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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

映画祭で計100冠超に輝くダルデンヌ兄弟の新作『トリとロキタ』 。なぜ2人の映画がこんなに面白いのか直撃!

  • 折田千鶴子

2023.03.31

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最強!ジャン=ピエール&リュック兄弟

『ロゼッタ』(99)、『ある子供』(05)で、2度もカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)に輝いたほか、世界中の映画祭で撮った作品すべてが何かしらの賞――合計100以上と言われる映画賞に輝く、ベルギーの名匠ダルデンヌ兄弟。新作がやってくるたび、“これ以上、完璧な映画ってなくない!?”なんて毎回、思わせられる敬愛するダルデンヌ兄弟に、遂にインタビュー致しました!! しかも対面で。大興奮です。

左:兄のジャン=ピエール・ダルデンヌ 
1951 年4月21日、
右:弟のリュック・ダルデンヌ
1954 年3 月10 日、
ベルギーのリエージュ近郊で生まれる。ブリュッセルで演劇界、映画界で活躍していたアルマン・ガッティの元で映画制作を手伝うように。74年よりドキュメンタリー映画製作を開始、多数の作品を手掛ける。86年、初長編劇映画『ファルシュ』がベルリン、カンヌ他の映画祭に出品。92年、第2作『あなたを想う』は制作会社の意向で不満足な出来だったという。第3作『イゴールの約束』(96)以降、妥協しない作品作りを開始。カンヌ国際映画祭CICAE賞の他、多数の賞を受賞。第4作『ロゼッタ』(99)でカンヌのパルムドールを受賞。『息子のまなざし』(02)、『ある子供』(05)、『ロルナの祈り』(08)、『少年と自転車』(11)、『サンドラの週末』(14)、『午後8時の訪問者』(16)、『その手に触れるまで』(19)と、全てが代表作と呼びうる傑作ばかり。

個人的には、初めてカンヌで無冠で終わった『サンドラの週末』(14)が最も大好きで、偏愛中の偏愛映画ですが(う~ん、『息子のまなざし』と甲乙つけがたい…というように、多くの方がダルデンヌ兄弟作品マイベストをつい考えてしまうのも、傑作ぞろいだから!)、なにゆえ、こんな面白い作品ばかりを作り続けられるの!?と不思議に思わずにいられません。今回の取材では、そのポイント、「なんで面白く出来るの!?」という秘訣を探りたい!

何しろ一貫して扱って来たのは、かなりヒリヒリとした社会問題ばかり。それなのに、ズッポリ心を掴まずにいられないのです。新作『トリとロキタ』も、主人公は地中海を渡ってベルギーのリエージュへやって来た移民の姉と弟、という社会派ヒューマン・サスペンスです。果たして2人は、どんな運命をたどっていくのでしょうか……。

『トリとロキタ』ってこんな映画

3/31(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー!
©LES FILMS DU FLEUVE – ARCHIPEL 35 – SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA – VOO et Be tv – PROXIMUS – RTBF(Télévision belge) Photos ©Christine Plenus

アフリカのベナン出身の少年トリと、カメルーン出身のロキタは、ベルギーにたどり着く途中で出会い、本当の姉弟のように深い絆で結ばれている。既にビザが発行されたトリの姉だと偽り、ロキタもビザを取得しようとするが、なかなか上手くいかない。2人はイタリア料理店で歌を歌って小銭を稼いでいるが、裏ではシェフが仕切るドラッグの運び屋をしている。警察に目を付けられ、密航の斡旋業者から搾取され、祖国にいるロキタの母から送金をねだられるなど、生活は危険と心配と失望ばかり。それでも励まし合いながら、ロキタは家政婦として働き、トリは何の心配もなく学校へ通うことを夢見ている。だがある日、ビザ取得をちらつかされ、さらに危険な仕事がロキタに課され、トリと離れ離れにされてしまう。

──10代前半のトリと、10代後半のロキタは、むしろロキタがトリのことを精神的に頼っているところもあり、体の大きさがかなり違う凸凹コンビの関係がユーモラスでもあります。2人の身体的な特徴もキャスティングの際に重視したのでしょうか?

