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佐々木はる菜

無料で入れる温泉が13か所? グリーンシーズンの野沢温泉で見つけた「帰宅後の日常が少し好きになる旅」

  • 佐々木はる菜

2026.07.31

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冬だけじゃない。グリーンシーズンの野沢温泉へ

今回訪れた、長野県・野沢温泉村。
冬場は、質の高いパウダースノーを求めて世界中から旅行客が集まる、日本を代表するスノーリゾートです。
そんな場所へ新緑が美しい季節に旅することになったきっかけは、今年2026年1月にオープンした『mont(モン)』でした。
築100年の旅館をフルリノベーションしたブティックホテルです。

野沢温泉の宿『mont』
歴史ある建物を生かしながら洗練された空間へと生まれ変わった『mont』。国内外から訪れる宿泊客を迎えています

『mont』を拠点に歩いてみると、地元食材を楽しめるレストランやカフェ、クラフトジンの蒸留所など、新しいスポットが点在しています。
一方で昔ながらの風景も残り、どこか懐かしい雰囲気と新しさが心地よく共存していました。

薪火フレンチ〈mont restaurant〉
野沢温泉村の様子

当初は「冬以外の野沢温泉って、どんな魅力があるんだろう?」という素朴な疑問を持っていました。
でも実際に旅してみると、街歩きや自然体験、食やお祭りなどさまざまな魅力があり、それらが一年を通して息づいていることに驚かされました。

その中でも一番心に残っているのが、村内13か所にある温泉「外湯」で過ごした時間です。
旅を終えたあとも、ふと思い出してしまう……そんな野沢温泉で過ごした二日間をご紹介します。

歴史を受け継ぐ宿『mont』が、旅の入り口

野沢温泉村へのアクセスは、東京駅からの場合、まず北陸新幹線で飯山駅まで約1時間40分。そこから「野沢温泉ライナー」に乗り、25分ほどで到着します。
移動は思っていたよりもスムーズで、旅気分を味わっているうちに着いてしまったという感覚でした。
バス停から『mont』までは徒歩1〜2分と近く、到着後すぐに街歩きを始められるのもうれしいポイントです。

montのロビー
一歩足を踏み入れると、築100年の旅館をフルリノベーションした空間とは思えないほど洗練された雰囲気!

montはフランス語で「山」という意味。
山の恵みとともに暮らす野沢温泉村の魅力を知る「入口(門)」にもなってほしい——そんな思いが込められた宿だそうです。 

montの室内
montの客室
古い梁や土壁を生かした館内に現代的なデザインが自然に溶け込み、歴史と新しい感性が心地よく共存していました

実は最初、不思議だったことがあります。
客室に浴室はついていますが、温泉地なのに宿には温泉がありません。
そしてチェックインを終えた宿泊客は、荷物を置くと次々と「外湯」に出かけていきます。

湧き出る温泉を村内13か所の「外湯」として分かち合っている野沢温泉。
地元の方たちが日常的に利用しており、それぞれの外湯は地域住民が「湯仲間」として管理し、観光客にも開放されているそうです。
13か所すべてが源泉かけ流しというのも、温泉好きにはたまらない魅力。
初めて知ったときは、そんな文化が今も当たり前に受け継がれていることに驚きました。

この地域はブナ林に蓄えられた雪どけ水が長い年月をかけて湧き水や温泉になることで知られており、水道水のおいしさにもびっくりしました。

そこでさっそく私も、他のお客さんと共に「外湯」へ行ってみることにしました。

外湯で知った、野沢温泉の暮らし

大湯
村のシンボルとして温泉街の中心に位置する「大湯」

宿から歩いて数分の距離にいくつもある「外湯」。それぞれの場所で名前も外観も雰囲気も異なります。
扉を開けるとすぐ脱衣所があり、観光客も地元の方も同じように身支度をしていました。
観光地の温泉というより、まさに暮らしの中にあるお風呂を少しだけお借りしているような感覚です。

ざっと体を洗ってお湯の中に入ろうすると、想像以上に熱くて思わず尻込み。
すると、毎日この時間に外湯へ通っているという地元の女性に声をかけられ、「熱かったら水を足してもいい」と教えていただきました。
一緒に湯加減を調整してくださったおかげで無事入ることができ、それでも最初はかなり熱く感じましたが、しばらくつかっていると、その熱さが不思議と心地よく感じられてきます。

