巧みな芸と熱いスピリットで、歌舞伎界を盛り上げている尾上右近さん。最近では大河ドラマ「豊臣兄弟!」に足利義昭役で出演し、ますます注目を集めています。
そんな右近さんの自主公演「研の會」がこの秋、10回目にしていよいよ最後となります。歌舞伎俳優の自主公演のなかでも人気の高い右近さんの自主公演。”FINAL”にかける思いを伺いました。

KABUKI actor
「自主公演を始めようとしている23歳の右近くんへ」
過去の自分への手紙に思いを込めて
歌舞伎俳優・尾上右近さんといえば、今もっとも注目される花形歌舞伎俳優のひとり。そんな右近さんの自主公演「研の會」が、今年秋の第十回公演をもってファイナルとなります。
歌舞伎の「自主公演」って?
「自主公演」というのは、歌舞伎俳優が自ら興業主となって行う公演のこと。
若手の俳優にとっては、まだ勤めることができない大役を経験できる研鑽の場となるため、積極的に取り組む人がいる一方、劇場の手配から共演者へのオファーまで、すべてを俳優自身が取り仕切らなければならないので、手間がかかってめちゃくちゃたいへん! 劇場をいっぱいにしなければ……というプレッシャーもあります。よほどの熱意がなければ続けられません。
右近さんは23歳だった2015年に自主公演「研の會」をスタートし、コロナ禍も経ながら続けてきました。
「先輩たちから『自主公演をやるなら10回は続けないと』って言われていたんです。実際、『亀治郎の会』(市川猿之助さんが亀治郎時代にやっていた自主公演)や、『挑む』(尾上松也さんの自主公演)も10回なさっています。続けてこそ、わかってくることがあるんですよね。僕も自主公演を通して、普段どれだけの人に支えられて舞台に立っているのかよくわかりました」
大切にしてきた公演のファイナルだけに思い入れも強く、大勢の取材陣が集まった記者発表は、自主公演を始めた23歳の自分にあてた手紙を読み上げるところから始まりました。
そこに綴られていたのは、どうしようもない不安に押しつぶされそうになっていた当時の心境。それでも第一歩を踏み出し、10回続けてきたことが「今の自分にとってかけがえのない自信になっている」という昔の自分への感謝でした。手紙を朗読しながら、「やばい、泣きそう!」と時折、声をつまらせて涙ぐむ場面も。右近さんの熱い思いに感動し、LEEのスタッフも思わずもらい泣きしてしまったのでした……!!
「昨日の夜、記者発表でどんなことを話そうかと考えていたんです。そうしたら眠れなくなっちゃって。いつも通りの質疑応答でもいいけれど、年齢と経験を重ねて徐々に責任ある立場になってくると、その立場らしい振る舞いになっちゃう気がしたんですね。でも、それだと『研の會』らしくない。ちょっと恥ずかしいけれど、もっとありのままの自分、むきだしの自分をお見せするのがこの会らしいなと思ったんです。それで手紙を書きました」

大人になると、自分で宿題を作らなきゃいけなくなる。与えられる宿題のほうがずっと楽
振り返れば、さまざまな勇気あるチャレンジがありました。2022年には舞踊劇『かさね』で文楽人形と共演、2025年には『盲目の弟』では世話物を超えたリアルな芝居にも挑みました。その経験が大きな糧になっているといいます。
「学生の頃って、宿題がない人生ってどんなに楽しいだろうって思うじゃないですか。でも大人になると、自分で宿題を作らなきゃいけなくなる。与えられる宿題のほうがずっと楽だったと気づくんですよね。『研の會』を通じて、それを感じましたし、自主公演をしたことで人間的な成長をしたという感じがすごくしています」

