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共感を生み出すクリエイターに聞く“今描きたいもの”

作家・綿矢りささんが今描きたいもの「人間の心の機微を切り取りたい。アクの強い主人公が楽しい!」

2023.05.17

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“今描きたいもの”はなんですか? INTERVIEW 作家 綿矢りささん 現実では我慢が多いからこそ小説では突き抜けた生き方を描く

お話を伺ったのは

作家 綿矢りささん

作家 綿矢りささん

1984年、京都府生まれ。2001年『インストール』でデビュー後、’04年『蹴りたい背中』で史上最年少で芥川賞を受賞。代表作に『かわいそうだね?』など。本誌連載『ま、さじ加減でしょ。』も好評。1児の母。

人間の心の機微を切り取りたい。アクの強い主人公が楽しい!

10代で作家デビューしてから20年以上、繊細かつ豊かな筆致で物語を紡ぎ続ける綿矢りささん。新境地として話題になった短編集『嫌いなら呼ぶなよ』には、“闇”を抱えるさまざまな人物が登場。読むと心がザワザワするような、不思議な感覚に。

読者が心揺さぶられた話題作人間が心の奥底に抱える“闇”に迫った新境地
嫌いなら呼ぶなよ

『嫌いなら呼ぶなよ』

整形、不倫、SNS、老害など、現代の闇を切り取った短編集。表題作のほか、“作家・綿矢りさ”が登場し、ライター、編集者とインタビュー原稿について言い争う『老は害で若も輩』など全4作を収録。『嫌いなら呼ぶなよ』¥1540/河出書房新社

「『嫌いなら呼ぶなよ』では、浮気男や整形をカミングアウトした女子、赤の他人に執着するファンなど、普段なら主人公にはならなさそうな人たちを描きました。どんな人にも言い分があるし、正義もある。人間の心の微妙なバランスみたいなものは、興味深いです」(綿矢りささん)

●きつい口調のセリフが多いのに、その率直さになぜか共感できて不思議。(LEEメンバー ミコさん)
●普段モヤモヤと抱えている言いたいことを代弁してくれたような、爽快な気持ちになった。(LEEメンバー とうさん)
●皮肉めいた文章や思考がとてもおもしろい! 女性のキャラクターの個性が強烈なんだけど憎めなくて、みんなすごく好きです。(LEEメンバー ゆかさん)

「コロナ禍を経て、これまで以上に人それぞれの価値観が浮き彫りになったなと感じていて。不倫や整形など、社会的にあまりよく思われないけれど、関心を持たれる事柄について、いろいろな価値観の違いを書きたいと思いました。

表題作の『嫌いなら呼ぶなよ』は、浮気する男性の内面はどうなっているのかが気になって生まれたお話です。浮気はダメだし悪いことだけど、やめられない言い分があるんじゃないかなと。一方で、妻と女友達たちは、みんなでこの浮気男を糾弾します。場の空気に流されて、だんだんと歯止めがきかなくなってしまう。悪いことはしてないのに責めている側が嫌な人にも見えてくるんですよね。こんな善人と悪人の微妙なバランスみたいなものは、人間のおもしろさだなと感じます」(綿矢りささん)

Q 綿矢さんにとって特に印象深い登場人物は?

──『嫌いなら呼ぶなよ』より

『嫌いなら呼ぶなよ』/悪い人じゃないのに、場の空気で歯止めがきかなくなる女性たち

本作では、整形にハマる女性、YouTuberに執着するファンなど個性強めなキャラクターも。

「整形をテーマにした『眼帯のミニーマウス』では、自分のことをどこまで話すか、境界をうまく引けていない危うさを持つ女性を描きたいと思いました。SNSで本音をつぶやくことや、私生活の写真をアップすることに慣れていると、他人にどこまで自分を開示すべきかわからなくなる人もいそうだなと。主人公はうっかり整形していることを同僚に話してしまうんだけど、整形自体は悪いことだと思っていないから、非難されても言い訳しないし自己弁護しない。人とは違うところにプライドを持っている、そんな生き方もあることが伝わればいいですね。」(綿矢りささん)

Q 綿矢さんにとって特に印象深い登場人物は?

