LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

少女は母を買えるのか?!/日本人がフィリピンで撮った伊映画『ブランカとギター弾き』  長谷井宏紀監督&主演女優サイデル・ガブデロちゃんに直撃!!

  • 折田千鶴子

2017.07.25

この記事をクリップする

ちょっと切なく、心温まるステキな映画

  LEE本誌8月号カルチャーナビのCINEMAコーナー(紹介したい作品がたくさんあって、毎月2本選ぶのに苦悩している、と再三書いてきましたが)でも、思わず大枠でご紹介した大のお気に入り映画『ブランカとギター弾き』俳優の浅野忠信さんも大絶賛の本作です。

映画の場面写真からも、あるいは映画を観てさえも、まさか日本人監督が撮ったとは、いい意味で思えないのですが、なんとコレ、日本人として初めてヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭の全額出資を得て、つまりイタリア資本で長谷井宏紀監督が、フィリピンを舞台にして撮った映画なのです。

ちょっぴり切ないけれど、ほんのり幸せを運んでくれる映画。主演女優のサイデル・ガブテロちゃんが来日し、監督と一緒にインタビューに応えてくれるというので、早速、行ってきました!

 

左:サイデル・ガブテロ
2004年生まれ。YouTubeに歌う動画を投稿し、本作のプロデューサーに見出され、本作で女優に初挑戦。現在、フィリピン国内でミュージカルに出演するなど、女優、歌手として活動中。
右:長谷井宏紀
岡山県出身。映画監督・写真家。09年、短編映画『GODOG』でエミール・クストリッツァ監督主催のセルビアの映画祭にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではそのクストリッツア監督と共演。12年、短編映画『Luha sa Disyerto(砂漠の涙)』をフィリピンで撮る。本作で長編監督デビュー。現在は東京を拠点に活動中。

お母さんと来日した13歳のサイデルちゃんは、ブランカ役のお転婆なイメージとは少し違って、女の子らしく優しい雰囲気の女の子。長谷井監督は、掘りが深くて濃い顔系のハンサム、かつ率直な物言いが気持ちのよいカッコ良さでした!

詳しい映画紹介は本誌をお読みいただくとして、ここでは2人のインタビューを中心にご紹介したいと思います。

――盲目のギター弾きのおじいさんと、お金を稼ぐために旅に出る、ブランカという女の子の、どんな点に魅力を感じて演じましたか?

サイデル「ブランカは、とってもポジティブでどんなことがあっても諦めない子。そこが魅力。お転婆なところは、私と違うけれど、歌を歌うのが好きという点は、私と似ています。ただ環境は全く違う。だって私には両親も兄弟もいるし、安心して眠れる家もあるもの。ブランカは両親がいないだけじゃなく、誰からも気に掛けてもらえない、可哀そうな立場なの」

 

『ブランカとギター弾き』
監督・脚本:長谷井宏紀 出演:サイデル・ガブテロ、ピーター・ミラリほか
2015年 /イタリア  ⓒ2015-ALL Rights Reserved Dorje Film
シネスイッチ銀座ほかにて7月29日(土)より全国順次ロードショー。

 

――路上でスリをして暮らすブランカが、セレブが養子をもらうニュースをTVで見かけ、「そうか。お金があれば私もお母さんが買えるのか!」と思い込みます。監督は、その“お母さんを買う”というアイディアを、マニラのスラム街“スモーキーマウンテン”での経験から発想を得たそうですね。

長谷井「いわゆる人間がいらないと捨てたゴミ、消費したものが集まる場所であるゴミ山のスラム街スモーキーマウンテンで、一生懸命に働いている子供たちに会ったとき、何かすごいな、と感動したんですよ。同時に、今の社会って終わりなく生産し続けているけど、我々人間は、なぜお金のために時間を費やして生産し続け、消費し続けなければいけないのか、と考えたんですよね。その時に、そんな場所で生きている子供が、お母さんを“お金で”買うという発想を持ったら、すごく面白い問いかけになるな、と思ったんですよね」

 

最後に観客の気持ちを上げたい

――その思いついたアイディアを、脚本として書いていく過程において、どのような苦労をされましたか?

長谷井「アイディアと、そこに込めたコンセプトさえ見つかれば、脚本を書き進めるのは意外と僕は楽なんですよね。コンセプトを見つけるまでが大変で。ただ、ストーリーの構成を作っているときに、コンセプトが壊れちゃうことがあって、そうなると行ったり来たりの作業が長引くんですが……」

長谷井「でも書きながら、常に僕の心にあるのは、観客とどんなフィーリングをシェアしたいか、ということ。例えば本作も厳しい環境で生きる子供の話ですが、ネガティブに落とし込むことはしたくない。最後に観る人の気持ちを上げるような作品にしたい、ということだけは大事にしたいんです」

 

この映画を撮る前の2年間、『アンダー・グラウンド』で知られる巨匠エミール・クストリッツァの元で暮らしていた長谷井監督。「あの2年は、森を歩いて、プールで泳いで、料理して、サウナに入って、星空を眺めていました。本当に何もしない僕を、エミールはよく面倒見てくれましたよね(笑)。だから本作は、彼への恩返しでもあるんです」

 

人を動かすのは、情熱!