KABUKI actor
『藝阿呆』『鷺娘』『春興鏡獅子』とハードな舞踊を3演目
オリンピックに臨むくらいの気持ち
9月に大阪・国立文楽劇場、10月に東京・明治座と2カ月にわたって過去最大規模で開催する「研の會」FINAL。右近さんが選んだのは、踊りを得意とする彼らしく『藝阿呆』『鷺娘』『春興鏡獅子』と舞踊ばかりの3演目。どれも大役です。
それぞれの演目について右近さんにききました。

『藝阿呆(げいあほう)』
「まず『藝阿呆』は、タイトル通り、芸の道をがむしゃらに生きる男たちの泥臭い物語を舞踊にした作品です。子どもの頃、(十八世中村)勘三郎さんが踊ったのを拝見して、とても印象に残っているんですね。いい踊り手って、体からその音楽が鳴っていたり、セリフが聴こえてくるような踊り手だと思うんですけれど、勘三郎さんがまさにそうでした。音楽に合わせて踊っているだけなのに、体から音楽が鳴っているように見えたんですね。僕もそんなふうに踊れたらいいなと思っています。芸の鍛錬とか修行は辛いけれど、結局、言いたいことは”夢中”っていうこと。夢中だから、辛いことも楽しいという、つまり藝阿呆ってことです(笑)」
義太夫に竹本織太夫、三味線に竹澤團七という大先輩の力を借りての舞踊、楽しみでしかありません。
『鷺娘(さぎむすめ)』
続いて『鷺娘』。大ヒット映画『国宝』にも出てきた女方を代表する舞踊で、右近さんにとっては意外にも今回が初演となります。
「流行りにのっかることも歌舞伎の伝統のひとつなので、僕も積極的に流行りにのっかっていこうと思います(笑)。鷺娘は、人間に恋した鷺の精が、人間に姿を変えて一途な恋心を踊るという作品。最後は遂げられない思いに苦しんで果てるのですが、鷺の精が死ぬパターンと死なないパターンがあります。僕はどっちでもないことをやりたくて、とにかく派手に終わりたいと思っているので期待してください」。
『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』
そして最後を飾るのが、今や右近さんの十八番となりつつある『春興鏡獅子』。将軍の前で踊りを披露する小姓・弥生が、獅子頭を手にすると、獅子の精が乗り移ってしまうというストーリーで、娘らしい気品ある踊りの前半、獅子らしい勇猛な踊りの後半と、対称的な踊りを一人で踊り分ける舞踊の大役です。右近さんの曾祖父・六世尾上菊五郎の当たり役でもありました。
「『鏡獅子』は子どもの頃からの憧れの演目。第一回『研の會』でもさせていただいて、最後もやっぱり『鏡獅子』で締めくくりたいとずっと思っていました。1回目のときは、実力がまったく足りなくて悔しいことばかりでしたけれど、FINAL公演では成長したところをお見せできるのではないかと思います。
本公演ではできないこともやりたいですね。最後200回くらい毛を振るとか(笑)。『いつまでやるんだ!?』って演奏家さんたちに嫌われて険悪な雰囲気で終わるかもしれません(笑)」


それにしてもひとつだけでも激しく体力を消耗そうな踊りを3つそろえるとは!? しかも昼夜1日二回公演。体力おばけにもほどがあります。
「前後のスケジュールに余裕があるので、全部出しきっていけると思います。オリンピックに臨むくらいの気持ちで取り組みます!(笑)」

