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映画『フロントライン』公開記念・桜井ユキさんインタビュー

桜井ユキさんが語る「私が体験したコロナ禍」「“演じる”ということ」

2025.06.12

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桜井ユキさん

2020年2月、新型コロナウイルスに罹患した乗客を乗せた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」号が横浜港に入港した様子を、メディアを通じて見た人は多いはず。その時、船の中では何が起こっていたのか。未知のウイルスに最前線(フロントライン)で立ち向かう人々を描いた映画『フロントライン』が公開されます。事実に基づくこの物語は、プロデューサーによる300ページにわたる取材メモから船内で起こった複数のエピソードを脚本にまとめ、映像化されました。

出演はDMAT(災害派遣医療チーム)の指揮官・結城を演じる小栗旬さん、DMATメンバーの仙道役の窪塚洋介さん、同じくDMATメンバー真田役の池松壮亮さん、厚生労働省の役人・立松を演じる松坂桃李さん。その他、豪華キャストが鬼気迫る演技で実在する人物を演じ、さまざまな思いを抱えながら人命救助に全力を尽くします。本作に並々ならぬ思いで臨んだのが、テレビディレクター上野を演じた桜井ユキさん。「虎に翼」「しあわせは食べて寝て待て」など話題作への出演が続いている桜井さんに作品への思いや伝えたいこと、また役を通じて知ることや役者として感じている課題についてもお聞きしました。

上野という役は、2020年当時、何も分からずニュースで報じられることを他人事のように見ていた私たちの感覚に近い

作品を鑑賞した感想を教えてください。

「観終わった後、圧倒されて立ち上がれませんでした。もちろん脚本をいただいて何度も読んでいるので、ストーリーや流れは頭にはあったんですけど、生身の役者が演じることの温度感や空気感がリアリティを持って目の前に現れて。この映画で描かれていることは、船の中で起きたすべてのことではないのかもしれませんが、その片鱗を知れたことが、とても重要だと思いました。自分が出演した作品という想いだけではなく、もっと心の深いところ、芯に迫るような、今まで感じたことのないような感覚になりました」

桜井さんが演じたテレビディレクター上野舞衣役について。どのように受け止め、どう演じようと思いましたか。

「最初に脚本を読ませていただいた時、上野が出てくるタイミングが、DMATが命を削って試行錯誤している最中に横槍を入れるような登場の仕方をしてくるので、“頼むから余計なことしないで”という気持ちが正直ありました(笑)。上野という役は2020年当時、何も分からずニュースで報じられることを他人事のように見ていた私たちの感覚に近いものだと思います。上野は報道する側の正義や、スクープを撮って視聴率にしたいという気持ちがありながら、小栗さん演じる結城と対峙したシーンで自分の葛藤に気づかされます。あの瞬間はとても大事なシーンでした。上野は一見嫌な人物に見えがちですが、私自身が愛を持って演じることで作品の立体感を出すお手伝いができるかもしれないと思いましたが、その塩梅がとても難しかったです」

桜井ユキさん
桜井ユキ(さくらい・ゆき)1987年生まれ、福岡県出身。『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY リミット・オブ・スリーピング ビューティ』(17)で映画初主演を果たし、NHK主演ドラマ「だから私は推しました」(19)では、第46回「放送文化基金賞」演技賞を受賞する。主な出演作は、『スマホを落としただけなのに』(18)、『コンフィデンスマンJP』(19)、『マチネの終わりに』(19)、『さんかく窓の外側は夜』(21)、『鳩の撃退法』(21)、『桜のような僕の恋人』(22)、『この子は邪悪』(22)、『映画 イチケイのカラス』(23)、『君は放課後インソムニア』(23)、「虎に翼」(24)、「ゴールデンカムイ ─北海道刺青囚人争奪編─」(24)、「ライオンの隠れ家」(24)、『#真相をお話しします』(25)、「しあわせは食べて寝て待て」(25)など。

