今回のゲストは、漫画家の明(みん)さんです。明さんは、看護師をしながら漫画を執筆し、ウェブメディア『よみタイ』で『漫画家しながらツアーナースしています。』を連載。これまでシリーズ3冊が出版されました。同じく連載していた『いのちの教室~あなたの最期が私に教えてくれたこと』も昨年出版され、看取りの現場をリアルに綴った物語が反響を集めました。
前半では、まだあまり知られていない“ツアーナース”という仕事の紹介とエピソード、その仕事に就こうと思ったきっかけについて話を聞きます。やりがい、看護師と漫画執筆を兼業する理由、仕事に出る前に必ずやっておくルーティーンとは。(この記事は全2回の1回目です)
ツアーナースなら病院でできなかった“生きた看護”ができる
ツアーナースとは、旅行に同行する看護師のことです。小中学校の林間学校や宿泊学習、塾の合宿、高齢者や障害者の旅行などに同行し、ケガや病気の対応をします。看護師として働いていた明さんは今から10年前、ツアーナースを始めました。
「一番は子どもが好きだったこと、あと旅も好きだったことが大きいですね。子どもたちの旅行に同行すると、元気な姿を見られて自分が元気をもらえます。旅では体調を崩した子と一緒に過ごすことが多いのですが、私がやることは病気やケガの対応はもちろん、少しでも子どもたちが行事に参加できるよう工夫すること。具合が悪いから全部休むではなく、この時間は休むけどこっちの時間は参加してみようとか。少しでも旅行に参加できるようサポートすることが一番重要な仕事だと思います」
ツアーナースを始める前、明さんは病院の循環器科に勤務していました。同じ看護の仕事ですが、病院とツアーナースでできることには大きな違いがあると言います。
「病院で入院や治療をしても、退院・治療後には会社に行ったり、子育てをしたりと日常の生活に戻ります。病気のある人にとっては病気と共に生きることが日常ですが、日常では何かあっても看護師が助けることができません。ツアーナースの場合、生活の中にあるイベントを共にできる、日常の中で手助けができるんですね。病院でできなかった“生きた看護”ができることに気づき、なんてやりがいのある仕事だろう!と思って。今までに感じたことのなかった新鮮さと喜びを感じました」
子ども達には“あなたのことを知らないから教えてほしい”と素直に伝える
漫画『漫画家しながらツアーナースしています。』では、さまざまな病気や問題を抱えた子どもたちと旅する様子が綴られています。糖尿病や貧血、白血病、ストーマ(人工肛門、または人工膀胱)を持つ子、喘息やアトピー、不登校。一生付き合っていく病気から心の病気まで、多様な子どもたちに寄り添い、楽しんでもらおうと工夫する明さんの奮闘が綴られています。
「初めて会う子どもが多いので、相手に安心してもらえるよう優しい雰囲気づくりを心がけています。あとは“あなたのことを知らないから教えてほしい”と素直に伝えること。初対面だから関係性を作りやすいと言えるし、初めて会う人だから言いやすいこともありますよね。私自身、学校行事で外の人が来ると“誰かな? どんな人だろう?”と興味津々でした。ワクワクした気持ちを汲み取りながら、子どもたちと距離を縮めていく工夫をしています」
ツアーナースの仕事で明さんが常備しているショルダーバッグの中には、手袋やティッシュ、ビニール、マスク、冷却シート、絆創膏、毛抜きやホイッスルなどが入っています。仕事用ですが、東京に来てから地震が多く、東日本大震災を経験したこともあり「救急時や災害時にすぐに使えるように」と家に常備しています。
宿泊学習は子どもが親元を離れる、ひとり立ちの練習にいい機会
連載を始めると、読者から感想が届くようになりました。「ツアーナースという仕事を始めて知った」「こんな仕事があると知らなかった」、印象的だったのが、大人から「自分もこんなふうに寄り添って欲しかった」という声でした。ツアーナースの仕事を始めて10年、たくさんの子どもたちを見守る中で、感じたことがあります。
「子どもたちに、自分で自分を守る力をつけてほしいと思います。食物アレルギーがある子は、先生にお願いして食事を変えてもらうことは当然ですが、自分でもそれを避けることができる力を持ってほしい。例えば、お土産店の試食コーナーで、うっかりお菓子を食べてしまってアレルギー症状が出てしまうお子さんもいます。そんな時も自分で気をつけることで自分を守ることができる。ただ、命を守ることが最優先ですが、がんじがらめになりすぎると自由を奪うことにもなります。宿泊学習は、大人がいる中で親元を離れるいい機会、ひとり立ちの練習にいい機会だと思います」