村の方々が日常的に使う場所と聞いていたため最初は少し遠慮するような気持ちもありましたが、排他的な空気はなく、かといって特別に歓迎されるわけでもありません。
その何気ない距離感が心地よく、ほんの少しだけ村の日常に混ぜてもらえたような気がしました。

先ほどの女性に思わず「観光客にも開放していただいているってすごいですね」と話しかけたところ、「まあ、良いものはみんなで使えばいいからね」というようなことを、こともなげに話してくださいました。
それを聞いて、この村ではそれが特別なことではなく、当たり前の考え方なのだと感じました。

野沢温泉の外湯
地域の「湯仲間」が日々清掃・管理し、守り続けている外湯。入口の賽銭箱には、その営みへの感謝を込めて任意でお気持ちを納めます。外には、約20分で温泉卵を作れる「温泉玉子の湯」も

お風呂上がり、宿の方から勧められた「Music Bar GURUGURU」にも足を延ばしてみます。
ナチュールワインやクラフトジンを楽しめるミュージックバーで、大きなスピーカーから心地よい音楽が流れていました。

Music Bar GURUGURU

湯上がりの一杯楽しむ方。街歩きの途中に立ち寄った方。
店内には観光客の姿が多く見られましたが、地元の方も自然に混ざっています。
偶然隣り合った人同士が気軽に会話を交わしていて、初めて訪れた私も居心地良く感じました。

聞くと、温泉好きの方の中には、13か所の外湯を巡ることを旅の楽しみにしている人も少なくないそう。マップを片手に、限られた滞在期間に何湯入れるかを競うように巡る人もいると聞き、思わず笑ってしまいました。

街歩きで見つけた、新しい野沢温泉

「もっとこの村のことを知りたい」という思いが湧いてきた私は、地元ガイドによる街歩きツアーに参加することにしました。

案内してくださったのは、野沢温泉の自然や文化を生かした地域づくりに取り組む、株式会社野沢温泉企画代表の河野さん。
観光名所を順番に見るというより、ご自身が好きな場所を巡るようなガイドが心地よく、みんなで一緒に散歩しているような気持ちになっていきました。

株式会社野沢温泉企画 代表取締役 河野健児さん
株式会社野沢温泉企画 代表取締役 河野健児さん/野沢温泉村出身。スキークロスのワールドカップ選手として世界を転戦した経験を持ち、現在は自然体験事業や地域づくりなど、現地の魅力を国内外へ幅広く発信するさまざまな活動に取り組まれています

高低差のある温泉街は、角を曲がるたびに景色が変わります。
昔ながらの商店や野沢菜を並べる土産店など、長く続くものと新しいものが無理なく共存し、そのどちらも街の魅力になっていました。

途中で立ち寄った『野沢温泉蒸留所』は、 オーストラリア出身の創業者リチャーズ・フィリップさんが立ち上げたという場所。
スキー旅行をきっかけに訪れた野沢温泉村に惹かれ、この地でクラフトジンづくりを始めたというエピソードも印象的でした。



「麻釜」「道祖神祭り」……今も息づく村の文化

天然記念物の麻釜

街歩きの中でも印象的だったのが、「麻釜(おがま)」です。
最高で約100度の源泉が湧き、今も共同の「茹で釜」として村の暮らしを支えている場所で、国の天然記念物にも指定されています。
村人以外は入ることができないため、河野さんが山菜を茹でてくださり、私たちもその場でいただきました。その間にも、近所の方がザルを持ってやって来て、挨拶を交わし合いながら野菜などをゆでていきます。

麻釜で野菜を茹でる河野さん
「野沢温泉のセントラルキッチンです」と河野さん
麻釜で茹でた山菜
湯にくぐらせると、あっという間に鮮やかな緑色に!

麻釜のすぐ隣には、街を一望できる足湯も。
そこにも調理用の温泉があり、卵やとうもろこしを茹で、足湯をしながらビールなどと共に楽しむ方も多いそう。

「道祖神祭り(どうそじんまつり)」の舞台となる場所

そして「日本三大火祭り」のひとつで国の重要無形民俗文化財に指定されている「道祖神祭り(どうそじんまつり)」の舞台となる場所にも案内いただきました。
数え年25歳、42歳の男性たちが社殿を守りながら火と向き合うこの祭りには、毎年国内外から多くの人が訪れます。

河野さん自身も数年前、42歳として祭りに参加。
自分たちが主役となる3年前から準備に加わり、先輩たちから受け継ぎながら祭りを学ぶそうです。

「まるで中学や高校みたいな関係性で、3年間で横だけじゃなく、縦のつながりも強くなるんです」

そんなお話から、この祭りが単なる伝統行事ではなく、人と人をつなぎ、次の世代に伝えていく場でもあることが伝わってきました。

Kyoto Jazz Sextet / Dosojin No Uta
『mont』や『ぐるぐる』にも置かれていたレコード。野沢温泉にゆかりの深いDJ・音楽プロデューサーの沖野修也さんが、KYOTO JAZZ SEXTETとして、この地に伝わる民謡「道祖神のうた」をジャズアレンジ。祭りの迫力を思わせる一枚でした!
野沢温泉村の見どころ
他にも、野沢菜発祥の地として知られる健命寺や、毎年この地を訪れていた岡本太郎氏のアート作品、国民的な歌の作詞家として知られる高野辰之記念館など、街歩きにはまだまだ立ち寄りたい場所がたくさん

『mont restaurant』で味わう、この土地の一皿

薪火フレンチ〈mont restaurant〉

この日の夕食は、『mont』の1階にあり、この4月にグランドオープンした薪火フレンチ『mont restaurant』でいただきました。
ダイニングの中心に薪火グリラーが据えられ、カウンター越しにシェフが料理する様子や揺らめく炎も楽しみながら、信州の肉や野菜、発酵文化を生かした料理を味わうことができます。

この日は、河野さんをはじめ、野沢温泉の観光や村づくりに携わる皆さんと夕食をご一緒できることになりました。
シェフを務める寺島さんも、この土地に惹かれて移り住んだ一人。『mont』の運営チームには、同じように移住してきたスタッフも多いそうです。

寺島 惇シェフ
寺島 惇さん/埼玉県出身。国内外の名店で経験を積み、代々木公園「PATH」料理長を経て『mont restaurant』料理長に。野沢温泉村の自然や食文化に魅了され、この地ならではの薪火料理を手がけている

もともと「その土地で採れたものを、その土地で味わう料理をつくりたい」という思いを持っていた寺島シェフ。
今では自ら畑を耕し、野沢菜漬けを教わり、山菜やきのこを採りに出かけながら、この土地ならではの食文化を料理へと生かしています。

「”通勤途中”に自分の畑があるので、毎朝野菜の様子を見て、その日の料理にも生かしている」といったお話から伝わってくる働き方もまた、この土地らしいように思えました。

『mont restaurant』の料理
信州の食材や文化、その時期の自然を映した料理が一皿ずつ運ばれてきます

キッチンをぐるりと囲むカウンターテーブルでは、たまたま隣り合った同士でも不思議と話が弾みます。

その中で何度も話題に上ったのが「外湯」のことでした。

河野さんたちによると、地域の人たちで毎日掃除し、協力して守り続けることは、やはり時に大変なこともあるといいます。
それでも、その大切な温泉を観光客にも無料で開放していること自体が「この村らしさ」だと話されていました。

それを聞いて頭に浮かんだのが、今日街歩きで見た麻釜や、道祖神祭りでした。
日々使い、関わる人がいるから続いていく。
そんな文化のあり方を、この1日で何度も目にした気がしました。

だからこそ近年、冬だけ滞在する人や、冬だけ営業する店が増えていることへの危機感もあるそうです。
冬以外の魅力を発信する背景にも、単に観光客を増やすのではなく、1年を通して村を訪れ、この土地に愛着を持って関わる人を増やしたいという思いがあるのだと感じました。

外湯から始まる、野沢温泉の朝

翌朝、まだひんやりとした空気の残る早朝、ひとりで宿を出ました。
快適な部屋でもう少しゆっくり寝ていたい気持ちもありましたが、前日に伺った河野さんのお話が心に残っていたからです。

もちろん冬の野沢温泉村も良いけれど、村人の中には「実はグリーンシーズンが好き」という人も少なくない。
ここでは自分で野菜やお米を育てている人も多い。
特に日が長い今の時期は、朝はまず畑へ出たり、体を動かしたりして、外湯に入る。
そして短パンにサンダルみたいな軽装で外へ出て朝の空気を感じながら家に帰り、この土地で育ったものを食べる。
その瞬間、「ああ、この暮らしを大切にしたいな」と思う……。