──『嫌いなら呼ぶなよ』より

『眼帯のミニーマウス』/整形を非難されても言い訳しない。自己弁護しない女子の生き方

「YouTuberの熱狂的なファンが主人公の『神田タ』は、好きな対象に向かって攻撃的になってしまう女性を書きたかった。こういう人は昔からいたと思うのですが、SNSが広まってコメント欄などで目にする機会が増えて、より可視化されるようになったのかなと感じます。赤の他人なのになぜかやたらと親しげで、時には強い言葉で批判して、相手が傷ついているかもしれないことに快感すらおぼえる……どんな心境なのか興味深いなと思いました」(綿矢りささん)

Q 綿矢さんにとって特に印象深い登場人物は?

──『嫌いなら呼ぶなよ』より

『神田夕』/好きなのに攻撃してしまう! SNSに潜む粘着ファン

過去の作品では、内向的な性格だったり恋に奥手だったりと、「心の中でいろいろと考えすぎる人物が多かった」と綿矢さん。

「特に、『勝手にふるえてろ』の江藤良香は印象深い主人公ですね。脳内で自分に2人の彼氏がいてどっちか選べないと言っているけれど、実際は相手にされてないという。一見、普通の人で、心の中でそんなことが起こっているようには見えないのに。ほかの作品でも、かつてはおとなしそうに見えて、内面に鬱屈したものを抱えている女性を書くことが好きでした。10代、20代の頃は自分の興味が向いていたから、恋愛のテーマも多かったですね」(綿矢りささん)

読者が心揺さぶられた話題作妄想で繰り広げられる、二股の恋愛が斬新!
勝手にふるえてろ

『勝手にふるえてろ』

中学時代からの不毛な片思いの相手・イチと、突然告白してきた暑苦しい同期・二。主人公・良香の脳内での妄想恋愛は、戸惑いと葛藤の連続! 松岡茉優主演の映画化も話題に。『勝手にふるえてろ』¥660/文春文庫

●自分勝手な感情を「実はこう思ってるの知ってるよ」と見透かされたような一冊!(LEE100人隊No.057 しょこみさん)
●こんな“妄想な自分”もいるよね、と妙に共感した。恋に不器用なところもかわいい。(LEEメンバー たきさん)
●独特の文体や語り口が印象的で、小説でこんなに感動できるなんて!と衝撃。(LEEメンバー マルタさん)

ここ数年は、自身の中で、だんだんと書きたいものが変わってきていると言います。

「恋愛よりも、人間の心の機微みたいなところを切り取りたいし、内向きではなくてもっとオープンで、自分の思うがままにふるまう人を書きたいなと。『嫌いなら呼ぶなよ』のように、自分勝手に行動しているせいで周囲から白い目で見られるような主人公たちが、今は書いていて楽しいです。あまり考えずに行動する人を書くと、文体が軽くなるんですよね。本人の内面が薄い分、他人と接することや会話のシーンが多くなって、周りが驚いたり非難したり。そういった人と人の温度差が表現できるのもいいなと思っています」(綿矢りささん)

アクの強い主人公ほど、綿矢さんの頭の中で“1人で走り出す”感覚があるのだそう!
綿矢りささん

「考えようとしなくても、主人公が勝手にしゃべるんです。特に私がお風呂に入っているときなんかはめちゃくちゃうるさくて、もう黙ってほしいなと思うほど(笑)。入浴中は書き取れないしどうしよう……と困りつつも、そういう言葉をそのままスマホにメモしておくと、いい文章ができたりするんです。数時間後に書こうとしても、どこか言い得ていないような気持ちになって。“いきがいい言葉”みたいなものを捕まえることは、大事にしていきたいですね。