もう一つが、コミュニケーション力。何かが起こった時、大人に相談できる力があれば、すぐに対処できます。大人にもお願いしたいのが、いつでも子どもが相談しやすい環境を作っておくことだと言います。
「子どもは相談した内容を否定されると、次は相談しなくなります。まずはきちんと話を聞いて、聞いてもらえる環境があることを知ってもらう。忙しくてもくだらない話でも、まずは一度聞く。心が開いた瞬間にきちんとキャッチすることで、次も話しやすくなります。これも最初が肝心なので私も気をつけています」
明さんが大切にしている一冊の本『クレヨン王国のパトロール隊長』(講談社)。この本に出会ったのは、中学2年生の頃でした。とても気に入って、手書きで模写したものを持っていましたが、大人になってから買い直しました。
「主人公の孤独な男の子が、クレヨン王国の中で、さびしさから救われていく話です。私も同じように孤独を感じて悩みも多かった頃で、この本に書かれている言葉に心がスッと軽くなりました。子どもの世界って、閉鎖的で辛いと感じることが多いんです。今もたまに読み返し、気持ちを振り戻される大切な本。一緒に旅している子どもの中には、こんな気持ち子もいるかもしれないと思っています」
仕事に出る前、自宅に必ず「遺言書メモ」を置いていく
ツアーナースの仕事に出る前、自宅に必ずあるメモ書きを置いていきます。万が一旅の途中で何かあった時、残された人が迷わないようにするための遺言書のようなメモです。
「保険証はこの場所にあるよとか、旅に出て楽しんだのから私は幸せだったよ、とか。伝えておきたいことを紙に書いて残していきます。ツアーナースになる前の看護師時代、海外旅行によく出掛けていた頃からやっているので、その習慣が続いているのかもしれません。部屋もある程度綺麗にしておきますね。何かあって、もし部屋に誰かが入った時に汚いと嫌な気分じゃないですか」
そうするようになったのは、前職で経験した看取りの現場がきっかけでした。(看取りについては、後半で話を聞きます)。人生はいつ終わるか分からない、残された人に大変な思いをしてほしくないという思いが込められています。
『漫画家しながらツアーナースしています。』は、病気や不調と付き合う子どもたちがどんなふうに旅先で過ごし向き合っているかを知る貴重なコミックエッセイです。さまざまな病気やその対処法が出てきますが、医師が監修しているので、正しい情報としても参考になります。明さんが丁寧に子どもたちに寄り添う様子には、親としても学ぶべきところが多いと感じました。
後半では、明さんがどんな幼少期を過ごして看護師を目指すようになったのか、ツアーナースになる前の病院での看取りの現場から感じたこと、考え直したことについて聞きます。
明さんの年表
0歳 | 沖縄で生まれる |
---|---|
18歳 | 大学の医学部に入学、看護科に進む |
22歳 | 大学を卒業。看護師として東京の病院に就職する |
25歳 | ホームページや漫画投稿サイトで、漫画の執筆を始める |
28歳 | 病院勤務の傍らツアーナースの仕事を始める |
30歳 | 病院を退職、ツアーナース業に専念する |
2015年 | 『リヒト 光の魔術師』(小学館クリエイティブ)を出版 |
2019年 | 『漫画家しながらツアーナースしています。 1』(集英社)を出版 |
2020年 | 『漫画家しながらツアーナースしています。こどもの病気別“役立ち”セレクション』(集英社)を出版 |
2021年 | 『漫画家しながらツアーナースしています。 現役ナース・先生・ママの“推し”セレクション』(集英社)を出版 |
2022年 | 『いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと』(集英社)を出版 |
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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