FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第9回

料理家・今井真実さんがたどり着いた、インターネット時代にあえて「レシピ本」を出す意義とその役割

  • 今井 真実

2024.10.25

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Yummy!

今月のミニレシピ

自家製すりおろし生姜

生姜を皮付きのままざっくり切って、同量のハチミツとすりおろし状態になるまでフードプロセッサーで撹拌します。写真の生姜は約400g、はちみつも同量です。

冷蔵庫で2ヶ月は平気で日持ちします。

2日に1回書店に行く今井さんが、予約してまで発売を待ちわびていた一冊

書店に行くと必ずチェックするのは、レシピ本のコーナー。しかも、私は2日に1回の頻度で書店に行くので、かなりこまかく新刊を確認しています。ほとんどの本は棚での偶然の出会いで購入するのですが、発売を心待ちにして予約して受け取る喜びはまた格別なのです。


今回、ご紹介するレシピブックはそんな私が待ちわびていた一冊。
有賀薫さんの新刊『おうちごはんは日々のくりかえし。料理家がふだん気ラクに作っているレシピ』(KADOKAWA)です。


この本は、スープ作家として著名な有賀薫さんの初めてのメイン料理中心のおかず本。あらゆるスープを作り尽くしてもなお、魔法使いのように新しいレシピをどんどん生み出す有賀さんですが、メイン料理のレシピはどんな内容なのでしょう!? レシピの中身が知りたくて発売前からワクワクしていました。

「いつものあれ」でいいじゃない!と背中を押してくれる、マンネリだって前向きに捉えられるレシピ本

本書のコンセプトは「リアルな有賀家の料理」。「同じものをくりかえし作っても違うものに見えるコツ」がレシピの随所に散りばめられています。これは、有賀さんが普段から読者の方々と対話を繰り返しているからこそ、皆さんの気持ちを理解し伝えたかったことだと思います。

「いつも作るものがいっしょになってしまう」。料理の悩みはなんですか?と聞いた時に、いつも必ず議題に上がるトピックです。


しかし本書では、あえて「いつものあれ」でいいじゃないと背中を押してくれます。いつもの料理こそ、くりかえし作って自分の礎になっているはず。有賀さんの手にかかれば、マンネリだって前向きに捉えられるのです。


それに……「いつものあれ」でも、少し工夫するだけでも全然違うものになるでしょう? そんなふうに有賀さんがそのメソッドをこっそり教えてくれるレシピブックなのです。

今井真実さん 自家製すりおろし生姜 『おうちごはんは日々のくりかえし。料理家がふだん気ラクに作っているレシピ』


作るものが決まらないというお悩みも、ある程度「習慣」という型を取れば良いということがよくわかります。


たとえばお味噌汁が毎日でも、お茶碗に盛られたごはんが毎日でも、「えー!? またー!?」という声は上がりにくいはず。これって、意識の差ではないかと思うのです。お味噌汁と白いご飯は「習慣」になっているからマンネリとは感じません。

だから、たとえ同じおかずが何度も出たとしても、もう「習慣」になってしまえば良いのかもしれませんね。たとえば海上自衛隊の金曜日のカレーのようにね。ちなみに我が家は冬の日曜日は鍋と決まっています。材料を切るだけだし、鍋をつつきながらゆっくり大河ドラマを見たいのです。


選択肢が多いから迷うのであり、あえて選択肢を減らし、アレンジを施すことで、マンネリは防げる、気がラクになる、という有賀さんのお考え方はごもっとも!



生姜焼き等、家庭でお馴染みの料理もひとひねりあって「そうきたか!」の連続。ああ、有賀さんの脳みそがほしい…

そしてこの本の最初に出てくるレシピが「生姜焼き」なのです。


生姜焼きって大人も子供も大好き! よく作ります、という方も多いのではないでしょうか。有賀さんの手にかかれば、「生姜焼き」というカテゴリーだけで5パターンものバリエーションが出来上がります。基本ができたら、あとはアレンジや発想を変えていけばOK! 薬味をたっぷり乗せたり、調味料や使う肉の種類を変えたり。