リュック「そう、設定として最初から、2人の身体的な特徴、体の大きさがとても違うということは考えていました。劇中でトリが車中に隠れるシーンがあるので、できるだけ小さく華奢で活発な子を求めていました。トリという少年は、とても機転が利きます。血気盛んで常に敏捷に動いているので、彼の登場シーンは、冒険映画のようでもありますよね。

ロキタに対して僕たちは、もっと恰幅が良い子を想定していました。ただキャスティングの段階で、ロキタ役のジョエリー・ムブンドゥに会った時、こんな風に身長がすごく高いのもいいな、と思いました。2人の体の大小の違いが、コミカルな要素を生んでいると思います。2人は友情で結ばれているので、常に一緒にフレームの中に入らなければいけないのですが、身長差があるためにそれがなかなか難しかったですけどね(笑)!」

2人は歌が上手く、レストランで歌う仕事をしています。でも、それだけでは暮らせずに…シェフから麻薬の運び屋として使われています。指示を受けてドラッグを受け取ると、スマホ等々も没収されて出かけるというシステムに、すう~っと体温が下がるような嫌な現実を見る気が……。

──身体の大きさの違いがユーモラスなだけでなく、色んな効果を生んでいると思いました。

ジャン=ピエール「2人の関係性も映画を通して描かれていますが、ロキタの身体は衝撃や打撃を受けます。例えば、彼らが働くレストランのシェフ、ベティムに殴られたりしますよね。そんな風に彼女は、人生で苦しみ、過酷な環境下で生きています。

でもトリは何か障害が起きた時、すばしこくかいくぐって上手く逃れ、知恵を働かせ、機転を利かせ、その暗いトンネルの先にある光を見つけようとします。トリにとっては、そのトンネルの先にロキタが居たわけですが、ロキタが倒れてもトリはすぐに起き上がって動く。

そんな風にかばい合い、2人は助け合って生きています。僕らはそんなトリなら、どんな逆境にも負けず、最後の最後まで頑張れる、逆境に抵抗できると考えました」

子供たちの過酷な状況に憤っている

──トリとロキタの、“何があっても見捨てない関係性”は、これまで移民に関する映画をずっと撮られてきて、取材をしてきた中で実際に遭遇したからこそ、本作に持ち込んだのですか!?

ジャン=ピエール「移民問題に詳しい人には周知の事実ですが、彼らのような移民は必ず一種の友情が必要です。他の国に行って生き延びるには、たった1人では生きていけない。同郷の友人のことが多いですが、既にその土地に亡命している知人らの助けが何かしら必要なんです。だから僕たちも、彼らに友情が必要だということはもちろん知っていました。

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色々と読み、またリサーチしてさらに分かったのは、移民の子供たちが酷い苦悩の中にいるということ、とても孤独の中に居るということでした。その孤独のせいで彼らは病気を引き起こしてしまうのです。本作でもロキタがパニック障害を抱えているのは、そういう孤独による病気を持っている子供が多いことを反映しています。でも、そんなひどい逆境の中でも、友情によってどこまで抵抗できるのか、2人がどんな風に解決策を見つけていくのか、ということを本作では描いています」

リュック「僕たちの間では、トリとロキタの友情は彼らにとって一種の安住の地になっている、と思っているんです」

姉のロキタが不安になったり嫌なことに遭遇したりすると、弟のトリが優しくなだめたり励ましたりします。トリが眠る時にはロキタが子守歌を歌ってあげたりするなど、孤独の中で互いの存在がいかに心強いか痛いほど伝わってきます。そんな2人が引き離されてしまった時の、「どうにかして会いたい、無事を確認したい」という気持ちに胸が締め付けられます!!

