得者層の対比だけではなく、ラトナを未亡人という設定にしたのは、別の思惑や理由があったのでしょうか。

「まずは、田舎から都会に出て来る理由づけのため未亡人にした、という大きな理由があります。というのもインドはまだまだ父権主義が強いので、女性は結婚するまでは父の家で、結婚後は夫の家で、というのが普通です。でも夫を亡くし、そこに居場所がなくなった彼女は、自分の食い扶持を稼ぐ実用的な選択として都会に働きに出て来なければならない。加えて19歳という若さで人生を諦めなければならないのか、という人生の意味を考えるきっかけになる、というのも理由の一つです」

「別にルールではないのですが、インドでは未亡人になると、一生、亡き夫に忠誠を誓わなければならない、という暗黙の圧力があるのです。社会が見ているからとか、家族が恥ずかしい思いをしないためなど色んな理由がありますが、非常に生きづらい。妻を亡くした男性は、すぐに再婚する人が多いのですが……」

© Inkpot Films

「また、ラトナはそもそも結婚に夢を託していたわけではなく、結婚させられたのでしょうね。だから逆に未亡人になった後、自分の中の“ファッション・デザイナーになりたい”という思いをハッキリ意識したのかもしれません。それにより、人間的に深みが増したとも思いますし、より聡明になったとも思います。アシュヴィンがラトナの過去を聞いた時、互いに何らかの形でパートナーを失っている、という共通点に気づき通じ合う部分も生まれる、という狙いもありました」

 

背景には現代インドの社会問題

――ラトナが日々身にまとうサリーや、サリーとコーディネートしたインナーなど、とても色鮮やかで素敵なインドらしいファッションも楽しかったです。でも、ラトナがいかにも高価そうでお洒落なブティックに入った時、すぐに追い出されてしまうのに驚きました。日本人には、別の人との差が容易には区別できないのですが。

「あれこそ、ひどい階級差別主義が端的に表れたシーンです。インド人から見ると、ラトナのすごくシンプルな髪の結い方、身に付けているサリーの生地や素材――ラトナは安い化繊のサリーなんです――靴や歩き方など、金持ち層とは一目瞭然で違うと分かってしまうんです」

カーストに根差した差別ではなく、低所得者層に対して日常的に行われる差別です。ラトナのような“国内移民”というのも、現代インドの社会状況をよく表しています」

経済発展に反し、農業という産業自体が弱くなり、大勢が田舎から都会へと仕事を求めて出るようになりましたが、賃金が安いために大都会で暮らすにはスラムのようなところにしか住めずにいる人が増え、逆に格差が開いてしまった。ブラジルのリオのように、富裕層との雲泥の格差ができてしまった地域が、インドにも広がってきているのです」

 

若者を中心に変化の兆し

――そういう色んなタブーに切り込んだ本作は、インドではどのように受け止められたのですか?

「実は本作のようなインディーズ系の小作品は、なかなか公開が難しく、必死で公開に向けて動いているところです。ただご覧いただく機会のあったインドの人たちの感想や反応は、年齢と深い関係があります。若い世代は、こうした問題の存在をみな知っていて、それが受容されてしまっていることが問題だ、誰も疑問に思わないことが問題なんだ、もっと話し合うべきだと思う人たちが多いので、非常に好意的に応援してくれます」

「オランダでは大使が観に来てくださって、是非インドで公開するべきだ、と強く励ましてくれました。でも、もっと年配の男性は“すべてのタブーを壊せと言うのか!!”と批判的なことをおっしゃる方が多い。でも、そういう居心地の悪さを感じることから、変化が始まる兆しだと思って、公開できるように頑張りたいと思います!」

© Inkpot Films

監督自身は、何人かのメイドや乳母に世話をされるような裕福な環境で育ったそうです。その後、アメリカに留学され、パリなどでの生活も経て、小さな頃から抱えていた“何かおかしい”という思いを確固たるものにし、その思いが結実したのが本作、というのも素晴らしいですよね。

本作は監督デビュー作にして、カンヌ国際映画祭の批評家週間コンペティション部門で、GAN基金賞を受賞しています。

でも私たち日本人は、インドの現在の状況に驚いてしまいますが、衝撃的なことが……。なんと世界経済フォーラムが発表した<ジェンダーギャップ指数2018>で、インド108位に対して、日本は110位と、さらに女性の地位は下回っているんです!!

私たちの中で当たり前、仕方のないこと、と受容してしまっている理不尽は、本当はものすごくあるんだな、と胸がザワザワしませんか!?

さて、気を取り直して映画に戻ります。本作は、もちろん“禁断”発の“好きになってはいけない!!”という苦悩や懊悩もたっぷり味わえますが、なにか本当にしっとりと、目には見えない心と心が近づいていく過程が、ジワジワ感じられて、ジンジン胸をいい具合に締め付けてくれるのです。

豪奢なマンションの間取りや内装やインテリアを観るのも楽しいですし、ラトナがアシュヴィンのやめに作るお料理の数々も楽しい、ライム水なる飲み物にも興味津々、かつすぐに作れそう!

色んなお楽しみと感動と、恋の切なさとドキドキ、タブーへの斬り込みなど監督の熱い思いが詰まった美味なる一作。是非、劇場で楽しんでください!

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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