おっしゃるように上野のあり方は船の外にいる私たちと同じで、センセーショナルな映像や報道を好み、分かりやすい情報や正しさに振り回されがちです。勝手に思い込んで誰かを「悪い」と決めつけ、分断や差別を簡単に起こしてしまいます。

「『フロントライン』で描かれている出来事や、今起こっているさまざまなニュースもそうですが、情報を得た上での解釈や発信は自由だとは思いますが、自分が正義だと思っていたことが“違うな”と思った時には、柔軟に自分の心の中を変えていく、それが大事なんじゃないかと思います。上野は劇中で、結城の話を聞いて素直に自分の思いあたる感情を、行動に移すことができました。だけど、実際はそうできない瞬間もあると思います。それが間違いとも言えませんが、正しいことが何か分からない状況だからこそ、相手の言葉に耳を傾けることや柔軟性を持つことが大事であるということを、上野を通じて改めて感じました」

桜井ユキさん
 © 2025「フロントライン」製作委員会

小栗旬さんとは初共演。その姿が座長としてはもちろん、結城という役の居方としてもすごく素敵だなと思いました

そういう感覚は、役を演じる時に感じることはありますか。他者の意見を聞く、他者の声を大切にするとか。

「ありますね。自分の感覚って、本当に当てにならないなと思っていて。少し矛盾するのですが、自分の中で1本筋を通しておきたいところと、自分の考えや感覚を当てにしていないところが同じくらいあって。そうやっていつも揺らいでいますが、それでいいのかなと思います。自分を客観視してくれる方の意見や自分と違う視点で物事を見ている方の意見を取り入れるのは、演じる上でもそうですし、たくさんの方と接するお仕事をやらせていただく中で大事にしているところではあります」

桜井ユキさん

撮影現場はどのような雰囲気でしたか。上野の役どころから言えば、テレビ局での上司・轟を演じる光石研さんとのやりとりやDMATの結城を演じる小栗旬さんとの場面が印象深かったのですが。

「光石さん演じる轟とのシーンは、和気あいあい楽しく撮影させていただきました。光石さんとは何度も共演させていただいていて。轟のひょうひょうとした感じが素敵で、さすがだなと思いました。一方結城演じる小栗さんと対峙するシーンは、突撃する場面でもあったので少しピリッとした雰囲気もありました。ですが小栗さんが本当に淡々と、フラットに臨んでいる姿がこちらとしてはとてもありがたくて。“用意スタート”がかかった瞬間空気も一切変わらず、地続きの姿のまま対峙してくださったおかげでこちらも自然に演じることができました。小栗さんとは初めてご一緒したのですが、その姿が座長としてはもちろん、結城という役の居方としてもすごく素敵だなと思いました」

『フロントライン』を見て一番に思ったのが、“知れて良かった”。世の中には自分に関係ないでは済まされない、知るべきことがたくさんある

2020年2月以降といえば、突然の緊急事態宣言でステイホームが言い渡され、とても混乱した時期でした。桜井さんは当時クルーズ船のニュースをどのように見ていましたか。

「まさか船の中で、こんなことが起こっていて、命がけで日々を過ごされていた方々がいたことも深くは理解していなかったですし、この映画でより深く知れた事は、本当にありがたかったです。ただ、私の姉が看護師でまさにその時期、感染症対応の病棟に勤務していたこともあり、話は聞いていました。姉と直接接触ができず、届け物があった時も3m程離れた場所に物を置いて受け渡しをしたりしていました」

『フロントライン』
 © 2025「フロントライン」製作委員会

誰もが自分や家族を守りたい一心で「罹患したくない」「近くに来ないでほしい」という気持ちがあったと思います。コロナ以前と以降で、何か気持ちの変化や意識的に変わったことはありますか。