今井真実さん 生姜焼き
こちらは今回のミニレシピである「自家製すりおろし生姜」を活用した、今井さん家の生姜焼き。

有賀さんの名著『豚汁レボリューション』(家の光協会)は、誰もが知っている定番メニュー「豚汁」を再解釈し、定義し直したその名の通り革命的なレシピ本です。


有賀さんは、誰もが知っている料理やレシピをアップロードし、そぎ落とし、一工夫を加える天才。これなら出来そう、たしかにそれを加えるとおいしそう! という、読み手の心を軽くして前向きに料理に取り組ませる力が、有賀さんのレシピにはあるのです。


本書では、この生姜焼きをはじめ、野菜炒め、チキンソテー、シチューなど、家庭でお馴染みの料理が、驚きをもって再定義されています。そのアイデアや、味の工夫は、ひとひねりあって「そうきたか!」の連続。ああ、有賀さんの脳みそがほしい。


読んでるそばから、食べてもいないのに、それは絶対おいしい!と言ってしまいます。

インターネット時代にあえて「レシピ本」を出す意義と、その役割とは?

最近私は、レシピ本の意義をずっと考えていました。今や何かレシピを探すときに使うのはほぼインターネットですよね。無数にレシピが存在し、私たちは情報をすばやく瞬時に得ることができます。

それにLEEwebを始め、雑誌に掲載された売れっ子の料理家やシェフのレシピもネットで検索できてしまいます。すごい時代ですよね。私のレシピもWEBにたくさん掲載されていますし、読者の方からの反応もすぐにもらえてとてもうれしく思っています。

昔よりずっと簡単にレシピを手に入れることができるようになった今、「本」の役割ってなんだろうって思っていたのです。

本書を読みながら思ったのは、「本」というものは著者の決意表明だと思いました。SNSやインターネットだと、どうしてもレシピは「点」であり、1品1品の羅列になっていきます。掲載されている「レシピ」は「料理の作り方」という役割以上をなかなか成し得にくい。

しかし、「本」はカバーから最後のページまで一つの物語の流れができています。すなわち、レシピを通して、素材に対しての考え方、時間の考え方、味付けのメソッド…著者の生活哲学など伝えたいことが発展的に表現できるのです。

そして、もう一つ忘れてはならない要素が、「本」は世に出るまでに手間がかかっているということ。

本書のコンセプトは「有賀さんのおうちのありのままのご飯」です。しかしそれであっても、どんな料理にするか、どんな構成にするか、レシピの見せ方はどうするか……この本の企画を立ち上げた編集者さんと有賀さんは何度も時間をかけて綿密に話し合われたと思います。一つのレシピには編集者と校正者、現場で試食をした方々と、何重にも客観視されているため、正確さも担保されているでしょう。

そしてビジュアル面での美しさも大切です。料理の一番良い状態を切り取るカメラマン、そして美しく料理を引き立てる器を選ぶスタイリスト、本の個性を最終的に決めるデザイナーのセンス。全員のプロフェッショナルな力の結晶が、「本」であり作品なのだと思います。

今井真実さん 自家製すりおろし生姜

では、なぜ、手間をかけてまでやるのか。
それは関わる人たちが「レシピ本」の力を信じているのではないからでしょうか。1冊がひとりの読者の生活を変えることができるかもしれない、そう信じているのです。そして何冊出版しても、伝えたいことがまだまだあるから、本を作り続けるのではないでしょうか。

実のところ伝えることができれば、その手段は本でもWEBでもSNSでも動画でもなんでもいい。でも、どの方法がどの層に、誰に届いていくのかは未知数です。だから手段を選ばずに、あらゆる方法でレシピやメソッドを届けたい、最終的なゴールは、とにかくたくさんの人に伝える、悩みを一つでも多く解決するということなのです。

これがあるとないとじゃ、生活が変わります。今井さんの「くりかえし」料理は…

さて、最後に私の「くりかえし」料理を紹介しましょう。


「自家製すりおろし生姜」はとにかく便利。はちみつが入っていますが甘味はほんの少し。だからお醤油に溶かしてお刺身に付けたって大丈夫。


私は紅茶やお味噌汁にもポンポン毎日入れています。フードプロセッサーがあったらがーっとやるだけ。有賀さんのこの本を読んでいたら絶対生姜焼きを作りたくなるはず。そんなときに、自家製すりおろし生姜があると便利ですよ。



自家製すりおろし生姜

これがあるとないとじゃ、生活が変わります。

そう、地味だけど、私はこういうレシピを伝えたいんだなと思いました。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月第4金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

Check!

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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