──そんな決して見捨てない友情は、決して失ってはいけない人間の尊厳なのかな、とも思いました。かなり懐かしい話ですが、助けてくれたのに『ロゼッタ』のロゼッタは、友人を裏切ったな、なんて思い出したりして(笑)。

リュック「そうそう、裏切りは良くないよ! ロゼッタの場合、相手の男の子リケが、とても優しかったから良かったけれどね(笑)。ロゼッタは、自分一人でなんでも出来ると思っていたから、あんなに優しいリケの友情まで裏切っちゃったんだよね。でもトリとロキタは2人とも、同じような苦しみを抱えている。それが2人を繋げた、とも言えると思います」」

──そんな記憶があるからこそ、本作のラストは衝撃的でした。あまりの衝撃に言葉を失ってしまいました。あのラストについて、2人の間で意見が割れたりしませんでしたか!?

リュック「なんか意見が割れた方が良かったような言い方じゃない(笑)!?」

ジャン=ピエール「残念でした(笑)! 残念ながら、あのラストについても僕ら2人は同じ意見で、すぐに決まったんですよ!」

レストランのシェフで麻薬の販路を取り仕切るベティム。2人に対して時折、優しさを見せたりするので観客もつい油断してしまうのですが…。物おじしないトリが、「今日のフォカッチャを頂戴!」と、仕事の後で主張する姿も、つい笑ってしまうほど逞しい!

──ということは、これまでの映画製作時より、今さらに1段、怒りのギアが入ったぞ、みたいな感じでしょうか。ラストも含め、どこかそんな印象を受けました。

ジャン=ピエール「そうだね、その言葉の中に、答えの一部がありますね。僕たちは、こんな過酷な条件に置かれた子供たちの状況に対して、非常に強い憤りを覚えています。そして、これは現実でもあるわけです。映画は、現実のまんまコピーではありませんが、こういう現実が存在しているわけです。そして最後まで、トリとロキタの友情は貫かれますよね。最後の最後まで、自己犠牲を払ってまで相手を救おうとします。2人のそうした行動がなかったら、2人とも助からなかったわけです。答えは、その通り、僕らは憤っています」



最も重要なのはやっぱりシナリオ

──これまでずっと社会派の、かなり厳しい現実を映した映画を撮られてきました。それなのに観始めたら最後というくらい、ハラハラドキドキが止まらない。その面白さは、どのように生み出され得るのですか。脚本の段階で既に緊迫感やサスペンスフルな空気は醸されているのか、1ヶ月以上かけ主演俳優とリハーサルを行うという、そこで、あるいはそれを経た現場で生まれるのか。それとも、やっぱり編集で大きく変わりますか。

リュック「シナリオを書く段階で、かなりサスペンスを交えて構築していくので、映画の雰囲気やハラハラするものなどは、シナリオで大体のことは決まって来ていると思います。やっぱり最も重要なのはシナリオですね。ただ編集でも、もちろん省略を行って短くしたり、スピードを速めていきます。特に今回の映画はフィルムノワール的な世界観の作品なので、そのスピード感をよりもたらせるように心がけました。つまり観客が登場人物の顔にじいっと見入ったりする時間はほぼなく、常に主人公たちと一緒に動き、彼らに付いて行くように編集しました。もちろん撮影中にも、そういう緊迫感を生むような演出をすることもありますが……」

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──クレジットを見ると、これまでと撮影者が変わったと思うのですが、どんな理由からですか。30年一緒に撮って来たけれど、さすがにもう手持ちカメラで走れないよ、みたいなことだったりします(笑)!?

ジャン=ピエール「ハハハ(笑)! 実はカメラマンは変わっていないんだよ。確かにアラン・マルコァンは前作でリタイアしました。彼は完全にこの仕事を止めたので、今はもう何も撮っていないんです。ただ元々僕らの映画には撮影が2人いて、それがアラン・マルコァンとブノワ・デルヴォーでした。大まかに分けると、主に照明をアランが、カメラをブノワが担当することが多かったのですが、今は照明とカメラをブノワが一人で担当しています。これまでは2人でやっていたことを、今は彼が同時に行っていて、相変わらず手持ちカメラを持って走っていますよ(笑)」