「緊急事態宣言に入ったばかりの時は、すぐ明けるだろうと思っていたのが、まさか3ヶ月間も続くと思っていなかったので、人に会えないし、外食にも行けなくなって。飲食店を経営している友人がいたのですが、とても大変そうでした。そういう変化を徐々に体験していく中で、私たちが過ごしていた日常は本当にかけがえのないものだったと気づかされました。スーパーに買い物に行く、友人と食事に行く、お酒を飲む。当たり前が当たり前じゃなくなってからは、友人と会うこともすごくありがたいことなんだと感じ、小さなことにも感謝できるようになりました」

桜井ユキさん

LEEwebの読者、これから映画を観る人に映画の見どころをお願いします。

「言葉で伝えるのはとても難しい作品ですが、見てもらうことで自分の考えが一つ変わる作品だと思います。私は作品を見て一番に思ったことが、“知れて良かった”でした。世の中には、自分に関係ないでは済まされない、知るべきことがたくさんあると思っていて、この作品も、その大切な一つなのではないかと思います。ぜひ多くの方々に観て、そして知ってほしいです」



ひたすら経験を積んで、いつか肩の力を抜いて演じることができたらいい。20年、30年かけて、そんなフラットな役者になるのが理想

ありがとうございます。ここからは話題作への出演が続いている、桜井さんご自身への質問です。昨年は、朝ドラ「虎に翼」で演じた桜川涼子役、先日放送が終了した「しあわせは食べて寝て待て」の麦巻さとこ役など、社会的メッセージ性が強い作品で重要な役を演じてきました。作品ごとに異なる人物を表現されていましたが、ご自身の中で演じた役が何か残っていたり、これから演じる役に影響を与えたりすることはありますか。

「ありますね。演じている時は、そこまで自覚はないのですが、演じ終わった時に、その役が発した言葉、口にした言葉がしっかり残っていて、じわじわと、確かな影響を与えています。『フロントライン』もそうですが『しあわせは食べて寝て待て』もそうで、役から学ぶことは多々あります。自分の中にあまりない要素を持っている役を演じる時もあるのですが、まったくないものを一から生み出す事は難しいと思っていて、幼少期の経験や自分の中にある感情の近しいもの、それを引っ張り出して広げていく作業を続けながら手探りで見つけていきます。自分の中に少しでも思い当たるものがないと、どうしても嘘くさくなってしまう。リアリティを持たせることを考えることは、私にとってはとても大切な作業です」

桜井ユキさん

プロデューサーや監督、オファーする方は少なくともその要素を桜井さんから感じ取っているということですよね。この役幅の広さは、桜井さんご自身でもあるわけですね。

「自分ではよくわからないですが、演じている役によって、プライベートのテンションが全然変わります。その役に引っ張られてというより、その役でいる時間が長いため喋り方やトーンが似てきてしまい、たまに自分のフラットな状態が分からなくなるんです。それが私の弱いところだと思っているので、自分の中心軸みたいなものを見つけたいというのが今の課題です。作品が終わってみると、戻った場所がちょっとズレている事があって。いつでも自分のベストポジションに戻れる自分でありたいですし、その術を習得したいですね」

桜井ユキさん

なるほど。それこそが人間としての厚みや深みにつながっているように感じますが、やはり軸は持ちたい、ブレない人でありたいわけですね。そのためには、何か気をつけていること、大切にしていることはありますか。

「やっぱりまだどこかで力んでしまっている部分があるから、そうなってしまうんと思うんです。ひたすら経験を積んで、いつか肩の力を抜いて演じることができたらいいですが、今のところ肩の力なんて到底抜けそうにないですね(笑)。もっと年齢を重ねて、それが自然とできる役者になれたらすごく素敵だと思います。数年先というより、もっと長い目で見た目標ですね。20年、30年かけて、そんなフラットな役者になるのが理想です」

映画『フロントライン』

『フロントライン』

6月13日(金)全国ロードショー

出演者:小栗旬
松坂桃李 池松壮亮
森七菜 桜井ユキ
美村里江 吹越満 光石研 滝藤賢一
窪塚洋介
企画・脚本・プロデュース:増本淳
監督:関根光才
製作:「フロントライン」製作委員会
制作プロダクション:リオネス
配給:ワーナー・ブラザース映画


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