KABUKI actor
目標は”ホンモノ”の自信
ただ立っているだけで観客を熱狂させるマイケルのように

この10年の間には、右近さんを取り巻く状況はずいぶん変わりました。当初はまだまだ無名でしたが、今では歌舞伎座の本公演で主役を勤めるまでに。若手の花形俳優の中でも注目の存在です。
「自主公演は国立劇場小劇場からスタートしたんですけれど、7回目から浅草公会堂という大きな劇場でやるようになって、その頃から『もっとできるんじゃないか』という強い気持ちがもてるようになりました。それで思いきって『夏祭浪花鑑』と『道成寺』という大作に挑戦したんですね。そうしたらこれが評価されて、翌年のお正月に歌舞伎座で『道成寺』を勤めさせていただくことになった。これがすごく自信になりました」。
今年は東京公演の劇場が明治座になり、さらにスケールアップ! 大きな劇場がいっぱいになる自信があるからこその決断です。
「最後はできるだけ大きいところでやりたいと思いました。本当は歌舞伎座でやらせてもらうくらいに思っていました。小劇場から始まって最後は大劇場で終わる――というのは、後輩たちにすごく大きな可能性を示せると思ったので。
『研の會』はこれで終わりますけれど、自分の公演はまた違うかたちで続けていきたいと思っていて、その皮切りが歌舞伎座だったらおもしろいなと考えているところです。考えているだけですけど(笑)」
自主公演の成功で自信を得て、夢はどんどん広がります。
「とはいえ、自信はつねに揺れ動いていて、自信がついたと思った次の瞬間、『僕はいったいどんな経験を積んできたんだ』と思うこともあるから、まだホンモノじゃない。本当の自信って、たとえばマイケル・ジャクソンがスーパーボウルのハーフタイムショーで、『僕がサングラスを外したら演奏開始だから、それまで演奏を始めないでくれ』ってバンドに伝えて、サングラスをしてステージに出るけど、しばらくサングラスを外さずに、ただ立っているだけでお客さんがどんどん熱狂していくという。あれが本当の自信ですね。不安だから動くわけで、鬼のように長い時間を耐えられるのが自信だと思う。究極的にあれができるようになりたいです」。

押して押しての右近、引く術は知らず……ってことになっちゃダメだと思う
さて、『研の會』をスタートしてからの10年と、これからの10年は、また全然違うと思いますが、右近さんの旅はこれからどこへ向かうのでしょうか。
「ここまではストイックに走り続ける10年だったと思うんですけれど、ここからは、少し脱力してラクに取り組む10年になると思います。いつまでも熱く走りつづけてほしいという期待は感じるけれど、このまま走り続けたら、間違いなく行き詰まると思うんですよ。お客さんもいつも一生懸命の僕にやがて飽きてくると思うし。そのときに他に引き出しがなかったら終わりじゃないですか。押して押しての右近、引く術は知らず……ってことになっちゃダメだと思う。だからこれからの10年はこれまでとは違うベクトルになるかなと。女方しかやらない1年、立役(男役)しかやらない1年とか、1年ごとに限定してやるのもおもしろいかなと思っています」。
クールに俯瞰して自分をみつめる右近さん。ただがむしゃらにつっ走るのではなく、じつはとても戦略的。だからこそ昇り続けているのでしょう。『研の會』FINALもきっと伝説となるはずです。その景色を劇場で目に焼き付けましょう!!

information
尾上右近自主公演 第十回「研の會」

【大阪公演】
会場:国立文楽劇場
9月5日(土)昼の部 11:00開演 夜の部 16:30開演
9月6日(日)昼の部 11:00開演 夜の部 16:30開演
【東京公演】
会場:明治座
10月2日(金)昼の部 11:00開演 夜の部 16:30開演
10月3日(土)昼の部 11:00開演 夜の部 16:30開演
上演時間は休憩を含め約3時間35分を予定。
【チケット情報】尾上右近自主公演 第十回「研の會」
■一般発売 7月19日(日)10:00~
チケット取扱い:イープラス/チケットぴあ/ローソンチケット/楽天チケット/劇場窓口/明治座オンラインチケット/明治座電話予約
■一次抽選先行 http://eplus.jp/onoeukon/
受付期間:6月27日(土)10:00~7月5日(日)23:59
結果発表:7月7日(火)
■二次抽選先行 http://eplus.jp/onoeukon/
受付期間:7月8日(水)10:00~7月12日(日)23:59
結果発表:7月14日(火)
Staff Credit
撮影/露木聡子 取材・文/佐藤裕美
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