――今、監督はとてもにこやかですが、現場では、どんな監督でしたか?!

サイデル「最初の頃、やるべきことがあったのに私ができなくて、既に夜の時間帯だったのですが、とっても怒られたことがあったんです。あの時は、本当にすごく怖かった(笑)!」

長谷井「3日目だね。あの時は、サイデルにではなくて、スタッフに本当にマッドなくらいに怒ったね。ただ現場では一度、怒ったところを見せた方がいいかな、と思ったのもあったんだけど……ごめんね、サイデルに対しては悪かったなぁ、と思ってるんだよ(笑)。以後は助監督のマリネットが怒ってくれるようになったお陰で、僕は怒らずに済むようになったけど。そのマリネットも一度、本気で怒って、“この現場なんか辞める!”と走って逃げたことがあって、僕が必死で追いかけて抱きしめて、“ごめん!”みたいなこともあったなぁ(笑)」

――情熱的な現場ですね!

サイデル「普段のコーキは優しくて、“やってごらん、絶対に出来るよ。自分を信じなきゃダメだよ”と言い続けてくれた言葉が、心に残っています」

長谷井「みんなぶつかり合いながら、理解し合っていく、確かに情熱的な現場だった(笑)。ラップパーティ(クランクアップ直後、スタッフ・キャストみなで祝う会、らしい)の挨拶で、マリネットが「フリーランスが集まる現場って、割に流すことが多いけれど、本作の現場だけは流せなかった。そんなことは過去に1度だけ(フィリピンの巨匠との現場だけ)だった。またコーキと仕事をしたい」と、最高の誉め言葉をくれたんです。それが何より嬉しくて……。やっぱり人を動かすのはパッションだなぁ、と思いましたね」

 

 

映画はイニシエーション

――サイデルさんも本作で女優に踏み出し、長谷井監督も長編初監督作となりました。今後の活動を、どう考えていますか?

サイデル「本作を通して、本当にたくさんのことを経験させてもらいました。自分と違うキャラクターになれる演技は、とても楽しくて、まるで遊んでいるような感覚でした。歌うことと同様、演技もお気に入りの一つですが、まだ趣味的なものとして続けている感じです……。どこかで未来に繋がっていくかもしれないな……とも思ってもいるけれど、ハッキリとはまだ分からないの」

長谷井「僕にとって映画は、イニシエーションだと思っていて。映画館という船にお客さんが乗りに来る。ライトが消えて、光が灯って旅が始まるんですよ。そうしてメインキャスト、本作ではブランカの中に入って、みんなそこから世界を見る。彼女がくぐっていく道のりを、その大きな船が旅をしていくわけです。最後にたどり着いた場所で、何かを――感動等々をもらえる旅。って、アレ、俺、偉そうなこと言ってる(笑)!?」

 

長谷井「今回、日本で取材を受ける中で、何度も“なぜ社会的弱者を主人公にしたのか”と聞かれたんです。でもお金やモノを持たない者を“弱者”と呼ぶことに違和感があって。お金や物質を持つ人は強い人なのかなぁ、それはおかしいぞ、と。仕事が忙しすぎて人と関わる時間がない、子供と居る時間がない、夫婦間で愛し合う時間がない人こそ、弱者じゃないかな。僕がストリートで見た人たちは、ネガティブなものもたくさんあるけれど、愛や誇りがあった。そういうものを大切にした方がいい、という気持ちも映画に少し込めてるんです」

 

長谷井「社会から“弱者”というレッテルを貼られたストリートキッズたちは、自分たちが前向きなパワーを持っていることを表現するツールを持っていない。でも僕はそれを持っている。だから彼らと映画を作るという作業は、すごくやり甲斐を感じるんです。これからもチャンスがあれば、色んな国で、そんなシチュエーションで生きている子供たちの映画を作っていきたいんです。彼らに敬意をこめて。あ、もちろん日本でも映画を撮りたいですよ!」

――では、最後に、LEE Webの読者に、素敵な『ブランカとギター弾き』をアピールしてください!

長谷井「みなさんも、会社でも家でも日々タフなことが色々ある中で過ごされていると思います。でも本作は、とってもタフな場所で生きている少女ブランカが、勇気をもって一歩を踏み出す。彼女が逞しく、何かを乗り越えていく、そうして彼女がたどり着いた一つの愛の姿に共感していただけたら、嬉しいです」

サイデル「コーキと仕事をして楽しくて、いい映画ができて本当に嬉しいです!」

最後に「でも、本当に温かい気持ちをもらえた映画でしたよ!」と伝えたら、監督は「たまに“いいもの”を作ってバランスを取ってるだよ。普段の俺は、路上で飲んだくれてるだけのただの兄ちゃんだからさ」と、照れ笑い(う~ん、本気かも⁉)していました!

皆さんもぜひ、映画館という船に乗って、ブランカとギター弾きのお爺さんの旅路を楽しんでくださいね!

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる