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私のウェルネスを探して/勅使川原真衣さんインタビュー前編

【勅使川原真衣さん】受験や入社試験等、選ぶ・選ばれないの基準となる「能力主義」「学歴社会」を超えるためにできること

  • LEE編集部

2025.05.10

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勅使川原真衣さん

今回のゲストは、組織開発コンサルタントの勅使川原真衣さんです。勅使川原さんは、大学院を卒業後、外資系コンサルティング会社へ入社し、組織開発・人材開発に関わる仕事を続けてきました。昨年出版した『働くということ──「能力主義」を超えて』(集英社新書)は新書大賞2025第5位を獲得、今年3月には『学歴社会は誰のため』(PHP新書)を出版しました。

前半では、勅使川原さんが働きながら感じていた辛さと乳がん罹患が発覚した時の答えのないことへの憤り、そこから生まれた2冊の本について話を聞きます。受験や入社試験など、選ぶ・選ばれないの基本になっているのが能力主義。働くこと、生きることを改めて考えるきっかけになる話です。(この記事は全2回の第1回目です)

主観的な「働く辛さ」を、「書く」ことで楽になれた気がした

勅使川原さんが組織開発の専門家でありながら本を執筆することになったのは、あるきっかけがありました。

「人類学者の磯野真穂さんとお会いしている時に“仕事が辛い”と話していたんです。そうしたら“話していることが面白いから、書いて残しておくといいよ”と言われて書き始めたのがきっかけです。組織開発、人材開発といったコンサルティング業界では、エビデンス、データ・ドリブンといった数値化・客観視されたものでしか話せないような体質があるのですが、働く辛さの中には、自分の主観みたいなところが多くて。それを初めて“出していいんだよ”と言ってもらえたことで楽になれた気がしました。“書くセラピー”とも言えますね」

2020年、勅使川原さんに進行性の乳がんが見つかります。働く大変さに加え、闘病により今まで通り働けなくなったことで、その思いがより強くなります。そこから生まれたのが、『働くということ─―「能力主義」を超えて』です。

勅使川原真衣さん 格差の”格”ってなんですか? 働くということ 学歴社会は誰のため

「私はずっと答えがある仕事・生き方をしてきました。能力主義における成功や評価を求める生き方をしてきた中で、闘病して初めて答えがないことを知りました。医者が“この薬は3分の1の確率でこんな副作用があり、こんな効果がある”と教えてくれても、私がどうなるかの答えではない。医療は素晴らしく、確率論で言う他人のことは分かるのに、自分のことはどうなるのか分からない。ずっと答えがあると聞いていたのに、“なぜ?”“どうして?”と、子どもみたいな嘆きの中で自分と対峙することになりました」

仕事でも病気でも、人は偶然性に左右されながら生きている

リーダーシップ力やコミュニケーション力。それらが選ぶ・選ばれる能力主義の基本になっており、それが私たちを苦しめ、生きづらさの原因にもなっている。分かりやすい能力だけが評価される能力主義の今、個々の機能を見直し、働く人の組み合わせや配置を考え直すことが必要ではないかと問いかけます。

勅使川原真衣さん

「教育社会学を研究してきて、能力は自分の力だけではないと分かっていましたが、どこかで“自分はうまくいくはず”と思っていました。病気になって初めて感じたのは、人は偶然性に左右されながら生きるということでした。仕事も実は同じで、誰と働くのか、どういう仕事をやるのかという偶然性が大きく影響しています。例えば“問題社員がいるので辞めさせたい”“使えない課長をどう育成したら良いか”という問題は、個々の言動や癖といった持ち味を活かし、どのような組み合わせにするかで解決することがあります。問題は個人にあるのではなく、組織の組み合わせにある場合が多いんです」

勅使川原さんは、外資系コンサルティング会社を渡り歩きながら過酷で多忙な日々を過ごしました。その中で“勝ち続ける”ために自分の時間は皆無、すべてを差し出して“評価”されることを望んでいたと言います。

「会社員の時は“いい会社”で生き残るために、評価をとても気にしていましたし、独立して自分の会社を作ってからは契約数やどれだけ一流の会社と契約をしているかを気にしていました。だけど他者評価に振り回されるがあまり、実際は時給300円、400円くらいで働いていて、寝る時間やトイレに行く時間も惜しんで仕事をしていました。自分のすべてを差し出したからと言って、高い評価が約束されるわけでもないのに、すごくまぬけなことをしていたと思います」

「主体性」「リーダーシップ」「積極性」等、目立った部分だけで評価する能力主義の問題

頑張った人が偉い、過剰な努力・我慢を美徳とするような考えは、日本社会に根強く残っています。『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか バーンアウト文化を終わらせるためにできること』(ジョナサン・マレシック著/青土社)に書かれている「現代社会は、仕事に意味を持たせ過ぎている。生きがいを仕事に求め過ぎている」という部分に共感すると勅使川原さん。仕事は一人でするものではなく、人と共にするもの。職務が明確にされていないことが多い中、能力だけが一人歩きして評価基準になっていることを問題視しています。

勅使川原真衣さん

「能力主義が必要な部分はあると思います。ただ一元的な基準、主体性やリーダーシップ、積極性といった目立った部分だけで評価する能力主義の問題に気づいてほしいんです。みんなで仕事をしているはずなのに一人の手柄を能力として解釈して評価してきたのが現在地だと思います。仕事の定義は何か、何を以て“仕事ができる”と評するのか。これらにはジョブを明確化することが不可避です。それらを改めて考え直す機会だと思います」



現行社会が「学歴分断社会」であるとしたら、私は「学歴の無効化」をしたい

働くことに加えて、学びにおける一元的な能力主義が学歴社会とも言えます。それについて書いたのが最新刊の『学歴社会は誰のため』です。

「多くの先達が現行社会を『学歴分断社会』などと称して本を出しています。私の立場、知見からはもう分断について書けることはありませんし、書こうと思っていません。強いて言えば、私からは分断させないために学歴の無効化をしていかないといけないと思って、執筆しています。

勅使川原真衣さん

私自身たまたま首都圏に生まれて、親が教育熱心でお金もあったから中高一貫校に進学できたわけで、これはどう考えても親ガチャなんですよね。自分の努力とか才能のおかげだなんて、まさか思えません。社会の構造上、今の私に発言権があるのなら、学歴の無効化に使いたい。“働くということ”を考えるにあたり、学歴を情報のひとつにするのはいいけれど、仕事は人と一緒に行うわけで、みんなで創発するにはどうしたらいいか。競争ではなく共創、そのためにどうすべきか考えるきっかけになれば嬉しいです」

「君すごいね」じゃなくて「君、面白いね」と言い合えるような関係になれたらいい

人生の大きな部分を占める“学ぶ”“働く”を両輪から考え直す。勅使川原さんが伝えたいことは、実はとてもシンプルです。

「能力主義がすべてではない、ということを知ってほしいです。能力主義の社会から抜け出すことができたら、能力で序列化された社会から排除されてきた人、口を塞がれてきた人が復権できると思います。本当なら誰の口も塞がなくていいはずですし、そもそもですが“いてくれてありがとう”なんです。できる・できない以前に、まず“ありがとう”が言えたらいいなと思って。

勅使川原真衣さん

『職場で傷つく─リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)という本の中で、“すごく頑張ってるけど靴擦れしてる”と、自分で認めてあげないと他者にも我慢を強いてしまうと書きました。“君すごいね”じゃなくて“君、面白いね”と言い合えるような関係になれたらいいなと思って。“すごい”って、“すごい”人と“すごくない”人を分ける能力主義なんですよね。組織開発をやっていると、“ありがとう”って言えない方が実は多いことに気付かされます。感謝って出し惜しみするもんじゃないし、減るもんじゃないんですよ。感謝を伝えることによるケアの発想を持てたらいいですね。それが思い描いている次の社会です」

光が当たっていない人は「いない」わけではなく、今は他の人にスポットライトが当たっているだけ

LEE世代には正社員として働く人はもちろん、パートで働く人、専業主婦の人もいます。家事や育児、外からは評価されにくい・光が当たりにくい仕事にも役割があり、その仕事があってこそ社会や家庭が成り立っていることに気づくことが大切です。

「社会的には、優秀じゃないと居場所がないみたいなところがあると思いますが、専業主婦の仕事はシャドウワーク、ケアワークと呼ばれる、光が当たりにくい仕事です。だけど、それも“いてくれてありがとう”なんですよね。社会学者のエミール・デュルケーム(『社会分業論』 〈ちくま学芸文庫〉)も書いていますが、社会は分業です。あなたがいるから家庭も社会も成り立っている。それに気づかない人もいたり、間違える人もいます。そういう時には、“ごめんなさい”と訂正する力が大事だと思っています。

勅使川原真衣さん

社会は“ありがとう”“ごめんなさい”で試行錯誤しながらやっていくものなんですよ。5歳くらいから習っている基本ですよ(笑)。光が当たっていない人は“いない”わけではなく、今は他の人にスポットライトが当たっているだけ。“あの人、私のおかげでいきいきしてるなぁ!”くらいに思って、決して自分で穴を掘って入っていくようなことがないことを祈ります」

(後編につづく)

My wellness journey

私のウェルネスを探して

勅使川原真衣さんの年表

1982

神奈川県横浜市生まれ

2005

慶應義塾大学環境情報学部を卒業

2008

東京大学大学院教育学研究科修士課程修了

2010-16

ボストンコンサルティンググループ、 ヘイグループなど外資コンサルティングファームに勤務する

2017

独立、組織開発コンサルティング会社を立ち上げる

2023

『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)出版

2024

『働くということ─―「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく─リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)、『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(編著、東洋館出版社)出版

2025

『格差の”格”ってなんですか?』(朝日新聞出版)、『学歴社会は誰のため』(PHP新書)出版

Staff Credit

撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子

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LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
仕事や子育て、家事に慌ただしい日々でも、LEEを手に取れば“好き”と“共感”が詰まっていて、一日の終わりにホッとできる。
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