そんな朝を私も味わってみたくなりました。

澄んだ空気の中を、何も考えず、ひとりでただ歩く。
その時間は、とても贅沢に感じられました。

そして、初めてひとりで外湯に入ることに少し緊張しつつ、思い切って暖簾をくぐりました。
先に入っていた方と湯気越しに「おはようございます」と挨拶を交わし、熱い湯に身を沈める。
その熱さにもだいぶ慣れていて、昨日より少しだけ、自分もこの村の風景の中に溶け込めたような気がしました。

montの朝食

宿へ戻ると、朝食が用意されていました。
湯気の立つ味噌汁に、土鍋で炊いたご飯。地元の野菜が並ぶ、まさに昨夜聞いたような和朝食。
この土地の朝の過ごし方まで味わってほしい。
そんな思いが込められた朝食を前に、自然といつもよりゆっくり、箸を進めていました。

山菜採りで出会った、幻の花「サンカヨウ」

朝食後、山菜採りツアーに参加しました。
野沢温泉では季節ごとに、山菜やきのこ採り、お米づくり体験、SUP、ヨガなど、自然を楽しむさまざまなプログラムが用意されています。
皆さんの話を聞くうち、自分もその自然の中へ実際に入ってみたくなりました。

河野さんとガイドの方に案内されて山へ入ると、5月の終わりとは思えないほど空気は冷たく、霧が立ち込めていました。

野沢温泉の山

鳥の声だけが響く森の中を歩く時間は、とても幻想的。
足元には山菜が次々と現れ、同じように見えても「これは食べられる」「これは毒」と違いがあり、その見分け方に一同で感心しながら足を進めていきました。

山菜採りの様子
参加者はそれぞれのペースで山菜を探します

何より印象的だったのが、道もないように見える山を迷うことなく歩いていく、おふたりの姿でした。

雪も雨も台風も、人の思い通りにはならない。農作物も、その年によって出来が左右される。
途中で伺ったそんなお話に、思わず「大変ですね……」と言うと、「自然にはかなわないから、じたばたしても仕方ない」と笑顔で返されました。

圧倒的な自然の中を迷いなく進む姿と、その言葉の両方に、自然と向き合いながら生きてきた方々ならではの、しなやかな強さを感じました。

サンカヨウ

そして今でも忘れられないのが、サンカヨウとの出会いです。
その日、霧に包まれた森の中で、小さな花が静かに咲いていました。

この季節、そして前日に雨が降り水分を含んだときだけ、白い花びらがガラスのように透き通る花。
どれだけ綿密に予定を立てても、努力しても、自分で見ることを決められない光景。

だからこそ、その偶然が非常にありがたく思えて、しばらくその場から動くことができませんでした。

サンカヨウがたくさん咲いている様子

旅を終えて、持ち帰ったもの

東京へ戻った数日後の休日。
我が家は週末も子どもたちの部活やクラブがあり、朝から慌ただしく過ごす中で、ふと野沢温泉村の朝が目に浮かびました。

これまで私にとって旅とは、普段とは違う「特別な体験」を探すものでした。
でも今回心に残ったのは、朝風呂へ向かう坂道、畑を眺めながら歩いた時間、採れたばかりの山菜、そして「良いものはみんなで分かち合う」という感覚など、どちらかというと日常的な風景や言葉ばかり。
それなのに、帰ってきてから何度も思い返していました。

朝の空気を味わうこと。
目の前のご飯をおいしいと思うこと。
季節を受け入れ、自然に合わせて生きること。

野沢温泉で感じた小さな喜びの一つひとつは、帰宅したあとも心に残り、自分の日常の捉え方を少し変えてくれました。

コーヒーを淹れる。家族で朝ご飯を食べる。
何かを足そうとするだけではなく、目の前にあるものをちゃんと味わう。
すると、いつもと同じ朝も、少しだけ違って見える。
もしかしたら、それこそが「丁寧な暮らし」なのかもしれない。
旅を終えてから、そんなことを思うようになりました。

野沢温泉ライナーの車窓

旅から少し時間が経った今も、またあの外湯へ入りに行きたいと思います。
温泉に入りたいからだけではなく、あの土地で流れていた時間に、もう一度会いに行きたい。

野沢温泉村で過ごした二日間は、帰宅してからの日常まで、少し好きにしてくれる旅でした。

佐々木はる菜 Halna Sasaki

ライター

1983年東京都生まれ。小学生兄妹の母。夫の海外転勤に伴い2022年からの2年間をブラジル、アルゼンチンで過ごす。暮らし・子育てや通信社での海外ルポなど幅広く執筆中。出産離職や海外転勤など自身の経験から「女性の生き方」にまつわる発信がライフワークで著書にKindle『今こそ!フリーランスママ入門』。

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