今後もこういった、心のままに突っ走るような人はどんどん書いていきたいなと。現実では、思うとおりにならないことばかりだし、我慢も多いですよね。でも、人の意見ばかり聞いていたら、やっちゃいけないことが増えてしまう気がするんです。せめて小説の世界では、周りを気にせず限界まで突破した人を読んでもらって、スカッとしてほしい。登場人物が生きる人生を、楽しんでもらいたいなという思いがあります。何より、私自身も書いていて爽快だし、ストレス解消になるんですよね」(綿矢りささん)

結婚、妊娠、育児など、今の年齢だから書けるテーマを

また、多くの綿矢さんの作品では、女性同士のかかわり合いが魅力的に描かれます。

読者が心揺さぶられた話題作美しく官能的な表現で、女性同士の恋愛を描く
生(き)のみ生(き)のままで

『生(き)のみ生(き)のままで』

恋人と出かけたリゾートで、逢衣は彼の幼なじみと、その彼女・彩夏に出逢う。逢衣は彩夏と急速に親しくなり……。女性同士の恋愛がみずみずしく描かれる。『生のみ生のままで(上・下)』(各)¥616/集英社文庫

●正直なところ、女性同士の恋愛に抵抗があったけど、とても切なくてぐっときました。(LEEメンバー ひなさん)
●上下巻とボリュームがありましたが、読めば読むほど繊細で美しい愛だなと感じました。(LEEメンバー ゆかりさん)

「家族でも友情でも恋愛関係でも、またどんな年代でも、女性のことは書きがいがあるなといつも感じています。似ているけれど全然重ならない部分もあるような、絶妙に違う2人の女性が、かかわり合いの中で成長していく……みたいなものを描くのはすごく楽しいです。

特に印象的な作品は、濃密な関係だった『生(き)のみ生(き)のままで』。耽美な世界観が好きなので、女性同士の恋愛はずっと書きたいと思いつつ、腰が引ける部分もあったんです。でもこの作品は、よし書くぞ、と思いを込めて取り組みました。『どんな場所も、あなたといれば日向だ』という、2人の関係性を前向きに表すフレーズは特に気に入っています」(綿矢りささん)

今後も女性同士の結びつきはもちろん、今の年齢だからこそ書けるテーマと向き合いたい、とも。

「自分自身と年齢が近い主人公はやっぱり書きやすいのですが、リアルタイムだとなかなか難しいので、自分の年齢よりも3〜4年前の人物を書くことが実は多いんです。そんな感じで、私とともに、作品の主人公も少しずつ年を重ねていければいいですね。

いろいろと気になるテーマはあって、結婚している女性としていない女性のかかわりは無視できないなと思うし、自分自身が経験したことで、子どもを産むこと、育てることについても取り上げてみたい。特に、妊娠・出産は社会情勢がめまぐるしく変わっていますよね。妊娠のしやすさ、かかるお金のこと、保育園の預けやすさなど、年単位でどんどん変化していて。私が出産した頃と今でも大きく違っている気がします。そういう戸惑いや渦中にいる人の思いは、いつか書けたらいいなと思います」(綿矢りささん)

綿矢さんが心揺さぶられた作品業田良家『自虐の詩

業田良家『自虐の詩』

「ちゃぶ台をひっくり返すようなDV男とその妻の物語。最初は、妻がなぜ夫に尽くすのかわからないんです。でも実は愛情深い夫と家庭を築くことで、複雑な生い立ちの傷を克服できた、という描写が感動的で。貧乏のシビアさも描かれ、私もこんな人生の深さを書きたいを思わせてくれた漫画です」『自虐の詩(上・下)』(各)¥619/竹書房

【特集】共感を生み出すクリエイターに聞く“今描きたいもの”

『逃げ恥』脚本家・野木亜紀子さんが“今描きたいもの”はなんですか?「女性差別はそこにあるもの。描かないほうが不自然」


撮影/HAL KUZUYA ヘア&メイク/陶山恵実(ROI) スタイリスト/笠原百合 取材・原文/野々山 幸(TAPE)
こちらは2023年LEE6月号(5/6発売)「共感を生み出すクリエイターに聞く“今描きたいもの”」に掲載の記事です。
※商品価格は消費税込みの総額表示(掲載当時)です。

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