リュック「そうそう、今回は特にトリがすばしこく走り回るから、ブノワがなかなかついていけなくて(笑)。トリ役のパブロ・シルズに“大丈夫!? ”って聞かれていたそうだよ(笑)。なんとかついていったけれど、かなり大変だったみたいだったね」

新しい風はいらないな(笑)

──監督によっては“新しい風が欲しい”と、スタッフを変えていく人も結構いると思いますが、お2人は撮影や照明だけでなく、美術も編集もなどの主なスタッフが、『イゴールの約束』以降、30年以上もずっと変わらないですね。

リュック「そうだね、僕たちには“新しい風”が必要ないからな(笑)。古い風で十分っていうか。やっぱり映画を撮っている時に、あまりくどくど説明もしたくない、というのも理由の一つ。但し、彼らが僕たちのことをよく分かってるからと言って、システム化するようなこともないし、また色々と説明しないで進めることで関係が“なぁなぁになる”わけでもないよ。単純に彼らが友人でもあるし、一緒に居て楽しいからなんだ」

ジャン=ピエール「みんな、長い結婚生活のようなもんかな(笑)」

リュック「まぁ、中には離婚した相手もいるけどね(笑)」

ジャン=ピエール「とはいっても、苦しくてネガティブな離婚ではなかったよね」

リュック「そうだね、養育費を払うようなことは、これまでになかったよね(笑)」

──この映画を待っている間に、最近お2人の名前を見かけたのは、『母の聖戦』という映画でした。あれも、すごい映画でしたね!

リュック「そうそう、あれは共同制作したんだよ。若いテオドラ・アナ・ミハイという監督は、ルーマニア人ですが、ベルギーに住んでいるんです。そして彼女の次の映画も、僕たちは共同プロデュースすることを決めています。そのシナリオは、同じルーマニア出身のクリスティアン・ムンジウ(『4ヶ月、3週と2日』がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した俊英監督)が書いているんだよ。それを、彼女が監督する予定なんだ!」

残念、ここで時間切れになってしまいましたが、彼らとの映画づくりについても楽しそうな様子を見せてくれたダルデンヌ兄弟。メキシコを舞台にした『母の聖戦』も、ものすごい面白い映画でしたが、製作陣にダルデンヌ兄弟、クリスティアン・ムンジウ監督、ミシェル・フランコ(『或る終焉』などの)監督の名を発見した時は、既にそこで「絶対、面白いやつ」と確信された方も多かったのではないでしょうか。それくらい、ダルデンヌ兄弟の名は莫大な影響力がありますが、こうして新鋭監督と一緒に作品作りをしている姿が、またなんかとっても素敵ですよね。

そしてお2人とも、穏やかでユーモラスで楽しい方々なのにビックリしました。撮られる映画がヒリヒリ系なので、一筋縄ではいかない怖い感じの方たちだろうと少々緊張していたのですが、メチャクチャにこやかでお茶目。質問をする際に、私はどうやら挙動が大きいらしいのですが(少々自覚あり)、お2人がクスクス笑いながら「絶対、南の出身でしょ!? 北じゃないよね、話し方がダイナミックだもん」とかツッコまれ、少々恥ずかしい想いをしました……が、お2人とも、とってもステキ過ぎました。

さて、映画『トリとロキタ』は、とはいえ笑ってなどいられない、焦燥を掻き立てられる非常に強い衝撃を受ける映画です。

約3年に1度、ダルデンヌ兄弟の新作がやって来ますが、その時は絶対に見逃し厳禁です。この得るものが大きな『トリとロキタ』も是非、劇場で熱くなって震えてください!

『トリとロキタ』

2022年/ベルギー=フランス/89分/配給:ビターズ・エンド

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガほか

2023年3月31日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー!

©LES FILMS DU FLEUVE – ARCHIPEL 35 – SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA – VOO et Be tv – PROXIMUS – RTBF(Télévision belge)

Photos ©Christine Plenus

映画『トリとロキタ』公式サイト 公式Twitter 公式Facebook

写真:山崎ユミ

 

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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